9 / 251
1章【先ずは先輩を消してくれ】
7
しおりを挟む幸三にとっても、俺にとっても、商品係の女性職員や男性職員にとっても。
──運命の一日が、幕を開けた。
いつも通りの時間に出勤するも、なにやら今日は事務所の空気が違う。女性職員はいつも以上に髪型やメイクに力を入れていて、男性職員も妙にソワソワしている。
おそらく全員、今日から凄腕営業マン兼スーパースター牛丸さんが来ると知っていて、妙な緊張感を持っているのだろう。それはさすがの俺でもどうやら同じらしく、今日はなんだかいつもより足取りが重く感じるくらいで。
小さく息を吐きつつ、俺は自分のデスクへ向かう。椅子に座るも、まだ幸三はおろか、牛丸さんもいないみたいだ。
せめて、何時に来るのかくらい聞いておけば良かったか。つい、そんな後悔をしてしまう。
……いや、考えたって仕方ない。俺はあくまで、幸三の保険。幸三の教え方が悪かった場合にのみ補助をする、アシスト的存在。……今日の俺は、その程度の立ち位置だ。
つまり、焦る必要はない。心持ちも、どうってことないだろう。
それに、いくら牛丸さんが今まで営業しかしてこなかったとは言え、ずっと俺たち商品係が作った資料を使って仕事してきたのだ。なんとなくの要領くらい、牛丸さんは分かっているだろう。
朝礼を終えて、自分のデスクに座って作業を始めること、一時間。……周りの妙な空気に、胃が痛くなってきたその時。
いろいろなことに疎い俺でも、さすがに気付いたのだ。
──事務所内の空気が、変わったのだということを。
突然、事務所の中がザワザワと落ち着きを失う。ザワつく職員の態度に、肌がピリッとなにかを感じた。
小声で盛り上がっていたはずの職員たちが、突然慌ただしく話を始めたのだ。
「おはようございまーす!」
妙な緊迫感を持った商品係の事務所に、幸三の元気な声が響いた。つまり、それが意味することは……。
──ある人物の、入室。
商品係の、事務所入り口。無機質な扉がある方を、俺は思わず見てしまった。
片手を上げて、幸三が笑顔で立っている。
それと、もう一人。幸三とは違う、青年の姿。
「おはようございます」
……一瞬。
本当に、一瞬。
──目が、奪われてしまった。
幸三よりも断然高い背丈で、幸三ほどではないが明るい茶髪。
今まで沢山振りまいてきたであろう完璧な営業スマイルに、背筋がゾワゾワする。
目を細めて、微笑んで立っている幸三じゃない方の男。
──間違いない。
──あれが、凄腕の営業マン。
俺がそう、頭でようやく理解した時──。
「牛丸サンを連れてきたぞ~!」
幸三がそう言い、牛丸さんのことを紹介した。
「「「「「キャーーーッ!」」」」」
突如響く、女性職員の悲鳴に似た歓声。あまりにも凄まじい声量に、かなり本気で吹き飛ばされそうだ。
……しかし、そうか。あの人が、あの……?
「なんだか照れるね」
そう言って照れ笑いを浮かべている、あの人こそが。
「牛丸、章二……っ」
呼ぶわけでもなければ、誰かに聞かせるつもりでもない。
それなのに俺は、思わずその人の名を呟いた。
10
お気に入りに追加
116
あなたにおすすめの小説
あなたの隣で初めての恋を知る
ななもりあや
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。
その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。
そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。
一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。
初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。
表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
告白ゲームの攻略対象にされたので面倒くさい奴になって嫌われることにした
雨宮里玖
BL
《あらすじ》
昼休みに乃木は、イケメン三人の話に聞き耳を立てていた。そこで「それぞれが最初にぶつかった奴を口説いて告白する。それで一番早く告白オッケーもらえた奴が勝ち」という告白ゲームをする話を聞いた。
その直後、乃木は三人のうちで一番のモテ男・早坂とぶつかってしまった。
その日の放課後から早坂は乃木にぐいぐい近づいてきて——。
早坂(18)モッテモテのイケメン帰国子女。勉強運動なんでもできる。物静か。
乃木(18)普通の高校三年生。
波田野(17)早坂の友人。
蓑島(17)早坂の友人。
石井(18)乃木の友人。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
愛などもう求めない
白兪
BL
とある国の皇子、ヴェリテは長い長い夢を見た。夢ではヴェリテは偽物の皇子だと罪にかけられてしまう。情を交わした婚約者は真の皇子であるファクティスの側につき、兄は睨みつけてくる。そして、とうとう父親である皇帝は処刑を命じた。
「僕のことを1度でも愛してくれたことはありましたか?」
「お前のことを一度も息子だと思ったことはない。」
目が覚め、現実に戻ったヴェリテは安心するが、本当にただの夢だったのだろうか?もし予知夢だとしたら、今すぐここから逃げなくては。
本当に自分を愛してくれる人と生きたい。
ヴェリテの切実な願いが周りを変えていく。
ハッピーエンド大好きなので、絶対に主人公は幸せに終わらせたいです。
最後まで読んでいただけると嬉しいです。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
幼馴染は俺がくっついてるから誰とも付き合えないらしい
中屋沙鳥
BL
井之原朱鷺は幼馴染の北村航平のことを好きだという伊東汐里から「いつも井之原がくっついてたら北村だって誰とも付き合えないじゃん。親友なら考えてあげなよ」と言われて考え込んでしまう。俺は航平の邪魔をしているのか?実は片思いをしているけど航平のためを考えた方が良いのかもしれない。それをきっかけに2人の関係が変化していく…/高校生が順調(?)に愛を深めます
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる