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【家族以上】 *
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しおりを挟む来栖二ツ矢こと、俺は今。
小さな明かりに灯された和室で、一人……紺色の浴衣を着ながら、筆を執っている。
このご時世、パソコンやらスマートホンやらで簡単に小説を書ける時代だ。
わざわざ、原稿用紙に向かって小説を書いている奴なんて、希少な存在だろう。
――それでも俺は、この執筆スタイルが好きなのだ。
気に入った万年筆を使って。
まっさらな原稿用紙を、黒いインクの色で埋めていく。
この光景は、何度見ても飽きない。
書き損じた際に、原稿用紙をグシャグシャに丸めてゴミ箱へ投げる行為も、ありきたりだが嫌いじゃない。
そしてなにより……アナログなこの執筆方法だと、機械音がしなくていい。あれは、そうだな……純粋に、雑音だ。
片手には、万年筆。
もう片方の手には、原稿用紙の感触。
そして襖を開けば、縁側がある。
いつの時代だと笑われるかもしれないが、和風なこの家屋すら、俺は気に入っているのだ。
縁側の向こうには、蛍が自由気ままに飛んでいる。
俺にとっては日常だが、見る人によっては風情だ何だと……まぁ特別な景色に見えるのだろう。
……季節は、夏。
学生にとっては夏休みであろう、この時期。
夜でもかなり、暑苦しい日が続いている。今日も例に漏れず、そこそこ暑い。
――それにしても、騒々しいな。
普段なら鈴虫の鳴き声が聞こえてくる程静かだというのに、今夜は違った。
――今日は、親戚がこの家に集まっているのだ。
笑い声や、騒々しい足音。
なんの音なのかよく分からない音までもが、俺の部屋に聞こえてくる。
パソコンのモーター音すら許せない俺にとっては、まったくもって実に不愉快極まりない音だ。
余談だが……この家には俺の両親と、母親の方の両親が住んでいる。
つまり……夏休み時期なのだから親戚一堂が会していてもおかしなことではないのだ。
だが俺は、どうにもその空気は……好きに、なれない。
だから俺は、書斎兼自室であるこの部屋に逃げ、仕事をしている。
……もう察しはつくだろうが、俺は小説家だ。
映像化や、有名な賞を貰ったりもしているが、それらに対して価値は見出せていない。
……偏屈だって? 言っとけ。
書きたいことを、伝えたいことを作品にしたいだけなんだよ。
それで食えているのは大変ありがたいが、決して楽でもない。
親戚の集まりから逃げてきたのは確かだが、執筆をしないといけないのも事実。
締切があるのは、やはり楽じゃない。
……と言っておけば、親戚と話さなくていいんだから、今日に限っては【締切】って二文字に御の字だな。
そんなことを考えていると、不意に。
――縁側に、人の気配を感じた。
「――おじさん」
縁側に立っていたのは、亜麻色の髪を短く切り揃えた一人の青年だ。
み空色の瞳は、俺に向けられてはいるが、本当に俺を見ているのか定かではない。
ボーッと突っ立っているその青年は、翠緑の浴衣に身を包んでいる。
「……シチか。どうした?」
青年の名前は、シチだ。
シチは俺の姉の息子で、確か二十歳になったばかり。俺からすると、甥だ。
姉の旦那――つまり、シチの父親はどこの国か忘れたが、外人。
だからシチは、ハーフってやつだ。
肌の色は白く、美白という言葉はシチの為の言葉なんじゃないかと思ってしまうほど。
中性的な顔立ちも相まって、一目見ただけではシチの性別が分からないだろう。
無口で、無表情。
いつもなにを考えているのか分からないし……実際は、なにも考えていないのかもしれない。
有り体に言ってしまえば……シチはよく、ボーッとしている。
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