上 下
23 / 137
逃避へ

22.壁越しの誘い

しおりを挟む


 ミラの目が潰されるという話は全く出てこなかった。

 意図的に隠しているのはわかった。



 流石に騎士団もそんな儀式の守りに付きたくない。



 ライガもミラには言わなかった。



 彼女の目に不安が浮かぶのが嫌だった。

 自分以外の者のせいで、彼女の目に何かが浮かぶのが嫌だった。





「警備は精鋭には王族とお宝様を守ってもらう。」

 団長であるジンが帝都にいる騎士団全員を見渡して言った。



「当日はアレックスが代理で代表だ。俺は王族の席につく。ヒロキは剣舞を任せられている。…せいぜい俺たちを守ってくれ。」

 ジンは口元に笑みを浮かべた。



 こんな人間的な笑みを浮かべる彼を、他の団員たちは見たことが無かった。



 説明が終わるとあちこちで団長の笑みの話が出ていた。





「ヒロキさんが剣舞ですか。絶対に綺麗ですよね。」

 アレックスは羨ましそうにヒロキを見ていた。



「せいぜい期待しないでくれよ。」

 ヒロキは謙遜するように言うと、ライガを見た。



 ライガはヒロキの諦めたような目が、自分のやろうとしていることを察している気がした。



 何で彼に質問してしまったのだろう。

 今更ながら少し後悔した。







「珍しいわよね。お宝様が出て来るなんて。」

 いつもの王都巡回でミヤビが声をかけてきた。



「そうだな。」

 ライガはいつも通りにミヤビに返事をした。



「可哀そうだものね。せっかく綺麗な子なのにあんな糞みたいな王子に…」

 ミヤビはあくまでも日常の会話の一つとして言っていた。



「そうだな。」

 ライガはミラと逃げることをで頭が一杯だった。



 おそらく逃げることを考えていなかったら、ミヤビのこの話題に突っかかりかねない。



「そうそう。今日の団長の様子いつもと違ったわよね。」

 ミヤビもどうやらジンの様子について気になったようだ。



「そうだな。何か、人間になった…って感じだった。」

 ライガは思ったことをそのまま言った。



 ミヤビは可笑しそうに笑った。



 ミヤビにはいつ、あの白い髪飾りのことを聞かれるかわからないから、出来れば二人きりにはなりたくなかった。



 巡回しながら、他の騎士を探していた。



「ねえ、ライガ。今度さ。ご飯でも行かない?」

 ミヤビはなにやら緊張しているのか、ぎこちなく言った。



「いつも行ってるだろ?そんな改めなくても…」

 ライガはミヤビに答えながら他の騎士を見つけた。



 アランとリランだ。

 向こうもこっちに気付いたようで、満面の笑みで向かってくる。



 巡回中だから、この双子の様子を団長に言うと説教ものだ。



「お二人さん!!」

「美女とイケメン!!」

 アランとリランは何やら囃し立てている。



「よう。赤蠅」

 ライガは二人の様子に何となく安心した。





「「だからそれやめろ!!」」

 双子は声を合わせて言った。



 ミヤビは少しがっかりしたような顔をしていた。



「さっき、団長の話をしていたんだけど、二人はどう思った?」

 ライガはミヤビと先ほど団長が人間になったということ話していたと言った。



「やっぱり?そう思った?」

 リランは同意しているのか、頭を激しく振りながら言った。



「鬼の目にも涙というからね。」

 アランもリランと同じように激しく頭を振りながら言った。



「ちょっとお、団長の目は隠れているから涙わからないよー」

 リランは芝居がかった仕草でアランに言った。



「あ!!そうだった。じゃあ、鼻水!!」

 アランも芝居がかった仕草で言った。



「よだれ!!」

 リランはアランに続いて言った。



「どうでもいいけど、これ、聞かれると説教どころじゃないと思うよ。」

 双子の後ろにマルコムが立っていた。



「マルコムじゃないかー。こんな時だけいい子ぶりやがって。」

 アランは後ろのマルコムに突っかかるように言った。



「いい子だから。」

 マルコムは笑顔で返した。



「聞いてくださーい!!帝都の皆さん!!マルコムは普段めっちゃ団長の悪口を言っています!!」

 リランはマルコムを指差して大声で言った。



「おい!!ちょっと、これはやばいって。」

 ライガは流石にこれは団長の耳に入ると思い、三人を宥めるように言った。



「非力双子が、いきがるな。」

 マルコムは双子を睨んで言った。



「隠れムキムキが!!」

 アランは威嚇するようにマルコムを見た。



「ちょっと!!三人とも!!団長の耳に入るって!!」

 ミヤビも三人を宥めるように言った。



「もう手遅れだ。」

 低い声が響いた。



 流石に五人とも動きを止めた。



 五人はゆっくりと声の元を見た。



「珍しく帝都に出てみると…俺の話が聞こえてな。」

 そこには団長であるジンが青筋を立てて立っていた。



「「お疲れ様です!!団長!!」」

 アランとリランは、姿勢を正して礼をした。彼等のこういう時の切り換えの速さは尊敬に値する。



「お疲れさまです。」

 マルコムは半ばあきらめたような表情だった。



「三人は、後で俺のところに来るといいだろう。」

 ジンはいつもと同じような笑みを口元に浮かべて言った。



「団長!!ライガが団長がやっと人間になったって言っていました!!」

 リランは慌てるように言った。



「はあ?」

 ライガは思いがけない流れ弾を食らった気がした。



「じゃあ、お前もだ。」

 ジンは呆れたように付け加えた。








 

 思いがけない流れ弾を食らったと思いながらも巡回をどうにかミヤビと別になり、一人で路地の壁に寄りかかった。



「はあ。」

 溜息をつくと



「仲良しこよしだな。騎士団は。」

 後ろの壁から声がした。



「…お前はアシ。」

 ライガは声の主を思い浮かべて咄嗟に構えようとした。



「バカ。止めろ。怪しまれる。」

 アシはライガを制した。



 しかし、壁越しだと顔も分からない。



「見たことないから団長ってのを見てみようと思ったんだ。運よく帝都に出てくれたが、あれがお前の言う強い男か?」



「言いたければ言えばいい。」



「裏切れるのか?お前は。」



「お前に関係ない。」

 ライガはアシの言葉を振り払うように首を振った。



「だって、お前団長に俺のこと言っていないだろ?…裏切らないなら報告して俺らは終わっている。」

 アシは可笑しそうに言っていた。



「もしそうだとしても、お前に協力するとは限らない。」



「じゃあ、お前はどうやって逃げるつもりだ?俺らの協力なしで。」

 アシの言葉にライガは黙った。



 そうだ、逃げる方法は無い。



 無謀なのだ。

 ミラと一緒に死ぬか、自分だけ死ぬかの結果になる。



「それとも、逃げるために大量殺人をするか?」



「やるわけないだろ!!」

 そんなことをしたらミラが悲しむ。



 思った以上に声が大きかったのか、通行人たちがライガを見た。



「大声で言うな。だから壁越しなんだ。」



「…お前は警備のことを知りたいのか?」



「…いや、わかるのは警備についている精鋭の場所だけでいい。他の騎士は有象無象だ。」

 アシは嘲るように笑っていた。

しおりを挟む

処理中です...