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2章【未熟な社畜をギャップ証明しました】
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しおりを挟むこんな悲しい話はやめよう、楽しい話をしよう。俺は気を取り直して、立てかけたスマホに顔を向ける。
「そう言えば、カワイはどうしてる? 部屋から出て行っちゃったりしてない?」
頼めばきっと、ゼロ太郎はスマホの画面に今の部屋の状況を映してくれるんだろうけど。カワイにそんな話はしなかったから、覗き見るのはよろしくない。
あと、ゼロ太郎に『映して』と頼めば最後。俺は昼休憩後、向かう先が事務所のデスクではなく刑務所になるだろう。やりかねない、この人工知能ならば。
想像上で刑務所にぶち込まれるまでの展開を描いている俺に、おそらく気付いているだろう。ゼロ太郎はそれでも、淡々と質問に答えた。
[はい、問題ありません。……ですが、やはり手持無沙汰な様子です]
「だよねぇ。テレビゲームとか用意してあげた方がいいかなぁ?」
平日は、帰ってもシャワーを浴びて寝るだけ。休日はただひたすらにベッドの上でゴロゴロ。そんな俺の部屋には娯楽アイテムなんて、なにも置かれていないのだ。
パソコンはあるし、その中にならゲームデータもある、けど。……駄目だ、見せられない。秘蔵のムフフ本たちがカワイに見られたら最後、俺もう生きていけないから!
ああでもない、こうでもない。悶々と悩む俺をスマホ越しにおそらく眺めているだろうゼロ太郎は、やはり淡々と言葉を紡いだ。
[いえ、テレビゲームよりももっと有意義なことを提案しました]
「へっ? 有意義な、こと?」
俺とゼロ太郎に、数秒の間。
それからゼロ太郎は、スパッと潔く答えた。
[──今は浴室の掃除をお教えしています]
「──そんなことさせてるのっ?」
まさかの家政婦ごっこ! 申し訳なさが半端ない!
ガビンとショックを受ける俺を尻目に、ゼロ太郎は『なぜ、カワイに掃除をさせているのか』という理由を告げる。
[ただ飯食らいは認可できません。この世の中は働かざる者なんとやら、ですよ]
「いやそうかもしれないけど! そうかもしれないけどさ!」
[ご安心ください。主様のためになると理解した途端、彼のやる気は目に見えて急上昇しましたので。もうすぐ掃除が終わるのですが、今は『他になにをしたらいい?』と、私に次の作業について指示を求めております]
「えっ! なにそれ嬉しい照れちゃう!」
カワイもしかして、俺のこと好きなのかなっ? 照れちゃうけど嬉しいなぁ、もうっ、もうもうっ! 気分は有頂天だ! ビバーチェだよ!
おかげさまで午後からの仕事もバリバリ頑張れそうな俺を、おそらく冷ややかに眺めつつ。ゼロ太郎が、いつもの低く無機質な声で訊ねた。
[念のためご確認いたしますが、主様は彼と面識があるのですか?]
「ないよ? あれだけ俺好みの容姿だから、面識があったとしたら忘れるはずないし」
[そうでした。主様は重度の変質者ですからね]
「なぜだろう。信頼の厚さは感じるのに、評価が厳しい」
好みの芸能人だって、一回見たらなんとなく覚えるじゃんか。それと同じなのに、なんて言い草だ。
だが、俺の返答を受けても不可解なのには変わりないらしい。
[面識がなく、完全なる初対面。それにしては、随分と入れ込んでいますね]
「入れ込んでるってつもりはないけど、まぁ、気にはかけちゃってるかな。ごめんね、俺のエゴでゼロ太郎にも面倒かけちゃって」
[いえ、それが主様のお人柄だとは重々承知しておりますよ。ですが、私は──]
「ゼロ太郎、もしかして……嫉妬?」
ビカッ、と。スマホの画面が一度、赤く点滅した。
[──私は物理的に主様を殺せませんが、社会的に殺すことにかけてはプロ中のプロだと、お忘れなきように]
「──愚かなことを口にしてしまい誠に申し訳ございませんでした!」
怖い、人工知能、怖い。俺はガタガタと震えながら、最先端技術に恐怖を抱くのであった。
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