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逃避へ

31.顔を見て

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 市場の近くにある大きな木に、馬が縄で繋がれていた。

 馬の傍にはミラが立っており、飽きる様子も無く馬を見ていた。



 じっくり見ると、馬も見つめ返してきた。

 彼等は別に嘘をミラにつくことは無い。



 ミラはそっと馬の顔に手を伸ばした。



 人慣れしているのか、馬はミラの手に顔を摺り寄せた。



「…かわいい。」

 ミラは素直に甘えてくれる馬に愛着を覚えていた。



「馬と通じ合っているのか?」

 気が付くと買い物を終えたライガが立っていた。



「ライガ!?いたなら言ってよ。」

 ミラは声に驚き、さらに馬は驚いたミラに驚き飛び上がった。



「ごめんごめん。綺麗だなって。」

 ライガはミラの髪を撫でながら言った。



「お世辞も上手ね。」

 ミラは少し怒ったように頬を膨らませた。



「かわいい。…いや、本当に嘘を付けないから弁明もできないような表情を取らないでほしい。」

 ライガはミラの頬を掴んで、ぷふうっと頬に溜めていた空気を抜いた。



 ミラは頬を赤らめてライガから目を逸らした。

 ミラの表情をもっと見たくてライガはミラの顔を両手で自分に向けた。



「逸らさないで。」



「だって、そんなにみられると恥ずかしい…でも、見て欲しい気がするけど。」

 ミラは頬を赤らめたまま、窺うようにライガにそっと目を向けた。



「わかった。」

 ライガは笑顔でいうとミラを抱き寄せた。



「!?」

 ミラは急に触れたライガの体温に心臓が跳ね上がった。



「気が向いたら俺を見て。」

 ライガはミラの頭から首、肩、背中を撫でながら言った。



「ライガって、もっと紳士だと思った。」

 思いのほかのスキンシップにミラは恥ずかしくなりながらも、それを誤魔化すように軽口を叩いた。



「君が俺を紳士でなくさせているんだから…」



 ライガが何か言おうとしたとき



「ブヒヒン」

 木に繋がれた馬が鼻息を荒くして呻いた。



 馬の目に気付いたミラは慌ててライガから離れて彼が買ったものに目を向けた。



 ライガは少し馬を睨んだ。



「色々、買ったのね。これは?」

 ミラは初めて見る食材たちに好奇心が抑えられないようだ。完全に先ほどのライガの行動から気持ちが切り替わっていた。



「近くに山小屋があるんだ。騎士になる前から家族で行くことが多かったんだ。」

 ライガは馬に荷物を載せて固定していた。



「家族…」

 ミラは自分の家族のことを考えた。



 たしか、二番目のミラには姉がいた。

 彼女は王家に行くことにならなくてよかったとよく安心していた。ミラに同情はしてくれたが、あくまで他人的なものだった。

 父も母も、生まれた瞬間から王家に出す娘であったミラに対しては、愛情を持たないように必死で他人行儀で接していた。



「俺もミラも過去の家族はいない。」

 ライガはミラに言った。



「私の考えていることわかるの?」

 ミラはライガが気を遣ってくれたことに有難く思いながらも、察しの良い彼が不思議でならなかった。



「わからないけど、ミラの表情が曇っている。それが嫌だな。」

 ライガはミラの手を取って、馬の縄を外した。



「ここからは歩いて行こう。遠くに行くことを強調したからしばらくは大丈夫だと思う。」

 ライガは遥か先を指さした。



「…遠くか。」

 ミラはライガの指した方を見た。







 ジンは騎士団の施設から王城の中心地、謁見の間に向かっていた。



 途中の建物と建物を結ぶ渡り廊下からは、外を慌ただしく行き来する騎士たちの様子が察せた。



「…見えなくても、わかる。」

 ジンは足を止めて、いくつか天井を支えている大きな柱を見た。



「隠れたのに分かるんですね。」

 柱の陰からはヒロキが出てきた。



「どうした?」

 ジンはヒロキの様子を見てから周りを見た。



「誰もいない。こんなところに気を遣うほど、今は皆暇じゃないですよ。」

 ヒロキは両手を広げて言った。



「お前は暇なのか。」



「結構ひどいこと言いますね。俺はあんたに話しがあっているんですよ。」

 ヒロキは少し傷ついたような仕草をしたが、ジンに近寄った。



「後でいくらでも話せるだろ。」



「いや、今しか話せないことがあります。」

 ヒロキは首を振った。



「…なんだ?」

 ジンはヒロキが隠れていた柱に寄りかかった。



「俺はあんたに感謝しています。だから、言わせてください。」

 ヒロキは深呼吸をしてジンを見た。





「悲劇悲劇言って、王家にも騎士団にもあんたは囚われすぎている。」

 ヒロキはジンを真っすぐ見た。



「なんだ?騎士団の団長だから当然だろう。」



「このあとどうするつもりですか?」

 ヒロキはジンを睨んだ。



「今、お前は俺を睨んでいるな。お前の口調で分かる。」

 ジンは困ったような顔をした。



「わかるなら早いですよ。いい機会だから、もう囚われるのを止めましょう。」

 ヒロキは手を叩いて言った。



「意味が分からん。」

 ジンは溜息をついた。



 パチン

「王家にこのまま飼い殺しにされるのでなく、全て捨てるいい機会です。」

 ヒロキは、次はジンの頬をはさむように叩いた。



「ライガに続けと言うことか?お前、俺のことを分かっているだろ?」



「俺はあんたを責めない。俺だけは絶対に」

 ヒロキはジンを真っすぐ見た。



 その言葉を聞いてジンは歯を食いしばった。



「…というよりかは、あんたに敬語がだるい。騎士でも剣が中々振るえない俺の立場を考えろ。」

 ヒロキは口を尖らせて言った。



「俺に騎士団を止めろと?」



「ああ。」

 ヒロキは頷いた。



「帝国の権力構図が変わる。王家が近いうちに滅ぼされる可能性もある。」

 ジンは悩ましそうにこめかみに手を当てた。



「帝国なんかどうでもいい。あんたが俺の手を引いた時もそうだった。」

 ヒロキはジンの前に手を差し出した。



「…今日のライガの真似か?」

 ジンは冷やかすように言った。



「いや、今度は俺の番だ。あんたの手を引いて、沼から引き揚げる。外の世界に連れ出す。」



 ジンは困ったように笑った。



「アレックスもサンズも大丈夫だ。アランとリランだってどうにかやっていくだろう。マルコムとミヤビはやばいけど、時間がどうにかしてくれるだろう。」

 ヒロキは無責任な口調で軽く言った。



「全て捨てろと?」



「ああ。」

 ヒロキは力強く頷いた。



「…はあ。」

 ジンは呆れたようにため息をついた。



 グニ



 とヒロキの両頬をはさむように掴んだ。

「どうであれ、お前は今は副団長で俺は団長だ。先ほどの行いと先ほどからの言葉遣いはよくないのでは?」



「いつも多少の無礼は許してくれていますよね。」

 ヒロキは目を泳がせながら逃げ場を探すように言った。



「今、包帯が無ければいいと思っている。お前はさぞ美しい顔をしているのだろうな。」

 ジンは口に悪い笑みを浮かべていた。









 サンズとアレックスは向き合い頭を抱えていた。

 アランはふざけることなく二人の様子を真面目な顔で見ていた。



「…冷やかしていたのに、気付かなかった。」

 アレックスは悲しそうに溜息をついた。



「俺も同じです。…全く後輩を見ていないとわかった。」

 サンズはアレックスの肩を叩いて言った。



「…俺らも、ライガのこと気付かなかったので、お二人が気に病むことは」

 アランは二人を気遣うように言った。



「悪い。お前に気を遣わせるようなことを言って…」

 サンズはアランの気遣いに申し訳ない顔をした。



「…とにかく、馬を回収するのにあちこち騎士をやっている。小回りの利くリランは追跡をさせると思う。お前は温存しろ。」

 アレックスは何かを誤魔化すように笑った。



「…じゃあ、俺はマルコムとミヤビの様子を見に行く。…あの二人がヤバすぎて俺らはまともでいないといけない状態だ。」

 サンズは困ったように顔を歪ませて、去っていった。



「…ミヤビはライガのこと好きだったからなおさらですね。」

 アランは心配そうに言った。



「ああ。ライガはずっとお宝様が好きだったんだな。だからミヤビのアプローチになびかなかったんだな。」

 アレックスは自分を責めるように言った。



「…せめて、ライガはあの二人にだけでも言うべきでした。」



「今更どうしようもないだろ。」

 アレックスはアランの頭を叩いた。



「…団長と副団長はどうするつもりでしょうか。」



「…さあな。どの道、俺たちは俺たちでどうにかしないといけなくなるからな。覚悟しておけ。」

 アレックスはまたアランの頭を叩いた。





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