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37話 翔子さんの翔

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「待って!島ちゃん先生、待って!」

廊下をドタバタと走る男子。

黒縁の眼鏡をかけ、ボサボサ髪で全身ジャージの島田先生が振り向いた。

「八王子?寝坊?珍しいな」

「俺セーフですよね?」

八王子と呼ばれた男子は息をハァハァしながら島田先生と並んで歩いた。

「うーん理由による!」

「え?厳しくない?理由は…昨日全然寝てなかったから、いつの間にか駅の待合室で寝てて電車乗り過ごした…後輩いたのに起こしてくんなかった」

「中光大翔?」

「なんでわかんの?!」

「さっき廊下走ってるとこ見た。お前ら一緒に登校してんの?仲いいなぁ。高文展もお互いをモデルにしてたし」

「や、偶然。仲良い…かなぁ。で、俺遅刻じゃないよね?」

「全然だいじょーぶ。SHR始めるぞー」

島田先生とレオは3年の教室に入っていった。




ライン☆中光家☆ メンバー4名

オカン「たーくんはちゃんと学校いった?」

大翔「もちろん」

オトン「2人とも何時に帰る?」

千鶴「私はすぐ帰るから4時にいるよ」

千鶴「お母さん病院どーだったの?」

大翔「俺は部活あるから7時くらい」

オトン「大翔、部活休めない?」

大翔「なんで?」

オトン「お母さん今夜から入院するから…」

千鶴「え?そんなにヤバいの?何の病気?」

大翔「分かった休む」
 
千鶴 (通話終了)

千鶴「電話でろ~何の病気?」

千鶴「そんなヤバいの?」



中光家 自宅

「ただいま!お母さんお父さんいるの?」

リビングから「ちーちゃんおかえり~」と父の声が聞こえる。

「電話でてよ!」

「入院準備とか色々あって…」

「それで何?何の病気?」

「いまお母さんも呼ぶから…さっちゃん起きれる?そっちに皆呼ぼうか?」

「大丈夫………」

「オカン1日あってないだけなのに痩せた気がする…」

「………ふぅ……………。」

母は重そうな足取りで、ゆっくりと椅子に座った。

千鶴はもうすでに瞳が潤んでいる。


「今日……お父さんに病院に連れて行ってもらって………あの……落ち着いて聞いてね?」


千鶴と大翔はコクっと頷く。

母は覚悟を決めて顔を上げ、千鶴と大翔の顔を見る。そしてテーブルを見つめながら話した。

「お母さん…妊娠しました!」

千鶴と大翔が停止する。千鶴から先に声を出した。

「誰の子?????」

「お父さんに決まってるでしょ!!!!!」

「え?????なんで?????なんで妊娠したの????」

千鶴はパニックになっている。大翔もパニックで固まってしまった。

「だって、私が妹欲しいって言ったら、お母さんはもう赤ちゃんできないのって言ってたじゃん???」

「本当に今まで、どーやってもできなかったの。何でか分からないけど…自然妊娠したの」

「オカンすご…40歳なのに…」

「大翔、私は38歳よ。お父さんが40歳。二度と間違えないで」

母の目がギッとこちらを見た。

「それで、つわりだったの。吐き気の原因は。千鶴のときは、つわりなかったのに…ほんとつらくて…オエ………」

膝下に置いたビニール袋に、空っぽの胃から無理やり吐き出した。

大翔と千鶴は(千鶴のときって…)と思ったが、父は何も気づいていなかった。

「あとは俺が話すからもう寝たら?入院の準備終わったら呼ぶから」

父に促され、母はノロノロと寝室に戻っていった。

千鶴はボーとしていたが、それ以上に大翔はボーとしていて一言も話さなかった。

「いや…ほんと…おめでとう…びっくりした…まさかこの年で妹ができるとは…」

「性別わかんないよまだ、いま妊娠2ヶ月で来年の2月9日が出産予定日」

「うわ…現実味がすごい…2月…まだまだ…いや、もうすぐ…え…?赤ちゃんがうちに…?」

父は涙を流した。

「2人の子はできないと思ってたから…嬉しい…ぐす…ぐす…まだ妊娠初期だし、高齢出産だからどうなるか分からないけど…う………」

父は人目を気にせずにボロボロと涙を流した。

千鶴は(2人の子は…って)と思った。

大翔はつぶやいた。

「そっかぁ。初めての2人の子どもだもんな…嬉しいよな。おめでとう。俺も嬉しい…マジで」

父は「うん…うん???3人目の子だが?」

「お兄ちゃん今言うそれ??母体に良くなくない??」

「俺なんか変な事言った?」

「まぁお母さんも、さらっと千鶴を妊娠したときは~って言ってたけどさぁ…。」 

父は焦り始めた。

「何の話してる?????千鶴を妊娠って…いや、大翔も、だが?!」

奥の部屋から悲鳴が聞こえた。

「母子手帳がない………!!!!!保険証もない!!!!」



再び4人家族はそろい、話し合いが行なわれた。

「2人の言う通りよ…。私達は連れ子同士の再婚。あなたたちが1歳の時。誕生日は偶然同じ。千鶴の方が早く生まれたけど、なんでか、たーくんがお兄ちゃんって呼ばせたがってそのままに。千鶴の父親と大翔の母親は別の人…です。」

母はつわりとは別にげっそりとしていた。

「お母さん…母体によくないから、お願いだから自分を責めないでね?!」

「千鶴の記憶、本当だったんだ。カミングアウトしたら俺が暴れたって。だから言えなくなったと」

父はウンウンと頷く。

「その時の大翔は本当にすごかった。昔から千鶴が大好きで、千鶴依存症って冗談で言ってたけど。まさか双子じゃない事にショックを受けて、見境なしに物を投げて部屋中のガラスが割るなんて思わなくて…」

母は遠くを見る。

「じつは千鶴の方がお姉さんで~す(笑)って、おもしろおかしく言ったのがキレた決め手だったかな…」

「俺、何も覚えてないわ…」
 
「ママも時間経ってから、もしかして夢なのかな?優しい大翔がそんなことするわけないよね?って思ったことあるんだけど、あなたの耳の後ろに怪我の跡残ってるし。紛れもない真実なのよねえ…」

「何もかもお兄ちゃんのせいじゃん」

「俺のせい…」


母は口元をタオルで押さえながら話した。

「ちゃんと話せる年齢になったから改めて言おうと思ってたんだけど…その時期に血の繋がらない兄妹恋愛の漫画が流行って…なんかそれはそれで言いにくくて…」

「俺って親にまで危険なシスコン野郎だと思われてたんだ…」

両親は気まずそうに「いや、そんな…」 「思春期だしほら…」とボソボソ言った。

大翔は(否定してよ)と思った。

「私の父親が蒼 零士なんてほんと信じられないよ。遺産もらえないの?」

「遺産?お金なかったよ、あの人」

「あんな映画出てたのにお金ないの????」

「映画?」

「月影の夜明け侍シリーズいっぱい出たじゃん」

「月影の…?」とつぶやいた両親はドッと笑った。

千鶴と大翔は呆気にとられた。
 
「あはは…もしかして俳優の蒼 零士のこといってる?」

「やっだ、ちーちゃん…たしかにママはファンだったけど…そういえば同姓同名だったわね」

「全然違うよ、蒼 零士は…千鶴のお父さんはバンドマンだったんや」

千鶴の表情が怒りに変わる。

「嘘ついてるよね?偶然、本名と誕生日が同じなのありえなくない?ここ1960年12月7日って」

母は母子手帳を確認した。

「え?見せて。違うよ1980年12月1日って書いてあるわよ」


「ええぇ???そんな…誰がどう見ても1960年12月7日じゃん…………」

「地元では有名なボーカルだったの。血染めのバラードっていうグループで、虚無(こむ)という名前で活動してたの。ママは追っかけをしてた」

「血染めのバラード…」

「でも結婚する前に…死んじゃって。ママと千鶴を残して…。それで、陣痛がきて入院してる時、隣の部屋でやたらと叫んでる人がいて。それが大翔の母親の翔子だったの」

「翔子………」
   
目の前の人が自分の母親ではない。何度も自分で確認した事実だが、本人から聞くと胸の重さがケタ違いだった。

「そこで仲良くなって、退院後も会ったりしてたんだけど、翔子は私に大翔を預けるようになったの。まだ生後2ヶ月のフニャフニャの赤ちゃんの時から」

千鶴は「翔子ひど」と言った。大翔は黙って聞いていた。

「それで翔子と殴り合ったり色々あって…翔子が心を入れ替えた時もあったけど、結局は生後半年で、離婚届だけ置いて逃げていったの。パパとは…なんか自然とお付き合いしてて…」
 
パパは苦い表情だ。

(ママが殴り合い…?)

「翔子が生きてるか死んでるかも分からなくて…まさかこんな形で再会するとは思わなかったよ…」

「オトン翔子に会ったの?」



喫茶店。

レオは1人でアイスコーヒーを飲んでいる。彼に声をかけたのは、金髪で、やたらでかいサングラスをした派手な女だった。
 
「レオくん~♡デートのお誘いアリガト♡」
 
レオは「翔子さん」と呼び苦笑いしている。

翔子は向かいに座って、レオからハガキの束を受け取った。

「私の行きつけの沢山のお店にこのフライヤーを置いてもらえばいいのね。あの子、絵が上手だと思ってたけど個展するほど真剣にやってるのね~。偉いわ~♥」  

「会員制とかバーは俺ら入れないからお願いします。あと1個お願い聞いてくれたら俺を殴った件はチャラにします」

翔子は固まってハガキを見ていた。

「どうですか、芸術家の翔子さんから見て大翔の絵は」  

「たいし……なかみつ…たいし?」

「そうです」  

「…漢字……は?」

「中に光る、大きい、翔。“し”は、翔子さんの翔ですよ」

「えええぇぇ~~ちょっと待って~~~~~~~誕生日は2008年11月14日だったりする~~~???」

「そうですけど…なんで知ってるんですか?」 



中光家

「ブイブイメーキャップの翔子???」  

大翔は目も口も開いていた。

母は苦い表情だ。

「濃いメイクしてても…あの顔…忘れないわ」

「昔からメイクが好きだとは聞いていたけど、まさかNYで活躍する世界的なメイクアーティストになってるとは思わなかったよ」

「お兄ちゃんの母親が芸能人って!!!なにそれ!!………なにそれ………ぐす………」

大翔は動揺して「千鶴?!なんで今泣き出す?」と横を向いた。

「私のお父さん俳優だと思ったのに…パパとママに笑われるし…本当は変な名前のバンドしてるし人だし…ぐす…ぐす…」


「虚無だって芸能人みたいなもんじゃない…うっ…吐きそ…」

「いやだそんな変な名前のお父さん…蒼 零士が良かった…友達にも話したし…切り抜き動画も何十回も見てボルテージ上げたのに…」

「千鶴は…パパが普通の会社員じゃ…うっ…嫌なのか…ぐすっ…パパは特別な才能がないから…」

「それを言ったら私も翔子みたいな…おえ…………カリスマ性もないし………うっえ」

千鶴はピーピー泣く、母は吐いて泣く、父もしくしく泣く。

大翔はカオスになった家族を眺めることしかできなかった。


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