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130.宝物

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 ポタポタ



 床に滴る血…



「クソ…」

 リランは顔を歪めていた。



「はあ…はあ…」

 マルコムは息を切らせていた。少し動揺も見えるが、口元に余裕そうな表情が戻ってきた。



 ギリリ

 とリランは剣に体重をかけた。



 だが、血を滴らせながらもリランの剣を腕で掴み止めるマルコムに力では敵わない。



「…もう一本あったら、勝てたのにね…」

 マルコムは皮肉気にリランに笑いかけた。



「あれは…アランの分だ。伯爵を殺した今…俺は、アランを呪縛から…」



「それがわけわからないんだよ!!」

 マルコムは剣を引き寄せた。



 リランは剣ごとマルコムに引き寄せられた。



「アランは死んだ。それに関して復讐とか考えるのは自由だけど…呪縛?その場にいないのにどうして?」



「俺には…ずっといるからだ。」



「その呪縛を気にして、君は剣を一つに戻したのかい?」



「そうだ。いつまでも…俺の復讐にアランを…」



「それは君の話だよね。アランじゃない、呪縛があるのは君だよ。」

 マルコムは呆れたように言った。



「わかって…いるんだよ!!」

 ガン

 リランはマルコムに思いっきり頭突きをした。



「ぐ…」

 マルコムはふらついた。



 ズシャン



 力が弱まったところを見て、リランはマルコムの手から剣を引き抜いた。



 その時にマルコムの手を斬って、さらに周りに血が舞った。



「囚われているのは俺だって…自分だってわかっている。」



「君は、その訳の分からない思い込みや執着で、本来向いている双剣スタイルを捨てるんだね…」

 マルコムは呆れたように言った。



「…もう、戻ってくることは…無いんだな…」

 リランはマルコムの顔を見て、確かめるように訊いた。



「戻ると思っているの?…今よくわかったんじゃないの?俺と君は…



 理解し合えない存在だって!!」



 マルコムの言葉を聞いて、リランは諦めたように笑った。



「…間違いだったかもしれない。俺が、お前の父親を殺したのは…」

 リランは剣を横に構えた。



「それだけ清々しい顔をしているんだから、正解だったんじゃないの?」



「父親は…やっぱり、マルコムの重荷だったんだと思う。ライガとは違った人間的なものの…」

 リランは憐れむようにマルコムを見た。



「ライガにも言ったけど…お前のその行動を後悔することを俺は赦さないよ。」

 マルコムも槍を構えた。

 リランに斬られた左手は添える手として使い、右手で槍を握っていた。



「じゃあ、赦さなくていい。」



「女々しい…」



「俺も…マルコムを赦さない。裏切ること、お前の父親の尻拭いをしないこと…俺達と一緒に行かないこと…



 仲間の死を…うやむやにしたこと…」



 リランは言い終えると、マルコムに斬りかかった。



 ガキン

 マルコムはリランの攻撃を受け止め、軽く弾いた。



「赦さなくていい。」

 マルコムは呆れていた。



「お前ならそう言うと思っていた。」

 弾かれてもリランはマルコムに続けて斬りかかった。



 ガキン

 マルコムは弾くと、直ぐに距離を取った。



「俺が帝国騎士団でやっていけるわけない。精鋭はもうない…それに



 俺は罪人だ。帝国の宝である、一族を皆殺しにした。…皮肉なことに…父も同じことをしている。」

 マルコムは口を歪めていた。



「そうだろうな…伯爵は、一族を恨んでいた。」

 リランは憐れむようにマルコムを見ていた。



「結局俺は…」

 リランの視線を受けて、マルコムは諦めたように笑った。




 彼の隙をリランは見逃すことなく、斬りかかった。



 ガキン

 体勢を崩しながらもマルコムはリランの攻撃を槍で止めた。

 リランはマルコムが体勢を整える前に、足を組み替えて更に追撃を試みた。



 勝てる



 リランはマルコムに斬りこみながら思った。



 その時、リランの目の前を金属が通り過ぎた。



 ドス

 どこからか投げられた金属の塊、皇国兵の扱う刀はリランの目の前を通り、壁に刺さった。



 リランは反射で足を止めて、マルコムから距離を取った。



「マルコム!!」

 刀を投げたのは、白髪の皇国兵のようだ。



「お前…」

 リランが白髪の皇国兵、シューラに気を取られているうちにマルコムは走り出した。



「マルコム!!」

 リランは慌ててマルコムを追おうとした。



「増援だ!!」

 大量の足音と共にそんな声が響いた。



 帝国か、皇国かどっちの増援だと考えた。



 状況からして、皇国だろう。

 マルコムはシューラと一緒に逃げようとする。



「待て!!マルコム!!」



 リランの声にマルコムは目だけ向けた。



「いつか…俺が捕まえてやる!!」

 リランは宣言するようにマルコムに言った。



 マルコムは何も答えずに、目をリランから逸らしてまた走り始めた。



「ミヤビの墓の前で、絶対に悲しませてやる!!」

 リランは去って行くマルコムの背中に叫んだ。



「俺は…後悔して後悔して…お前を否定してやる!!」

 リランの叫び声は、なだれ込む皇国兵たちの足音や声にかき消された。



 ガキン

 ガン

 とリランはマルコムを追うことができずに剣を振っていた。



 それはマルコムとシューラもそうだろう。

 二人はまだ、一人ではないから逃げることができているようだった。



 片手に怪我をしたマルコムをカバーするようにシューラが動く。

 そもそも、シューラの裏切りを知らない皇国兵が多いため、彼の姿を見て刀を止める者が多い。



 だが、城の内部から走ってきた皇国兵の言葉に状況は変わる。

「シューラ・エカ隊長は裏切り者だ!!殺せ!!」

 その言葉は、長年シューラに怯えていた皇国兵たちを簡単に敵にした。



 リランと同じように、なだれ込むように躊躇いなど見せずに皇国兵たちはマルコムとシューラに斬りかかった。



 ガキン



 ザシュ



 ドゴン



 二人は強い。

 だが、狭い廊下に加え、人数は明らかに多かった。



 これまでは人数の差があれど、シューラが仲間だと思われていたから殺戮が可能だった。

 今は油断をされていない。



 廊下に溢れるほどの皇国兵が集まってきた。

 どうやらシューラとマルコムの殺戮を聞いたのだろう。彼等の目の色が違う。



「…雑魚も集まれば…ってやつかな?」

 息を切らせながらシューラは笑った。



「…やっぱり癪だな…」

 マルコムは、自分の右頬の傷を撫でた。

 そして、血まみれの槍を振りながら、笑った。



 















 ガキン



 金属がぶつかる音が響く。



 カラン



 床に金属が落ちる音が響く…



「…が…は…」

 アシは息を詰まらせながらジンから距離を取った。



 床に落ちたのは、懐に入っていた錆びた血がこびりついた小刀だった。



 ジンは顔を歪めてアシに追撃を試みた。



「援軍が来たぞ!!」



 後ろから皇国兵の声が響いた。



 考えてみれば、ジンのいる場所は皇族の居住地に近い。警備の最重要箇所と言っても過言ではない。



 アシは怯えている皇族やそれを守っている皇国兵の元に寄った。

 そして、心残りがあるように落ちている金属の塊を見ていた。



「…お前に返されたな…お人形さん…」

 アシは嘲るように笑った。



「まだ、お前たちを殺していない。」

 ジンはアシを真っすぐ睨んでいた。



「…たち?」

 アシは首を傾げた。



 ドドドドド

 と皇国兵がなだれ込む音が響く。



 足音で人数はわかるが、いくらジンの腕が立つとはいえ、一人では難しい人数だ。



 ジンは舌打ちをした。



「…誰を殺すつもりだ?」

 アシは眉を顰めていた。



「…」

 ジンは舌打ちをして、さらに奥に走って行った。



「あ…おい!!」

 アシは刀を持って、警備についていた皇国兵を数人連れてジンを追った。





 特にこの先に戦力があるわけではない。

 アシはジンの目的が分からなかった。



 今回の親玉である第一将軍は帝国に囚われたと言われた。



 帝国側が皇国兵などの戦力にしか興味を持っていないのはわかっている。

 それは城の中の攻められようを見ればわかる。



 この先にあるのは、皇族の居住地だ。

 いるのはせいぜい…



「まさか…」

 役に立たないが、一番重要な人物がいる。



「走れ!!あいつは…皇王陛下を殺すつもりだ!!」

 アシは後ろにいる皇国兵に叫んだ。



 









 幾つかの木箱が置かれている奥に、倉庫の扉らしきものが合った。



 ライガは無我夢中でそこに向かった。



 冷静でいられないライガは、木箱を破壊するのが一番の近道だと思っていた。



 剣が痛むのも構わず、ライガは木箱を斬りつけ続けた。



「こっちだ!!」

 後ろから皇国兵が迫っている。



「ミラ!!」

 場所がバレているのなら、声を上げない理由はない。



 ライガは中身をまき散らしながら壊れる木箱の残骸を踏みつけながら、倉庫の扉に向かった。



 ガンガン

 と倉庫の扉を叩く音がする。

 南京錠がかけられており、簡単に開けない。



「ライガ…ライガ!!」

 ミラの声だ。



「開けるからね…早く…」

 ライガは剣で何度も錠を叩きつけた。



 ガキン

 ガキン

 と金属音は立てるが、壊せない。



 背後から足音がする。



 バリケードのように壊した木箱を足で後ろに流していた。

 ただ、それは時間稼ぎにしかならない。



 ザリザリと、背後から迫る音が聞こえる。



「クソ…早く…」

 ライガは一旦諦めて背後に迫る敵を始末することを選んだ。



 勢いよく振り向き、剣を振ろうとした。



 ドゴン

 凄まじい轟音を立てて、ライガに向かって来ていた皇国兵が吹き飛ばされた。



 一瞬何があったのかわからなかったが、どうやらどこからか木箱が飛んで来て皇国兵を突き飛ばしたようだ。



 木箱の下敷きになって呻く皇国兵。



「…何が…」



 状況は掴めないが、早くミラを助けないといけない。



「鍵じゃなくてドアを壊せ!!」



 背後から声がする。



 ライガは急いで振り向いた。



 そうだ、木箱を投げたのは…



 騎士団一の怪力の持ち主であるサンズでしかない。



「ぼうっとするな!!」

 サンズはライガに怒鳴った。



「はい!!」

 ライガは慌てて扉を斬りつけた。



 ミラに巻き込まれないように助言をして、ライガは何度も何度も扉を斬りつけた。



「しゃがめ。」

 ライガの背後から声がした。



「え?」



「お宝様。しゃがめ!!」

 気が付いたら後ろに立っていたサンズが大剣を構えていた。



 バギン



 しゃがんだライガの頭上をサンズの大剣がよぎり、倉庫の扉を破壊した。



 ライガは慌てて中を見た。

 ミラが見当たらない。



「そ…そん…」



「ライガ…。」

 ミラは破壊された扉の破片に隠れていた。



「ミラ!!」

 ライガは急いでミラの腕を掴み、抱き寄せた。



「みんなはどこだ?」

 サンズは厳しい口調だった。



「あ…リランがさっきマルコムと…」

 ライガはリランのいた方角を指さした。



「…わかった。」

 サンズはそれだけ言うと、皇国兵を蹴散らしながら走り出した。



「サンズさん!!」



「これ以上は付き合えねー。」

 サンズはライガの方を見ずに立ち止まって言った。



「わかっています。」



「皇国兵がなだれ込んでいる。…逃げるなら今だ。」



「…ありがとうございました。」

 ライガはあたまを下げた。



 今までの恩を込めて、最後の礼を言った。



「またな…」

 サンズはライガの想いを分かった上で、言ったのか分からないが、それだけ言うと、また皇国兵を蹴散らしながら走り出した。



 ライガはミラを抱え、剣を構えた。



「ミラ…行くよ。」

 ライガはミラを見た。



「…うん。」

 ミラは不安そうな顔をしながらも、しっかりと頷いた。



 ミラがいるせいか、皇国兵は少し怯んでいる。



 そうだ。

 サンズの言う通り、逃げるなら今の内だ。















 

 狭い廊下を抜けると、やたら豪華な中庭が広がっていた。



 警備の兵たちは慌てて武器を構えている。

 そんな速さでは、構えた時は斬られた時だ。



 軽く剣を振り、面白いくらい倒れていく。



 自分は強い。

 それは知っている。



 自分が知っている世界では一番だろう。

 そんなこと分かりきっている。



 周りの兵士達は気の毒だが、相手が悪かった。



 何故こんなところまでと言われると、それが自分の目的だからだ。



 今を逃すと、絶対に殺せないと思っている。



 どんな大罪だというのかは嫌と言うほど知っている。



「…その目…」



 驚く声が響く。周りが息を呑むのが分かる。



「お久しぶりです…」

 出来る限りの笑みを込めて言う。



「最期にお会いしたのは…何年前でしょうか?」



 剣を構えると、周りは警戒する。

 弓を構えられているのも知っている。



 だが、自分が切り裂くのと弓が俺を貫くのどっちが早いかと言ったら、前者だろう。



「…帝国の、鑑目の持ち主…コマチの家にいた…」

 白い頭蓋骨を撫でながら俺を見上げる男。

 皇国の現皇王陛下は、記憶を探るように目を細めていた。



「…父がお世話になりました。」

 ジンは剣を構えたまま周りを睨んでいた。



 周りが騒がしくなった。

 いつでも弓を放てばいい。その途端に目の前の男を切り裂く。

 その意図を含め周りを睨んだ。



「父?」



「皇国第一将軍のラーヴァナ・バラです。」



「…ほう…?」



「帝国騎士団前団長、レイ・タイナーと言ったらよくわかりますか?」



 皇王は驚いたような顔をしたが、目を細めて笑った。



「そうか…だから、おぬしは鑑目か…」

 何やら納得しているようだ。



「あの時居たのは、親子だから共に来たのだな…」

 彼の余裕そうな表情に、ジンは苛立った。



 レイ・タイナーが皇国の第一将軍にまで上り詰めるのには、絶対に上層部との手引きが必要であった。

 彼が団長時代に交流を持っていた皇国上層部など限られている。帝国側は多く見積もっていたようだが、それは違う。ともに皇国に来ていたジンは知っている。



 その中の有力者で今生きているものと言ったら、彼しかいなかった。



 ザリ

 と周りに足音に人が増えた気がした。



「何だよ…それ…」

 ジンに追い付いたアシが呆然としていた。

 褐色の肌だが、血の気が失せているのはよくわかる。



 彼もジンにとったら殺すべき人間だ。



「そのままだ。」



 ジンは視線を皇帝に戻した。



 周りの雑魚と違い、追い付いたアシは厄介だ。



 ジンは剣を振り上げた。

 この皇王陛下を苦しめるのに、何が一番こたえるのかはわかっている。



 ガキン



 カラン

 床に白い何かが落ちて、壊れた。



「あ…あ…ああああああああ!!!」

 皇王は手の中から無くなった頭蓋骨に発狂するように叫んだ。



 ジンが剣を振った瞬間から周りの兵士達はジンに向かって走っていた。



 普段のジンなら素早く追撃をするのだが、今の彼は狂い叫ぶ皇王を見ることを目的としていた。



 皇王に追撃するのではなく、周りの兵士達を斬り捨てていた。



 血が舞い、人が倒れる。



「コマチ…コマチ…そんな…私は…ああああああ」

 床に散らばった頭蓋骨の欠片を必死に集める皇王を横目で見て、ジンは嫌悪を感じた。





 早く斬り捨てたい。



 ジンは、率直にそう思った。



「同じところにいけると思うなよ。」

 ジンは憐れむように皇王に言い放つと



 躊躇うことなく剣を振った。



 ゴトン



 と床に皇王の首が落ちた。



 少しの静寂の後…



「貴様アアアア!!!」

 周りの皇国兵たちは一心不乱に向かって来た。



 護る対象がいなくなると気を遣う必要が無くなる。



「…俺もだ」

 ジンは小さく呟くと、向かってくる皇国兵たちに剣を振った。



 豪華な中庭一杯に流れ込む皇国兵を次々と切り裂いていく。



 狭い廊下でもためらうことなく切り裂いた。



 ジンの後には大量の皇国兵が続く。

 そして、向かいからも大量の皇国兵。



「ぐ…」

 流石に数が多すぎる。

 ジンは軽い切り傷を負った。

 だが、それ以上の怪我を向こうに与えている。



 狭い廊下を抜けると、怯えている皇族とそれを護る皇国兵。

 それには目もくれずジンは走った。



 廊下に待っている皇国兵たちを切り裂きながら開けた空間に出た。



 正面には、美しく微笑む女性の肖像画。



「…はは…」

 ジンは自嘲的に笑った。



 周りには大量の皇国兵。



 帝国騎士団は、おそらく撤退に入っている。



 最初から手伝いなど期待していなかった。



 ジンは、全て片付けてそれで終わりのつもりだった。



「だが…」

 ジンは血まみれの剣を握った。



 ガキン



 剣と刀ぶつかる。



「お前をまだ殺していない。」

 ジンは自分と刀をぶつけるアシを睨んだ。



「逃がすかよ…お前…」

 アシは顔を歪めている。



「お前は俺に勝てない。」



「数では勝っている。」

 アシは自分の後ろにいる皇国兵に目を向けながら言った。



「俺は…お前を殺せれば満足だ。」

 ジンはアシに斬りかかった。



 剣と刀がぶつかる。

 二人の斬り合いは激しく、周りにいる皇国兵は邪魔を下手に出来ない状況だ。

 動きが激しいため、下手をしたらアシに危害を加えかねないのだ。



 何せアシは、今のこの城の皇国兵の中では一番強いからだ。



「お前で全てが終わる…」



「…そうかよ。お前みたいな団長が一番ダメだな。」



「知っている。」



「…は…」

 アシは自分の懐にあったこわれた小刀を思い出した。



 ガキン



 ジンはアシの刀を弾き飛ばした。

 アシは弾かれた瞬間、諦めたように両手を広げた。



「…強いな…」

 ジンが振り上げた剣を見て、アシは笑った。

 剣が振り下ろされる一瞬の間、アシは今目の前の肖像画を思い出した。



 ザシュン



 左肩から真っすぐジンはアシを斬り下ろした。



 血が舞い、周りは静まり返り…



 ドサ

 とアシが倒れる音が響いた。



「は…ははは…」

 ジンはアシが倒れると同時にその場に膝をついた。



 周りには武器を持った皇国兵。

 あまりにも多すぎるだろうし、ジンも逃げる気は無い。



「…お前に…勝ちたかったな…」

 アシは目線を上げ、途切れ途切れの呼吸でジンに言った。



「俺の…勝ちだ。」



 ジンが断言すると同時に、周りの皇国兵はジンに斬りかかってきた。



 ジンは、久しぶりに外を見続けていた目をゆっくりと閉じた。

 ずっと、包帯の下にあった目は、鑑目を見せないようにしていた。

 包帯の下の景色ではない、今は、瞼の裏に映る景色が見たかった。



 ガタン

「ガアア!!」



 斬りつけられる衝撃でない音と振動が響き、ジンは目を開いた。



「…な…」

 目の前には、壁から落ちた肖像画によって潰された皇国兵がいた。



「…なんだよ。これ…はははは」

 アシは血を流して笑っている。



 一瞬のことだったが、ジンは剣を持って立ち上がった。

 落ちた肖像画を見下ろし、ジンは顔を歪めた。



「…俺は、守れなかったんですよ…」



「ヒロキを…あなたの息子を…守れなかったんです。」

 ジンはゆっくりと剣を構えた。



 攻撃の意志があるジンを確認した皇国兵たちは、再びジンに斬りかかってきた。



 復讐を遂げたことや、危険な状態で気分が昂っているせいだろう。



 ジンの耳には、幻聴が、聞きたい声が響いていた。



『自由に…あんたは』



 自分の願望が聞かせた幻聴だろう。

 だが、落ちて敵を防いだ肖像画と合わせると、ジンに再び剣を持たせるのには十分すぎた。



「ああ。…ヒロキ。」

 ジンは涙を流しながら頷いた。













 


 人が多すぎる。

 外に残っている帝国騎士団は撤退に入っているだろう。



 リランはもはや敷物のようにたくさん転がっている皇国兵と帝国騎士の遺体を避けて走っていた。



 犠牲の数は圧倒的に皇国側が多いが、白髪の皇国兵が裏切っているという情報が回ったお陰で皇国側は敵と味方がはっきりして攻撃に転じやすくなっていた。



 いや、もう皇国各地から兵が呼ばれ帝国騎士団の不利になっている。



 窓の外から見える景色には、皇国兵はあれど騎士団は無い。



 リランは血まみれで刃こぼれを始めた剣を見た。そして、持っている予備の剣に視線を向けた。



「…クソが…」

 リランは呼びの剣をもう片方の手に握った。



「…お前に褒められたから持つわけじゃない…」

 言い訳のように言いながらリランは両手に剣を持って構えた。



 廊下の先にはまだまだ皇国兵がいる。



「皇王陛下が殺された!!」



「何だと!?」



「誰が…」



 廊下のどこかからが慌ただしい声が聞こえる。

 お陰でリランの方に向かう皇国兵が少なくなっているが、それでも多い。



 直線上で弓を使われると尚更厄介だ。

 せめて、もう一人いないと…



「リラン!!!」

 後ろの廊下から大声が響いていた。



 居場所がバレて一気に攻め込まれるだろうとリランは呆れた。

 だが、走ってくるサンズを見ると安堵なのかうれしさなのか顔が緩んだ。



「…サンズ…さん…」

 無意識に彼が来たら大丈夫だと思っている。

 いや、そうなのだろう。



「掴まれえええ!!」

 サンズは全力で走りながらリランの腕を掴んだ。



「え?」

 リランは急なことに驚いていた。



 サンズはそのまま向かってくる皇国兵に構わず突進し…



 ガシャン



 と窓に体当たりして、リランを抱えたまま外に飛び出した。



「え?…え?」

 リランは呆然としてしまった。



 その間にサンズはリランを抱えて走った。



 外にいる皇国兵に構わず、全力で…



「サンズさん!!ちょっと…皆は…」



「知るか!!あいつ等は大丈夫だ!!」

 サンズは怒鳴るように言った。



「今のうちにマルコムたちを…」



「他の奴は違うけど…お前だけは、俺を助けに来たんだろ!!」

 サンズはリランの頭を小突いた。



「え…は…はい。」



「なら、これで帰るのが一番だろ。」

 サンズはリランを見て言った。



「矢を放て!!」

 後ろから皇国兵の声が響いた。



 矢が向かってくる。

 リランは慌てて剣を持って数本弾いた。



 向こうは馬で来る。



 幸いパニック状態の城下町で逃げやすいかもしれないが、町から出てどうするかは別問題だ。



「サンズ殿!!」

 町の外の前の、建物の陰から声が聞こえた。



「「!?」」

 その声にリランとサンズは顔を見合わせた。



「早く乗ってください!!」

 建物の陰から馬が一匹飛び出してきた。



 何が起きているのか、わからっていないが、サンズは抱えているリランを馬に投げつけた。



 身軽な動きが得意なリランは馬にしがみ付いて、バランスを取った。

 どちらかと言うと馬が暴れて大変そうだったが、リランは意地でもしがみ付き、片手をサンズに差し出した。



 サンズは走ってリランの腕を取り、馬に飛び乗った。



 暴れる馬を落ち着かせながらリランとサンズは馬で走った。



「よかった…」

 二人の後ろから安堵するエミールが馬に乗って飛び出してきた。



「お前…どうして…」

 サンズは彼の顔を見て責めるような目を向けた。



「いいから逃げますよ。」

 リランはサンズのわき腹を肘で突いて攻撃してから手綱を引いた。
















 

 廊下には、大量の死体があった。



 帝国騎士のもあれば、皇国兵のもだ。



 ミラがいるからか、中々積極的な攻撃をしてこない。



 彼女を利用するようで苦しいが、今は彼女と逃げるためだ。

 何でも利用する。



「皇王陛下を殺した奴が向こうにいる!!」

 どこからかそんな声が聞こえた。

 誰そんなことをしたのか気になったが、今は考えている最中ではない。



 ライガは声の方向と真逆に走った。



 途中でミラを抱えながらだが、数人の皇国兵を斬り捨てた。

 どうやら皇国兵たちは皇王陛下を殺したものに戦力を集中させているようだ。



 お陰で、ある程度行くと人気がなくなってきた。



 ライガはミラと誰もいないことを確認してから空き部屋に入った。



「…ライガ…ごめん。私…」

 ミラは息を切らせていた。

 それは当然だ。先ほどから異常な光景に過度な運動。



「大丈夫。休んで…今のうちに…」

 ライガは持っている剣の刃を拭きながら言った。



 ミラは気分が悪そうだった。

 あんな暗い倉庫に閉じ込められていたのだから当然だろうけど、閉じ込めたアシが憎たらしい。



「…気持ち…悪い…」

 ミラは顔を真っ青にしていた。



 ライガは慌ててミラの背中をさすった。



 どう逃げようかと考えた時、一か八かの考えがよぎった。



 ライガはそっと扉を開いて人がいないことを確認してから外に出た。

 そして、倒れる皇国兵を二人ほど引きずって、迅速に部屋に戻った。



 興奮状態なのだろう。不思議と疲労もなく、人間を二人は運ぶことができた。



 ミラはライガを不安そうに見ていた。



「…ごめんな。」

 ライガはそう呟くと、皇国兵から衣服をはぎ取った。

 帝国騎士の鎧を脱ぎ、はぎ取った衣服を着た。そして、剣を捨てて、刀を腰に差した。



「…一体…?」

 ミラが聞くと、ライガはミラを抱えて持ち上げた。



「避難する。」

 ライガは体をよろめかせながら歩き出した。



 ゆっくりと扉を開けて、廊下をフラフラと歩く。



 すれ違う皇国兵は、ライガのことを深く見ずに、城の奥にいる皇王陛下を殺したものに向かって走っていた。



 大げさに逃げる者がいるようで、そちらに戦力が向いている。



 ライガはミラを抱えたまま城の入り口まで来られた。



「どうした?」

 入り口に居た皇国兵が声をかけてきた。



「…医者に…中で怪我をして…」

 ライガはミラの顔を隠しながら言った。



「…そうか。…それなら、こっちに…」

 兵士がそう言いながらミラを触ろうとしたとき





「俺も一緒に行く…怪我をして居る。」

 ライガは兵士の手を弾いた。



「…そうか。向こうに救護が集まっている。」

 一瞬驚いた様子を見せたが、兵士は何でもない様に言った。



「助かる…」

 ライガはミラを見て頷いてから歩き出した。



 ブヒヒヒン



 馬の泣き声が響いた。



「暴れ馬だ!!」

 どこからか慌てる声が聞こえた。



 近付いてくる足音に、ライガはミラを抱えて構えた。



 足音通り、馬はライガたちに向かって来ていた。



「あれ…?」

 ライガは向かってくる馬を見て間抜けな声を上げた。



 馬はライガたちの前に止まると大人しくなった。



 皇国兵たちは、警戒している。



 ブヒヒヒン

 馬は過剰なほどライガたちに鼻を鳴らしていた。

 馬には手綱を始めとした帝国騎士団の装備がされていた。



「…ポチ…?」

 ライガは目を輝かせる馬を呼んだ。



「ライガ!!」

 ミラは慌てて後ろを指した。



 そうだった。この馬の装備は一目見て帝国騎士団の者だと分かる。



「行くよ!!」

 ライガはミラを抱えて馬に飛び乗った。



 ポチは急なことに関わらず、安定して走り始めた。



 ミラはライガにしっかりと抱き着いていた。



「ミラ、飛ばすから、しっかりと捕まっていて。」

 ライガは腕の中にいるミラに優しく言った。



「絶対に、離れないから大丈夫。」

 ミラはライガを見て頷いた。



 かつての時のように、馬はライガとミラを乗せて走り出した。



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