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9章【そんなに依存させないで】

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 カナタは慌てて、ワシャワシャとツカサの頭を撫でる。

 内心で軽いパニックを起こしているカナタに気付いてか、気付かずか。


「……ねぇ、カナちゃん。俺にだけ、なにか特別なことしてよ」


 ツカサはカナタの心にできてしまった隙間に、迷うことなく踏み込んだ。


「じゃないと俺は、マスターがカレーを見たくなくなるくらいの【悪いこと】をしなくちゃいけなくなる。……それはダメだよね、カナちゃん?」


 カナタの心の隙間に入り込んだその足先は、狭い狭い隙間を強引にこじ開けるようで。

 すぐにカナタは、ツカサの思惑から逃げられなくなる。


「それは少し、怖い……です」
「だよね? カナちゃんは俺が【怖いこと】をするのはイヤだよね?」
「は、はい……っ」
「でしょ? だから、ねっ?」


 ツカサは満足そうに、ニコリと微笑む。

 カナタは眉を寄せて、自分になにができるかと考え始める。
 これがオムライスだったならば、ツカサの分にだけケチャップで絵や文字を施すことができた。

 しかしカレーでは、そうもいかない。
 かろうじてカナタにもできそうなことと言えば、ライスをハートの形に盛る程度。苦し紛れではある。

 だが『なにも思いつきませんでした』と言うよりは、断然マシだろう。
 カナタはすぐに、ツカサへライスの盛り方を提案しようとした。

 ──だが。


「──そうだ! ねぇ、カナちゃん? 俺のカレーには『美味しくなぁれ』って魔法をかけてよ!」


 先に口を開いたのは、ツカサだった。

 これは俗に言う【愛込め】だ。

 ツカサなりの冗談かとも思うが、その笑顔は本気らしい。

 これはつい数時間前、ツカサがカナタに対して実際にやろうとしていたことだ。
 まさかこんな形で伏線を回収するとは思っておらず、カナタは動揺する。

 だが、ツカサはニコニコと嬉しそうに笑っている。
 大好きな恋人の笑顔を、カナタは曇らせたくなかった。

 たとえそのために、やったことのない恥ずかしい行為を要求されたとしても……。


「えっと、それじゃ……後で、やります」
「やった! 約束だよ、カナちゃんっ!」
「は、はい。約束、です」


 ツカサはパッと笑みを浮かべて、カナタの頬に触れる程度のキスを落とす。
 それからすぐに、ツカサはカナタから離れた。


「じゃあ俺、部屋で着替えてくるね。……ヤケドとかしないように気を付けてね?」
「分かりました。でも、大丈夫ですよ。オレ、そんなにドジじゃないですから」
「ドジなカナちゃんも可愛いけどね」
「……っ」


 ふいっと、カナタはツカサから顔を背ける。

 先ほどまで『ズルい』と、ツカサはカナタに言っていた。
 しかしカナタからすると、ツカサの方が断然【ズルい男】に感じられる。

 ダイニングからツカサが離れると、まるで入れ替わるかのように別の男が入ってきた。


「ふえぇぇ……っ。ワシはもう、へっとへとじゃぞぉお……っ」


 フラフラと覚束ない足取りで歩いているのは、マスターだ。
 いつもはシャンとしている背が、悲しいほどに丸まっている。

 カナタはカレーをかき混ぜつつ、マスターを振り返った。


「あっ、マスターさん。おかえりなさい。……大丈夫ですか?」


 冷蔵庫に向かうマスターは、やつれたような顔をしてカナタを振り返る。

 なにがあったのかは正直、訊かなくても分かった。
 それでも、カナタはマスターに訊ねる。

 ……どことなく、マスターが訊いてほしそうにしているからだ。
 



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