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混沌へ
121.回り道
しおりを挟むライガはレイを見下ろしていた。
いや、違う。
レイは死んだ。今目の前にいるのは、敵国の将軍で元凶の男、ラーヴァナ・バラ第一将軍だ。
「彼は、帝都に移送され、一生地下牢で過ごすことになります。」
ライガに気を遣うように見張りについていた騎士が言った。
「…それでいい。」
ライガは最後に彼と話したくて来た。
だが、もう復讐が叶わないことや、自分の力を全て削がれた男は項垂れているだけだった。
彼は時間が経つにつれて自分が本当に無力なったことが分かったようだ。
いつか、生きている間に彼が正気に戻ることを願った。
ライガと話す気が無いラーヴァナは、自分の左手と両足に繋がれた鎖を見たまま黙っていた。
「…もう、戻ってこないと思う。」
ライガは牢屋の鉄格子を掴んだ。
ラーヴァナはライガを見なかった。
「…本当に、さよなら。」
ライガはラーヴァナであり、レイとしての残骸である彼に最後の別れを告げた。
それに心残りは無かった。
数人の騎士と、荷物を載せた馬車がライガと共に皇国に向かう。
防衛線として展開させている軍団に関しては、時間をかけて帝都と地方に戻ってもらうようだ。
帝国は元通りになる。
それにはジンもリランも満足している。
「さて…次期帝国騎士団団長が足りない。」
ジンはリランを見た。
リランは頷いた。
サンズのことだ。
二人は自分の与えられた馬の前でライガを待っていた。
ブヒヒンブヒヒン
二人に割って入るように馬が泣いた。
その馬はジンとリランに割り当てられた馬ではなかった。
ジンは首を傾げているが、リランはその馬に気付いて駆け寄った。
馬はリランが来ると顔を摺り寄せた。
「…悪いな。お前は、今は休んでいるんだぞ。」
リランは馬の顔を撫でて言った。
その馬は山火事からリランと逃げて生き延びた馬だった。
それだけではない、彼と共に伯爵の領地の近くまで行っている。
「…お待たせ。」
ライガは馬と戯れる二人に、多少冷たい声をかけた。
二人に対してではなく、ミラを取り戻したい気持ちが過剰にあり過ぎ、感情を抑えようとしてそうなっているのだ。
別にそれを咎めるようなことはない。
今までなら咎められていただろうが、憎みながらも大切な存在を亡くし、共に戦い抜いた仲だ。余計な気遣いはいらない。
皮肉なことに、ライガ、ジン、リランは、かつてないほどに仲間だった。
「…行くぞ。」
ジンが先頭を走る騎士に頷いた。
数少ない皇国に行ったことのある騎士を先頭にして、ライガ、ジン、リランとその後ろに馬車に二人とその後ろに三人の騎士が今回のメンバーだ。
向かう道中は恐ろしいほど無言だった。
だが、退屈ではない。
全員が周りに神経を張りつめさせている。
少しの油断が命取りだ。
その中でもリランは何かあるたびに過剰といっても控えめにだが反応した。
それは、どこかでマルコムが来てくれることを期待しているのだろう。
表情の変化は乏しいが、彼の目はそれを物語っていた。
逆にジンはマルコムに期待はしていなかった。
ライガは来てくれればうれしいが、それよりもミラが心配で仕方なかった。
「伯爵の領地を通るのが一番皇国に行くのが楽な道ですが…急ぐなら、険しい山道を通るのがいいです。」
先頭の騎士が地図を取り出し、ジンの元まで下がりながら言った。
「サンズは伯爵の領地を通ると言っていたが…」
ジンは疑わし気に騎士を見た。
「この道は集団では無理です。ここから入ると、比較的大規模な皇国軍の拠点があります。山道で疲労している集団だとすぐにやられます。隠密活動が出来て、移動をする体力のある我々だからできることです。それに、ここなら水源が近いので、うまく言えば馬に荷物を載せて馬車は置いて行くことができます。」
騎士はジンの目を見て言った。
「…わかった。そこを通ろう。」
ジンは頷いた。
ジンは後ろのいる者達にルートが変わったことを告げた。
それに対して文句を言う者はいない。
皆急いでいるのだから当然だ。
ライガは有難かった。
少しに不安はあったが、早くミラの元に向かうことが一番だった。
ミラは気分が悪かった。
抑えつけられて移動の上に、気候が違いすぎる。
乾燥している空気もあるが、日差しを防いでも反射した地面からの熱が嫌でも漂っている。
見つけた日陰で、ミラはアシに渡された水を飲んでいた。
文句は言えない。
ここで生き延びてライガに会う。
そのためなら、嫌なやつでも利用する。
ミラは、今でもたまに懐の小刀を眺めるアシを睨みつけていた。
「皇国はいいところだぞ。帝国と違って、皇族が力を持っている。お前は大事に大事にされる。道具と思っているだろうが、鑑目を提供する限りは自由だ。」
アシはミラの視線に気づいたのか、宥めるように言った。
「ライガに会いたい。私は彼だけいればいい。」
ミラは首を振った。
「それは無理だろうな。帝国に残っているのは、皇国屈指の軍人が率いる。イシュが殺されたのは予想外だったが、ラーヴァナ・バラ将軍は皇国一の戦士であるし、気に食わないがシューラも相当腕が立つ。まして、帝国は皇国兵の場所を把握していない。」
アシは勝ち誇ったように笑った。
「団長さんも強いし、ライガのお友達のマルコム君も強い。帝国騎士団だって、負けない。」
ミラは胸を張った。
「ライガだけに頼っていると思ったら、お前帝国騎士団も誇っているのか?…意味わからないな。」
アシは首を傾げてミラを見ていた。
ミラが水を飲み終わったのを確認すると、アシはミラを担いで立ち上がった。
そして、馬に再び乗ろうとした。
持ち上げられミラは浮遊感で気持ち悪さが増した。
それに加え、上に上がると温度も上がる。
頭がくらくらした。
「…う…」
ミラは吐き気を覚えた。
アシはミラの体調の変化に気付いて慌てて下ろした。
ミラは地面を這い、日陰の隅の方に嘔吐した。
せっかく得た水分を戻してしまったことが悔やまれるが、気持ち悪さはまだある。
「…熱中症か…厄介だな。」
アシは考え込んでいた。
ミラは体をよじってアシを見上げた。
「…回り道になるが、安定して休める場所に行くぞ。」
アシは先ほどより多少ミラに気を遣った手つきで担ぎ、多少気を遣った手つきで馬に乗せた。
今まで向かっていた方向から転換し、アシは馬を走らせ始めた。
「…どこに向かっているの?」
「水があって、休める場所だ。…急ぐから捕まれよ。」
アシは簡単に言うと、馬を急がせ始めた。
道行く旅人たちのように、一匹の馬が、二人の男を乗せて走っていた。
前で馬の手綱を握る青年は、茶色の髪をオールバックにし、右頬に傷があり、表情や服の上から見える彼の筋肉が強者であることを表しているが、彼はたれ目でいわゆる童顔で可愛らしい顔立ちをしていた。
その後ろに乗る青年は、色白で白髪に真っ赤な目、口元から覗く八重歯が牙の様で特徴的だった。彼は服のフードを被り、日の光を防ぐような恰好をしていた。
二人とも武器はしっかり持っており、使い込んだ様子のある、血なまぐさいものだった。
「気持悪いから、どこかで馬を調達しよう。」
前の青年は眉を顰めて言った。
「いいじゃん。このままで。」
後ろの青年は愉快そうに言った。
「リスクを冒すくらいならではあるけど、君は気持ち悪くないの?」
前の青年は呆れたように後ろに目を向けた。
「むしろ今は気持ちがいいね。」
後ろの青年は愉快そうだった。
「誤解を招きかねない発言だけど…俺も同感だね。」
前の青年は呆れたように笑った。
二人を乗せる馬はゆっくりと走っていた。
「僕も精鋭部隊にいたかったな…」
後ろの青年は羨ましそうに前の青年を見ていた。
「いいところだったよ。俺は…そこじゃないとやっていけなかったからな…」
前の青年は、遠くを見るように前を見つめた。
「…心残りを失くしたい…って言っていたよね。」
後ろの青年は前の青年の肩を叩いた。
「そうだよ。」
「まだ、残っているよね。」
後ろの青年は問い詰めるように前の青年を見つめていた。
「その言葉、返すよ。…君が俺のことをわかるように、俺も君のことがわかるんだよね…。」
前の青年は、後ろの青年の頭に手を伸ばして叩いた。
「…やっぱり君はいいね。」
後ろの青年は赤い目を細めて笑った。
「同じセリフを返すよ。」
前の青年は頬の傷を歪めさせて笑った。
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