上 下
90 / 137
真実へ

87.憎み暮れる

しおりを挟む

 サンズはアランの遺体を見つめていた。



 あまりにショックと疲労でリランは倒れ、今は休んでいる。

 サンズも倒れたかった。



 仲間の死は見てきた。



 アランの死を耐えるために、サンズは自分に言い聞かせた。



 だが、それで納得しようとする自分を嫌悪して結局自分で自分を苦しめていた。



「…もう、…」

 サンズは呟きかけて言葉を止めた。



 周りには騎士がいる。

 他の自分よりも若い騎士たちが。



 悲しむのと弱音を吐くのは違う。

 サンズは出てきた弱音を飲み込んだ。





 廊下から何やら騒がしい足音が聞こえた。

 ドタドタ

 と数人が走る音だ。



 バタン



 扉が開かれると、血相を変えたアレックスがいた。



 サンズは、彼の顔を見ると縋るような気持ちになった。

 自分が騎士団の中で頼れる、甘えてもいい唯一の人物だ。

 サンズは、飲み込んだ弱音がまた零れそうになった。



「…アランのこと…」

 アレックスはサンズを見て、直ぐに安置されているアランに目をやった。

 どうやら信じられないようで、信じたくないようだ。



 サンズもそうだ。

 だが、アランは動かない。



「…俺が見つけていれば…」

 サンズは言葉を発すると、そこから堰を切ったように涙が溢れた。



 アレックスは何も言わず、アランの元に来た。



「…何があったんだ…どうして…」

 アレックスも分からないようでサンズを見た。だが、サンズにはとても聞けるような状態でなかった。



 自分がしっかりしないといけないという義務感から堪えきったヒロキの死、無力感を覚えたミヤビの死、そして今回のアランの死。



 自分よりも若い者達の相次ぐ死でサンズの精神はボロボロだった。

 アランに関しては、騎士団に誘い面倒を見てきたというものもある。



 流石にサンズが上流階級の出身であるにしても、騎士たちは彼を責めたり強く当たったりすることはしなかった。

 彼とアランの関係性を知っているからだ。

 なので、気を遣って他の騎士たちがアレックスの元に寄って、一本の剣を布にくるめて渡した。



「…これで、刺されていました。」

 騎士は辛そうに目を伏せていた。

 アレックスは受け取って、渡された剣を見た。



「…いい剣だ。」

 アレックスは呟くと、考え込んだ。



「…お前等は、アランがどこにいたのか探れ。」

 アレックスはサンズ以外の騎士たちに言った。



 騎士たちは頷いた。



「お前等がどこに不満を抱こうが今は気にしない。」

 アレックスは姿勢を正して騎士たちの顔を見渡した。



「ただ、敵は内部にもいる。慎重に動け」

 アレックスの言葉に騎士たちは少し不満そうな顔をした。



「だが、手加減はするな。」

 アレックスは騎士たちを睨んだ。

 いや、騎士たちではなく、彼等の向こうにいる何かを睨んだ。



「はい!!」

 騎士たちもアレックスを睨んだ。彼等もまた、何かを睨んでいた。



 彼等の返事に、不平や不満はなかった。



 アレックスは項垂れるサンズの元に近寄った。



「サンズ。アランを殺した者の手がかり…何か聞いていないか?」

 アレックスは気を遣うようにサンズの肩を叩きながら訊いた。



 サンズは肩を震わせているだけだった。



「サンズ」

 アレックスはサンズの肩を強く叩いた。



「アランはまだ…まだ、若かった。一番年下だっただろ?」

 サンズは縋るようにアレックスを見た。



「そうだ。」

 アレックスは頷いた。



 サンズは、ヒロキ、ミヤビ、アランの死に顔を思い出した。



「もう…俺は、耐えられない。」

 サンズは顔を覆った。



 口を引き締め、歯軋りをしているのだろう、顎が震えている。



「帝国騎士でいるのが…こんなに苦しく感じたのは…もう…」

 サンズは首を振った。



 サンズはもう、弱音を我慢できなかった。



 アレックスは無言でサンズの鎧の首元を掴んだ。

 体格のいいサンズを無理やり立たせた。



 周りの騎士たちは驚いたように身構えたが、サンズは全く抵抗をしなかった。



「辛いなら辞めていい。」

 アレックスは行動とは違い、優しい声色で言った。



 サンズは、眉を歪め、堪えきれない涙を流してぐちゃぐちゃになった顔をアレックスに向けた。



「俺は辞めない。」

 アレックスはサンズを睨んで言った。



 そして、サンズから手を放した。



 サンズは床に崩れ落ちるように座った。



「手掛かりは、情報はしっかり教えろ。」

 アレックスはサンズを見下ろして言った。



 サンズを俯いて床を見て首を振った。



 アレックスは周りの騎士たちに何か言って、部屋から出て行こうとした。



「優先しちまった…」

 サンズは出て行くアレックスの背中に声をかけた。

 アレックスはサンズの方を見た。



「俺…手掛かりの情報を聞くよりも…少しでも長く…アランに生きて欲しくて…」

 サンズは変わらず床を見ていた。



「長く…少しでも…」

 サンズは消え入りそうな声だった。



 アレックスはアランの方を見た。

「…そうか。」

 それだけ言うと、彼は部屋から出て行った。







 



 アレックスが部屋から出て廊下を歩いていると、正面からマルコムが歩いてきた。



 他の者は急いでアランの元に来るが、彼は歩いていた。



「お前も来たんだな。」

 だが、帝都に戻って来てくれたマルコムをアレックスは頼もしく思っていた。



「…ええ。予想外のことがあったので…」

 マルコムはアレックスが持っている布に包まれた剣に目を向けていた。



 アレックスはマルコムを見た。

「…マルコム。お前が戦った皇国の男…サンズが刀を折った奴だが、剣を使っていたと言っていたな…」

 アレックスはマルコムを見た。



「はい。」



「これか?」

 アレックスは布に包まれた剣を差し出した。



「…いえ、違います。」

 マルコムは剣を見て首を振った。



「なら、アランを襲ったのは違う奴だ。皇国の者は三人しか把握していないが、その男以外は刀を使う。皇国は刀使いが多い。」

 アレックスは剣を眺めて目を細めた。



「…なるほど。帝国の協力者ですね。」

 マルコムは納得したように頷いた。



 アレックスはマルコムを計るように見た。



「お前等は帝都に入るまでアランの死は知らなかったはずだ。そんなお前が帝都の内部まで入るのは…」

 アレックスは剣をじっと見ていた。



「…」

 マルコムはアレックスを感心したように見た。



「お父上…帝都に来ているのだな。」

 アレックスはマルコムにまた、剣を差し出した。



 マルコムは溜息をついてまた、剣を見た。



「ええ。…正直、アランの死は…」



「これは、見たことのある剣か?」

 アレックスはマルコムを軽く睨んでいた。



 マルコムは質問をされて顔色を変えた。



「…なるほど、そうですよね。」

 マルコムは剣を奪うようにアレックスから受け取り、じっくり見た。



「…でも、剣なんて沢山ありますから…」

 マルコムは諦めたように笑ったが、その目はギラギラしていた。



「可能性の話だ。…リランには言うな。」

 アレックスはマルコムから剣を受け取った。



「俺なら冷静だからですか?…こう見えて、俺も怒っていますよ。アレックスさん。」

 マルコムはアレックスを睨んだ。



「知っている。だが、これはお前に言うべきことだろ?」

 アレックスは溜息をついた。



「…サンズさんは?」



「…ダメだ。…弱り切っている。あいつは、意外にもろいところがある。」

 アレックスは目を細めて疲れたような顔をした。



「…彼の死は、俺も悲しいです。」

 マルコムは呟くように言うと、廊下の奥のアランが安置されている部屋に向かった。



 アレックスはその後ろ姿を見送ると、また歩き出した。



 布にくるまれた剣を握り締め、手が震えていた。



 アレックスは立ち止まり俯いた。

「…しっかりしろ。」

 アレックスは自分に言い聞かせるように呟くと、顔を上げた。







 

 暗転した視界から、ぼやける光が見え、リランは目を開けた。



 そこに見えるのは、見慣れた天井だった。



 ああ、何だ。夢だったんだ。



 リランは安心して溜息をついて起き上がった。



「…違う…」

 リランは、自分の願望を否定した。



 アランは死んだ。



 その事実をリランはもう一度頭に浮かべた。



 悲しくて、辛くて、苦しくて逃げ出したい。

 幸せな日の思い出に逃げて、現実を見たくない。



 リランは、自分の中にあるその考えを潰した。



「…だって、殺したやつがいる…」

 リランは歯を食いしばった。



 現実を見たくないという思いで、アランを殺した人物を遠ざけるのは嫌だった。



 企みも、黒幕も、騒動も、皇国も、帝国も関係ない。



 リランは拳を握った。



「アランを死なせた奴…全部殺してやる。」

 リランは髪をかき毟った。



 黒幕は分からないけどはっきりさせて殺す。

 企みに参加していた大臣も、アランを捕えた警備も、襲撃した皇国の奴等も



「お前等が逃げたからだ…」

 リランはこの前まで仲間だったものを思い浮かべた。



「ライガ…お前がきっかけで…」

 リランは、今まで好意的だったライガに憎しみを吐いた。



 ミヤビとマルコムが怒り狂っていたのとはまた違った、異質で粘り気と黒さと暗さのあるものだった。



 死なせた奴、全部殺す。



 リランは一番許せない自分を、自分の優しさを含めた願望を徹底的に潰した。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

失われた力を身に宿す元聖女は、それでも気楽に過ごしたい~いえ、Sランク冒険者とかは結構です!~

紅月シン
ファンタジー
 聖女として異世界に召喚された狭霧聖菜は、聖女としての勤めを果たし終え、満ち足りた中でその生涯を終えようとしていた。  いや嘘だ。  本当は不満でいっぱいだった。  食事と入浴と睡眠を除いた全ての時間で人を癒し続けなくちゃならないとかどんなブラックだと思っていた。  だがそんな不満を漏らすことなく死に至り、そのことを神が不憫にでも思ったのか、聖菜は辺境伯家の末娘セーナとして二度目の人生を送ることになった。  しかし次こそは気楽に生きたいと願ったはずなのに、ある日セーナは前世の記憶と共にその身には聖女としての癒しの力が流れていることを知ってしまう。  そしてその時点で、セーナの人生は決定付けられた。  二度とあんな目はご免だと、気楽に生きるため、家を出て冒険者になることを決意したのだ。  だが彼女は知らなかった。  三百年の時が過ぎた現代では、既に癒しの力というものは失われてしまっていたということを。  知らぬままに力をばら撒く少女は、その願いとは裏腹に、様々な騒動を引き起こし、解決していくことになるのであった。 ※完結しました。 ※小説家になろう様にも投稿しています

移転した俺は欲しい物が思えば手に入る能力でスローライフするという計画を立てる

みなと劉
ファンタジー
「世界広しといえども転移そうそう池にポチャンと落ちるのは俺くらいなもんよ!」 濡れた身体を池から出してこれからどうしようと思い 「あー、薪があればな」 と思ったら 薪が出てきた。 「はい?……火があればな」 薪に火がついた。 「うわ!?」 どういうことだ? どうやら俺の能力は欲しいと思った事や願ったことが叶う能力の様だった。 これはいいと思い俺はこの能力を使ってスローライフを送る計画を立てるのであった。

おっさんの異世界建国記

なつめ猫
ファンタジー
中年冒険者エイジは、10年間異世界で暮らしていたが、仲間に裏切られ怪我をしてしまい膝の故障により、パーティを追放されてしまう。さらに冒険者ギルドから任された辺境開拓も依頼内容とは違っていたのであった。現地で、何気なく保護した獣人の美少女と幼女から頼られたエイジは、村を作り発展させていく。

はぁ?とりあえず寝てていい?

夕凪
ファンタジー
嫌いな両親と同級生から逃げて、アメリカ留学をした帰り道。帰国中の飛行機が事故を起こし、日本の女子高生だった私は墜落死した。特に未練もなかったが、強いて言えば、大好きなもふもふと一緒に暮らしたかった。しかし何故か、剣と魔法の異世界で、貴族の子として転生していた。しかも男の子で。今世の両親はとてもやさしくいい人たちで、さらには前世にはいなかった兄弟がいた。せっかくだから思いっきり、もふもふと戯れたい!惰眠を貪りたい!のんびり自由に生きたい!そう思っていたが、5歳の時に行われる判定の儀という、魔法属性を調べた日を境に、幸せな日常が崩れ去っていった・・・。その後、名を変え別の人物として、相棒のもふもふと共に旅に出る。相棒のもふもふであるズィーリオスの為の旅が、次第に自分自身の未来に深く関わっていき、仲間と共に逃れられない運命の荒波に飲み込まれていく。 ※第二章は全体的に説明回が多いです。 <<<小説家になろうにて先行投稿しています>>>

天才女薬学者 聖徳晴子の異世界転生

西洋司
ファンタジー
妙齢の薬学者 聖徳晴子(せいとく・はるこ)は、絶世の美貌の持ち主だ。 彼女は思考の並列化作業を得意とする、いわゆる天才。 精力的にフィールドワークをこなし、ついにエリクサーの開発間際というところで、放火で殺されてしまった。 晴子は、権力者達から、その地位を脅かす存在、「敵」と見做されてしまったのだ。 死後、晴子は天界で女神様からこう提案された。 「あなたは生前7人分の活躍をしましたので、異世界行きのチケットが7枚もあるんですよ。もしよろしければ、一度に使い切ってみては如何ですか?」 晴子はその提案を受け容れ、異世界へと旅立った。

パーティクラッシャー!?〜魔王を倒すため選ばれし勇者と旅をしている僧侶だが、最近パーティ内不純異性交友がけしからん!

ファンタジー
【第一部、完】【第二部に続きます】 【あらすじ】 魔王の討伐のため、光の神に選ばれた勇者の青年。 彼をサポートするために選抜されたのはハーフエルフの女魔導師、獣人の女戦士、そして光の神に仕える男僧侶レリジオだった。 心優しい勇者、高慢な魔導師に野生児の戦士とパーティのチームワークは良いとは言えない。 「優秀な聖職者であり年長者でもある私が、彼らをよく導いてやらねば」 僧侶レリジオはそう決意した。 しかし、ドラゴンを倒したりアンデッドと戦ったりの旅を続けているうちに、ふと気付くと勇者と女魔導師の距離が近い。イチャイチャしている。更に女戦士までもが勇者と距離を縮め出す。 「チームワークは大事だが、色恋はいけない!不和の元だ!不埒だ!」 魔王軍陣営も勇者の存在に気付き始めた。 このままでは本格的な魔王軍との戦いの前に、恐るべきトライアングルによりパーティ崩壊もあり得る!レリジオはパーティの仲を健全に保ち、なおかつ魔王を倒す使命を果たすため、奮起する。 旅のさなか、四魔侯なる幹部の存在を知り、一行は不死王を倒すことを決意する。 勇者がずっと秘めていた真実が、その戦いの最中に露見して…… 気軽に感想など頂けると嬉しいです。 なろう、カクヨムにも同じものを投稿しています コミッション依頼で表紙を作成して頂きました♪

元ゲーマーのオタクが悪役令嬢? ごめん、そのゲーム全然知らない。とりま異世界ライフは普通に楽しめそうなので、設定無視して自分らしく生きます

みなみ抄花
ファンタジー
前世で死んだ自分は、どうやらやったこともないゲームの悪役令嬢に転生させられたようです。 女子力皆無の私が令嬢なんてそもそもが無理だから、設定無視して自分らしく生きますね。 勝手に転生させたどっかの神さま、ヒロインいじめとか勇者とか物語の盛り上げ役とかほんっと心底どうでも良いんで、そんなことよりチート能力もっとよこしてください。

ガチャと異世界転生  システムの欠陥を偶然発見し成り上がる!

よっしぃ
ファンタジー
偶然神のガチャシステムに欠陥がある事を発見したノーマルアイテムハンター(最底辺の冒険者)ランナル・エクヴァル・元日本人の転生者。 獲得したノーマルアイテムの売却時に、偶然発見したシステムの欠陥でとんでもない事になり、神に報告をするも再現できず否定され、しかも神が公認でそんな事が本当にあれば不正扱いしないからドンドンしていいと言われ、不正もとい欠陥を利用し最高ランクの装備を取得し成り上がり、無双するお話。 俺は西塔 徳仁(さいとう のりひと)、もうすぐ50過ぎのおっさんだ。 単身赴任で家族と離れ遠くで暮らしている。遠すぎて年に数回しか帰省できない。 ぶっちゃけ時間があるからと、ブラウザゲームをやっていたりする。 大抵ガチャがあるんだよな。 幾つかのゲームをしていたら、そのうちの一つのゲームで何やらハズレガチャを上位のアイテムにアップグレードしてくれるイベントがあって、それぞれ1から5までのランクがあり、それを15本投入すれば一度だけ例えばSRだったらSSRのアイテムに変えてくれるという有り難いイベントがあったっけ。 だが俺は運がなかった。 ゲームの話ではないぞ? 現実で、だ。 疲れて帰ってきた俺は体調が悪く、何とか自身が住んでいる社宅に到着したのだが・・・・俺は倒れたらしい。 そのまま救急搬送されたが、恐らく脳梗塞。 そのまま帰らぬ人となったようだ。 で、気が付けば俺は全く知らない場所にいた。 どうやら異世界だ。 魔物が闊歩する世界。魔法がある世界らしく、15歳になれば男は皆武器を手に魔物と祟罠くてはならないらしい。 しかも戦うにあたり、武器や防具は何故かガチャで手に入れるようだ。なんじゃそりゃ。 10歳の頃から生まれ育った村で魔物と戦う術や解体方法を身に着けたが、15になると村を出て、大きな街に向かった。 そこでダンジョンを知り、同じような境遇の面々とチームを組んでダンジョンで活動する。 5年、底辺から抜け出せないまま過ごしてしまった。 残念ながら日本の知識は持ち合わせていたが役に立たなかった。 そんなある日、変化がやってきた。 疲れていた俺は普段しない事をしてしまったのだ。 その結果、俺は信じられない出来事に遭遇、その後神との恐ろしい交渉を行い、最底辺の生活から脱出し、成り上がってく。

処理中です...