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25話 画家
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5月30日木曜日
放課後の青晴美術部内では高文展に出店する作品の講評会が行なわれている。
美術部の顧問は大翔の作品見て浮かない表情だ。
「これ…出すの?大丈夫か?」
「大丈夫です」
大翔はスンッとした表情。
隣にいる湊は「お前って…すごいことすんな…」と呆れ顔だった。
あの日以来、レモンこと八王子レオと連絡を取っていない。大翔は一人で黙々と、締め切りがやばすぎる絵と向き合ってきた。
(時間置いて見ても…良い絵が描けた…!)
自信を持って、最高の作品を完成させることができ、大翔の顔はすっきりしていた。
高文展は搬入を無事に終え、市内から集まった作品が集結した。
いつもは人気のない小さな美術館は高校生と先生で溢れかえっている。
八王子レオはムスッとした表情で、周りからの黄色の歓声を無視していた。代わりに淳が手を振りファンサービスをしている。
「お前も少しは相手しろよ」と淳が耳打ちするもレオは「無理」とだけ言った。
やっと普通に歩けるようになり、余裕ができた。レ
オは足早に青晴美術部の展示物を探し始めた。それは写真の展示所からは思ったよりも離れており、角を曲がって死角になった場所にあった。
タイル状に展示された絵画達。女生徒が集まっている横を通り過ぎると「えっ、今の人じゃない…?」と声が聞こえた。
レオが視線を向けると、そこには自分の笑顔があった。
縦長で727mm×606mmの張りキャンバス。実物よりも大きな顔の絵。茶髪でタレ目の男子の斜め横を向いて笑っている。頭の天辺から鎖骨の上まで。画面いっぱいに描かれていた。
開けたシャツの首元、向かって右には、うっすらと噛み跡があった。
全体的に小さな虹が、髪にも顔にも、立体構造を無視して、大小ランダムに散りばめられている。それは非現実で空想的なプリズムで、レストランアザミで見た抽象画と同じ表現方法だった。
キャンバスは布が貼られてボコボコしたマチエール。キャンバスの外に少し布が飛びてでいた。
布には絵の具がたっぷり塗られており、元の生地は見えないが、キャンバスからはみ出た部分からは少し生地が見えた。
黒い生地、オレンジ味のある赤色。その赤色は漂白剤で脱色したような、抜けた赤色だ。
一方で大翔は吹き抜けの階段を降りながら1階の展示品達を遠くから眺めている。階段を降りる途中で自分の作品と、それを見ている作品のモデルに気がついた。
心臓がヒュンっとしたが、首を振った。
(もう逃げないぞ、クソやろー)
言い慣れない口の悪い言い方を心のなかでしながら、絵を見て呆れニヤけている八王子レオの後頭部を見た。
市内に集まった生徒と先生を前に、一人一人が作品の説明をする時間になった。美術部門と写真部門に分かれて行なわれる。しかし、写真部部長の八王子レオは美術部門に居座っていた。
生徒の発表が進む中、大翔とレオは遠くから何度も目を合わせるがお互いに近づくことも会話もなく、睨み合いのような状態だった。
湊は「あっちの壁によりかかって、睨んでる人ってレオ先輩だよな…?」と大翔に耳打ちした。
大翔は緊張していた。腹をくくったとはいえ、人前で発表するのはドキドキしてどうしようもない。湊はうっすら微笑み、クールで、何が起きても平気そうな顔だ。
「湊、人前で話すの平気だったけ?すごいな」
「いや、緊張して背中べちょべちょだし、心臓は太鼓の達人のドンだフル!になってる」
言われてみれば彼の全身は小刻みに震えている。
「不安な顔してたら不安しかやってこない…。生まれたときから母親に仕込まれ続けているスピリチュアルのネイティブだよ俺は、見せつけてやる…!」
湊は名前を呼ばれ、自分の絵の前まで歩いていく。その後ろ姿は頼もしく輝いてみえた。
「僕が描いた絵は昇り龍です。龍は空想の生き物ではなく、天と地を結ぶために実在する存在だと思います。つまり現実世界と空想世界を繋げ、創造した景色を現実のものにするために龍神様が…直感が冴え渡り…潜在意識が無意識に…魂が共鳴…ワンネス…ソース…ハイヤーセルフと共に…フォトンが…宇宙に願いを…」
何を言っているか分からないが大翔は感動した。
(龍神様ってすごいんだな…)
その後も発表は続く。ついに大翔の名前が呼ばれた。
「次は中光大翔くんです」
「は"い"」
緊張して吐きそうだが、大翔は声を振り絞った。
「1年の中光大翔です。僕が…」
「声小さくて聞こえませーん!」
壁に寄りかかっていたレオが大きな声を出した。大翔は緊張も相まってかなりイラッとした。怒鳴るように声を大きく、何メートルか離れているレオを見ながら話した。
「僕は虹が大好きです!この絵は嫌いな人を描きました!でも虹を足しただけで好きなものに変わりました!虹は、すごい!という絵です!」
間髪入れずにレオが質問する。
「(嫌い?)画面に貼ってある布は何ですか?」
「嫌いな人の服です。」
「なんで首に歯型あるんですか?」
「嫌いすぎて噛んだからです。」
周りからは、ケンカ怖い~という声がした。その中で、鷹の目をしながら長考する女子が何人かいた。
「レオー!どこー?!お前の番来たよー!」
鳩田がレオを探す声がして、レオは素直に写真部の展示会に戻っていった。
大翔は(やっと帰った…)と胸をなでおろした。
発表が終わり自由時間
「何なの?お兄ちゃんマジで…」と睨む千鶴。
「レオ先輩の寝室、ひっっつさしぶりに見た…」と目がハートのはっちゃん。
「マジでレオ先輩が大翔の絵飾ってる、すげえ」と、驚く湊。
大翔はタイル状に展示された写真部の作品を見上げていた。ゆがんだ口元は言葉をなくした。
1枚目、ベッドの上の壁に3枚のある横長のキャンバス。サイドテーブルの上には金色の鹿の頭をした容器が置いてある。モノトーンで統一された寝室の中でカラフルな虹達は異彩を放っていた。
2枚目、窓越しに撮られた、イーゼルに乗せたキャンバスに絵を描く男子。赤い花を描く男子は白Tシャツに紺色のエプロン、蛍光オレンジのジャージを履いていた。
その2枚の写真が縦長で並べて展示されている。
青晴高校生3年 八王子レオ
タイトル「画家」
説明「彼は青晴1年で画家のNakamitsu Taishiです。彼の作品に一目惚れして初めて絵を買いました。」
(いつの間に俺の写真を…)
大翔の顔はピンク色になり、頬からは汗が伝った。
(負けた…………………)
俺のことを裏では散々言ったくせに人前で褒めて自分を良く見せる八王子レオ
とにかく嫌い嫌いとどこでも騒ぎ立てて、品位を無くした中光大翔
「なんてスマートな復讐なんだ…」
「今から美術作品の入賞者10名、写真作品の入賞者10名を発表します。今から発表される作品は、県立美術館で展示されます。呼ばれた人は前に出てください。」
名前が呼ばれ拍手が起きる。大翔が(はよ帰って寝たい)と思っていると、自分の名前が読み上げられた。
「えっ、は?い!」
ビクッと体が浮かんだ。捨て身で描いた、入賞したい欲を一切捨てた、あの悪さ溢れる絵が?選ばれたというのか?
前に出ると優しそうな顔をした白髪頭の男性が丸いシールを渡してきた。
「嫌よ嫌よも好きのうち、を表す素敵な絵でしたね」とコメントをしながら。
丸いシールには、ヒマワリのイラストと「ありがとう😊」と筆文字が印刷されていた。
「写真部門、青晴高校3年 鳩田淳さん」
会場はざわめたい。彼の作品は4枚、朝焼けの高校を舞台にして、自分と八王子レオを撮影したものだ。
(選ばれて当然だよな、鳩田先輩って写真撮るの上手いんだなあ)と大翔は拍手をしながら思った。
「最後に、今回は特例ではありますが、館長特別賞を1人発表します。館長が大変感動された作品です。当美術館のエントランスに1年間展示されます。該当者は…」
そんな賞があると聞いたことがない。一体どんな素晴らしい作品なのか。会場がざわめいた。
放課後の青晴美術部内では高文展に出店する作品の講評会が行なわれている。
美術部の顧問は大翔の作品見て浮かない表情だ。
「これ…出すの?大丈夫か?」
「大丈夫です」
大翔はスンッとした表情。
隣にいる湊は「お前って…すごいことすんな…」と呆れ顔だった。
あの日以来、レモンこと八王子レオと連絡を取っていない。大翔は一人で黙々と、締め切りがやばすぎる絵と向き合ってきた。
(時間置いて見ても…良い絵が描けた…!)
自信を持って、最高の作品を完成させることができ、大翔の顔はすっきりしていた。
高文展は搬入を無事に終え、市内から集まった作品が集結した。
いつもは人気のない小さな美術館は高校生と先生で溢れかえっている。
八王子レオはムスッとした表情で、周りからの黄色の歓声を無視していた。代わりに淳が手を振りファンサービスをしている。
「お前も少しは相手しろよ」と淳が耳打ちするもレオは「無理」とだけ言った。
やっと普通に歩けるようになり、余裕ができた。レ
オは足早に青晴美術部の展示物を探し始めた。それは写真の展示所からは思ったよりも離れており、角を曲がって死角になった場所にあった。
タイル状に展示された絵画達。女生徒が集まっている横を通り過ぎると「えっ、今の人じゃない…?」と声が聞こえた。
レオが視線を向けると、そこには自分の笑顔があった。
縦長で727mm×606mmの張りキャンバス。実物よりも大きな顔の絵。茶髪でタレ目の男子の斜め横を向いて笑っている。頭の天辺から鎖骨の上まで。画面いっぱいに描かれていた。
開けたシャツの首元、向かって右には、うっすらと噛み跡があった。
全体的に小さな虹が、髪にも顔にも、立体構造を無視して、大小ランダムに散りばめられている。それは非現実で空想的なプリズムで、レストランアザミで見た抽象画と同じ表現方法だった。
キャンバスは布が貼られてボコボコしたマチエール。キャンバスの外に少し布が飛びてでいた。
布には絵の具がたっぷり塗られており、元の生地は見えないが、キャンバスからはみ出た部分からは少し生地が見えた。
黒い生地、オレンジ味のある赤色。その赤色は漂白剤で脱色したような、抜けた赤色だ。
一方で大翔は吹き抜けの階段を降りながら1階の展示品達を遠くから眺めている。階段を降りる途中で自分の作品と、それを見ている作品のモデルに気がついた。
心臓がヒュンっとしたが、首を振った。
(もう逃げないぞ、クソやろー)
言い慣れない口の悪い言い方を心のなかでしながら、絵を見て呆れニヤけている八王子レオの後頭部を見た。
市内に集まった生徒と先生を前に、一人一人が作品の説明をする時間になった。美術部門と写真部門に分かれて行なわれる。しかし、写真部部長の八王子レオは美術部門に居座っていた。
生徒の発表が進む中、大翔とレオは遠くから何度も目を合わせるがお互いに近づくことも会話もなく、睨み合いのような状態だった。
湊は「あっちの壁によりかかって、睨んでる人ってレオ先輩だよな…?」と大翔に耳打ちした。
大翔は緊張していた。腹をくくったとはいえ、人前で発表するのはドキドキしてどうしようもない。湊はうっすら微笑み、クールで、何が起きても平気そうな顔だ。
「湊、人前で話すの平気だったけ?すごいな」
「いや、緊張して背中べちょべちょだし、心臓は太鼓の達人のドンだフル!になってる」
言われてみれば彼の全身は小刻みに震えている。
「不安な顔してたら不安しかやってこない…。生まれたときから母親に仕込まれ続けているスピリチュアルのネイティブだよ俺は、見せつけてやる…!」
湊は名前を呼ばれ、自分の絵の前まで歩いていく。その後ろ姿は頼もしく輝いてみえた。
「僕が描いた絵は昇り龍です。龍は空想の生き物ではなく、天と地を結ぶために実在する存在だと思います。つまり現実世界と空想世界を繋げ、創造した景色を現実のものにするために龍神様が…直感が冴え渡り…潜在意識が無意識に…魂が共鳴…ワンネス…ソース…ハイヤーセルフと共に…フォトンが…宇宙に願いを…」
何を言っているか分からないが大翔は感動した。
(龍神様ってすごいんだな…)
その後も発表は続く。ついに大翔の名前が呼ばれた。
「次は中光大翔くんです」
「は"い"」
緊張して吐きそうだが、大翔は声を振り絞った。
「1年の中光大翔です。僕が…」
「声小さくて聞こえませーん!」
壁に寄りかかっていたレオが大きな声を出した。大翔は緊張も相まってかなりイラッとした。怒鳴るように声を大きく、何メートルか離れているレオを見ながら話した。
「僕は虹が大好きです!この絵は嫌いな人を描きました!でも虹を足しただけで好きなものに変わりました!虹は、すごい!という絵です!」
間髪入れずにレオが質問する。
「(嫌い?)画面に貼ってある布は何ですか?」
「嫌いな人の服です。」
「なんで首に歯型あるんですか?」
「嫌いすぎて噛んだからです。」
周りからは、ケンカ怖い~という声がした。その中で、鷹の目をしながら長考する女子が何人かいた。
「レオー!どこー?!お前の番来たよー!」
鳩田がレオを探す声がして、レオは素直に写真部の展示会に戻っていった。
大翔は(やっと帰った…)と胸をなでおろした。
発表が終わり自由時間
「何なの?お兄ちゃんマジで…」と睨む千鶴。
「レオ先輩の寝室、ひっっつさしぶりに見た…」と目がハートのはっちゃん。
「マジでレオ先輩が大翔の絵飾ってる、すげえ」と、驚く湊。
大翔はタイル状に展示された写真部の作品を見上げていた。ゆがんだ口元は言葉をなくした。
1枚目、ベッドの上の壁に3枚のある横長のキャンバス。サイドテーブルの上には金色の鹿の頭をした容器が置いてある。モノトーンで統一された寝室の中でカラフルな虹達は異彩を放っていた。
2枚目、窓越しに撮られた、イーゼルに乗せたキャンバスに絵を描く男子。赤い花を描く男子は白Tシャツに紺色のエプロン、蛍光オレンジのジャージを履いていた。
その2枚の写真が縦長で並べて展示されている。
青晴高校生3年 八王子レオ
タイトル「画家」
説明「彼は青晴1年で画家のNakamitsu Taishiです。彼の作品に一目惚れして初めて絵を買いました。」
(いつの間に俺の写真を…)
大翔の顔はピンク色になり、頬からは汗が伝った。
(負けた…………………)
俺のことを裏では散々言ったくせに人前で褒めて自分を良く見せる八王子レオ
とにかく嫌い嫌いとどこでも騒ぎ立てて、品位を無くした中光大翔
「なんてスマートな復讐なんだ…」
「今から美術作品の入賞者10名、写真作品の入賞者10名を発表します。今から発表される作品は、県立美術館で展示されます。呼ばれた人は前に出てください。」
名前が呼ばれ拍手が起きる。大翔が(はよ帰って寝たい)と思っていると、自分の名前が読み上げられた。
「えっ、は?い!」
ビクッと体が浮かんだ。捨て身で描いた、入賞したい欲を一切捨てた、あの悪さ溢れる絵が?選ばれたというのか?
前に出ると優しそうな顔をした白髪頭の男性が丸いシールを渡してきた。
「嫌よ嫌よも好きのうち、を表す素敵な絵でしたね」とコメントをしながら。
丸いシールには、ヒマワリのイラストと「ありがとう😊」と筆文字が印刷されていた。
「写真部門、青晴高校3年 鳩田淳さん」
会場はざわめたい。彼の作品は4枚、朝焼けの高校を舞台にして、自分と八王子レオを撮影したものだ。
(選ばれて当然だよな、鳩田先輩って写真撮るの上手いんだなあ)と大翔は拍手をしながら思った。
「最後に、今回は特例ではありますが、館長特別賞を1人発表します。館長が大変感動された作品です。当美術館のエントランスに1年間展示されます。該当者は…」
そんな賞があると聞いたことがない。一体どんな素晴らしい作品なのか。会場がざわめいた。
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