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9話【夢】

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 その日、俺は懐かしい夢を見た。

 それはまだ、俺が腱鞘炎で通院していた時のこと。いつも通り病院へ通い、受付を済ませた時だ。


『今日の外科の先生、他種族なんだってさ』
『えぇ~……気持ち悪い。ハズレじゃん』
『キャンセルしようかなぁ……』


 受付を済ませて椅子に座った時、そんな話が聞こえてきた。
 それらの言葉に、悪意はなかっただろう。純然たる、本心だ。

 だけど俺は、どうしてもその言葉が許容できなかった。

 ――何故なら、目の前で山積みの書類を抱えて歩いている他種族の先生が……とても、悲しそうな顔をしていたから。

 だから俺は、立ち上がった。


『――手伝いましょうか』


 喧騒と雑音から、少しでも気を逸らしてあげたい。そんな大義面分は持っちゃいない。

 ただ、何となく……何故か、このまま放っておけなかった。理由はそんなフワフワしたものだけ。

 大きな赤い瞳を揺らして、キラキラと粉雪を舞わせていたその先生は……泣き出してしまいそうな情けない表情のまま、へらりと情けなく笑ってくれたのを……今でも、憶えている。


『ありがとう、ございます』


 そう言ったくせに書類を一切手渡さず、その先生は歩いて行ってしまった。

 もしかしたらあの表情はデフォで、患者の話なんて聞こえていなかったんじゃないか。後になって、そう思った。

 だけど自分が間違えたとは思いたくないので、俺はその先生が残した感謝の言葉を都合よく受け入れる。

 ――どうか、他種族であることを悲観しないでほしい。

 ――少なくとも俺という人間は、そんなこと気にしちゃいないのだから。

 そう考えたところで、俺はゆっくりと目を覚ました。



 昼休み、同僚に今日見た夢の話をしてみると……何故か、ゲラゲラと笑われた。


「ハハハッ! 何だよ山瓶子! その他種族の先生が好きなのか?」
「……ム?」
「夢にまで見たんだろ? で、今の担当医? もうそりゃ恋だろ、恋!」
「ム、ムゥ……?」


 ……何て?

 どうして夢に雪豹先生が出てきただけで、恋だと決めつけられなきゃいけないのか。訳が分からず眉間に皺を寄せると、別の同僚が近寄ってきた。


「アレか? 夢に見るほど想ってる~ってやつ!」
「あ? 夢に出てくるのは相手が自分を想ってるから……とかじゃなかったっけ?」
「それ何時代の話だよ!」


 駄目だ。飛躍しすぎていてよく分からない。
 俺はただ……他種族に対してどう思っているのか訊きたかっただけなのだが。


「その先生って男だけど、雪なんだろ? じゃあ、女の体に変身できたりするんじゃね?」
「セクハラだぞ!」
「好きな体型になってもらえるじゃんか! ヒューヒュー」


 確かに、雪豹先生は時々身長が低かったりするが……女の体になれるのか、気にしたこともない。

 想像力豊かな同僚を、もう一人の同僚が宥めているが……根本の会話からついていけていない俺は、ただただ困惑し続けた。

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