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崩壊へ

50.いつかのこと

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 ライガはミラと警戒しながら小屋に戻った。

 小屋には誰かいることはなかった。



「…団長に場所がバレていると思うけど、どうしようか…」

 ライガはミラを見た。

 ミラはゆっくり首を振った。



「逃げよう。明日の朝までは様子を見て…それからここを離れよう。」

 ミラは少し警戒するような顔を見せたが、前向きな表情だった。



「逃げることに前に向きになったね。嬉しいけど、ミラにそんな変化をさせられたヒロキさんに嫉妬する。」

 ライガはミラの顔を見て少し寂しそうに笑った。



「あの人、きっといいお友達になれると思うの。私ね、ライガが団長さんを倒して助けることが、いいことのように思えるの。」

 ミラは少し夢見るように言った。



「そう俺も思うけど、団長は強い。俺はヒロキさんに今回は勝ったけど、団長は今回は勝てるとかいうレベルじゃないんだ。」

 ライガは困ったように両手を上げた。



「いつになるかわからないけど、絶対に倒して助けるんだよ。その時、私はライガを見守ってあげるから。」

 ミラはライガの両手を掴んで、踊るように跳ねた。



「…ミラに言われると、きっとその日が来る気がする。」

 ライガはミラの様子を見て、彼女の変化に寂しさも感じながらもそれ以上に幸せを感じていた。



「明日…日が昇ったらすぐに出よう。」

 ミラの言葉にライガは頷いた。



 ミラはライガに何か言いたげな目を向けた。



「…?どうした?」

 ライガはミラが心配そうに、とても可愛い上目遣いで見てくるのが気になって仕方なかった。



「…明日は、その、早いから…今日は穏やかにね。」

 ミラは恥ずかしそうに言った。



 ライガは彼女の言っていることが分かった瞬間、頭の中の何かが切れて、ミラを抱え上げてなだれ込むように寝室に向かった。



 小屋に入れられたポチがブヒブヒと何か訴えていた。







 



 アランは詰め所に着くと、直ぐにジンの元に向かった。

 ジンは何か知らないが、用事を済ませていつでも出られる準備をしていようだ。



「団長!!」

 アランはジンに滞在している部屋の前に立ち、大声で言うと、許可の言葉を聞かずに扉を開いた。



「何だ?…ヒロキは?」

 ジンはアランと一緒にいたヒロキがいないのが気になったようで首を傾げていた。



「ヒロキさんは…そうです!!ヒロキさんは、ライガと闘うまで帰らないと言ってて、それを団長に止めてもらいたくて来ました!!」

 アランは姿勢を正して言った。



「は?」

 ジンは間の抜けた声を上げた。



「いえ…だから、ライガと会えたのですが、言った通りヒロキさんが…」

 アランが言い終える前にジンは立ち上がった。



「行くぞ。案内しろ。」

 ジンは少し怒りを含ませた声で言った。

 アランは飛び上がりそうになったが、とにかく指示通りにしようと思った。



「あのバカ…変な気を遣いやがって…」

 ジンはため息交じりに呟いていた。

 内容が気になるが、それどころではないアランは馬の準備を終え、ジンを先導していかないといけない。



 まだライガがいるのかもヒロキと闘っているのかもわからないが、とにかく急ごうとアランは思った。



 二人とも馬を飛ばしている。



 これだと2時間近くで目的地に付きそうだった。



「団長!!」

 アランは慌てて連絡し忘れていたことを言おうとジンに声をかけた。



「何だ?」

 ジンは馬に乗っているせいか、少し大声の荒い声で応えた。



「ライガは、皇国のやつに警備情報を流していたみたいです。それと引き換えに馬とか逃走の手伝いを少ししてもらったみたいです。」

 アランの言葉にジンは驚く様子も無かった。



「そうか。」

 ジンはどうやら想定していたことのようだ。



「団長は、ライガに皇国が絡んでいたことを知っていたんですか?」

 アランは不思議そうにジンに訊いた。



「皇国は鑑目を欲しがっている。ライガの逃走に協力するなら皇国だろうと思っていた。」

 ジンは淡々と言った。



「そうですか…あ!!」

 アランは乱入した皇国の男が接触してきたことを思い出した。



「団長!!もう一つ…」

 アランが言いかけた時



 正面から大急ぎの馬が来た。



「…?何だ?」

 ジンは前を向いて少し馬のペースを緩めた。



 アランも同じくそうしたが、馬に乗っている人物を見て飛び上がりそうになった。



「団長!!ミヤビです!!」

 アランの言葉にジンも少し空気を緊張させた。



 だが、ミヤビは先ほどまでの様子と違った。

 怒りオーラ全開だったミヤビだが、今は違った。



「様子がおかしいですね…」

 アランもジンも頷き、馬を速めてミヤビに向かった。



「団長!!アラン!!」

 ミヤビは息を切らせていた。



「ミヤビ…どうしたの?その…」

 怒っていたのにという言葉を呑みこんだが、ミヤビはそんなアランの様子を気にせずジンを見た。



 明らかにおかしい。

 慌てているというよりかは鬼気迫っている。



「どうした?」

 ジンもミヤビの様子の尋常じゃないことに気付いて、深刻そうに訊いた。



「…ヒロキさんが…皇国のやつに…」

 ミヤビは言いかけて少し涙ぐんだ。



「え?」

 アランは血が一瞬で凍った気がした。

 皇国のやつ、というのはきっとあの褐色の男だ。



「どうした?ヒロキが?」

 ジンが口調を荒くして聞いた。



「今、市場の方で医者に診てもらっていますけど、重体です。血がひどくて、意識がないです。」

 ミヤビは縋るようにジンを見た。



「…ヒロキが…?」

 ジンは一瞬ポカンと口を開けたが、直ぐに馬を走らせた。



「団長!!」

 ミヤビは慌ててジンの後を追った。



 アランは呆然としていた。



 頭によぎったことは、自分がジンを呼びに行ってヒロキを一人にしたことだった。

 あんな風に皇国のやつに言われた後なのに、ヒロキを置いて行った。

 彼に言われたから大丈夫なわけではない。



「…俺の、俺のせいだ。」

 アランも急いで馬を走らせた。





 





 小さいころから外に出るなと言われてきた。

 父はどうやら俺を目にいれても痛くないほど過剰に可愛がり、母も俺を過剰に可愛がっていた。



「あなたはとっても綺麗だから、外に出すと変な人に連れて行かれちゃう。」

 侍女を沢山連れた母はいつも俺に言った。

 自分のことは分からないが、母は確かにとても綺麗だった。

 父も俺と同じように母を外に出さないようにしていた。母もそれで満足そうだった。



 たまに来る父の知人たちからも、母も俺も隠された。

 昔、言いつけを破って、父と知人の会合を覗いたことがあるが、バレた時はとても怒られた。



「そうだ。今度お前が欲しがっていた剣を買ってやろう。刀は飽きたと言っていたな。」

 父は外に出さない代わりに俺が欲しいと口にしたものは何でも買ってくれた。



 大きい屋敷に沢山の使用人たち、そして贅沢な品に囲まれた生活。

 過剰なほど守られた生活だった。



 ただ、とても寂しかった。

 母は満足そうでとても幸せそうだったが、俺は何か物足りなかった。



 本の世界にある沢山の人間の話がとても羨ましく、本の中で繰り広げられる思惑や汚い想い。

 それらは本当にあるものなのかすら、わからなかった。

 外の世界という発想すらなかった。



 だから、ある日来た異様な騎士たちは、俺にとってはとても興味深かった。



 今まで見たことある、覗き見た父の知人たちは違った格好をした集団だった。



 父に怒られたことはあるが、好奇心には勝てなかった。

 どうにか見ようと、中庭で侍女を撒いて、裏道を通って木によじ登り、窓を覗いた。



 白髪交じりの男と、その横に自分と同い年くらいの少年がいた。

 父が何やら深刻そうな顔をしているが、珍しく父の横に母がいた。

 母は父に何か励ますように言っていた。



 いつもは自分と同じように隠される母がいるのが珍しく、彼等の話を詳しく聞こうと身を乗り出した。

 すると母と目が合った。



「きゃあああああ!!あの子が!!」

 母が俺を見て泣きそうな声で叫んだ。



 母の声を聞いて俺も驚き、しがみ付いていた木から滑り落ちかけた。

 寸でのところでどうにかできたが、幼い俺の両手は、自分の体重を持ち上げられるほどの力は無かった。



 俺は、両手だけで木にぶら下がる形になった。



「あ…ああ…あの子が…」

 母は俺の様子を見て顔を真っ青にして倒れた。



「お…奥方どの!!」

 白髪交じりの男が母を支えたが、父は慌てて窓に駆け寄ってきた。



「大変だ…大変だ…どうしようどうしよう」

 父は倒れる母とぶら下がる俺を見て混乱していた。



 母と父の状況を見ながらも窓を隔てているせいか自分に関係あることとは思えず、今はぶら下がっていることが楽しくなった。



 ただし、少し地面が遠い気がするが…



 ガシャン

 フラフラと揺れていると目の前の窓が割れた。

「うわ!!」

 驚いて俺は木から手を離した。



 だが、落ちる前に誰かに抱え込まれた。

 自分よりも少し大きい人のようで、どうやら部屋にいた少年のようだ。



 ドスン

 と落ちる衝撃はあったが、痛みは無かった。

 当然だ、少年が俺を抱え込んでクッションとなってくれた。



 初めて経験した急降下に俺は興奮して、下に敷いている少年を気にせず起き上がり、もう一回登ろうとした。



「止めろ!!」

 少年は俺に怒鳴りつけた。



 怒られても怒鳴られることは無かった俺は、生まれて初めてのことに飛び上がった。

 おそらくキョトンとした顔をしていたのだろう。



 少年は俺の顔を見て、頬を赤くして目を逸らした。

「何ておてんばな娘だ…。大臣殿も娘がいるなら…」

 少年は何やら勘違いをしているようだが、俺は事態が掴めていなくてひたすらポカンとした。



「ヒロキ!!」

 母が屋敷から飛び出てきて、俺と少年の元に駆け寄った。



「あ、母上…」

 俺はこの時、初めて父と母に怒られることをしたと思った。



「ジン!!無茶をするな。」

 白髪交じりの男が少年を叱っていた。

 少年は姿勢を正して男に向き直った。

「すみません団長。しかし、この子の腕ではいつ落ちるかわからなくて…」

 ジンと呼ばれた少年は男から目を逸らした。



「いや、いいんだ。ありがとう。」

 父は俺の元に駆け寄り、ひたすら頭を撫でて言った。



「コマチ。ヒロキと下がっていなさい。」

 父が母と俺に下がるように言うと、母は俺を問答無用で連れて行き、それから見張りもきっちりとつけられた。その後彼等がどんな話をしたかは知らない。

 それに、その日の夜、父にはしっかりと怒られた。



 それが、俺とジンの出会いだった。

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