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崩壊へ

56.足跡を潰す

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 アランはリランを後ろに乗せて自分とヒロキが会った皇国の者の話とヒロキが言った皇国の話をした。そして、ライガに会ったことも、お宝様の目を潰そうと王族がしていたこと。更にはヒロキが襲われてからのミヤビやマルコムのことも。



「ヒロキさんのお母さんは、皇国の皇王に殺されたんだな…」

 リランは呟くと首を傾げた。



「どうした?」

 アランは後ろのリランが何やら考えていることに気付いた。



「いや、何かそれに似た話を聞いた気がするけど、思い出せないからいいか。」

 リランは首を振ってきっぱりと割り切った。



「そうか。それよりもリランが言っていたライガが利用された可能性は高いと思う。やっぱり皇国の目当ては鑑目だ。」

 アランは断言した。



「やっぱりライガを守るようにした方がいいんだよ…」

 リランは前向きな様子だった。



「…そうだな。」

 アランはリランに気付かれないように歯を食いしばった。



「お、二人乗りでも結構早く着いたな。」

 リランは前に市場が見え始めているのに気付いて、安心したような声を上げた。



 市場に着くと、おそらくサンズの家が手配した医者が乗ってきた馬車があった。

 明らかに浮いている。



「すげー。お偉いさんか?」

 リランは何も知らずに馬車を見て感心していた。



「…行くぞ。」

 アランはやはり明るく振舞えなかった。

 リランもアランの様子を察して直ぐに動き出した。



 小屋に案内する途中でリランがアランの肩を叩いた。



「…何だ?」

 アランは振り向く気になれず、歩いたまま反応した。



「自分を責めるなよ。…悪いのは皇国のやつだ。大丈夫だって」

 リランはアランにひたすら明かる声をかけた。



 アランはリランの気遣いが嬉しい反面、すごく心に刺さった。

 リランは見ていないからだ。



 大通りから少しそれたところにある小屋に着いた。

 小屋の前にはマルコムが居た。



「あ!!マルコム!!」

 リランは数日ぶりに会う仲間に笑顔を見せた。



 マルコムは変わらず冷たい目をしていた。



「な…何だよ。」

 リランはマルコムの反応を見て少し萎縮していた。



「今はその顔は止めな。」

 マルコムはそう言うと小屋の中を顎で指した。



「…どうだ?」

 アランは恐る恐るマルコムに訊いた。

 マルコムは険しい顔をした。



「…何だ?…おい。」

 流石にリランも深刻なのが分かったのか、どんどん顔が青ざめて言った。



「今は治療中だ。団長は何があってもあの部屋を出るつもりはないらしい。」

 マルコムはリランを見た。



「な…なんだ?」

 リランはマルコムに急にみられたことに反射的に姿勢を正したが、直ぐに威嚇するような顔をした。



「話を聞きたい。」

 マルコムはリランを睨むように見ていた。



「話って…そうだ!!ライガが利用されている可能性があるって聞いたんだ。ライガの父親の話も…王家が必死になっているとか、皇国を雇ったのは大臣とか…」



「それ、俺の父親から聞いた?」

 マルコムはリランを探るように見ていた。



「…そ、そうだ。…国境付近で助けられて…」

 リランは国境付近でブロック伯爵に助けられたことを話した。

 その時に皇国はまだ帝国の領地なのに皇国の領地と主張したこともだ。



 マルコムは時折眉をピクリと動かして訊いていた。



 リランはこの数分でマルコムに対する認識がかなり変わった。

 彼は、リランが思っているほどリランを思っていなかった。



「アレックスさんも来るんだよね。」

 マルコムはアランとリランを見て訊いた。



「あ、ああ。準備ができ次第来るらしい。」

 リランはアレックスの様子を思い出して言った。

 だが、あの様子だと早くても一時間以上してから来るだろう。



「…安心したよ。」

 マルコムは歯を食いしばりながら笑っていた。



 マルコムの表情から彼の考えを探ろうと思ったが、そんなことができるはずがない。つい先ほど、彼のことが分からなくなったばかりのリランは、ただ、ただ、出るはずもない答えを勝手に推測することしかできない。



「そうだ。二人とも早く中に入りな。俺がここを見ているから…」

 マルコムは暗い目をして小屋の中を指した。





 



 サンズは舌打ちをした。

 ミヤビの乗っている馬の方が速いのだ。

 それに加えてサンズは重い。



「おい!!ミヤビ!!」

 サンズは届くかもわからない声を、前を走るミヤビにかけ続けた、

 ただ、届いても彼女が立ち止まるとは思えなかった。



「止ま…」

 サンズが叫びかけた時、ふと異様な風切り音が聞こえた。



 サンズは馬から飛び降りて着地をした。



 ザク



 馬に矢が刺さった。

 ヒヒン

 と声を上げて馬は一匹で走り始めた。



 こうなったら追いかけられないが、今はそれよりも矢の方が大事だ。



「…皇国の奴らか…」

 サンズは剣を構えた。



 遠くに弓を構える人影が見えた。

 そのシルエットは見たことがある。



 サンズは剣を握りつぶすほど強く握った。

「お前は、団長を矢で射たやつ…そして、ヒロキさんを射たやつ」

 人影に向かってサンズは走り始めた。



 正面から矢が飛んでくる。

 だが、周りを見ても他に誰もいない。

 なら気を付けるのは正面からの矢だけだ。



 ヒュン

 少し体をずらして避けた。なるべく剣を振らず、勢いは全て人影に向かうことに使うことにした。



 ヒュン

 また避けたが、顔を掠めた。



 ヒュ

 ガキン

 顔の正面に来たら流石にそれは剣で弾く。

 サンズは弾いた後、体を屈めて体勢を変えた。



 シルエットを変え、大柄なサンズは的を小さくすることで狙う時間を少し伸ばそうとしたのだ。

 だが、向こうは弓の名手のようだ。



 ヒュ

 ガッ



 今度は鎧の腕部分を使って腕で弾いた。



「舐めるなよ。」

 サンズは鼻息を荒くして、近付く人影に殺気を定めた。



 剣を強く握り、ガシャンガシャンと音を鳴らす鎧を破り飛ばすイメージで体中の筋肉に力を入れた。



 人影の顔が見えた。



 あの時、王都の建物の屋上で相対した男だ。

 サンズは力いっぱい剣を振った。



 男はサンズと同じくらいの体格だが、それに似合わない素早い動きでサンズの攻撃を避けた。

 ガガン



 空振りとなったサンズの攻撃は地面に刺さり、辺りを衝撃波で揺らした。



「よお。皇国の鼠野郎。」

 サンズは目の前に男を睨んだ。

 目の前の男は、褐色の肌と黒い髪、糸のように細いグレーの目で、彫の深い顔だった。

 彼はサンズを見て少し笑っていた。



「皇国の鼠じゃない。俺はイシュという名がある。」

 男は構えていた弓を仕舞い、腰につけている刀に手を伸ばした。



「知らん。お前は皇国の鼠でいい。」

 サンズも剣を構えた。



「そう言うな…サンズ・デ・フロレンス。」

 イシュはサンズを見て不敵に笑った。



「騎士団の俺はただのサンズだ。」

 サンズは剣を横に持ってイシュに走り向かった。



 イシュは軽く舌打ちをして、サンズの攻撃を受け止めた。



 ビリビリと衝撃が刀とイシュにかかった。

 イシュはなにやら顔を歪めた。



「ミヤビの矢が刺さっているはずだ。」

 サンズはそう言うと振り下ろした剣を引き上げ、次は横から斬り付けた。



 イシュは、それは避けたが、サンズの言ったとおり、ミヤビの矢が刺さった肩が痛むようだ。



 サンズはイシュに体勢を立て直す暇を与えず剣での追撃をした。



 サンズは力が強い、それは見てわかるが、加減ができる。

 それは力があるなら当然と思うかもしれないが、彼の加減はフルパワーを使わず、その分速さに力を振り分けるというものだ。

 もちろんフルパワーならその分剣の切り替えは遅くなるが、力加減を弱めればその分速さに気を遣える。

 当然のように聞こえるかもしれないが、サンズはそれを独自に段階的に分けて、作戦的に使う。

 自分の中で段階分けすることで、形式化し、関連付けで頭が動きをシュミュレーションすることができる。意外とサンズは作戦的に動く。

 もちろん臨機応変に動くことが前提のことだ。



 今はイシュが攻撃を凌ぐことを考えているため、サンズの中での力加減は一番低く、だが確実に速く次の攻撃の準備を与えないことが前提の攻撃をしている。



 ガッ



 イシュがよろめいたら二段階ほど強い攻撃で体勢を崩す。



 ガキン



 体勢を崩したら最大より一段階低い攻撃で叩き潰す。



 ゴキン



 イシュは素早く武器を手放し、回避に動いた。

 無残に折れたイシュの刀が地面に叩きつけられた。



 サンズはすぐさま体を回転させ、イシュの方を見た。



「じゃあな。」

 イシュはサンズに背を向けて走り出した。



 サンズは舌打ちをして追いかけようとしたが、どうやら走るのは彼の方が早い上に装備も向こうの方が身軽だ。



「…くそ!!」

 サンズは地面に落ちた刀を踏みつけて叫んだ。



 仕方なく、馬を呼ぶために指笛を吹いたが、一向に来る気配が無い。

 歩き回りながら、出来るだけ街道の方出た。



 上手くいけば馬を借りて動こうと思ったが思うようにいかない。

 仕方なく市場の方に向かって歩くと、前から数人の男と一匹の馬をつれた集団が向かって来た。



 一匹の馬は、サンズが乗っていた馬だ。

「…はは、仲間連れを」

 サンズは安心したように笑ったが、連れているメンツを見て溜息をついた。



 数人の男は騎士だった。帝国騎士団。そして、その中心にいるのは



「サンズ。…お前の馬だったのか?」

 アレックスはサンズの様子を見て驚いた顔をしていた。





 



「あ…あははは」

 市場から少し離れたある小屋の前でミヤビは笑っていた。



 ミヤビは乱暴に小屋の扉を足で突き破った。

 小屋には人が居た痕跡を示す調理器具や、暮らしたような跡。



 ミヤビは小屋の扉をそれぞれ壊しながら中を見て回った。



 寝室にたどり着くと、そこで立ち止まった。

 一つのベッドだけが使われた形跡。



「はは…ふふふふ」

 ミヤビは剣を振り上げた。



 ザクザク

 とベッドを切り裂いた。



 寝室を破壊し尽くすと手あたり次第ものを斬り付け始めた。



「何よ何よ…何よ!!」

 ミヤビは声を荒げ、訓練所の丸太にしたようにあちこちを斬り付けた。



 窓を割り、かまどを踏みつけ壊し、テーブルや椅子も分解されるまで斬り付けた。



「やっぱり、持って行っちゃったのね…」

 ミヤビは壊しながらも何かを探すように小屋を見ていた。



「…綺麗だったのにな…」

 ミヤビは思い出したように言うと、口元を歪めてまた剣を振り始めた。



 破壊を尽くされた小屋は、小屋という外観だけ残して無残なものになった。

 ミヤビは呆然とした表情で外に出て、小屋に火をつけた。



 木屑が沢山ある小屋は直ぐに燃え上がった。



「…さて、殺しに行かないと…」

 ミヤビは切り換えたように呟くと、自分が乗ってきた馬に向かった。

 彼女の頭には、死にかけているヒロキのことも、マルコムに殴られたことも無かった。



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