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真実へ
87.憎み暮れる
しおりを挟むサンズはアランの遺体を見つめていた。
あまりにショックと疲労でリランは倒れ、今は休んでいる。
サンズも倒れたかった。
仲間の死は見てきた。
アランの死を耐えるために、サンズは自分に言い聞かせた。
だが、それで納得しようとする自分を嫌悪して結局自分で自分を苦しめていた。
「…もう、…」
サンズは呟きかけて言葉を止めた。
周りには騎士がいる。
他の自分よりも若い騎士たちが。
悲しむのと弱音を吐くのは違う。
サンズは出てきた弱音を飲み込んだ。
廊下から何やら騒がしい足音が聞こえた。
ドタドタ
と数人が走る音だ。
バタン
扉が開かれると、血相を変えたアレックスがいた。
サンズは、彼の顔を見ると縋るような気持ちになった。
自分が騎士団の中で頼れる、甘えてもいい唯一の人物だ。
サンズは、飲み込んだ弱音がまた零れそうになった。
「…アランのこと…」
アレックスはサンズを見て、直ぐに安置されているアランに目をやった。
どうやら信じられないようで、信じたくないようだ。
サンズもそうだ。
だが、アランは動かない。
「…俺が見つけていれば…」
サンズは言葉を発すると、そこから堰を切ったように涙が溢れた。
アレックスは何も言わず、アランの元に来た。
「…何があったんだ…どうして…」
アレックスも分からないようでサンズを見た。だが、サンズにはとても聞けるような状態でなかった。
自分がしっかりしないといけないという義務感から堪えきったヒロキの死、無力感を覚えたミヤビの死、そして今回のアランの死。
自分よりも若い者達の相次ぐ死でサンズの精神はボロボロだった。
アランに関しては、騎士団に誘い面倒を見てきたというものもある。
流石にサンズが上流階級の出身であるにしても、騎士たちは彼を責めたり強く当たったりすることはしなかった。
彼とアランの関係性を知っているからだ。
なので、気を遣って他の騎士たちがアレックスの元に寄って、一本の剣を布にくるめて渡した。
「…これで、刺されていました。」
騎士は辛そうに目を伏せていた。
アレックスは受け取って、渡された剣を見た。
「…いい剣だ。」
アレックスは呟くと、考え込んだ。
「…お前等は、アランがどこにいたのか探れ。」
アレックスはサンズ以外の騎士たちに言った。
騎士たちは頷いた。
「お前等がどこに不満を抱こうが今は気にしない。」
アレックスは姿勢を正して騎士たちの顔を見渡した。
「ただ、敵は内部にもいる。慎重に動け」
アレックスの言葉に騎士たちは少し不満そうな顔をした。
「だが、手加減はするな。」
アレックスは騎士たちを睨んだ。
いや、騎士たちではなく、彼等の向こうにいる何かを睨んだ。
「はい!!」
騎士たちもアレックスを睨んだ。彼等もまた、何かを睨んでいた。
彼等の返事に、不平や不満はなかった。
アレックスは項垂れるサンズの元に近寄った。
「サンズ。アランを殺した者の手がかり…何か聞いていないか?」
アレックスは気を遣うようにサンズの肩を叩きながら訊いた。
サンズは肩を震わせているだけだった。
「サンズ」
アレックスはサンズの肩を強く叩いた。
「アランはまだ…まだ、若かった。一番年下だっただろ?」
サンズは縋るようにアレックスを見た。
「そうだ。」
アレックスは頷いた。
サンズは、ヒロキ、ミヤビ、アランの死に顔を思い出した。
「もう…俺は、耐えられない。」
サンズは顔を覆った。
口を引き締め、歯軋りをしているのだろう、顎が震えている。
「帝国騎士でいるのが…こんなに苦しく感じたのは…もう…」
サンズは首を振った。
サンズはもう、弱音を我慢できなかった。
アレックスは無言でサンズの鎧の首元を掴んだ。
体格のいいサンズを無理やり立たせた。
周りの騎士たちは驚いたように身構えたが、サンズは全く抵抗をしなかった。
「辛いなら辞めていい。」
アレックスは行動とは違い、優しい声色で言った。
サンズは、眉を歪め、堪えきれない涙を流してぐちゃぐちゃになった顔をアレックスに向けた。
「俺は辞めない。」
アレックスはサンズを睨んで言った。
そして、サンズから手を放した。
サンズは床に崩れ落ちるように座った。
「手掛かりは、情報はしっかり教えろ。」
アレックスはサンズを見下ろして言った。
サンズを俯いて床を見て首を振った。
アレックスは周りの騎士たちに何か言って、部屋から出て行こうとした。
「優先しちまった…」
サンズは出て行くアレックスの背中に声をかけた。
アレックスはサンズの方を見た。
「俺…手掛かりの情報を聞くよりも…少しでも長く…アランに生きて欲しくて…」
サンズは変わらず床を見ていた。
「長く…少しでも…」
サンズは消え入りそうな声だった。
アレックスはアランの方を見た。
「…そうか。」
それだけ言うと、彼は部屋から出て行った。
アレックスが部屋から出て廊下を歩いていると、正面からマルコムが歩いてきた。
他の者は急いでアランの元に来るが、彼は歩いていた。
「お前も来たんだな。」
だが、帝都に戻って来てくれたマルコムをアレックスは頼もしく思っていた。
「…ええ。予想外のことがあったので…」
マルコムはアレックスが持っている布に包まれた剣に目を向けていた。
アレックスはマルコムを見た。
「…マルコム。お前が戦った皇国の男…サンズが刀を折った奴だが、剣を使っていたと言っていたな…」
アレックスはマルコムを見た。
「はい。」
「これか?」
アレックスは布に包まれた剣を差し出した。
「…いえ、違います。」
マルコムは剣を見て首を振った。
「なら、アランを襲ったのは違う奴だ。皇国の者は三人しか把握していないが、その男以外は刀を使う。皇国は刀使いが多い。」
アレックスは剣を眺めて目を細めた。
「…なるほど。帝国の協力者ですね。」
マルコムは納得したように頷いた。
アレックスはマルコムを計るように見た。
「お前等は帝都に入るまでアランの死は知らなかったはずだ。そんなお前が帝都の内部まで入るのは…」
アレックスは剣をじっと見ていた。
「…」
マルコムはアレックスを感心したように見た。
「お父上…帝都に来ているのだな。」
アレックスはマルコムにまた、剣を差し出した。
マルコムは溜息をついてまた、剣を見た。
「ええ。…正直、アランの死は…」
「これは、見たことのある剣か?」
アレックスはマルコムを軽く睨んでいた。
マルコムは質問をされて顔色を変えた。
「…なるほど、そうですよね。」
マルコムは剣を奪うようにアレックスから受け取り、じっくり見た。
「…でも、剣なんて沢山ありますから…」
マルコムは諦めたように笑ったが、その目はギラギラしていた。
「可能性の話だ。…リランには言うな。」
アレックスはマルコムから剣を受け取った。
「俺なら冷静だからですか?…こう見えて、俺も怒っていますよ。アレックスさん。」
マルコムはアレックスを睨んだ。
「知っている。だが、これはお前に言うべきことだろ?」
アレックスは溜息をついた。
「…サンズさんは?」
「…ダメだ。…弱り切っている。あいつは、意外にもろいところがある。」
アレックスは目を細めて疲れたような顔をした。
「…彼の死は、俺も悲しいです。」
マルコムは呟くように言うと、廊下の奥のアランが安置されている部屋に向かった。
アレックスはその後ろ姿を見送ると、また歩き出した。
布にくるまれた剣を握り締め、手が震えていた。
アレックスは立ち止まり俯いた。
「…しっかりしろ。」
アレックスは自分に言い聞かせるように呟くと、顔を上げた。
暗転した視界から、ぼやける光が見え、リランは目を開けた。
そこに見えるのは、見慣れた天井だった。
ああ、何だ。夢だったんだ。
リランは安心して溜息をついて起き上がった。
「…違う…」
リランは、自分の願望を否定した。
アランは死んだ。
その事実をリランはもう一度頭に浮かべた。
悲しくて、辛くて、苦しくて逃げ出したい。
幸せな日の思い出に逃げて、現実を見たくない。
リランは、自分の中にあるその考えを潰した。
「…だって、殺したやつがいる…」
リランは歯を食いしばった。
現実を見たくないという思いで、アランを殺した人物を遠ざけるのは嫌だった。
企みも、黒幕も、騒動も、皇国も、帝国も関係ない。
リランは拳を握った。
「アランを死なせた奴…全部殺してやる。」
リランは髪をかき毟った。
黒幕は分からないけどはっきりさせて殺す。
企みに参加していた大臣も、アランを捕えた警備も、襲撃した皇国の奴等も
「お前等が逃げたからだ…」
リランはこの前まで仲間だったものを思い浮かべた。
「ライガ…お前がきっかけで…」
リランは、今まで好意的だったライガに憎しみを吐いた。
ミヤビとマルコムが怒り狂っていたのとはまた違った、異質で粘り気と黒さと暗さのあるものだった。
死なせた奴、全部殺す。
リランは一番許せない自分を、自分の優しさを含めた願望を徹底的に潰した。
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