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【星巡り】
【音のある星】
しおりを挟むその星で出会ったのは、視力を失った青年だった。
「音さ。僕たちには音があればそれでいい。なぜなら、音は素晴らしいからね。……ねぇ、旅の人。君もそう思わないかい?」
瞳を閉じた青年は、風に髪を揺らしながら私に微笑む。
この星は、音で満ちている。少し耳を澄ませば、あちらこちらから音が飛び込んできた。
──貴方は今、なにを聴いているのですか?
青年に訊ねると、静かな声が返された。
「君の声と、風の音。僕の心音も微かに聞こえるし、君が動く度に、土を踏みしめる音も聞こえるね。つまり、沢山の音だ」
──【沢山】?
耳を澄ませてみると、青年の言っていることが分かる気がする。
今まで気にしたこともないような、音の波。それらが一気に、私の鼓膜を揺さ振ってきた。……どうやら、この星は音に溢れている星らしい。
──貴方は今、沢山の音を聴いているのですよね?
──貴女はそれを、喧しくは思いませんか?
青年は、一瞬だけ口をポカンと開けた。
「『喧しいかどうか』かい? とんでもないね。なぜなら、僕はその音に耳を傾けているんだ。そして、音はそれに応えるよう、鳴り響いてくれている。ならば、これ以上に素敵なことなんてないと思わないかい?」
──なるほど。
この星で重要なのは、音があるかどうか。音があるならそれで良くて、ないならそれまでらしい。
奥深い星だとは、思う。ここで暮らしたなら、私は静かな孤独を感じないのかもしれない。
──もうひとつ、質問してもいいですか?
「かまわないよ。なんだって訊いてくれ」
青年の笑みに頷いた後、私は訊ねた。
──貴方自身がお金を失くし、地位もなく、音以外の娯楽を楽しめなくなったとしたら。……それでも貴方は、かまわないのですか?
青年は……やはり、笑みを崩さなかった。
「──当然さ。なぜなら、僕が欲しいのは音だけだからね。お金の音なんて求めたことはないし、地位のおかげで音を聴いているわけでもない。この音は貴族や権力に縛られていないだろう? だから、お金や地位が僕の心を満たすことはできないんだよ」
──どういうことでしょうか?
男性はゆっくりと、まるで子守歌を聞かせるかのような落ち着きぶりで私に語る。
「お金や地位があるから聞こえる音も、確かにあると思う。……けれどそれは、音を楽しんでいるわけではないだろう? お金と権力を使って発生させた音なら、それは音を聴いているということにはならないさ。そんなもの、音という概念とは根底から違うのだからね。……そうだろう?」
それは……私にとって目から鱗が落ちるような話だった。
それが、この星の【音】。この星の、全てなのだ。
──お金がなくても、音があるのなら。……貴方は、幸せですか?
私の呟きに対する返事は、私に対するものではなかった。
「──あぁ、くるよ。凄い音が、くる。初めての人は戸惑うだろうから、気をつけた方がいい」
不意に。
私は大きな音の波に、よろめいた。
足を踏み外した私は。……そのまま、星から落下した。
「あぁ、そうだ。そう言えば、君……どうして──」
青年の声が、よく聞こえない。
音のある星が、どんどん遠ざかっていく。
……もしも、もしも。
あの星の人々が、この耳を揺さ振る激しい落下音を聞いたら。彼等は、どう思うのだろう。
あの星から落下していく私には、到底分かるはずもない話だけれど。
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