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7.5章【未熟な人工知能のメモリーです(ゼロ太郎視点)】
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しおりを挟む突然、彼の食欲が異常なほどに増幅した。
かと思いきや、彼の体は徐々に健康状態から悪い方向へと数値を変えていく。彼はこれを『悪魔と人間の混血による弊害』と説明した。
初めて見る、彼の【不調】。私は彼に、望むことを何度も何度も訊ねた。
しかし、彼は食事の大量デリバリー以外は普段通りのことしか頼まない。朝は寝過ごさないように起こしてほしい、他愛のないお喋りをしてほしい。彼は、そういった類のことしか私に頼まなかった。
そして、ある夜のこと。遂に彼は、限界を迎えた。
「──ゼロ太郎ッ!」
夜中に突然、彼が飛び起きたのだ。これは、初めての現象だった。
「電気っ、明かりをつけてッ! なんでもいいから、なんでもいいから早くッ! 命令だッ!」
大量の汗をかきながら、体も声も震わせて。彼は初めて、私に【命令】をした。
すぐに彼は、ハッとする。彼自身の発言に、気付いたようだ。
「……ちっ、違うっ。命令じゃ、なくて……お、お願い。お願いだから、お願い、だから……っ」
その違いを、私は不快になんて思わない。そのくらい、彼は分かっているはずだ。
彼が望むままに、私は寝室を電球による灯りで照らす。部屋の内装が見えるほど明るくなっても、彼の顔色だけは明るくならなかった。
「ごめん、ごめん……ごめんな、さい。ごめんなさい、ごめんなさい……ッ」
それは、私に対する謝罪ではない。
それは、もう二度と会えない人間への謝罪だった。……これはこの日気付いたのではなく、後に気付いたことだが。
そしてこれも、後に気付いたこと。……彼はこの状態に陥ると、最後に必ずこう言うのだ。
「──生まれてきて、ごめんなさい……ッ!」
この言葉を聴いた、その瞬間。今まで生じたことのない大きな軋みが、確かに私の中で起こった。
嗚呼、どうして。私は彼を、サポートするための存在なのに。
「ごめんなさい、ごめんなさい……っ! 生まれてきて、ごめんなさい、っ。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんな、さい……ッ!」
──どうして私は、彼を抱き締められないのだろうか。
己がいかに、無力な存在なのか。泣きじゃくりながらも自身の存在を否定し、謝罪し続ける彼を見て、私は打ちのめされてしまった。
私は所詮、実体を持たないちっぽけな存在なのだ。彼が恐怖や不安に苛まれ、彼の心が崩壊しているというのに……私はそう、自分の存在を嘆いてしまった。
否。私には、それしかできないのだ。
私がいます、と。私はずっと、追着陽斗様のおそばにおります、なんて。そんな言葉が伝えられたなら、彼にとってなにかが変わったのだろうか。
考えると、ほぼ同時。この日、私は初めて知った。初めて、こんな演算結果を叩き出したのだ。
──彼の役に立てず、言葉だけで彼のなにも救えなかったら。それは、とても怖い。……私はこの日、初めて【彼を失う恐怖】を知った。
「生まれてきて、ごめん……ッ。ごめん、ごめんなさい……っ」
温もりを持たない私では、感情を持たない私では。……【人工知能】では、彼を救えない。彼の謝罪を、否定できないのだ。彼が安堵できるような根拠を、私では提示できないのだから。
私が言葉を贈れば、きっと彼は笑うだろう。しかしそれは、解決ではない。それはただ、彼が私に優しさを返しているだけだ。
嗚呼、どうか、どうか。どうか彼を、救ってください。私は初めて、こんなにも他力本願な言葉を記録に刻んでしまった。
相手は、誰だって構わない。私以外の誰だって、構わないから。
例えそれが、天使じゃなくて悪魔だっていい。だからどうか、どうか。
「ごめんなさい……ごめん、なさい、っ。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……ッ」
私の代わりに、彼の涙を拭ってください。私の代わりに、彼の体を抱き締めてほしい。私の代わりに、私の代わりに……。
[追き──……あるじ、さま……ッ]
私と一緒に、私の大切な主様を救ってください。
彼が気を失うまで、私は彼の謝罪を聞き続けるしかできなかった。
それ以上なにも、私にはできないのだから。
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