マチエール

カマンベール

文字の大きさ
上 下
26 / 44
2

26話 バラ

しおりを挟む
「俺、スピリチュアルカウンセラーになったほうが良いのかな?」

湊が黄色の花束を持って外を歩いている。

「館長さん…目潤んでたね。素晴らしい画力に加え、発表での言葉一つ一つに感銘を受けました…て」と隣にいた千鶴が話した。

「お母さんが言ったセリフの丸暗記しただけなんやけど…」

「じゃあお母さんがスピリチュアルカウンセラーになった方が良くない?」

「確かに。伝えてみよ」

2人は肩を並べて、広い歩道を歩き続ける。


「…お兄ちゃん、レオ様にどこ連れていかれたんだろ」

先生に解散といわれるやいなや、レオは大翔を捕まえて外に飛び出した。

「ほんと仲良いよな、あの2人」

「困るんだよね…推しカプの邪魔されるとさあ…最近まじで萎えて全然推せてない」

「千鶴ちゃんは…付き合えるならどっちが良い…?淳先輩かレオ先輩…」

湊は顔を赤らめながら、道路に視線を落として尋ねた。

「ない!ない!推しカプをそういう目線で見れない!」

「そうなんだ…」と言う湊の顔は微笑んでいた。

2人の足は止まった。

「湊、ありがと。家まで送ってくれて。また最近、首に蛇の入れ墨した人がうろついてるらしいから…助かりました」

千鶴は、はっちゃんの言葉を思い出した。「バ先(どんぐり書店)に金髪で首にヘビのタトゥーした人来たんだけど、もしかして蛇乃助?でも女だったし…彼女に推しのタトゥーを強要してるとか…?すごい綺麗な人で、どっかで見たことある顔してたけど」



「千鶴ちゃん…」

湊は玄関前に立ち止まっていた。

「え?」

「これあげる」

「いいの?立派な花束なのに」

湊が両手で差し出した花束を受け取り、千鶴の顔が花で覆われた。

「俺さ、ずっと千鶴ちゃんは、淳先輩かレオ先輩のどっちかと付き合いたいんだと思ってて。ずっと聞けなかったんだけど、今日…違うって聞けてよかった…」

湊は千鶴の目を見た。

「あの…俺…ずっと…」

「そうなの?そんな気になってた?何でも聞いてよ!凛くんのことも聞いていいし全然なんでも話すから(笑)」  

「うん…うん?りんくん?」

「ん、凛くん」

「誰?」

「え?言ってなかった?彼氏できたって」

「は?いつ?誰?」

「青晴中出身の凛くん。同じクラスで。2週間前に告白されて」

「え?????????????」

「湊も気を付けて帰ってね。変な人に絡まれないように。これフラグじゃないから」

「え、まって、凛くんの話もうちょい詳し…」

ブォーン

湊の小さい声は車の走行音にかき消された。

中光家の扉は閉まり、湊の後ろ姿だけが、そこに残った。 





「赤いバラが満開~」

美術館から小道を挟んですぐ横にある、市が運営する小ぶりな広場を散歩するレオと大翔。

チラホラと美術館を出て歩く生徒たちが遠くに見えるが、誰もこの広場には入ろうとしていなかった。

「…先輩とバラの組み合わせって何か…」 

「美しすぎるよな」

「美しいというか…白ご飯に梅干しを乗せたような安心感がありますね」

「え…?」

呆気にとられるレオを横目に、大翔はバラの花をパシャパシャと撮影した。

「花好きだね」

「何か目の前にあると撮っちゃうんですよね」

「俺も撮ってもいいよ~」

そういってレオはバラの壁を背景に両手を横に広げて目をつぶってポーズを撮った。

「………。」

パシャ、パシャ、パシャ、パシャ

(撮るんだ)と思いながら何枚も撮られた。

レオは地面に落ちたバラを拾いながら話を切り出す。

「この前は言いすぎた。でも悪いけど本心だから、今日は大翔らしい絵が見れて嬉しかった。でも、まさか皆の前で告白されるとは…未成年の主張みたい」

「こくは………??!(あぁ、恋愛の意味じゃなくて、本心を打ち明ける意味の方か)そうですね…恥ずかしかったです……」

大翔は相変わらずムスッとした表情だ。

「………勝手に俺の写真、出展しないでくださいよ。写真部の部長があんな適当な写真で良いんですか?3年生で最後の展示会なのに」

「写真部は写真を撮るよりも、動画作りに特化してるから。まぁ俺がそうしたんだけど。てか適当じゃないし。何十枚も撮ったし」

レオは拾ったバラを緑の草木に挿した。

くるっとこっちを向いて、当たり前のように、大翔を優しく包みこんだ。3回目のハグだ。

大翔の手は相変わらず、だらんと下を向いて行き場をなくしている。

ほんの一瞬のハグ。ギュッと抱きしめたレオはニヤニヤした顔で腕をすっと離した。


そして、真顔の大翔がこちらを見ていた。


「いきなり何ですか?」

「え???なんで???いつもの童貞オーバーリアクションしないの????」

「失礼な…。さっき、大勢の前で話したときが人生で一番緊張したので耐性がつきました。もう先輩に何されようと大丈夫です。今までのことは気にしないでください」

そんなバカな。いじりすぎて、感情が麻痺してしまったのか?

レオはジーっと大翔を見つめた。大翔は真顔のまま見つめ返した。

「嘘だろ…目が合うだけで、ギャーギャー言ってたのに…なにその余裕の態度…俺がどんな思いでこの数日間、連絡絶ってたと思ってんの?」

「どんな思いだったんですか?」

「お前のオドオドしたリアクションだけを楽しみに我慢してたのに…我慢した分、面白い反応すると思って………な、に…その落ち着き…………」

レオは頭を抱えてしゃがみこんだ。思わぬ彼の反応に笑いが込み上げてくる大翔だった。

広場はバラが咲き誇り、遠くからは学生の賑やかな声がする。空は青く晴れ、雲は穏やかに流れる。

これから雨が降る季節になるとは思えない、気持ちの良い6月がスタートした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

そばにいてほしい。

15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。 そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。 ──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。 幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け 安心してください、ハピエンです。

親父は息子に犯され教師は生徒に犯される!ド淫乱達の放課後

BL
天が裂け地は割れ嵐を呼ぶ! 救いなき男と男の淫乱天国! 男は快楽を求め愛を知り自分を知る。 めくるめく肛の向こうへ。

怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人

こじらせた処女
BL
 幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。 しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。 「風邪をひくことは悪いこと」 社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。 とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。 それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?

帰宅

papiko
BL
遊んでばかりいた養子の長男と実子の双子の次男たち。 双子を庇い、拐われた長男のその後のおはなし。 書きたいところだけ書いた。作者が読みたいだけです。

食事届いたけど配達員のほうを食べました

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
なぜ自転車に乗る人はピチピチのエロい服を着ているのか? そう思っていたところに、食事を届けにきたデリバリー配達員の男子大学生がピチピチのサイクルウェアを着ていた。イケメンな上に筋肉質でエロかったので、追加料金を払って、メシではなく彼を食べることにした。

振られた腹いせに別の男と付き合ったらそいつに本気になってしまった話

雨宮里玖
BL
「好きな人が出来たから別れたい」と恋人の翔に突然言われてしまった諒平。  諒平は別れたくないと引き止めようとするが翔は諒平に最初で最後のキスをした後、去ってしまった。  実は翔には諒平に隠している事実があり——。 諒平(20)攻め。大学生。 翔(20) 受け。大学生。 慶介(21)翔と同じサークルの友人。

私の彼氏は義兄に犯され、奪われました。

天災
BL
 私の彼氏は、義兄に奪われました。いや、犯されもしました。

さよならの合図は、

15
BL
君の声。

処理中です...