短編集[作:ヘタノヨ コヅキ]

ヘタノヨコヅキ@商業名:夢臣都芽照

文字の大きさ
上 下
34 / 78
【星巡り】

【音のある星】

しおりを挟む



 その星で出会ったのは、視力を失った青年だった。


「音さ。僕たちには音があればそれでいい。なぜなら、音は素晴らしいからね。……ねぇ、旅の人。君もそう思わないかい?」


 瞳を閉じた青年は、風に髪を揺らしながら私に微笑む。

 この星は、音で満ちている。少し耳を澄ませば、あちらこちらから音が飛び込んできた。

 ──貴方は今、なにを聴いているのですか?

 青年に訊ねると、静かな声が返された。

「君の声と、風の音。僕の心音も微かに聞こえるし、君が動く度に、土を踏みしめる音も聞こえるね。つまり、沢山の音だ」

 ──【沢山】?

 耳を澄ませてみると、青年の言っていることが分かる気がする。
 今まで気にしたこともないような、音の波。それらが一気に、私の鼓膜を揺さ振ってきた。……どうやら、この星は音に溢れている星らしい。

 ──貴方は今、沢山の音を聴いているのですよね?

 ──貴女はそれを、喧しくは思いませんか?

 青年は、一瞬だけ口をポカンと開けた。


「『喧しいかどうか』かい? とんでもないね。なぜなら、僕はその音に耳を傾けているんだ。そして、音はそれに応えるよう、鳴り響いてくれている。ならば、これ以上に素敵なことなんてないと思わないかい?」


 ──なるほど。

 この星で重要なのは、音があるかどうか。音があるならそれで良くて、ないならそれまでらしい。

 奥深い星だとは、思う。ここで暮らしたなら、私は静かな孤独を感じないのかもしれない。

 ──もうひとつ、質問してもいいですか?


「かまわないよ。なんだって訊いてくれ」

 青年の笑みに頷いた後、私は訊ねた。

 ──貴方自身がお金を失くし、地位もなく、音以外の娯楽を楽しめなくなったとしたら。……それでも貴方は、かまわないのですか?

 青年は……やはり、笑みを崩さなかった。


「──当然さ。なぜなら、僕が欲しいのは音だけだからね。お金の音なんて求めたことはないし、地位のおかげで音を聴いているわけでもない。この音は貴族や権力に縛られていないだろう? だから、お金や地位が僕の心を満たすことはできないんだよ」


 ──どういうことでしょうか?

 男性はゆっくりと、まるで子守歌を聞かせるかのような落ち着きぶりで私に語る。


「お金や地位があるから聞こえる音も、確かにあると思う。……けれどそれは、音を楽しんでいるわけではないだろう? お金と権力を使って発生させた音なら、それは音を聴いているということにはならないさ。そんなもの、音という概念とは根底から違うのだからね。……そうだろう?」


 それは……私にとって目から鱗が落ちるような話だった。
 それが、この星の【音】。この星の、全てなのだ。

 ──お金がなくても、音があるのなら。……貴方は、幸せですか?

 私の呟きに対する返事は、私に対するものではなかった。


「──あぁ、くるよ。凄い音が、くる。初めての人は戸惑うだろうから、気をつけた方がいい」


 不意に。
 私は大きな音の波に、よろめいた。

 足を踏み外した私は。……そのまま、星から落下した。


「あぁ、そうだ。そう言えば、君……どうして──」


 青年の声が、よく聞こえない。
 音のある星が、どんどん遠ざかっていく。

 ……もしも、もしも。
 あの星の人々が、この耳を揺さ振る激しい落下音を聞いたら。彼等は、どう思うのだろう。

 あの星から落下していく私には、到底分かるはずもない話だけれど。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語

六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

秘事

詩織
恋愛
妻が何か隠し事をしている感じがし、調べるようになった。 そしてその結果は...

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...