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5章【未熟な社畜は自覚しました】
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しおりを挟むマズいな、マズい。ランニングマシーンの上で早歩きをしながら、俺は考え込む。
あの日から俺は、カワイに対して名前の付けられない感情を抱いてしまっている。
思えば俺は、他人に対してこうして悩んだ経験なんて無かった。家族に対してなら色々あったけど──って、今はそんなことどうだっていい。とにかく俺は、こんな経験初めてだ。
いつも、ずっと、諦めていたから。だから俺は、なにかに強い感情を向けられなかった。物でも、事柄でも、人でも……。
だから俺には、分からないんだ。
「すごくすごい。走っても走っても進まない。楽しい」
俺の何倍も速くランニングマシーンを回転させているカワイに対する、この感情が。
……いや。今のカワイに対してなら【驚愕】と【尊敬】って感情を向けているけども。カワイ、本当にすごいよ。メチャメチャ走ってるじゃん、すごすぎでしょ?
い、いやいや、そうじゃなくて! 俺は早歩きをしたまま不意に、顔を前に向けた。
エアロバイクとは違い、ランニングマシーンの前にはテレビが置いてある。機械の音で少し聞き取りづらいけど、テレビからの音声も聞こえた。俺は気を紛らわせるために、テレビを注視する。
すると、テレビ画面には猫が映し出された。どうやら、可愛い動物たちを特集した番組らしい。
テレビに映る猫は、尻尾がユラユラと揺れていた。それだけなのになんだか可愛くて、俺の頬は緩んでしまう。
「尻尾が揺れて、可愛いなぁ。猫って癒しの塊──」
「──尻尾ならボクにだってある」
突然、カワイが俺の言葉を鋭く遮った。
俺が呆気にとられる間も与えないかのように、カワイは言葉を続ける。
「ヒト、ボクを見てよ」
ドキ、と。胸の辺りが、妙に痛んだ。
……『痛む』とは、少し違うかもしれない。たぶん、今のは苦痛とかそういうものじゃなくて、きっと【トキメキ】的な──。
「──ヒトがボク以外のネコを選ぶなら、見るに堪えないほどヒトをグチャグチャの八つ裂きにして、ボクも死ぬから」
「──なぜに猫限定ッ?」
ドキーッ! 痛い痛いッ、心臓が痛いッ! これは間違いなく【恐怖】という意味合いの高鳴りだッ!
隣で走っているカワイは、俺を睨み付けるように見つめている。
「麻酔は使ってあげないし、気絶もさせてあげない。ボクはヒトが生きたまま腸を引きずり出すから、きっとすごく痛いと思う。恐怖に歪むその顔も、ボクは切り刻むからね。だから、その痛みを来世もしっかり覚えていて。二度と、ボク以外のネコなんかに気が移らないように……ね?」
「──猫相手におぞましすぎないッ?」
これが、悪魔クオリティの嫉妬? ……えっ、猫相手に嫉妬するの? 可愛いけど、なぜに猫相手に?
すると、立てかけていたスマホからポンと声が鳴る。
[──今のは、主様が悪いですね]
「──なんでッ?」
よく分からないけど、カワイとゼロ太郎の間にはそういう法則のようなものがあるらしい。えっ、どういうことっ? 悪魔と人工知能の考えってこんなに複雑なのっ? そして、なぜに二人はその法則を共有し合っているのっ?
これは、あれだ。カワイとゼロ太郎が知らない間に絆を深めていると知った時の疎外感に似ている。……だけど、その時とは明らかに違う。
「ネコ特集の間は、前を見ちゃダメ」
[カワイ君に従ってください、主様]
「──お願いだから説明をちょうだいッ?」
俺は身の危険を感じていて、なんなら命の危険に瀕しているのだから! 疎外感どころの話じゃない!
ランニングマシーンの上で【運動】とは別の意味の汗を流しながら、俺は憤っている二人に戸惑いまくった。
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