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【先輩は綺麗でいながら】 *
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しおりを挟む俺はあからさまにムッとした表情で、浅水先輩を見る。
「いいんですか? 誤解されても」
「うん、別に?」
並んで校門を通り抜け、歩道を歩く。すると突然、浅水先輩の手が伸びてきた。
「岡本が分かっているなら、それでいいよ」
そう言って、俺の頭をクシャリと撫でる浅水先輩は、笑顔だ。
──また、この笑顔……っ。
俺にだけ見せるこの笑顔。……俺は浅水先輩が見せるこの笑顔に、恥ずかしくなるほど、弱い。『多少のことなら水に流してもいいか』と思ってしまうのだ。
俺の頭を撫でながら、浅水先輩がさらに笑う。
「ふっ。……岡本、顔真っ赤」
「っ!」
「ほんと、オレのこと大好きだよな」
浅水先輩が、立ち止まる。つられて俺も立ち止まると、頭に乗せられていた浅水先輩の手が、ゆっくりと下に向かって動かされた。
頭から、こめかみを撫で、頬に触れる。そのまま少しだけ頬を撫でると、そっと、顔を持ち上げられた。
思わず、内心でポンと考えてしまう。
──えっ、嘘っ、ここで……? と。
浅水先輩が俺に、なにをしようとしているのか。行動の意味に、気付く。
気付くと同時に、俺は思いきり下を向いた。
「だっ、駄目です!」
「なんで?」
浅水先輩の手が離れない。
それでも、こんなところで……嫌だ。
「ひっ、人がっ、通るかもしれないから……っ」
「オレは気にしないけど」
「俺は嫌です……っ!」
「ふーん?」
俯いたままの俺を、浅水先輩がどう思ったのかは分からない。けれど、興味が無さそうに呟いている。さっきと同じ態度だ。
すると俺の頬から、浅水先輩の手が離れた。
「別に、キスくらい誰かに見られたって、なにも減らないと思うけど」
そういう問題じゃないだろう。……と言ったところで、浅水先輩には伝わらない。
浅水先輩は、他人に対してかなり雑だ。水泳部員のことは気にしているだろうけど、浅水先輩に向けて黄色い声を上げている女生徒には、関心がまるで無い。恐らく、自分のファンである女子生徒の名前なんか、一人も把握していないだろう。
交友関係は狭くしているが、そこまで深くも接しない。そこに、難癖をつけるつもりはない。……ない、けれど。
……こういう価値観の違いには、毎回……戸惑う。
「減るとかじゃ、なくてですね……っ」
浅水先輩がどうかは、知らないけれど。
……俺は、キスをするなら二人きりのときがいい。俺にキスをしている浅水先輩を、誰にも見られたく、ない。
それに、大前提として……浅水先輩は、人気者だ。そんな人が、男と付き合っているなんてバレたら? ……周りはきっと、軽蔑するなり引くなりするだろう。
仮にそうなったとして……浅水先輩は、どんな目で周りから見られても気にしないとは、思う。
けれど、好奇や軽蔑の眼差しが浅水先輩に向けられるのは……俺が嫌だ。
「照れ屋だなぁ」
照れているからじゃないけれど、わざわざ訂正する必要も無い。浅水先輩が歩き出したので、俺も歩き出す。
……素直に言っていいのなら、俺だって……キスは、したい。
前回の、日曜日。水泳部は大会があった。
大会に向けていつも以上に練習時間を増やしていた浅水先輩は、休みの日も時間が許す限りプールで泳いでいたらしい。
早朝や夜といった、プールで泳げない時間帯には筋トレをして体力作りをしていた浅水先輩と過ごす時間は、極端に減った。むしろ、無くなったくらいだ。
帰宅する際ですらも家まで走り込みをしていた浅水先輩と、こうしてまた一緒に下校できるのは、凄く嬉しい。
この間までは練習中にプール場をフェンス越しに眺めていても気付かれなかったし、ましてや触れることすらできなかった。それがやっと、視線が合うようになって触れられるようになって。……健全な男子高校生としては、やましい気持ちを持ったって仕方ないだろう。
大会が終わって、金曜日の今日になるまで、この一週間。浅水先輩はやたらと、俺に触れてきた。
頭を撫でて、頬に手を添えて。……それ自体が嫌なわけじゃ、ない。
ただ、俺は……。
……いくら盛っていても、場所は選びたいだけなのだ。
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