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第1話【鑑賞】
前編
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八月……世間では【クールビズ期間】とされているこの季節が……真駒摘紀は、嫌いだった。
それは、自分が薄着をしなくてはいけらいから。――では、ない。
――むしろ、周りが薄着になるからだ。
容赦無く降り注ぐ日の光に、背くよう俯く真駒の姿を、周りは意識していない。ゆっくりと歩く真駒を追い越したところで、わざわざ注視する者など、いなかった。
それもそうだろう。通勤時間が同じだとしても、歩いているのは名も知れない他人だけ。そんな人々を、わざわざ意識する人なんている筈ない。
――ただ一人、真駒だけを除いた一般論だが。
真駒は俯きながら、溜め息を吐く。
俯いているのは、夏の日差しが眩しいから。勿論、それも理由の一つだ。
けれど、真駒が俯いている最大の理由は……自身の性癖を暴走させない為の、自衛行為だった。
真駒は鞄を持っていない方の手で、自身の首元を力強く掻き始める。そんな真駒の首元には、無数の引っ掻き傷があった。
(痛い……気持ち悪い……っ)
癒えていない傷を更に痛めつけ、真駒は眉を寄せる。暑さによって汗ばんだ首元は、触るとベタベタしていて……それでいてヌルヌルとした感触に、真駒は吐き気を催す。
――けれど、真駒はそれで良かった。
いつの間にか職場に辿り着いていた真駒は、顔を上げる。自動扉が開くと、冷房のおかげで心地良さを感じた。
「真駒さん、おはようございます」
同じ課の職員に声を掛けられ、真駒は自身の首元から手を放す。
「お、おはよう……ござい、ます……っ」
「あ! また首、引っ掻いたんですか? その癖、直した方がいいですよ?」
「そ、そう……です、ね」
心配そうに寄せられた言葉へ、真駒はぎこちない笑みを浮かべて返答する。
自分のデスクへ向かい席に着いてから、真駒は自分の爪を見た。その後、小さな鏡を引き出しから取り出し、首元を見る。
(血……)
爪に血が付着していた時点で気付いていたが、首元にはうっすらと血が滲んでいた。真駒は立ち上がり、トイレへ向かおうと歩き出す。
――その時だった。
「おはよう、真駒君」
聞き覚えのある声が、真駒を呼び止めたのだ。
真駒はゆっくりと振り返り、声の主へ体を向ける。
「お、おはよう……ござ――」
「首。血が出てるよ」
「あ、は、はい……い、今……洗って、こようと……思って……っ」
真駒に声を掛けた青年は真駒の首を指で指し示しながら、笑みを浮かべた。
「ハンカチでも貸そうか?」
「え? あ、いや――」
「ホラ、早く。歩く歩く」
「え、え? あ……っ?」
背中を叩かれ、真駒は慌ただしくトイレへと向かう。そんな真駒の後ろには、青年が付いてきている。
青年は真駒に付いて歩きながら、話を振ってきた。
「クールビズ期間になって、普段よりも首元見えちゃうんだから、もう少し気を付けた方がいいよ?」
「す、すみません……っ」
「って、このやり取り何回目だっけ?」
そう言って笑う青年の顔を真駒は直視できずに、硬い笑みを浮かべる。
それは、自分が薄着をしなくてはいけらいから。――では、ない。
――むしろ、周りが薄着になるからだ。
容赦無く降り注ぐ日の光に、背くよう俯く真駒の姿を、周りは意識していない。ゆっくりと歩く真駒を追い越したところで、わざわざ注視する者など、いなかった。
それもそうだろう。通勤時間が同じだとしても、歩いているのは名も知れない他人だけ。そんな人々を、わざわざ意識する人なんている筈ない。
――ただ一人、真駒だけを除いた一般論だが。
真駒は俯きながら、溜め息を吐く。
俯いているのは、夏の日差しが眩しいから。勿論、それも理由の一つだ。
けれど、真駒が俯いている最大の理由は……自身の性癖を暴走させない為の、自衛行為だった。
真駒は鞄を持っていない方の手で、自身の首元を力強く掻き始める。そんな真駒の首元には、無数の引っ掻き傷があった。
(痛い……気持ち悪い……っ)
癒えていない傷を更に痛めつけ、真駒は眉を寄せる。暑さによって汗ばんだ首元は、触るとベタベタしていて……それでいてヌルヌルとした感触に、真駒は吐き気を催す。
――けれど、真駒はそれで良かった。
いつの間にか職場に辿り着いていた真駒は、顔を上げる。自動扉が開くと、冷房のおかげで心地良さを感じた。
「真駒さん、おはようございます」
同じ課の職員に声を掛けられ、真駒は自身の首元から手を放す。
「お、おはよう……ござい、ます……っ」
「あ! また首、引っ掻いたんですか? その癖、直した方がいいですよ?」
「そ、そう……です、ね」
心配そうに寄せられた言葉へ、真駒はぎこちない笑みを浮かべて返答する。
自分のデスクへ向かい席に着いてから、真駒は自分の爪を見た。その後、小さな鏡を引き出しから取り出し、首元を見る。
(血……)
爪に血が付着していた時点で気付いていたが、首元にはうっすらと血が滲んでいた。真駒は立ち上がり、トイレへ向かおうと歩き出す。
――その時だった。
「おはよう、真駒君」
聞き覚えのある声が、真駒を呼び止めたのだ。
真駒はゆっくりと振り返り、声の主へ体を向ける。
「お、おはよう……ござ――」
「首。血が出てるよ」
「あ、は、はい……い、今……洗って、こようと……思って……っ」
真駒に声を掛けた青年は真駒の首を指で指し示しながら、笑みを浮かべた。
「ハンカチでも貸そうか?」
「え? あ、いや――」
「ホラ、早く。歩く歩く」
「え、え? あ……っ?」
背中を叩かれ、真駒は慌ただしくトイレへと向かう。そんな真駒の後ろには、青年が付いてきている。
青年は真駒に付いて歩きながら、話を振ってきた。
「クールビズ期間になって、普段よりも首元見えちゃうんだから、もう少し気を付けた方がいいよ?」
「す、すみません……っ」
「って、このやり取り何回目だっけ?」
そう言って笑う青年の顔を真駒は直視できずに、硬い笑みを浮かべる。
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