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混沌へ

107.招かれざる客

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 ライガとジンの思った通り、少し青筋を立てて顔を引きつらせているマルコムと、それとは別に何やら考え込んでいる様子のリランがやってきた。



「…何があった?」

 ジンはマルコムを見た。



「こいつが俺と父を似ているとかほざいていやがったんですよ。」

 マルコムは吐き捨てるように言った。

 そして、言い終えると舌打ちをした。



「反則です!!ああー!!もうクソ!!」

 マルコムはジンの目を指さして苛立たし気に言った。



「…本当に便利ですね。その目…いいな。俺も欲しい。」

 リランは羨ましそうにジンを見た。



「…二人はどうしてここに来たんだ?…何か聞きたいことがあってだろ。」

 ライガは苛立っているマルコムを落ち着かせるため、話題を変えた。



「ああ。リランがライガに聞きたいことがあるらしい。」

 マルコムはリランを睨みながら言った。



「そうだ。だけど、俺はそれに加えてサンズさんや団長にも話したいことがある。もちろんライガにも…」

 リランはマルコムの視線を気にした様子を見せずに言った。



「そうか。それはぜひ聞きたいな。」

 ジンはリランの目を見た。



「サンズさんが偉そうな奴等集めて何かやっているので、そこに乗り込みましょう。」

 リランは思いついたように言うと、ライガの入っている牢屋の鍵を開け始めた。



「お前何やっている!!」

 マルコムは驚いたように言った。



「え?だから鍵開けている。」

 リランは当然のことのように言った。



「…そう言えば、お前はここの地下牢に入れられたことがあったんだよな…脱走したらしいが…」

 ジンはリランを感心したように見た。



「話を進めるのには…ブロック伯爵の行動指針よりも、ライガの父親の行動指針が大事な気がします。それには、ライガと団長は、話をする場に必要ですから。」

 リランは何か細長いピンを使って鍵をこじ開けている。



「…冷静だな…お前」

 ライガはリランがマルコム異常に冷静な様子に驚いた。



「いや、団長の目を見たら本音がぽろぽろ出てくるんですよ。冷静も何も無いですよ。」

 リランは困ったような顔をした。



 どうやら鑑目には聞かれたことを答えさせるのはもちろんだが、答えさせるのを可能な限り冷静に聞き取りやすくするらしい。



「便利な目ですね…」

 今度はマルコムが羨ましそうにジンの目を見ていた。



 そして思いついたようにジンの顔を掴んだ。

 今までなら信じられないことだが、マルコムは臆することなくジンを見ている。



「…これ、サンズさんが今必要な力じゃないですか?」

 マルコムはジンの目を見て訊いた。



「…そうだな…」

 ジンはマルコムを睨んだ。

 どうやら手を放すよう促しているようだ。



 ガチャン

 牢屋の扉が開いた。



「よし。これでいいか。」

 リランはライガの腕を掴んだ。



 口調や接し方は冷静だが、ライガを掴むリランの腕は少し乱暴だった。



 彼が冷静であろうとしているのは、意識していることであり、やはり自分に対して憎しみを覚えているのは事実だと認識した。

 寂しいと思ったのと同時に仕方ないことだという諦めもあった。



「行くぞ。」

 リランはライガに頷いた。

 ライガはリランに頷いた。



「お前は早く手を放せ。」

 ジンはマルコムを睨んでいた。



 







 地下牢の方から怒鳴り声が聞こえ、なにやら打撃音も聞こえた。

 そんな報告がサンズに入った。



 地下牢に向かった人物と、地下牢にいる人物を考えると確かに自分に話が行くのは当然だった。



 王への報告を終え、また集めていた識者と情報の分析に移ろうとしていたサンズは、貴族とは思えないほど騒がしい足音を立て、ロマンチストとは思えない顔をして王城を走っていた。

 皆サンズの形相と勢いを見て、道を避ける。



 数人の侍女がトイレを指さしていたがそれよりもっとひどい。

 それもひどいが、サンズだけの問題ではない。



 今の帝都で精鋭部隊というだけでどれだけの存在価値があるかわかっているのかわかっていない。



 騎士団に押さえられたが、ライガの放免運動なども上がっている。

 ジンに関しては何故か知らないが、王族の血が流れていないと言うのに彼が王族をまとめるべきだという話が上がる。

 ただ、王は別として彼以外の王族を見ているとそう思うのだろう。

 それに、王子の単独行動のせいでアレックスが死んだことは騎士団にとっても根深いものとなっている。



 リランは、一旦騎士団から距離を置いていたとはいえ、騎士団内での人望もあり、もともと可愛がられる質の人間だ。彼には同情と同じく仲間を失ったことで共感の声が騎士団からも町からも多い。



 マルコムは冷静に判断の出来る未来のリーダーとして期待の声が大きい。若いから行動の荒さは目立つが彼の思いきりがいい行動が評価されている。若いからでなくその荒さが彼の気質だと言うのは内部でも一部の人間しか知らないが。



 勿論サンズもかなり評価されている。

 ただ、そんなもの彼からしたら無意味だ。

 自分は仲間を失う苦しみから逃げるために騎士団から逃げた。

 アレックスは残ったのに。

 そして、彼は戦力不足の中王城で戦い、戦い抜いて死んだ。



 自分が傍にいたら違う結末だった。



 その結末を迎えた今、改めて自分に下される評価は全て無意味だった。



 死んだ精鋭は神格化されている。

 ミヤビは何故か知らないが女神のように扱われ、彼女の似顔絵が書かれたお守りのような紙が町に出回っている。



 ヒロキも同じだ。彼はどちらかと言うと貴族街でいつ造られたのか知らないが、彼に結構似ている彫像が建てられ婦女子が縋るように祈っている。ジンに言ったら怒るか没収されるかのどちらかだと思うから彼には何も言っていない。



 アランは、逃げる時に念じると逃げ道を教えてくれるなど変なまじない話や都市伝説のようなものが出来ている。主に子供を中心とした若者の中に確かに彼の名前は生きている。



 アレックスは言わずとも軍神のように扱われ、崇められている。それこそ、騎士として尊敬されている。



 力の象徴である精鋭が心のよりどころになっている。



 とにかく生きている精鋭が喧嘩するのは望ましくない。



 冷静さを保っているとはいえ、リランはライガを恨んでいるはずだ。

 まして、ライガの父親が絡んでいるのだ。

 そしてライガの父親はジンの父親だ。

 それらを黙っていたジンに対しても思うところはあるだろう。

 さらに加えて、協力者として確定的なブロック伯爵はマルコムの父親だ。



 言いたくないが、彼等皆、気質が親子そっくりである。





「…全く何でお前らの親子は揃って厄介なんだ…」

 サンズは絶対に本人に言えない愚痴を独り言で呟いた。



「悪かったな。」

「そっくりじゃない。」

「否定できません。」

 何故か分からないが後ろから声がかかった。



 サンズは慌てて振り向いた。



 後ろには手を拘束されたライガとそれを見張るようにいるリラン、そしてジンとマルコムがいた。



「お前ら…だって、地下牢に…」

 サンズは慌てて地下牢の方を指さした。



「いつの情報ですか?早くサンズさん。あのくそみたいな集会に行きましょう。」

 マルコムはサンズの肩を叩いた。



「くそみたいって…お前、皆帝国屈指の識者だ。」

 サンズはとりあえず友人もいる集会をバカにされたから形式程度に反論した。



「騎士団に気を遣ってる意見しか出ないのならクソだ。俺も協力しよう。」

 ジンはサンズを見て不敵に微笑んだ。



 おそらく対策が進まないことに苛立っているのだろう。

 サンズにではなく、騎士団以外の情報が気を遣っていいように改ざんされている状況からだ。



「それ…反則だろ…」

 サンズはジンの目を見て頭を抱えた。



「言えばいいですよ。帝国は滅ぶから気を遣っても仕方ないって。」

 リランは呆れたようにサンズを見た。



「そうならないようにしているんだ。…簡単に言うなよ。」

 サンズはわかっていることだが言えないことをあっさりと言ったリランを睨んだ。



 そんなことを言えればどれだけ楽だか。

 言ったら混乱が起こりかねない。

 帝都襲撃で帝都から逃げ出すものも多くおり、そもそも帝国から逃げようとするものも多くいるようだ。



「どこに逃げるんでしょうね…皇国ですか?それとも奥地に逃げるか…都会暮らしに慣れた人間がやっていけるとは思えない。なら、現実的に帝都で対策をした方がいいでしょう。」

 マルコムは呆れたようにサンズを見た。

 ただ、彼が呆れているのはサンズではなく彼以外の人間だ。



 ただ、今他にも大事なことがある。



「待て!!お前ら全員で乗り込む気か!?」

 サンズはマルコムやリランはまだしもジンとライガは止めたかった。



「気を遣っている場合じゃないって…俺だってわかりますよ。」

 ライガは拘束されているように見えていた腕を上げた。



 彼の腕は拘束されていない。



「ふりだけでもお前は拘束を…」

 サンズは慌ててライガの腕を抑えようとした。



 これ以上の混乱が起きると集会というか帝都の状態は悪化する。



「協力していた貴族は、全員分かったんですか?」

 マルコムはサンズを睨んだ。



 どうやら彼はライガを拘束するならそいつらもそうだと言っているようだ。



「わかる範囲では裁いている。ただ、マルコムの父親のメモだけだと力が弱い。証拠が出てない奴やずる賢い奴は逃げている。」



 サンズの言葉にリランとマルコムは顔を歪めた。



「だから…町で…つい、騎士たちと噂話をしてあのメモの写したやつ、結構落としたな。みんな忙しいから疲労かもしれないな。」

 サンズは困ったような顔をした。



「今の帝都でその行動をされることは、普通に裁かれるよりも辛いだろうに…」

 ジンは同情するようなことを言いながらも顔は笑っている。

 当然だ。

 その貴族たちの長年の裏切りの成果が帝都襲撃に繋がっている。



「とはいえ、お前は拘束されている状態が一番みんなが安心する。」

 サンズはそう言いながらもライガの腕を下ろした。



「帝都や王城の混乱を防ぐためだ…」

 サンズは不服そうな顔をしたジンを見た。



「集会に来るなら文句は言うな。」

 サンズは強い口調で四人に言った。

 考えてみればサンズは彼らの中だと年長者だ。



「わかったか?ガキども。」

 サンズは有無を言わせぬ様子で言うと、先導し始めた。



 ライガはリランを見た。

 リランは躊躇わずライガの腕を拘束した。



「何かあっても助ける。まだお前の力が必要だから安心しろ。」

 リランはライガに囁いた。



 どうやらリランはまだライガに対する憎しみと言うのは抑えられているというべきか、冷静だ。



 サンズはさっきの打撃音と怒鳴り声は何があったのかと気になったが、今は集会で彼らが何を話すかが一番の問題だ。



「何を話すつもりなんだ?場合によったら制限する必要がある。」

 サンズは警戒するようにジンとライガを見た。



 そしてマルコムとリランも。

 今四人は頼れる存在であると同時に不安材料でもある。



「ライガのお父さんの居場所だ。ライガなら母親関連の場所とか覚えがあるかもしれない。それに、サンズさんたちの集めた情報も欲しい。」

 リランはライガとサンズを見て言った。



 正直、ここまで頼もしいリランを見るのは嬉しくて涙が出そうだ。

 だが、今はそんな感傷に浸っている場合ではない。



「…それは、いいことだ。…団長やマルコムもですか?」

 サンズはジンとマルコムの様子を窺うように見た。



 二人はライガたちと違うような顔をして居る。



「団長のこの目…これを使えば、気を遣ってもらわず、楽しい会議ができると思ったんです。」

 マルコムはジンの目を指した。



「二人は入るな。」

 サンズは厳しく言ったが、時すでに遅く、サンズたちは集会が行われる部屋の前にいた。



 このあとサンズも加わる予定であったため、きっと彼らは集まってサンズを待っている。



「いいか。二人は…」

 念を押して止めようとしたが、ジンは堂々と扉を開いた。



 マルコムとライガとリランもそれに続いた。



 まるで、精鋭の巡回のようだ。



 少し懐かしい気持ちになり、寂しい気持ちにもなってから、サンズは慌てて部屋に飛び込んだ。










 



 小さな山の上に、小さな小屋があった。

 その痕跡が残っていた。



 真っ黒く焼けた小屋の残骸や、人に踏み荒らされた跡。

 その踏む荒らされた跡に見える人の気配以上の人数が、残骸の前にいた。



 その先頭で、一人の男が焼け崩れた小屋の、もう見えないかつてあった屋根を見上げていた。



「焼けているな…」

 彼は異国の服に身を包んだ、長身で体格のいい初老ほどの外見をした男だった。



 短く刈り揃えている栗色交じりの白髪頭、輪郭は少し厳つく、顎の角ばり方が頑固さを感じさせる。

 太い眉も髪と同じ色だが、肌との境界線がしっかりと見え、意志の強さを感じさせる。



「…将軍。どうされましたか…?」

 彼の後ろにいる、彼と同じような異国の服を着た男たちが彼の様子を見て心配そうな顔をした。



「…昔、ここに小屋があった。」

 将軍と呼ばれた男は、焼けている真っ黒い残骸を指さした。



「は…痕跡がありますが、ここをご存じで?」



「…何度か、来たな。」

 将軍は目を細めて懐かしそうに遠くを見た。



「ラーヴァナ様…あまり長く外にいると目立ちます…早く行きましょう。」

 彼の後ろにいる数人の男が彼の背後により、跪いた。

 どうやら他の者たちと違い、彼等はこの将軍の直属のような立場のようのだ。



「…そうだな。」

 将軍、ラーヴァナと呼ばれた男は少し寂しそうに小屋を見ると、振り払うように小屋とは学方向に進み始めた。



 彼が通るために、彼の後ろにいた男たちはずらりと並び、花道を作った。

 その道をラーヴァナは通る。



「あと…少しだ。」

 彼は最後にもう一度だけ小屋を見た。



「そう…もう少しだ。」

 彼は茶色の瞳を揺らしながら、不敵に微笑んだ。

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