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1章【先ずは先輩を消してくれ】
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しおりを挟むちなみに、いつも先輩が誘ってくる【仮眠室】というのは、三階にある企画課の職員が使う部屋のことだ。
企画課には、家に帰らず会社で新商品の考案作業をする人もいる。なので、そういう人たちが使う部屋こそが、先輩の言っている【仮眠室】だ。
仮眠室の鍵は、企画課の人に言えば貸してもらえる。つまり、使おうと思えば誰でも使用できる便利な部屋。……というわけだ。
俺はパソコンに目を向けたまま、相変わらず愛想を含むことなく冷たく言い放つ。
「先輩って、あっさり仮眠室とかで済ませるタイプなんですね。知りませんでした」
「子日君が望むなら、君の部屋でも僕の部屋でもホテルのスイートルームでも……なんなら屋外でも。僕はどこだって構わないよ」
嫌味のつもりで言ったら、頬杖をやめて真剣な顔で反論してくるのだから、やっていられない。
顔だけはいいのに、どうしてこんなにも残念なことを言ってしまうのだろうか。俺じゃなくても、先輩が誘えば誰だってヤらせてくれるだろうに。……いや、男がどうするかは知らないが。
俺は引き出しから、商品の情報が乱雑な字で書きこまれた書類を引っ張り出す。このやるせない気持ちは変人な先輩ではなく、やるべき仕事へ向けて昇華しよう。そう思ったからだ。
俺たちがデータ入力をする企画課の提出書類は、かなり個性的なまとめ方がされている。それを上手にまとめるためには、資料を作った人と内線電話を使って話をすることがあった。
時々、企画課の人が言いたいことを分かってあげられなかったりすると口論になる。つまり俺たちは、企画課の人には一層気を遣わないといけない。
そんな波乱万丈な仕事をするのだから、隣にいるヘンタイに構っている暇などないのだ。
……よし。気持ちを切り替えられてきたぞ。
俺は『相変わらず酷い字だな』と思いつつ、資料に一度、目を通す。断片的に見たら分からなくても、全体を見てみたら理解できるケースもあるからだ。
「いつも思うけど、子日君は始業時間になっていないのに仕事モードになるのが早いよね。それはどうして?」
そんな俺の様子を見て、パソコンの電源を付けただけでなにもデスクの上に用意していない先輩が、声をかけてくる。
いちいち、わざわざ。なんで俺に、話しかけてくるのだろうか。俺は先輩という存在を意識の外に放り出したいだけなのに。
渋々といった様子を隠すこともなく、俺は先輩の問いに答える。
「俺は先輩みたいに手際良くないので」
不愉快極まりない挨拶や、日々のセクハラ。それ以外にも、俺は先輩に対して気に食わない点があった。
営業部期待のエースだった先輩は、想像以上にここでの仕事に順応している。
一ヶ月の、引き継ぎ期間。幸三の話だと、内訳はこうだったらしい。
幸三が引き継ぎを受ける日数を、三週間。そして先輩が引き継ぎを受ける日数を、半分未満の一週間にする。……そう配分したのは、幸三ではなく先輩の方だったらしい。
最初に幸三からその話を聞いた時は『後輩思いの優しい先輩か』と思った。
だが先輩の仕事ぶりを見て、そんな簡単な理由じゃないと気付かされる。
先輩は、分かっていたのだ。
──自分に与えられる引き継ぎ日数が、一週間でいいと。そんな確信が、先輩にはあったのだろう。それくらい、先輩は物覚えのいい人だった。
幸三や俺が三ヶ月で覚えた仕事の流れを、先輩はたったの三日で習得したのだ。
一週間と言えど、平日は五日間。先輩が業務を理解した後、残された二日間はと言うと……。幸三はただ、俺と先輩の間に座っているだけだったのだ。
……どことなく寂しそうな顔をしている幸三の姿を、俺は鮮明に覚えていた。
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