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手を取り合う

5.休みの日

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 帝国騎士団は寮を有する。

 強さの階級、所属の隊によって寮の場所は違う。

 騎士団直下の隊は寮が王城に内部にある。要は騎士団の中でも特別なのは強さだけでなく待遇もなのだ。



 ただ、部屋は質素なもので、寝床と机があるだけでトイレや洗い場、浴場は共同だった。



 その寮の一室、与えられた部屋でライガはすやすや眠ってた。



「起きて。ライガ君。」

 そんなライガを叩起き起こすように声がかけられ、さらには寝床の枕部分を揺らされた。



「…マルコム。今日は休みだろ。」

 ライガは恨めしそうに目を開いて眉を顰めた。



「知っているよ。アレックスさんが町に繰り出すから奢るって。早く早く。」

 マルコムはにっこりと笑って、ライガを引っ張り起き上がらせて、さらに立ち上がらせた。



 筋肉質なライガを引っ張って何でもないように起き上がらせるというのは、やはりマルコムも鍛錬している騎士なだけあった、容易にやった。



「歯を磨いてあげようか?」

 マルコムは未だに目をこすり眠そうにするライガに笑いながら言った。



「自分でやる。…アレックスさんの奢りなんだな。」

 ライガは軽く身支度を整え、部屋から出た。



 マルコムも彼の後を追った。

「そうだよ。サンズさんも来るし、ミヤビがアラン、リランを起こしに行っている。俺たちはこれからヒロキさんを起こそうと思うんだ。」

 マルコムはニコニコ笑いながら言った。だが、その目には悪巧みを考えている悪い光があった。



「一人でヒロキさんを起こすのが嫌だから俺を道連れか?」



「いやー…別にヒロキさんはいいんだ。」

 マルコムは何かを含むように言うと、おずおずとライガを上目遣いで見て、何かを察するように求めた。



 マルコムが言いたいことが何となくわかった。

「団長か…別にあの二人が朝まで飲み明かすのはよくあることらしいからな。今日はうちの隊はオフだし。」



「そうなんだよ。場合によったら団長がいる可能性もあるんだ。」

 マルコムは困ったように首を傾げた。



 副団長で副隊長であるヒロキをよくこのようによく誘うが、団長であるジンは、王族であることから団員、隊員が誘いにくい存在であった。

 いや、そもそも彼自体がプライベートでは他人と絡まないのがあるが、無意識の身分意識があった。



 顔を洗いながらライガはふと思った。



「俺、団長の顔を見たことないんだけど、みんなはあるのか?」

 ライガは後ろでタオルを持っているマルコムを見た。



「無いよ。そもそもプライベートでのあの人の姿を想像できない。」

 マルコムはタオルをライガの顔に押し付けるように渡した。



「ちょっと、おい。ありがとう。」

 顔を塞がれるように渡されたライガは驚いたが、マルコムの手ごと押さえて受け取った。





「おはよー諸君」

「いい朝だねー諸君」

 二人にやる気のない声がかかった。



 同じ声が二つかかり、振り向くと同じ顔が二つあった。リランとアランだ。いや、アランとリランだろうか。二人を区別する髪紐は付けておらず、寝癖に任せるがままの髪型をしていた。

「朝から元気だな。俺なんて…あ、目ヤニついてる。」

「あ…鼻毛出てる。」

 二人は向かい合ってお互いを見て自分の顔を触った。



「それは鏡じゃないって。早く身支度して、どっちかどっちだがわからない!!」

 二人の背中を押していたのは、身支度を終えたミヤビだった。



「おはよう。ミヤビ」

 ライガは眉を吊り上げてアランとリランを洗い場に向かわせるミヤビを労うように笑いかけた。



「ラ…ライガ。おはよう。」

 ミヤビはライガに声をかけられて慌てて表情を繕って、笑った。



「早くいかないとアレックスさんが奢ってくれなくなるよ。」

 マルコムはアランとリランに発破をかけるように言った。



「二人はこれからどうするの?」

 ミヤビはマルコムとライガがどこかに行こうとしているのを見て、首を傾げた。



「ああ。俺たちはこれからヒロキさんに声をかけようと思うんだ。」

 ライガはマルコムを見て、そうだよなと確認をした。



「うん。アレックスさんがあわよくばヒロキさんに奢ってもらおうと画策しているらしくてね。」

 マルコムも笑顔で頷いた。



「それは俺知らなった。」

 ライガは同じ隊の先輩で、付き合いのいいアレックスを思い浮かべた。いや、付き合いがいいのではなく、彼が強引に誘うのだ。





 ミヤビとアランリランと洗い場で別れて、ヒロキの部屋に向かった。



 彼の部屋ももちろんライガたちと同じく王城にあるのだが、団長、副団長の部屋は階数が上であり、浴場、洗い場、トイレが専用で着いている。



 団長であるジンは王族であるから待遇はもっといいが、副団長もなかなかの待遇だった。



 ヒロキの部屋の前に着くと、ライガは深呼吸をした。横のマルコムもだ。

 ライガは誰にも言っていないが、ヒロキを誘いに行った時に団長のジンに遭遇している。



 あの気まずさは何とも言えなかった。彼はしっかりと包帯を巻いていたから見えていないのだろうけど、普段の様子から見えなくても誰が来たかは分かるはずだ。というよりも分かっていた。



 ここまでは誰にでもよくあることらしいが、この先は墓まで持って行こうと思っている。

 それは二人とも半裸だったことだ。



 飲んでいて楽しくなって脱ぐというのはあるが、なんとなく言えない気がした。



 とはいえ、騎士団内では訓練の時に半裸の男なんて腐るほどいるし、女子であるミヤビ以外は半裸で訓練場を歩くこともある。



 マルコムは意を決したように扉をノックした。

「ヒロキさーん。マルコムです。…」



 応答はない。



「ヒーロキさーん。あーそびーましょー」

 マルコムは更に大声で言った。



 応答はない。



「開けまーす」

 緊張していたくせに、こういう時の思い切りはいいのか、マルコムはドアノブを回し、扉を開けた。



「あ、バカ!!何を」

 半裸経験のあるライガは慌ててマルコムを止めようとした。



 だが、鍵のかかっていない扉は開いた。



「あれ?いない。」

 部屋は無人だった。



「あ、本当だ。」

 ライガは何故か安心をした。









「おーガキども。来たか。」

 待ち合わせ場所だと言われた王城前の巨大な噴水公園にはサンズとアレックスが私服でいた。それに加えミヤビ、アランリランもだ。



「お待たせしました。」

 ライガとマルコムは癖で姿勢を正して礼をした。



「オフだから固くなるな…って、ヒロキさんは?」

 アレックスはライガとマルコムの後ろに誰かを探していた。



「部屋にいなかったです。どこかに外出しているんですかね…」

 マルコムは困ったように笑った。



 アレックスは少し肩を落としていた。どうやら本当にヒロキの財布をあてにしていたようだ。



「落ち込まないでください。ガキどものは俺も払いますから。」

 サンズは落ち込むアレックスの肩を叩いた。



「…サンズ…」



「7:3でいいでしょう。もちろん俺が3です。」

 サンズはアレックスに悪い笑いをした。



「何を企んでいる?」

「さあ?」

 サンズはアレックスから離れ、ライガたちの前に出た。



「さあ!!町に繰り出そうぜ!!奢りだ!!」

 とライガたちを先導するように町に歩き出した。



「「いえーい」」

 アランとリランが飛び上がりながら喜んだ。



「先輩太っ腹―」

 ミヤビは手を叩いて喜んだ。



「本当に太っ腹―」

 マルコムはサンズの腹を横からつついた。



 町に歩き出すサンズ、アラン、リラン、ミヤビ、マルコムの後ろではアレックスが肩を落としていた。



 彼等の後姿を見てライガは思わず微笑んだ。

 そして、後ろの王城を見た。



 王城の中庭の一角に、住んでいる少女を想った。









 その王城の中では、婚礼前最後の食事会が行われていた。



 お宝様であるミラは、結婚相手である王子と対面する形で食事をとっていた。



 王子は嘗め回すようにミラを見て、口元を歪めて笑っていた。



 なるべく話さないのがこの食事会の決まりだ。

 お宝様であるミラが何かを聞くと本当のことをみんなが話してしまうからだ。



 結婚相手に対する過剰な性的な発言はよくあるもので、昔には王妃の浮気がバレてしまったことや王が隠し子をしていたことが表沙汰になったこともある。



 お宝様であるミラの両脇には、騎士団団長のジンと騎士団副団長のヒロキがいた。

 二人は普段の騎士団の鎧でなく、過度に装飾のされた鎧をに身につけていた。腰にかける剣までもが凝った装飾がされており、騎士というよりも置物のような見た目だった。

 ただ、団長であるジンは顔に包帯を巻いたままである。

 ヒロキは切れ長の目を鋭く周りに光らせ、侍女たちの視線を集めていた。



 この状況から分かるように、帝国は王家よりもお宝様を重視しているのだ。



 この国の上層部は、お宝様がいる限り安泰であると信じており、それは事実でもあった。

 お宝様の力は他国まで知れ渡り、どうにかして欲しがる国も多かった。



「ミラどのは、本当に美しい。」

 王子がミラの方を見てニヤニヤと笑った。



「ありがとうございます。」

 ミラは手や口が震えそうなのを堪えて、にっこりと笑った。



「婚礼の後が楽しみですな。はっはっは。」

 王子は年齢にしては突き出た腹を叩いて笑った。



「…」

 ミラは口元を歪めそうになりながらも、口角を上げて目じりを下げて笑った。



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