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【天使に翼を手折られたい】 *

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 一日に一度、目が合うか合わないか。

 学校のアイドル的存在な佐渡様と、クラスでもガリ勉ぼっちキャラを貫いている俺と。……そんな俺たちに、関わる機会があるとは思えないだろう? それくらい、あのお方は対極におられるのだ。

 佐渡様を取り囲んでいる男たちは、決まってだらしのない顔をしている。
 下心が見え見えの、下卑た笑みを浮かべている男たち。それを俺は、快くは思えない。

 ……佐渡様は、クラスでも人気者だ。周りにはいつも、取り巻きのような男たちが付いて歩いている。
 そして、教師からの頼まれごとをこなしている姿も、拝見したことがあった。
 愛らしいお姿に、一挙一動の尊さと、凛々しさ。……まさに、天使のようなお方だ。

 そんな佐渡様と俺は、普段は会話もしないクラスメイトという関係性でいる。

 ──だが、実際は違う。


「あっ、真宵く~んっ!」


 佐渡様が俺に気付き、小走りで駆け寄ってこられる。

 普段なら俺がどこでなにをしていようが、佐渡様は気にも留めない。だがなぜか今日は、佐渡様が満面の笑みを浮かべて俺に近付いて来られたのだ。


「それ、重そうだね? ボクで良ければ、手伝おうか?」
「っ! ……っ」


 身長が百五十センチの佐渡様に比べ、無駄に成長している俺の身長は百八十センチ。……三十センチも背の高い俺を見上げる佐渡様は、とても可愛らしい。その可愛らしさに、思わず下半身が熱を持ちかける。

 しかし。この程度で佐渡様に過度な反応を見せるのは、低俗な家畜がすることだ。
 洗練された家畜魂を持った俺は、動揺を顔にも体にも出さない。


「結構。一人で十分だ」


 佐渡様は、俺とは【ただのクラスメイト】だと周りに思わせていたいらしい。
 ならば俺も、佐渡様とは仲の良くないクラスメイトを演じるのみ。それが常日頃、俺に与えられている【佐渡様からの命令】だ。

 素っ気無く佐渡様に応対してから、俺は教室に向かって歩き出す。
 すると、なぜか佐渡様も俺の後をついて歩き出したではないか。

 ……はて。これは、いったい?

 昼休みが終わるまで、まだ時間がある。佐渡様が急いで教室に戻る必要は、なさそうだ。
 が。現に佐渡様は、俺の後をついてきている。それはつまり、俺になにかを察してほしい……ということなのではなかろうか。

 俺は立ち止まって、佐渡様を振り返った。


「なに」
「ん~?」


 あくまでも素っ気無く、声をかける。

 佐渡様は両手を後ろ手に組んで、俺を見上げていらっしゃった。表情は明るく、思わず写真を撮りたくなるほどの愛らしさだ。……まるで、芸術品のようにも見える。


「今日は天気がいいねっ」


 佐渡様が仰る通り、今日の天気は──ザンザン降りの大雨です。

 けれど、主が『いい天気だ』と言うならば。雨でも、雪でも、雷でも、雹でも。それらはすべて【いい天気】なのだ。
 内心では激しく同意をするも、顔には一切出さない。


「真宵君。それ運んだ後って、またいつもみたいに自習するの~?」


 佐渡様の素朴な疑問に、思わず胸を押さえたくなる衝動に駆られる。

 今、佐渡様は『いつもみたいに』と仰った! それはつまり、佐渡様はいつも俺を見てくださっているということでしょうかっ?

 ……はっ! 危ない、今のは、なかなか危なかった。危うく口角が緩むところだったが、なんとか堪える。
 俺は、低俗な家畜とは違うのだから。


「そのつもりだ」
「じゃあ、ボクと校内でお散歩しよ?」
「なんで俺が」


 お言葉ひとつひとつに愛らしさが詰め込まれているのは、わざとなのだろうか。計算──いや。自分の主の物言いを解析するだなんて、不躾にもほどがある。恥を知れ、俺。


「ダメ?」


 上目遣いで、俺ごとき家畜の顔を見つめてくださって。ダイヤモンド以上に価値のある瞳を、ウルウルと潤ませながら。思慮深く俺に訊ねてくださる佐渡様に対して【拒否】という二文字が、浮かぶはずもない。

 ……しかし。ここにはまだ、人の目があった。 




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