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1章【先ずは先輩を消してくれ】
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しおりを挟むそれから、三週間。
幸三は営業部での仕事を教わるため、営業部の事務所へ毎日通っていた。
事務部の中でも管理課は一階で、営業部は二階。そして企画課は三階にあり、幸三は二階と外を何度も往復しているらしい。
それから終礼が終わった後、俺の隣のデスクにやって来ては周辺の片付け作業を行っている。大変そうにはしているが、なんだか活き活きしているようにも見えた。
やはり、幸三には営業部の方が向いているのだろう。その証拠に、幸三は大変だなんだとぼやいてはいるが、終始笑顔だ。
特に心配もしていなかったが、その様子なら本当に心配の必要がないだろう。俺も自分の仕事──そして、幸三が本来やるべきだった仕事に集中できるというものだ。
俺と幸三は隣同士だったので、幸三の集中が切れるとよく雑談に巻き込まれていた。それのせいで俺も幸三と同じく仕事が進まなくなるため、定時で帰れたことなんて少なかった。だから、幸三がいないと日中の仕事が捗りしかしない。
しかし、いくら『捗っている』と言っても、結局引き継ぎ業務で席を外している幸三の仕事をカバーしないといけないから、定時では帰れないのだが。しかしそれでも、作業効率は格段に上がっている。不思議なものだ。戦力は減っているというのに、効率が上がっているとは。
……だが、三年間もやかましいのが隣にいたせいか、ほんの少しの寂しさはあるようだ。幸三がこっちに顔を出してくると、なんとなくホッとする。
そして、引き継ぎが始まってから三週間が経過したという今日も、幸三は商品係の事務所に顔を出してきた。
「よっす、ブン!」
「あれ、どちら様でしたっけ」
「お前、マジ、お前」
そう言いながら幸三は、俺の隣に座る。
三週間、少しずつ片付けていた幸三のデスクはすっかり小綺麗になった。これなら、新しい人が座っても問題なさそうだ。
「そろそろオレがいなくなって寂しくなる時期じゃねーのー?」
「はははっ」
「せめてこっちを見ろブン!」
確かに、少しの寂しさ。……のような感覚は、ある。
だが、わざわざそれを本人に言うのはなんとなく腹立たしいので、絶対に言わない。口角は全く上げず、乾いた笑いで幸三に応対するも、怒った様子ではなさそうだ。
「……なぁ、ブン」
すると唐突に、幸三が真剣な声で俺の名前を呼ぶ。帰宅する準備をしながら、俺は幸三を見た。
「どうした?」
「牛丸サンのこと、なんだけどさ」
「牛丸さん? ……あぁ、幸三とスイッチするあの凄い人?」
パソコンをシャットダウンした後、デスクの上に出していた文房具を引き出しに片付ける。
幸三は今、その牛丸さんから引き継ぎを受けているはずだ。
……そうか、分かったぞ。三週間関わって、なにか思うところでも出てきたのだろう。心配はしていないしなにもしてやれないが、そのくらいの愚痴には付き合ってやろうか。一応、同期だしな。
椅子の背もたれに体重を預けて、右隣に座る幸三を振り返る。すると幸三は、突然ニタァッと笑った。かと思えば幸三は、唐突に目をキラキラと輝かせ始めたではないか。……シンプルに、怖いな。
突然、幸三は椅子のキャスターを豪快に滑らせて、俺に近付いてきた。
「マッジでッ! すげーぞッ! 牛丸サンッ!」
あまりにも突然すぎる接近に、引くのが遅れたほどだ。
「はぁっ? なにが──って、ちょっ、ちかっ! 近いって!」
「聞いてくれよッ! まぁ聞かなくても勝手に話すんだけどさーッ!」
「だからッ! 近いっつのッ!」
右足で幸三が座っている椅子を蹴飛ばすも、幸三が反射的に俺のデスクに手を付いて、キャスターが滑らないように固定してくる。えっ、うわっ、こっわ! まるでボール遊びをしている犬のように輝いた表情だ。
……怖いと同時に、若干気持ち悪いな。
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