ネクタイで絞めて

ヘタノヨコヅキ@商業名:夢臣都芽照

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第11話【恋仲】

前編

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 その日真駒は仕事に集中できず、残業を余儀無くされた。
 事務所で会議に使う文書を作成していると、背後から足音が聞こえてきて……真駒は慌てて後ろを振り返る。

 優しい笑みを浮かべた椎葉が、真駒の後ろに立っていた。いつもの笑顔よりも断然明るくて、上機嫌そうな笑みだ。

 椎葉は真駒のパソコンに映る書類データに視線を向け、可笑しそうに笑いだす。


「誤字だらけだけど、気付いてる?」
「え……あ、あっ、す、すみません……っ!」
「動揺しすぎ。あははっ」


 椎葉に笑われ、真駒は耳まで赤くなる。

 朝……自分の気持ちを口にした真駒は、窒息するんじゃないかと不安になる程、何度も椎葉にキスをされた。トイレの個室から出た後も、椎葉の唇の感触が忘れられなかった真駒は、何度も椎葉の座る課長席に目を向けてしまい……その度に椎葉が真駒に笑みを返すものだから、尚更仕事に集中できなくなり……今に至る。

 真駒は椎葉に指摘された誤字を慌てて修正し始めるが、集中できない。恐る恐る、後ろに立つ椎葉を振り返る。

 椎葉は変わらず、満面の笑みだ。意識しているのが自分だけだと気付き、真駒は尚更恥ずかしくなり、俯く。
 手を止めてしまった真駒を見下ろして、椎葉は笑みを浮かべたまま口を開いた。


「今日はもう帰らない? 続けたところで、たぶんそれ……完成しないよ」


 何かを言いたげに開かれた真駒の唇に、椎葉は触れるだけのキスを落とす。予想外の行為に、真駒は全身を硬直させ、もう一度俯く。

 椎葉が満足そうに微笑みながら、自分のデスクに向かって歩いていく姿を、恨めしそうに見つめる。

 真駒は誤字だらけのデータを上書き保存すると、帰り支度を始めた。物音で、椎葉も帰り支度を始めているのだと気付き、真駒は慌てて顔を上げる。


「か、課長……? も、もしかして……ま、待って、たんですか……っ?」
「ん? うん」
「な、ど、どうして……?」


 動揺している真駒に近付き、椎葉は小首を傾げながら答えた。


「上司が部下を待つのに、理由って必要?」
「あ……そ、そう……です、よね……すみません……っ」


 一瞬、自分だから待っていてくれたのでは……そう期待してしまっただけに、真駒は視線を逸らす。

 そんな真駒の反応を見て、椎葉は満足そうに笑った。


「あははっ! 冗談だよ、冗談。君は本当に、分かり易くて可愛いね」
「っ!」


 椎葉の言葉に、真駒はからかわれたのだと気付く。

 真駒はパソコンの電源を切ってから鞄を手に取り、笑う椎葉を置いて事務所を歩き出す。

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