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逃避へ
34.夜に蠢く
しおりを挟む騎士団詰め所には、追跡に向かっているリランと裏切ったライガ以外の精鋭部隊が集まっていた。
マルコムとミヤビは未だに険しい表情で人を直ぐに殺せそうな顔をしている。
サンズはその二人の後ろで様子見て、悩ましそうな顔をしていた。
アランはリランがいないのが落ち着かないのかそわそわしていた。
ジンとヒロキは並んで立っており、二人に向かい合う形でアレックスが立っていた。
「追跡は今はリランが乱入者に向かっているが、ライガの追跡は俺たち精鋭部隊が行う。」
ジンはマルコムとミヤビに顔を向けた。
「ただし、国のお宝様は生きて回収するようにとな。一族が離れつつあるのだ。これでまとめて殺したら色々と面倒になる。」
二人に釘をさすように言ったようだが、マルコムもミヤビも表情を変えなかった。
「馬がいない上に今は遅い。明日の朝、馬が確保できた状態で行く。」
ジンは全員の顔を向いて回った。
「団長と副団長、二人とも出るんですか?…騎士団は…」
サンズは心配そうに見ていた。
「それは大丈夫だ。帝都には…」
ジンは向かいにいるアレックスを見て。
「アレックス。お前が残れ。」
ジンの言葉にアレックスは目を見開いた。
「え?いや、俺だってライガを追って聞きたいことがありますし、俺は奴の先輩だったから奴の行動について責任が…」
「王達にはもう伝えたが、次の騎士団団長にはお前になってもらう。引継ぎ作業にはこれからかかる。ライガの行動に責任があるなら俺とヒロキはそうだ。」
ジンは有無を言わせない口調でアレックスに言った。
「団長とヒロキさんが?」
ミヤビが反応した。
「そうだ。俺たちはライガがお宝様と想い合っているのを知っていた。婚礼で完全に諦められるものではないと察しつつもあった。」
ヒロキはミヤビに説明するように言った。
「は?なら、何で対策を…」
ミヤビは荒い口調でヒロキに掴みかかる勢いで寄った。
「俺が止めた。こいつはライガを騎士のままでいさせたがっていた。」
ミヤビとヒロキの間にジンが入った。
「なんで?団長なのに…団長は王族ですよね。」
今度はマルコムがジンを睨んだ。
「…悲劇を見たからだ。…」
ジンは精鋭の顔を見渡した。
「悲劇って、これは喜劇ですか?」
ミヤビは片頬を吊り上げて嘲るように笑った。
「王族でもほとんど知らないようにされている。」
ジンはヒロキの方を見た。
ヒロキは諦めたように頷いた。
ジンは深呼吸して言葉を発するために生きを整えていた。
「…おれの母は、王族に嫁いだお宝様だったからだ。」
ジンは口元に何も表情を浮かべずに淡々と言った。
肌が触れるのは勿論、鼓動が伝わるのがまた幸せだった。
トクントクン
とライガの心臓の音が聞こえた。
彼は丁寧に、丁寧にミラに接して、触れてくれた。
素肌の胸に顔を当てて、彼の心臓の音で心が落ち着いた。
あんなに心が落ち着かなかったのが嘘のようだ。
ふわり
とライガの手がミラの髪をすいた。
ミラよりも大きくて、ごつごつとして硬い手だが、どこまでも優しかった。
「…愛してる。」
ライガはミラを見て言った。
「私も…ライガを愛してる。」
ミラは彼の手に顔をこすりつけて甘えるように見た。
薄い布がかかっているだけなのに、二人で体温を分け合うととても暖かくて幸せだった。
ずっと、触れて、触れ合っていたい。
このために自分は生まれたんだとミラは確信した。
「私は、ライガと結ばれるために生まれたんだよ。だって、こんなに、こんなに幸せだもの。」
今度はミラがライガの髪をすいた。
彼の短い栗色の髪は思ったよりも柔らかかった。
彼はミラの手に彼女がやったように顔をこすりつけて甘えるように笑った。
彼のどんな顔も愛しくてたまらなかった。
彼は自分のためなら死んでもいいと言っていたが、それはミラもだった。
ライガの為なら、いや、彼と一緒にいる時間のためならミラもまた、命を懸けても構わなかった。
帝都から離れた市場は、夜も深くなり人影もまばらになっていた。
暗い中、褐色の肌をしたアシがグレーの目を光らせて歩いていた。
周りを探る様に見ていた。
誰もいないことを確認して市場の一角ある小屋に入った。
「…よう。どうだった?」
アシを迎えたのは、肩に包帯を巻いたイシュだった。
「追ってはいない。馬を放って大正解。」
アシは小屋の中を警戒するように見渡してから中に入った。
「何も無いよ。僕たちだけだ。」
奥で寝転がっていたシューラが手を挙げて言った。
「堪えているな。二人とも…」
アシはイシュとシューラを労わるようにだが、冷やかすように笑った。
「合わない相手だったんだよ。あの槍使い。見た目はあんなんだけど、イシュ並みの力だ。」
シューラはイシュを見た。
「俺も、弓の名手がいるとは思わずに連射しちまったからな。」
イシュは肩を叩いて言った。
「精鋭はやっぱり強かったってやつか。」
アシは二人の前に座った。
「どうした?何か収穫あったか?それとも、失敗を咎められたか?」
「お宝様のことは知らぬ存ぜぬで通した。失敗はまあ、仕方ないだろう。怖い精鋭がいた。いい話もある。」
アシは二人の顔を見た。
「団長が代わるらしい。あの金髪の詰まんない剣筋の男に代わるようだが、ぶっちゃけ妥当だ。」
アシは溜息をついて残念そうに言った。
「例の副団長じゃないのはやっぱりか。」
シューラは冷やかすように言った。
「お前聞いていないのか?あの副団長の正体。」
アシはイシュを見た。
「え?」
シューラは首を傾げた。
「皇国の前大臣の息子だ。」
アシは断言した。
「はあ?一族みんな殺されたはずだろ?」
シューラはイシュを見た。
「あの顔はそうだ。母親そっくりだった。どういう経緯で帝国騎士団にいるのかは知らんが、厄介な存在ということには変わりない。」
イシュも断言した。
「…前帝国騎士団団長が絡んでいるのか。大臣が死んだ理由もそれだろ。裏で帝国と通じていたという噂で…」
シューラは考え込んだ。
「…あのライガは、その前団長の息子だ。」
アシは指を組んで言った。
「「はああ?まじかよ!?」」
イシュとシューラは飛び上がった。
「ああ。そうだ。お宝様に直に会ってきた。」
アシは思い出したように言ったが、表情が真面目になった。
どうやら本題に入るそうだ。
彼の表情の変化に気付き、イシュとシューラは話を聞く体勢を整えた。
「あれはやばい。鑑目を帝国が手放さない理由もわかる。本当に隠し事ができない。…皇国にも必要だ。」
アシは二人の様子を見ながら言った。
「一族の場所はわからん。やはりずっと隠していただけあって、隠すのも隠れるのも慣れてやがる。」
イシュは首を振った。
「違うよイシュ。アシが言いたいのは、手の届くところに鑑目があるってことだよね。」
シューラは何か察したのか、アシを見て頷いた。
「そうだ。…で、ライガは邪魔だ。」
アシは冷たい口調だった。
「あいつは精鋭なだけあって厄介だぞ。」
イシュは自分の肩を指した。
「確かに、僕たちは怪我をして、すぐ傍にいても襲うのが躊躇うほど不調だ。」
シューラは期待するようにアシを見た。
「同じ精鋭の騎士団は…裏切られたことに相当キテいる。」
アシは口元に笑みを浮かべた。
「…これが上手くいけば、」
二人も彼の言いたいことが分かったようで頷いた。
「そうだ。ついでに、団長を片付ける作戦もある。」
アシは身を乗り出した。
二人もアシに寄った。
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