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オマケ①【そんなにアツくさせないで】

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 ダイニングでまったりしていると、ツカサがふと話題を変えた。


「これだけ暑いと、いっそ海とかに行きたいねぇ。カナちゃんは海とかプールって好き?」
「どっちも嫌いじゃないですよ。人込みは苦手ですし、泳ぎにも自信はないのですが……。でも、海は見ているだけでワクワクしますし、プールも水に浮いているだけで楽しいですっ」
「あっ、人込みに関しては大丈夫だよ。モチロン二人きりだし、泳ぎも必要なら俺が教えるからね。……だけど、浮き輪を常備するカナちゃんは見ていたいかも。きっと可愛いよ」
「えっと、ありがとうございます……で、いいのでしょうか?」
「ふふっ。どういたしましてっ」


 なかなか、恋人っぽい会話だ。思わずそう、カナタは考えてしまう。
 するとまたしても、ツカサがブツブツと独り言を始めた。


「それにしても……カナちゃんが着る水着、か。この場合、ヤッパリ女の子が着る可愛いフリフリしたタイプの方がいいのかな。それとも、先ずはヤッパリ同じ男として海パン姿から見ておくべきか……。だけど、そんなエッチな恰好を見ちゃっていいのかな? イヤ、悪くはないけど。だって俺、カナちゃんの彼氏だし……」
「あの、ツカサさん?」


 隣で呟かれる独り言を、カナタは上手に聞き取れない。小首を傾げつつ、いったいなんの話かとカナタは訊ねてみた。
 カナタが疑問符を浮かべていると、突然。


「──そうか、お色直し方式があった! 数種類持って行こう!」
「──えっ!」


 まるで『妙案だ』と言いたげに、ツカサがパンと音を立てて手を叩いたではないか。

 ……当然、話を全く理解できていないカナタからするとツカサのこの言動すらもハテナマークでいっぱいだ。一人でウンウンと納得しているツカサを見ていても、疑問は解消されない。

 しかし不思議と、ツカサが楽しそうだと自身の頬も緩むのだから、カナタは不思議な心地だった。
 微笑ましい気持ちでツカサを眺めていると、どうやらツカサの納得タイムは終了したらしい。


「今日の晩ご飯は冷たいそうめんにしよっか。ついでだし、天ぷらでも揚げようかな」
「でも、それだとツカサさんが暑くなっちゃいませんか?」
「カナちゃんが喜んでくれるなら気にならないよ。それともカナちゃんは、天ぷら好きじゃない?」
「天ぷらは……好き、ですけど」
「それじゃあ、決まりだねっ」


 そう言うと、ツカサは一気に麦茶を飲み干す。どうやら、やる気十分のようだ。


「きっと、マスターさんも喜びますね」
「あぁ……あの、店で一人突然やる気を出して換気扇の掃除を張り切っていた頭のおかしいおじいちゃんね。確かに掃除は大事なことだけど、なにもこんな暑い日にやらなくてもいいのにねぇ。あえて自分を苦行に追い込むなんて、マゾの素質でもあるんじゃないのかな。あの人の性癖に興味はないけどさ」
「あはは……っ」


 相変わらずツカサは、マスター──もとい、カナタ以外の人間には冷たい。冬の気候も『参りました』と言いそうなほどだ。
 スルスルペラペラと軽薄な感情を言葉にした後、ツカサは椅子から立ち上がった。


「今日は暑かったし、汗もいっぱいかいたでしょう? ちゃちゃっとシャワーを浴びちゃった方がいいよ。だから、カナちゃん。先にシャワーを済ませてきていいよ?」
「いえ、そんなっ。ツカサさんが料理を始めるなら、手伝いますよ」
「それはダメ。天ぷらは油が跳ねて危ないし、そうめんを茹でるのも熱湯を使うから危ないよ。だから、先にシャワーを浴びてきて?」
「でも──」
「ねっ? 俺からのお願い」


 口を開いたカナタに、ツカサは覗き込むようにしながら微笑みを向ける。

 決して同性愛者というわけではないが、カナタはツカサの顔に弱い。こうしてジッと笑みを向けられると、本意じゃないことにも『イエス』と答えるしかなくなるほどだ。


「……っ。……分かり、ました。お言葉に、甘えます……っ」
「ウン、ありがとっ」


 モゴモゴと了承するカナタの頬に、ツカサはキスを落とす。
 それにすらカナタは持っている語彙を崩壊させて、ただただ言葉を失くすのであった。
 



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