マチエール

カマンベール

文字の大きさ
上 下
29 / 57
3

29話 お寿司

しおりを挟む
県立美術館。市から代表で選ばれた作品を制作した高校生達が会場に集まり、作品鑑賞を楽しんでいる。
 
「すげ、俺たちの絵、並んで飾ってある」

湊と大翔は美術部の顧問の車に乗って県立美術にやってきた。

2人とも薄水色のシャツ、明るい水色チェックのネクタイとスラックスを履いている。

大翔は黒のリュックを担いでオレンジのクロックス履き、湊はスクールバッグを持ち茶色の革靴を履いている。
 
「湊の絵も県立に進むと思わなかった。特別賞だけど、市立美術館のエントランスに飾るだけって意味に聞こえた」

「俺もそう思った。県立に進んで嬉しいなあ」


「あれ?大翔くんと、そのお友達だ~」

明るい声の方を見ると赤髪を結んだ、キラキラオーラの男がいた。ノーネクタイで薄水色のシャツを着て、水色チェックのスラックス、茶色の革靴、生成り色のトートバッグを持っている。

大翔と湊が着るとコスプレ感の強い制服なのに、鳩田淳が着るとしっくりくる。

大翔は(今日もオーラがすごい…)と思った。

「2人は美術の先生の車で来たの?すごいね!俺は普通に電車で1人で来たよ~!」

「八王子先輩と一緒じゃないんですか?」

「なんか最近忙しそうで~。俺ももう八王子家から卒業する時期だな~て、しみじみ思う」

(八王子家からの卒業?)

大翔と湊が頭にハテナを浮かべていると、マイクを持った大人が前に出た。

「お待たせいたしました。国立美術館に進む作品が決定しましたので発表いたします。美術部門からは……………」



「湊くんは人を感動させる能力があるね~」

笑顔の淳が、おしぼりで手を拭きながら、目の前に座る湊を褒めた。その横には大翔が座っている。

「まさか僕の絵が国立に進むなんて…」

湊は表彰が入った筒をテーブルの上に立たせている。

美術部門から1枚だけ選ばれた作品は湊の描いた昇り龍だった。

まさか自分が選ばれるとは思わず、発表の言葉を全く考えていなかったため、適当に思いついた言葉を話していたが、会場では涙する人が何人も見えた。

「俺も選ばれたかったな~。今日は奢るからいっぱい食べてね♡」

そういって淳は、テーブルの横についている蛇口を捻ろうとした。

「わわわ、危ないですよ!火傷しますって」

湊が素早く湯呑みを差し出して、お湯を受け入れた。

「火傷…?手洗い場で…?」

湊は湯呑みに、お茶の粉をいれながら質問した。

「手????これお茶作るための熱湯でる蛇口ですよ?…淳先輩、もしかして100円寿司初めてですか…?」


「うん、初めて。CMで見て行ってみたくて…でも職人さんも見当たらないし、どうやって注文するかもわかんない…😣」

「サンプル品すごい本物みたい」といって、流れているマグロを指でつつこうとしたので、大翔が慌てて皿を取り上げた

「だめ!食べないのにベタベタ触っちゃ!」

「それ食べれるの?」

大翔と湊はタッチパネルの使い方、お皿の取り方、わさびの出し方、お会計の仕組み…全てを細かく教えた。


「鳩田先輩の実家ってお金持ちなんですね…回らない寿司しか知らないなんて。一人暮らししてるのもすごいですし」

教え疲れた大翔は、マグロを食べながら本音まま話した。

淳は驚いた顔をした。

「お金持ち…?真逆だよ!両親はパチンカスのアル中借金持ちで、俺は放置子だしバカだから常識がなくて」

大翔と湊の思考と手が止まった。淳の口から出てくると思えないな言葉が出てきたから。

大翔が「ほうちご…?」とつぶやいた。

「ずっと公園にいたり、外うろついてて、大人に構ってもらおうとしてたよ」

「だ、だから家事力すごいんですか?あのバズってるナイトルーティンの動画、あの動きはかなり手慣れてますよね」湊は焦った顔をしながら口を開いた。

「あれは全部レオに教えてもらった。小3のとき、高熱で公園で倒れてたらレオのパパが俺のこと拾って。レオのママが歯科医だから、俺のひどい歯を全部治してくれたの」

淳は寿司に何もつけずに、箸でパクパク食べた。

大翔は醤油ボトルを持って説明した。

「先輩、お醤油はこれを使って、お皿はないので直接、ネタにかけて…それか空いたお皿に醤油をいれて…」

「寿司って醤油つけて食べるものなの?ありがと」

大翔と湊は微笑み顔で固まってしまった。

「八王子家に入り浸るようになって。泊まると両親が捜索願いだすから実家には帰ってたけど。ある日、レオが怒ったんだよね。自立しろって。そんでレオが家事とか全部教えてくれて。YouTuberになって稼げっていうから言われた通りした。キャラ作りのために髪赤くしろって言われてそうした」

淳はモグモグしながら上の空になった。

「俺がしっかり者で、いつも気だるそうで偉そうなレオを支えてるって設定で。レオが台本かいて編集もしてるけど、いい加減に八王子家から自立しなきゃなーと思って。あれ?これ話したらダメだったけ…?🙄」

大翔は鳩田淳のことを、しっかりした頼れるお兄さんだと思っていた。それは八王子レオの台本だったのか?

「大翔くんとレオ見てると、昔の俺とレオを思い出すんだあ。レオって枯れそうな観葉植物を買って育てるのも趣味だし。かわいそうな子はほっとけないっていうか。なんだかんだ言って人を育てるのも好きなんだよね多分」

そう言って笑う淳は、相変わらずキラキラしていた。そのキラキラは大翔の全身に刺さった。内側から痛みが走る。痛風になったのか?と思った。





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

熱のせい

yoyo
BL
体調不良で漏らしてしまう、サラリーマンカップルの話です。

5人の幼馴染と俺

まいど
BL
目を覚ますと軟禁されていた。5人のヤンデレに囲われる平凡の話。一番病んでいるのは誰なのか。

帰宅

papiko
BL
遊んでばかりいた養子の長男と実子の双子の次男たち。 双子を庇い、拐われた長男のその後のおはなし。 書きたいところだけ書いた。作者が読みたいだけです。

風邪ひいた社会人がおねしょする話

こじらせた処女
BL
恋人の咲耶(さくや)が出張に行っている間、日翔(にちか)は風邪をひいてしまう。 一年前に風邪をひいたときには、咲耶にお粥を食べさせてもらったり、寝かしつけてもらったりと甘やかされたことを思い出して、寂しくなってしまう。一緒の気分を味わいたくて咲耶の部屋のベッドで寝るけれど…?

【完結】出会いは悪夢、甘い蜜

琉海
BL
憧れを追って入学した学園にいたのは運命の番だった。 アルファがオメガをガブガブしてます。

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

αなのに、αの親友とできてしまった話。

おはぎ
BL
何となく気持ち悪さが続いた大学生の市ヶ谷 春。 嫌な予感を感じながらも、恐る恐る妊娠検査薬の表示を覗き込んだら、できてました。 魔が差して、1度寝ただけ、それだけだったはずの親友のα、葛城 海斗との間にできてしまっていたらしい。 だけれど、春はαだった。 オメガバースです。苦手な人は注意。 α×α 誤字脱字多いかと思われますが、すみません。

どうして、こうなった?

yoyo
BL
新社会として入社した会社の上司に嫌がらせをされて、久しぶりに会った友達の家で、おねしょしてしまう話です。

処理中です...