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混沌へ

102.一族の真実

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 揺れる馬車の中、ミラは体を丸めて震えていた。



 馬車の中には、ミラの他に数人の一族がいたが、彼等はミラを見た瞬間険しい顔をした。



「お前らより、この子の方が偉いから。下手なことするなよ。」

 ミラを捕えたアシは、ミラを庇うように言った。



 その言葉を聞いて一族の者達は不満そうに顔を歪めた。



「なんだよ。だって、圧倒的に一番可愛いじゃん。ほら…ブスばっか。」

 アシは一族の中に数人いる女性を指さして笑った。



 アシはミラに危害を加える様子はない。

 だが、明らか彼はミラを利用する気だ。



 とはいえ、庇われたのは事実なので、本来なら彼に対して少しばかり感謝を思うはずだった。



 だが、ミラは知っている。



「…あなたがヒロキさんを殺したの…?」

 ミラはアシを睨んだ。



 アシはミラの目を見てにこりと笑った。



 その笑顔にミラは寒気がした。



「そうだ。俺が殺した。」

 彼は嬉しそうに頷いた。



 多少の苦痛や罪悪を感じる様子もなくアシは頷いた。



「…何で…そんな笑顔なの?…あの人は…」

 ミラは自分の目を見て話してくれた彼のことを思い出した。



 彼は自分を分かってくれる友人になれた。

 外の世界を知った時の嬉しさを分かってくれた。



「ミラちゃん可愛いから、あわよくば頂こうかと思っていたんだ。」

 アシは懐から小刀を取り出して眺めながら言った。

 彼は、馬車に乗ってからも小刀を眺めることが多い。



「私は、ライガ以外の男の人にものにならない。」

 ミラは断言した。



「なるさ。俺じゃないけど…」

 アシはやはり小刀を眺めていた。



「やっぱり、捧げる女の子は可愛い方がいいだろ?」

 アシは横目でミラを見た。



「…捧げる…まさか」

 ミラはアシの言っていることが何となくわかってきて、懐かしい絶望感を覚えた。



「ああ。でも一族の他の人は、特権階級が保証される。…君を皇族に引き渡して…な。」



「なにそれ…帝国と変わらない…」



「特権階級だ。自由になる。君以外の一族はね…」

 アシは興味なさそうに小刀だけを眺めていた。



「…私は、道具なのね…」

 ミラは諦めたように笑った。



「一人の犠牲で丸く収まる。いいことだ。」

 ミラの後ろにいた一族の者が言った。



 ミラは振り向かなかった。



「屑みたいな帝国に嫁がずに済むんだ。いい話だろ?」

「逃げ出して騒ぎを起こしたくせに、今更わがまま言うな。」

「一族の自由のためだ。」

「今までどれだけの犠牲を一族が出してきたと思っているんだ?」



 ミラは、ゆっくりと後ろを向いた。



「あなたたちが…皇国を呼んだのね。」

 ミラは、後ろにいる一族を見た。



 一族は黙ろうとしたが、鑑目のせいで嘘は言えない。



「そうだ。我々が帝国から逃れるため、邪魔な騎士団長を消して安全に皇国に向かうことを提案した。」



「皇国の方で協力者がいたの…?」

 ミラは続けて訊いた。



「皇国の将軍が協力者だ。あの人に逃げるための準備と、いくつかの戦力を…」



「なら…団長さんを殺そうとした人の雇い主は…」

 ミラは目の前の、自分と同じ目を持つ者たちを見た。



「そうだ。我々一族が団長の暗殺を頼んだ。騎士に扮装した彼らと接触してな…」



「帝国がどうなろうと関係ない。我々一族が自由を手に入れるためだ。」

 一族の者達は、ミラの目を見ないことを諦め、開き直ったように言った。



 ミラは横のアシを見た。



 アシはミラの視線を受けて、彼女の目を見た。



「彼らをどう思う?あなた…」

 ミラは卑怯だと思いながらもアシの目を見て訊いた。



「どうでもいい。皇国に必要なのは鑑目だ。」

 アシは蔑むようにミラ以外の一族を見渡した。



 










 待遇がいいことは期待していなかった。

 だが、少しは協力されると思っていたのは間違いだった。



 アレックスを看取ると、ライガは王城内部の牢屋に閉じ込められ、見張りの騎士たちの冷たい視線を受けていた。



 ただ、この帝都を見て、きっかけが自分が逃げたことだと思うと当然な気がした。



 だが、それどころじゃない。

 ライガは鉄格子を掴んだ。



「ミラを早く追わないと…」

 縋るように見張りの騎士を見た。



「お前のせいでどれだけ犠牲が出たと思っているんだ。」

 騎士は冷たく、憎むようにライガに言った。



「皇国の奴らにミラが攫われたんだ。早く追わないと」



「今更どうでもいい。帝都を見ただろ?王城も…お前のせいで…」

 騎士はライガに怒鳴った。



「君のせいでもある。」

 冷たい声がかかった。



 牢屋の廊下にマルコムとリランが立っていた。



「…マルコム殿、リラン殿…」

 騎士は二人に姿勢を正した。



「王城の守りをボイコットした奴が何言ってるんだ?」

 リランは冷たく騎士を見ていた。



「しかし…こいつのせいで」



「わかるのは、ライガは君よりも強い。皇国軍を倒すのに利用できることだ。」

 マルコムは騎士を乱暴に押した。



「憎いなら、皇国倒してから殺せばいいだろ?」

 リランは変わらず冷ややかな目をして居る。



「俺は、そうするぞ。」

 リランは顔を歪めて騎士を見た。



 騎士はリランの並々ならぬ様子と、マルコムが完全に敵意を向いていることに萎縮して、一礼をして牢屋の廊下を走って行った。



「…二人とも…」

 ライガは安心したように二人を見た。



「アレックスさんの遺体の処置が終わって、今、みんな王城にいる。」

 マルコムは気を遣うように視線を挙げた。



「…皆…」

 ライガは懐かしさを感じながらも、悲しさも感じた。





「精鋭全員で話したい。お前も来い。」

 リランは冷たい目をしたまま牢屋の鍵を開けた。



 ライガはいつも愉快なリランしか知らなかったため、彼の変わりように驚いていた。



 それよりも、気になったことがある。



「…アランは?」

 ライガは見当たらない仲間の行方を聞いた。



 リランはピクリと反応した、だがライガを無視して歩き続けた。

 マルコムはライガを見ただけで何も言わなかった。





 マルコムたちに案内されたのは、王城の中でも地下だ。



 遺体を腐らないように安置する部屋だ。

 他の部屋よりも寒い。



 部屋に入ると、沢山の棺と、棺に入っていない遺体が安置してある。



「…精鋭は…一番奥の部屋に別に居させてもらっている。」

 リランは更に奥の部屋を指した。



「…ヒロキさんも、ミヤビもいるのか…」

 ライガは緊張した。



「…みんないる。」

 マルコムは手短に答えた。



 二人の言った通り、奥の部屋にはいくつかの棺とサンズとジンがいた。

 ジンは白い顔を更に白くしていた。

 サンズは、目を腫らしたままだが気丈にジンを気遣うようにしていた。



「…皆だ…」

 マルコムはライガを見ずに部屋の奥に入った。



 ライガは周りを見渡した。



 幾つかの棺を数えた。

 一つ、二つ、三つ、四つ…



「…アランは死んだ。」

 リランはライガを冷たい目で見ていた。



「え…、まさか、あの襲撃で…」

 ライガは帝都に横たわる遺体を思い出した。



「違う。一週間ほど前だ。」

 マルコムは首を振った。



 一週間前…丁度ジンとミラと一族の村にいた時だ。



 底抜けに明るいアランとリランしかライガは知らない。

 帝都に戻って来てからのリランは知らない人間のように感じていた。

 だが、彼がこうなった理由が分かった。

 さきほど騎士に言っていたことも



「リランは…俺を殺したいほど憎いんだな。」

 ライガは冷たい視線しかむけないリランに訊いた。



「今はそんなことどうでもいい。」

 リランはサンズの横にある棺を見た。



「…あの人の前で、俺は憎み合いたくない。」

 リランは首を振った。



 だが、彼がライガに対して思うところがあるのは本当のようだ。

 そのことに対してライガは苦しいと感じた。



「…話を始めよう。」

 ジンはライガたちに目を向けた。



 包帯をしてない顔でライガたちを見ていた。



「話してくれるんですよね。」

 マルコムはジンとライガを見た。



「ああ。」

 ジンはマルコムとリランとサンズを見渡した。



 彼は三人に、ライガに話した自分の出生の秘密と王族との関係、父親との交流を話した。



 ジンの話が終わると、サンズもリランもマルコムも険しい顔をしていた。



「王族を守る理由が無い。何で団長は…」

 マルコムは理解できないことのように首を傾げた。



「俺の余計な言葉でライガから父を奪った。…そして、それがこいつから母親を奪うきっかけにも…」



「母さんを奪ったのは王族です。」

 ライガは断言した。



 サンズは腕を組んで考え込んでいた。

 リランも何かが引っかかるようで二人を見ていた。



「ライガ。お前、お宝様が奪われたと言ったし、何で帝都に戻ってきた?」

 リランは冷たい口調で訊いた。



「だから、皇国の奴らにミラを奪われた。マルコムの父親が絡んでいる可能性から、情報を掴めないかと…」

 ライガはマルコムを見た。



「一族が皇国に保護を求めているが、まだ帝国内にいるはずだ。…どこか匿える場所は知らないか?」

 ジンもマルコムを見た。



「…腑に落ちないのは、何で団長は一族とのパイプ役でありながら距離を取っているんですか?族長の孫で鑑目を持っていて、帝国騎士団の団長で王族の弱みも持っている。一番利用しやすいですよ。」

 マルコムはジンを観察するように見ていた。



「俺に鑑目があるのを知っているのは、祖父とヒロキと王族のわずかなもの…王くらいだった。一族は俺に鑑目があるのを知らない。俺を邪魔に思っているはずだ。」

 ジンはライガを同意を求めるように見た。



「確かに…団長は嫌われていました。」

 ライガはミラの姉の態度を思い出した。



 ジンはライガの言葉を聞いて、少し悲しそうな顔をした。



 マルコムは舌打ちをした。

「…クソですね。」

 何かわかったようだった。



「どうした?」

 リランは気になるようだ。

 確かにサンズもジンも気になるように見ている。



「団長もライガも、一族のその族長さんだけに囚われていると思うんですけど、俺はある仮説を立てました。」

 マルコムは周りを見渡した。



 部屋には精鋭しかいない。



「俺たちが王都近くの詰め所に出た任務との時に皇国の奴らと接触していたのは、何となく予想できますよね。」

 マルコムの言葉にジンもライガも頷いた。



「団長の暗殺を指示したのは、一族ですよ。もちろん族長以外の…」

 マルコムは腕を組んで確信を持ったように言っていた。



「大臣とかよりもずっとずっと団長を邪魔に思っていますよ。だって、皇国に逃げるとしたら脅威にしか思えない。」

 マルコムは同意を求めるように周りを見た。



「根は深いかもしれませんが、今回の…きっかけは、一族が団長を暗殺しようとしたことから始まっていますよ。」

 マルコムはやはり確信を持っていた。





 ジンは納得していない様子だった。

 たぶん、邪険にされても同じ鑑目を持っていると分かっているから仲間意識が無意識にあるのだろう。

 祖父を殺した男を殺しても根っこではそう感じている。



 ただ、それはジンのことだ。

 一族はジンに鑑目があるのもお宝様の子供であることも知らない。



 向こうは仲間意識をもつ理由が無い。



 ライガはマルコムの言ったことに納得した。



 ただ、何でミラが攫われたのかは分からなかった。

 鑑目は沢山いる。

 それなのに、何でミラが攫われたのか…



 ライガはミラの姿を思い浮かべた。



 惚れた視点から見ても彼女は美人だ。

 黒い髪に白い肌、長いまつ毛に可愛らしい唇。



 ミラを連れて行ったのは一族じゃない。

 アシだ。



 最初のカウントでは彼女は皇国に渡る者の中に入っていなかったはずだ。



 ライガはミラが連れ去られた理由がどうしても、帝国の行ったことの繰り返しのように思えてきた。



 一度浮かんだ考えは消えない。



「早く…ミラを助けないと」

 ライガは部屋から出て行こうとした。



 マルコムがライガの腕を掴んだ。

 剣を持たないライガはマルコムに生身では敵わない。



「離せ。マルコム。早くミラを…」



「場所も分からないくせに、どこに行くんだ?」

 マルコムはライガの腕を強く握った。

 骨が軋むほど。



「ミラが危ない。」



「知っている。だけど、殺されることは無い。」

 リランは腕を組んで、部屋の出口の前に立った。



「どけろ。早くしないと…」

 ライガはミラが危ないと考えると、止まることも、話している時間も惜しくなった。



「彼女は、女性として利用される可能性があると…考えたんだね。」

 マルコムはライガの手を放さなかった。

 それよりも、握る手が強くなっている。



「そうだ!!早くしないと…」

 ライガはマルコムの手を払おうとした。



 リランはライガの肩を掴んだ。



「死ぬことは無い。」

 冷たい口調だった。



「生きていれば…会えるだろ。」

 リランはライガを睨んだ。



 ライガはリランの顔を見た。

 そして、彼の髪留めが黒いことに気付いた。黒はアランのだ。

 いや、その下に自分の髪留めをつけている。



「お前の唯一は生きている。」

 ジンは呟いた。



「…今は、それでいいじゃないか…」

 ジンは奥にある棺を見ていた。



 それにヒロキが安置されているのが分かった。





 唯一を亡くしたリランやジンのことを考えると、ライガは胸が苦しくなった。



 だが、それでもミラが他の男の手に落ちることを考えると気が狂いそうだ。



「俺は、ミラが他の男の手に落ちるのは嫌です。…考えるだけで死にそうになります。」

 ライガはジンの目を見て言った。



 バキン

「ガホッ」

 ライガはマルコムに殴られ、床に転がった。



 サンズは立ち上がり慌てて止めようとした。



「優しく殴りました…」

 マルコムはライガを冷たく見下ろしていた。

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