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真実へ
77.熱に浮かされ
しおりを挟むアランは換気口に上るため、鎧を脱いで身を軽くした。
念のため、人がいることを装うため、隅っこで寝ているように鎧をまとめた。
「うん。きっと馬鹿そうだから大丈夫だ。」
アランは頷いて言うと、床に耳をあてて周りの音を聞いた。
近くには、足音も人が活動する音もない。
「いける…」
アランは頷くとジャンプして換気口部分の溝を指で掴んだ。
天井の下向きの溝で体重を支えるということをしているが、体の軽いアランには平気な芸当だった。
ただ、これで懸垂となると無理だ。マルコムはよくやっているが、アランは彼は人外と考えている。
アランの体重がかかり、換気口を塞いでいた囲いは取れた。
アランも一緒に床に落ちたが、それで大きな音を出すような真似をするはずない。
精鋭での隠密活動はアランとリランが特に得意だ。
静かに着地し、また床に耳をあてた。
周りに音も聞こえない。
アランは準備運動をしてから換気口に上った。
足で外した囲い部分を引っかけて、上りきってから軽く塞ぐようにした。
入った換気口は、とにかく汚かった。
だが、これくらい平気だ。
「…確か…」
アランは記憶を辿り、換気口の出口を推測して這って進んだ。
途中急斜面になっているところを上る必要があったが、それは両手で体の位置を止めながら進んで問題なく登れた。
予想通り、換気口の出口と思われるところが見えた。
外気が入って来ており、空気が心なしか綺麗な気がする。
ザー
外は雨が降っているようだ。
「嗅ぎまわっているわけではないようで…だが、厄介…で…」
何やら声が聞こえた。
換気口の出口付近の部屋のようだ。
アランは音を立てないようにそっと声の方に近付いた。
「…一族の場所さえわかればいい。それさえ掴めれば、皇国を利用したことも…あの人…喜ぶ。」
何やら男の声が聞こえる。
この声は聞いたことがある。
あのアランをぶち込んだ警備だ。
「…王家に探りを入れることは?できないのか?」
話し相手の男の声も聞こえた。
その声は、アランは聞き覚えがった。
思わず拳を握り締めた。
「おたくのご主人様の大臣に言ってさ…」
脅迫するような声。
間違いなく、アランとヒロキに接触してきた皇国の男だった。
帝国騎士に扮装して情報を探り、さらにはジンの暗殺を謀り、ライガの逃亡に協力して…ヒロキを殺した。
彼はやはり、一族の場所を探っているようだ。
アランは息を潜めて会話を聞いた。
さきほどの会話で、大臣のどちらかがこの皇国の男と繋がっていることは分かった。
「簡単に言うな。」
警備の男は皇国の男にきつく言った。
「簡単言うぜ…大臣様と違って守る者がないからな…」
皇国の男は上から目線だった。
「立場をわきまえろ」
「そっちの方だろ?わかっているのか?」
皇国の男は警備を鼻で笑った。
「なんだと?」
警備は皇国の男を警戒するように言った。
「俺が何か喚いたらどうなるかな?…大臣の屋敷の警備と…団長暗殺未遂の皇国の者…何を話していたか聞かれたら、俺は答えるかもしれないぜ。大臣の名前付きでよ。今の帝国騎士はそれで十分だ。」
皇国の男は警備に笑った。
「お…お前。」
「おっと、安心しろ。俺は今は誰も殺す気が無い。せっかくの余韻が台無しだからな。」
皇国の男は警備を安心させるように言った。
「馬鹿め。帝国騎士団はお前を追っている。お前の話など…」
「馬鹿はそっちだ。黒幕を探っているに決まっているだろ?」
皇国の男は鼻で笑った。
どうやら皇国の男の方が立場が強いようだ。
「まあ、そっちが下手をしない限り協力はするさ。」
皇国の男は笑みを含めた声で言った。
「…皇国の鼠野郎め…」
捨て台詞のように言うと、警備の男が出て行く音が響いた。
あからさまに怒っている足音で、たぶん貴族街に戻ったのだろう。
そして、警備の男はどうやら鼠野郎という言葉が好きなようだ。
警備の男が出て行ってから、皇国の男が座る音が聞こえた。
アランはどうにか部屋の様子を見れないかと周りを見ると、部屋の換気口が見えた。
雨の音に紛れ、アランはそっとそちらに向かった。
換気口は丁度皇国の男の頭上らしく、彼の様子がよくわかる。
アランの思った通り、声の主は皇国の男だった。
彼は部屋で座り、物思いにふけっているようだ。
暫くすると肩を震わせて何やら笑い始めた。
正直不気味だったが、彼がヒロキを殺した。
アランは怒りを抑えて彼を見るだけに徹した。
皇国の男は何かを取り出してそれを眺め始めた。
アランはそれを見ようと少し身を乗り出した。
皇国の男はそれを翳して、見ていた。
「!?」
それを見てアランは思わず叫びそうになった。
だが、それを飲み込んだ。
男が翳しているのは、小刀だった。
ただ、黒くなった血がべっとりとついたものだった。
「…はあ、何で殺したんだろ…」
アランにではないが、男は問いかけ始めた。
「あんなに綺麗だったのに…勿体ないな…もっと、早く会いたかったな…」
男は狂気を含ませた声で呟いた。
だが、彼が言っているのはヒロキのことだとアランはわかった。
どうしてだと?
アランは内心怒りを覚えたが、ここは堪えた。
そんなアランのことなど知らずに男は肩を震わせてまた笑い始めた。
「…でも、殺したのは俺だ。」
男は笑いながら呟いた。
「殺した俺のものだろ……は…はははは」
男は小刀に着いた黒い血の部分を撫でながら笑った。
アランは怒りよりも、男が狂っている様子を見て恐怖を強く感じた。
びしょ濡れの装備を一式変え、リランは来た時と別の馬に乗った。
飛ばしていたため、休むべきだったが、前と同じく休んでいる暇ももったいない。
リランは数人の騎士を連れて、ブロック伯爵の元に向かった。
彼の屋敷にはさらに6時間ほどかかる。
ただ、全員が全員騎士で飛ばせる馬を使っている。
なので、4時間ほどだとリランは見積もった。
夜は明け、明るくなってきている。
おおよそ昼頃につければいいと思っている。
こんな形でマルコムの実家に行くとは思っていなかったが、仕方ない。
「…何度も言うけど、急ぐけど周りに注意しろ。」
リランはかつて皇国の軍に囲まれたことを思い出した。
あの時はブロック伯爵のお陰で助かったが、今回はそうはいかないだろう。
進むと、だんだんと天気が良くなってきた。
どうやらこちらの地方は雨が止んでいるようだ。
ふと後ろを見ると、来た方向には雨雲がまだ見える。
向こうは雨が降っているのか
何てことを考えながらリランは馬を走らせた。
残してきたアランには申し訳ないが、早く皇国の者達を捕まえて黒幕をはっきりさせたかった。
ジンがヒロキの仇を討って、もうライガたちは放っておいて
自分達は悲しくても戻れるだけ昔に戻りたいのだ。
なにより、アランが可哀そうだった。
マルコムの言っていたことは確かに合っている。
だが、アランがいたら変わっていたかもしれないというのは皆考える。本人なら尚更だ。
自分のせいでヒロキが死んだと責め続けるのは変わらないだろう。
それなら、早く仇を見つけて倒して、黒幕も潰して少しでも気を軽くさせたかった。
「待ってろ。アラン…」
リランは兄らしく頼もしく、力強く呟いた。
夜が明けても、ライガは苦しそうだった。
やはり、傷が熱を持っている。
ミラは布を水に浸して何度も彼の汗を拭った。
どうにかしたくても医療の知識は無い。
どこかで医者を呼ぶべきだと思った。
逃げるのはライガがいてのことだ。
ライガがいないのならすべてダメなのだ。
「…ライガ。お医者さん…呼ぶね。」
ミラはライガの額にそっと手を乗せた。
「ダメだ…あと少し寝ればいいって…」
ライガはミラの手を握って首を振った。
「これ以上苦しそうなライガを見たくない。」
ミラも首を振った。
ミラは立ち上がり、ポチの方に向かった。
「ポチ。お願いできる?」
ミラはポチを立ち上がらせて聞いた。
ブルルル
ポチは何やら鼻を鳴らした。
「ダメだ。ミラ。」
ライガはよろめきながら立ち上がった。
「ダメなのはライガ!!」
ミラはライガに怒鳴った。
ライガは驚いて立ち止まった。
「私が逃げるのはライガがいるから。ライガに何かあったら、私は生きていけないの!!」
ミラはライガに大声で言った。
ライガはミラがここまで怒鳴ることがあるとは思っていなかったようで、驚いた顔をしていた。
だが、ライガは首を振った。
「俺も同じだから…ミラに何かあったら…」
ライガが言いかけた時
ブルンブルルル
ポチが何やら鼻を鳴らし始めた。
好意的なそれとは違った様子だった。
ライガは直ぐにミラの傍に寄り、庇うような恰好で外を見た。
バシャバシャ
と地面の水を踏む音が聞こえる。
ライガは剣を持って息を殺してその音を聞いた。
ギギギ
何かが止まる音も響いた。
ザッザッザ
誰かが歩く音も聞こえた。
外に人影が見えた。
明らかに洞窟の中に向かってきている。
ライガは剣を構えた。ミラは心配そうにそれを見ている。
「…構えるな。」
声が響いた。
ライガにとって、とても聞き覚えのある声だった。
ミラも聞いたことのある声だった。
「…手当てが必要だろ?」
洞窟の外から姿を見せたのは、ジンだった。
「…団長…?」
ライガは驚いたが、剣は構えたままだった。
「…お宝様。彼に治療を施したいのですが、構えを解かせてください。」
ジンはミラに丁寧な口調で言った。
「え?」
「団長…いったい、どういう…」
ライガは訳が分からずジンに訊いた。
「…俺と戦う前に傷を治せ。」
ジンはライガを労わるように言った。
ライガとミラは、訳が分からなかった。
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