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逃避へ

44.親の跡

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 装備を整えたリランは、滞在させてもらった詰め所にまで見送りに来てくれたブロック伯爵に丁寧に礼を言った。



「いや、いいんだ。…ところで、マルコムは…」

 ブロック伯爵はどうやらマルコムが心配だったようだ。



 リランはなんらかんら言って親子なのかと少し微笑ましい気持ちになった。



「今回の仲間の裏切りに対してとても怒っていますが…体は元気です。」

 リランは式典で見たマルコムの様子を思い出して、なるべく滑らかに言った。



「いや、彼は騎士を辞めそうか?」

 ブロック伯爵はリランが思っていたことではない心配をしていたようだ。



「え?…わかりませんけど、彼は騎士団の大きな戦力ですし、結構賢いので、自分から辞めない限りは辞めることは…」



「そうか。いや、後を継ぐとしたらそろそろ戻って、仕事を色々任せたいと思っているのだが、そうだな。今は、まだ難しいか…」

 リランは、彼の物言いに少しもやっとした気持が生まれたが、市民出身の自分にはわからない貴族の問題なのかと思うことにした。



「しかし、兄が死んでも感情的にならなかったマルコムが、仲間の裏切りで怒るとは…」

 ブロック伯爵は驚いたように言った。



 兄が死んでいる?

 それは初耳だった。



「マルコムに兄弟が居たんですか?」



「知らないのか?ここ数年で二人とも死んでしまったが、あいつは家の話をしないのか。」

 ブロック博士は感慨深そうに言った。

 マルコムが話をしないのがショックなのではなく、ただ、知らなかったことを知ったような感じであった。



 それよりもマルコムの兄弟に対する想いが薄いことが分かった。

 双子でずっと一緒にいるリランとアランは、もうお互いが自分の分身であり、一緒にいないと落ち着かず、大切なのは言うまでもないのが当然だった。



 同じく姉妹がいるサンズはよく姉の話をする。

 ただ、兄弟に限らず家族に対する想いはあるはずだ。



 アレックスやミヤビ、ライガにしろ亡くなった親のお墓参りにはよく行っているはずだ。



 マルコムは家族に対しての向ける想いを騎士団に向けているのではないか



 リランはその結論にたどり着いた。



 怒っているのは分かったが、マルコムは腕が立つ。

 精鋭は皆そうだが、彼は自分やアラン、ミヤビとは違う。



 力が強く、頭がいい。



 誰も敵に回したくないが、マルコムはその最たるものだ。



「ブロック伯爵、その…マルコムはとても優秀な騎士です。おそらく、いつかは団長か副団長になれるほどの…」

 リランはお世辞でなく本音を言った。

 そもそも精鋭は騎士団内で実力だけ見た上位である。まだ若いリランも含め、未来の団長副団長候補であるのは変わりない。

 ただ、未来的にマルコムがその地位に就くのは当然な気がした。



 リランは正直、家を継ぐよりも騎士団に残って欲しいと思う。



「彼の嗅覚と切り換えは国境で生きていくのに必要な能力だ。腕も立つ。後継ぎ争いに参加はしなかったが、私はマルコムを後継ぎにしようと思っていた。死んでしまった二人には少し悪いがな…」

 ブロック伯爵はマルコムを評価しているようだが、リランはそれよりも彼が自分の息子の死に関して、全くショックを受けていない様子であったことが引っかかった。



「…そうですか。マルコムはまだ若いです。」

 リランは下手に口を開くと、伯爵との噛み合わない認識について苛立ちを口にしそうだった。



「聞いたが、今回裏切ったのは、前団長の息子らしいな。それに関して皇国が絡んでいるとか…」

 ブロック伯爵はリランの表情の変化に気付いたのか、別の話をし始めた。



「伯爵…自分はこれで帝都に戻らないと…」

 リランは伯爵とこれ以上話すと、感情のボロが出ると思い、早く切り上げようとした。



「ライガ君の父、レイ・タイナーは、皇国と隠れて通じていた。その息子が皇国の力を借りて裏切るとは、なんという因果かと思う。」

 ブロック伯爵はどうやらリランに言いたいことがあるようだ。

 明らかに彼が気になるであろう話題を強調した。



 ブロック伯爵の思惑通り、彼の言ったことはリランにとって気になることだ。

「ライガのお父さんが?皇国と…?」



「聞いていないのか?前団長とお宝様の悲劇…まさか息子が同じ轍を踏むとは思っていなかっただろうが…」



「いや、何ですか?それ…」

 リランはブロック伯爵に無礼と知りながら掴みかかった。



 伯爵とリランの様子を見ていた伯爵の私兵がリランを抑えようとしたが、伯爵はそれを制した。

「いや、いい。当然の反応だ。」



 伯爵はリランに胸倉を掴まれたまま言った。



「す…すみません。」

 リランは慌てて手を離した。



「だから当然の反応だ。王家も因果と思わざる得ないことに笑いが止まらないだろう。…いや、笑いが止まらないのは私か…」

 ブロック伯爵は楽しそうに笑い始めた。



 思った以上に彼の笑い方が、マルコムの素の笑い方に似ていた。

 やっぱり親子なのかと思ったが、そんなことを感慨深く思っている場合じゃない。



「ライガのお父さんって、どういうことですか?」



「別にそのままだ。前団長は若い時にお宝様と想い合っていた。結局引き裂かれたが、彼は一族を帝国から逃がすために皇国とつるんだ。といっても、皇国の大臣とだがな。いい結末は得られなかったが、騎士団と一族の繋がりは密接になった。それがきっかけか…今の団長が一族と王家のパイプ役を担っている。結局は王家のいいように進んでいるが、そんな男の息子が皇国の者の手を借りてお宝様と逃げる。何か思わないか?」

 ブロック伯爵はリランに何か回答を求めているようだ。



「何か思うもないです。伯爵はライガが皇国の者の力を借りたのは確実だと思うんですか?」



「彼は知らないが、皇国は間違いなく手を貸そうとするだろう。」

 ブロック伯爵は曖昧ないい方だが、確信しているようだった。



「何でですか?」



「皇国が鑑目を欲しがっているからだ。前団長が半端に大臣に鑑目を見せたせいで皇王が躍起になったらしい。今の状況を見ると、皇国と帝国の諍いは鑑目の行方で決まりそうだからな。」



「皇国と帝国…そんな政治的な…」



「帝国の王家も落ち目だが、皇国も同じだ。現皇王がいかれ野郎でな。いつも頭蓋骨を持ち歩いているらしい。何でも昔殺した女とか聞いたが、そんな奴がまともな政治を行えるとは思えない。お互い上には悩んでいるのは万国共通のようだ。」

 ブロック伯爵は両手を広げて他人事のように笑った。



「じゃあ、ライガは協力されたけど、利用された可能性も…」



「むしろそっちだろうな。団長を殺そうとしたのは帝国の大臣だろうけど、雇われ暗殺者として皇国の者を使ったのは間違いだったな。最初から皇国の目的は鑑目を持つお宝様だ。」

 伯爵は嘆くように言った。



「それは、報告は…」



「言っただろ?どの国も上に悩まされる。私の話など聞くはずない。」

 ブロック伯爵は当然のことのように言った。



「じゃあ、今俺たちは、ライガを追跡するのもあるけど、彼を守らないといけない…」

 リランは呟いた後ブロック伯爵を見た。



「ああ。あと、団長殿も守ってやるといい。彼が一族と深いつながりをもつ役目であるのは比較的知られている。彼も狙われているのには変わりない。」

 ブロック伯爵は言いたいことは言い終えたのか、リランから離れた。



 もっと素直に教えることは出来ないのかと思ったが、彼がマルコムの父親であると考えるとなんとなく納得できた。



「ありがとうございます。」

 リランはブロック伯爵に頭を下げた。



「そうだ。君。将来何かあったらうちで雇ってやらんでもない。」

 ブロック伯爵はリランに笑いかけた。



 親子関係などに思うところはあるが、やっぱり、彼はマルコムに似ていた。



 リランは雇う話については丁寧に断って、行きに乗った馬に乗り、帝都に走り出した。



「早く、みんなに教えないと…」

 リランは追跡の者達がどうなっているのか知らず、呟いた。



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