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2章【未熟な社畜をギャップ証明しました】
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しおりを挟むなんとか遅刻せずに出勤し、俺は普段通りに仕事を始めた。
いやぁ、なんと言うか。今までもゼロ太郎に『行ってきます』を言ってから出勤していたけど、どことなく心持ちが違う。
別に実体の有る無しを気にしているわけじゃないけど、目に見えて【誰か】って分かると、挨拶ひとつでも受ける印象が違うのかな?
なんて、取り留めのないことを考えながら仕事を続けていると……。
「おーい、追着ー。この前言ってた企業から入金されたか?」
同じ課の課長が、俺のことを呼んでいるではないか。
デスクに近付いてきた課長を振り返り、俺は眉尻を下げながら返事をした。一応、仕事中にだけかけている眼鏡を外して……っと。
「いえ、まだ経理から連絡はきていませんね」
「そっかぁ~。あそこの企業、契約するまではスムーズだし気前もいいんだが、期日に関しては引くほどルーズだからなぁ……」
なるほど、課長は取引先の入金を待ってヤキモキしているのか。それなら、俺ができることと言えば……。
「よろしければ、俺の方から先方に連絡をしてみましょうか?」
幸いにも、その取引先の担当者と面識があるからな。俺は立ち上がって、課長にそう提案した。
すると、どうやら課長にとっては渡りに船だったようで。
「本当か? それは助かるなっ! お相手さん、追着のことが大のお気に入りみたいだからな!」
「恐縮です」
嬉しそうに去っていく課長に会釈をしつつ、俺は椅子に座り直した。
ということで、緊急ミッションを受注したぞ。俺はすぐに、経理担当者から請求書のデータが保管されているフォルダを確認した。
後は、取引先の担当者に電話をかけて……。とんとん拍子で話を進めていくと、不意に、俺の隣のデスクに座る青年が声を上げた。
「センパイ、よく【入金の催促電話】なんて買って出られますね? 気まずくないですか?」
隣の席の青年こと、俺の後輩──月君だ。行き倒れていたカワイを一緒に発見した青年、とも言う。
パソコンの画面に請求書のデータを映しつつ、俺は隣に座る月君に目を向けた。
「世間話を挟めば、案外どうにかなるものだよ」
「それでも、イヤなものはイヤッスよ。はぁ~、マジで尊敬ッスわ」
「そう? ありがとう」
俺にとってはさほど苦ではない話だけど、後輩から尊敬されるのは嬉しいなぁ。思わず、口角も上がっちゃうね。
すると、月君が表情を強張らせたではないか。
「や、センパイ。そんなイケメンすぎるスマイル、安売りしちゃダメですよ。相手がオレじゃなかったら今頃、連絡先とか訊かれてましたよ」
「確かに、月君は俺の連絡先知ってるもんね」
「いやそういう意味じゃなくて。……鈍いイケメンって、マジで損ッスわ」
よく分からないけど、褒められている……の、かな。若しくは、理由は分からないけど心配をされている、っぽい?
って、いやいや。月君と談笑を楽しんでいる場合じゃないぞ。俺はすぐに、取引先に電話をかけようとして──。
「おぉ、追着。それと、竹力も」
今度は、部長が俺を呼んだ。一緒に呼ばれた月君も、声がした方を振り返る。
「はい。なんでしょうか?」
「どうかしましたかー?」
「午後からの会議、時間を早めて十時から始めるらしいぞ」
なんということだろう。部長からの報告に、月君がガガンとショックを受けてしまったぞ。
「えぇ~っ? 午後からの会議って、四時からのやつッスよね? それを十時に変更って、マジッスか!」
「おお、マジだ。いやぁ、楽しくなるくらいいい反応をするな、竹力は」
「分かりました。会場の準備と資料の用意は予定通り、こちらでしておきますね」
「こっちはこっちでさすが追着だな、助かるよ。それじゃあ、よろしくな」
要件だけを伝えて去っていく部長に「承知いたしました」と返事をし、俺は今度こそ入金に対する確認電話をしようと……。
「センパイ、さすがッスね。予定が時間単位でズレても、いつもの安定感を保てるなんて……」
「決まっちゃったなら、慌てても仕方ないからねぇ」
する前に、落ち込む月君の肩をポンポンと叩く。その肩は、カワイと違ってなんとも厚く、筋骨隆々な逞しい肩だった。
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