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2章【未熟な社畜をギャップ証明しました】
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しおりを挟むカワイの優しさに癒され、ゼロ太郎の厳しさに気を引き締め、なんとか乗り越えた本日の業務。
大きなトラブルもなく終えた仕事に達成感と疲労感を抱きつつ、俺はいつもと同じように車を運転し、マンションへと帰宅した。
エレベーターもあるけど、今日は階段を使おう。心にほんの少し余裕を持ちつつ、俺は自分の部屋に戻った。
「ただいま~」
[おかえりなさいませ、主様]
スマホでいつでも会話できるとは言え、ゼロ太郎から『おかえり』って言われると嬉しいな。なんか、帰ってきた感が強まる。
ネクタイを緩めながら『さて、先ずはシャワーを浴びようか』と思った。……その時だ。
「──ヒト、おかえりなさい」
リビングからトコトコと、愛らしい生命体が姿を現したではないか。
相変わらず、サイズが合っていない服。シャツには松茸のイラストが書かれ、ポップな字体で【野菜もしっかり食べよう!】と書かれている。すごい、すごいよ、君は。まさかそのハイセンスなシャツをいとも簡単に着こなすなんて、モデルさんかい?
いや、えっ、まさか天使っ? 天使じゃん? あっ、悪魔か。悪魔だったっけ、そう言えば。
いや、この子の正体云々は論点じゃない! 今俺が気になるのは、確認したいのは……!
「……カワイ、今の。もう一回、言って?」
──カワイが俺に『おかえりなさい』と言ってくれた、この事実だ!
なんだ今のは、なんだ今のは! えっ、可愛い子に『おかえり』って言われるのって、こんなに嬉しいのっ? ヤバくない? ヤバい寄りのヤバいじゃないかっ?
ネクタイを中途半端に緩めた状態で、俺はジッとカワイを見下ろす。俺の前に立つカワイは、なぜか目を丸くしていた。
「え? ……ヒト、おかえりなさい」
「もう一回」
「えっ。……えっと。ヒト、おかえりなさい」
「もう一回──」
[──主様?]
「──ごめんなさい」
危ない、締め出されるところだった。ここが俺の部屋なのにというツッコミは機能しない。ゼロ太郎と俺は、そういう関係だ。
「ヒト、どうしたの? ボク、なにか間違えた?」
即座にその場で跪いた俺を見て、カワイは困惑している。表情は少ししか変わっていないけれど、確かに眉が八の字になっていた。……うん、可愛い。
だがここで、黙って【カワイが可愛い】を嗜んでいる場合ではない。俺は跪いたまま、へらりと笑みを浮かべた。
「ううん、間違えてなんかないよ。ただちょっと、なんだろう。嬉しすぎてと言うか、幸せすぎてと言うか……。すごいね、生物は自分の理解を超えた現象が起こるとおかしくなるみたい」
[──主様がおかしいのはいつものことです]
「──辛辣な同居人だなぁっ!」
なんのために跪いていると思ってるんだよ察してよ! いや違う、察したうえで俺を詰っているな? この鬼畜人工知能め!
などと心の中で牙を剥く俺の前に、カワイがチョコンと正座した。
あ、あれ? この光景、ちょっと見覚えがあるような……?
「ヒトは、ボクに『おかえりなさい』って言われると、嬉しい?」
「う、うん。とっても嬉しい、かな」
嗚呼、そうだ。思い出した。
これは! この光景は、まさに!
「──じゃあ、これから毎日言うね。ヒトに『おかえりなさい』って」
「──正夢じゃん」
今朝見た、夢。カワイと結婚直前だった、あの夢の再演と同義ではないか。
ゼロ太郎が『ビィーッ!』とけたたましい音を鳴らすまで、あと、一秒。俺はそれまでのたった一瞬、確かにカワイと結婚した気がした。
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