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6章【未熟な社畜は悩みました】
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しおりを挟むカワイへの気持ちを自覚して、数日後。俺は、ほとほと困り果てていた。
「──うぅ~ん、困ったな。なにも手につかないや」
職場のトイレで用を足した後、手を洗い終えてからそう嘆いてしまうほどに。俺はとにかく、困り果てていたのだ。
仕事に集中できず、気付けばスマホを気にしてしまう。カワイからメッセージが送られることは基本的にないのだが、それはそれ。スマホを見ていると、カワイと繋がっている感じがするんだよね、不思議と。
かと言って、部屋でカワイと一緒にいたらそれで良いのか。それはそれで、答えは『ノー』だ。時々、カワイの言動で異様なほどに緊張してしまうから。
微笑みを向けられたり、スキンシップを求められたり……。今まで当たり前にできていたはずなのに、それらがたったひとつの感情で難しくなる。
これが、恋というものなのか。これは、本当に困った。
……でも。
「──毎日が、楽しいんだよなぁ」
鏡に映る自分は、なんとも情けない顔をしている。……『情けない』と言うよりは、むしろ『だらしない』か。
ニマニマ、ニヤニヤ。鏡に映る左右で瞳の色が違う男は、なんとも嬉しそうに笑っている。
すると、スマホからポンと音声がひとつ。
[独り言を呟きながら一人でニヤニヤしている姿は、控えめに言っても恐ろしいですよ?]
「ゼロ太郎から俺の顔って見えてないよねっ?」
相変わらずなゼロ太郎だ。
しかし、なにも手につかないのは事実。さらに言うのであれば、今は就業時間中だ。このままでは、折角ゼロ太郎に褒めてもらえた俺唯一の長所【仕事はできる男】が失われてしまう。
……いや、そんな自覚はないんだけど。それでも、今のままでは良くないということは分かる。トイレから事務所に戻った俺は、椅子に座ってから考え込む。
とりあえず、目の前にある仕事を終えるまでは浮ついた心を封印しよう。そう思い、俺はカタカタッとキーボードを叩き始める。
……キーボード、と言えば。カワイはゼロ太郎と一緒にパソコンを使って仕事をしているらしいけど、思えばカワイがパソコンを触っているところって見たことがないなぁ。
人差し指で、キーボードを一字ずつポチポチしているのだろうか。もしもそうなら、上達する前になんとしてでもこの目に焼き付けなくては。
あぁでも、ブラインドタッチをするカワイも捨てがたい。折角なら、俺とお揃いでパソコン作業中は眼鏡をかけていただいて──。
「──だぁあ~ッ! また雑念がッ!」
「──うわッ、ビックリしたッ!」
頭を掻きむしって叫び出した俺を見て、周りの職員──特に、隣の月君を驚かせてしまったらしい。
あっ、危ない! 今完全に、思考がカワイに全集中していた! 俺は仕事をしていたはずなのに、なぜッ? 怖いッ、恋愛が怖いッ!
すぐに俺は顔を上げ、隣の月君を見る。月君は依然としてビックリした様子のまま、しかしどこか心配そうに俺を見ていた。
そんな月君の立派な肩を、ガシッと鷲掴み。
「月君! 俺をっ、だらしない俺を殴ってくれないかなっ!」
「えぇッ! 突然どうしたんスか!」
「気合いを入れ直したいんだ! お願いだよっ!」
「他でもない、大尊敬するセンパイからの頼み! ……分かりました! 不肖、竹力月! 全力で行かせていただきます!」
よし、これで月君に殴ってもらって精神統一が──……ん? 月君に、殴ってもらう?
未来を予知する携帯電話なんて持っていないけど、俺は分かってしまった。この先の未来が、分かってしまったのだ。
「──ちなみに念のため確認ッスけど、オレのパンチをガチのマジで受ける覚悟、決まってますか?」
「──ごめんなさい今の発言は忘れてください!」
筋骨隆々な月君に殴られたら最後、おそらく俺の顔は吹き飛ぶ。……デッドエンドだ。
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