先ずは好きだと言ってくれ

ヘタノヨコヅキ@商業名:夢臣都芽照

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1章【先ずは先輩を消してくれ】

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 幸三から視線を外し、俺はしっかりと牛丸さんを見上げた。


「すみません、いきなり大声を出してしまって。……改めまして、子日文一郎です」
「ありがとう。だけど、僕は気にしていないから。君も気にしないで?」


 そして再度、イケメンが微笑む。


「子日君のことは竹虎君から聞いていたよ。本当に仲がいいんだね」


 この脳内ピーマン野郎が。いったい、どんな話をしたのやら。
 もう一度幸三を睨むと、幸三が視線を逸らした。つまりそれが答えか、この野郎。

 その間に、牛丸さんも自己紹介をしてくる。


「それじゃあ、改めて。……初めまして、僕は牛丸章二。子日君の同期、竹虎君の後任だよ」


 随分丁寧な言い方だ。牛丸さんはそう言って、俺に手を伸ばした。


「隣のデスクになるみたいだから、挨拶として握手をしたいのだけれど。……受けてくれるかな?」


 なんだか、幸三と初対面の時に交わした自己紹介を思い出す。俺は慌ててズボンで手を拭いた後、立ち上がって手を伸ばした。


「よろしくお願いします」
「ありがとう。こちらこそ、若輩者ですがよろしくお願いします」


 なるほど、幸三が言っていた通りだ。優しくて、いい人そうじゃないか。この人となら、そこそこいい関係を築けそうだ。

 ──そう思った矢先の出来事だった。


「──子日君の手って、なんだか可愛いね。ムラムラしてきちゃったよ」


 ……んっ? なんだ、今の発言は? ……聞き間違い、か?
 俺はそっと、牛丸さんと握手をしている右手を引いてみる。だが牛丸さんは、俺の手を離そうとしない。
 それどころか、両手でガッチリとホールドしてきた。

 ……背中に、じっとりと冷や汗が伝う。


「……え、っと……?」
「驚いた顔も可愛いね。……ねぇ、仮眠室に行かない?」
「かみん、しつ。……仮眠室、ですか?」
「そう、仮眠室」


 牛丸さんは俺の手を両手で握ったまま、自身の胸元に引き寄せた。

 ──待って、待ってくれ。

 ──待ってくれよ頼むから待て待て待てッ!

 呆然と牛丸さんを見上げていると、相変わらず眩しい笑顔で俺を見つめる。


「──手だけじゃなくて、いっそのこと下半身も繋ごう? 良かったらこの誘いも受けてほしいのだけれど、どうかな、子日君っ?」
「──うわあぁッ!」


 それが、俺にとっての始まり。
 ……そして、平凡の終わりだった。


 * * *


 そして時は、現在に戻る。
 隣のデスクに座っている牛丸さん──もとい、牛丸先輩との関係性を語ろう。

 先輩は四月に異動してきてから、この一ヶ月──。


「──おはよう、子日君! 早速だけど、僕とセックスしよう!」


 ずっと言い続けている朝の挨拶をしてきた。

 一ヶ月と、一週間前。初めて挨拶をした時に感じた好印象は、いったいなんだったのか。
 ……いや、相変わらず背筋はゾワゾワしている。だが【別の理由】で、だ。


「はははっ」


 幸三にやるように、俺は冷めた笑い声で返事をする。
 愛想笑いから【愛想】というせめてもの優しさを抜いた、本当に形だけの笑い声だ。そんなことは自分でも分かっている。むしろ、そう努めてさえいるくらいだ。

 そんな俺を、先輩は右手で頬杖をつきながら見つめてきた。


「今日の子日君は、なんだかご機嫌だねっ」
「腹が立っているって分からないのでしょうか」


 眼科にでも行け。もしくは脳神経外科のある病院にでも入院しろ。

 ……初めは──本当に、初めだけは。先輩はそういった冗談を言って、俺の緊張を強引に解こうとしてくれたのだろうと思った。


「あはっ。むくれているのも可愛いね。仮眠室の鍵、借りてこようか?」


 ──しかし! こうも毎日だと、さすがにそう思えなくなってくるだろうッ!

 【抱いた女は星の数】という噂は聞いていたが、まさか男も抱いていたなんて……ッ! さすがにそんなこと、誰からも聞いていないぞッ!




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