あやとり

近江由

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~糸から外れて~無力な鍵

亡卿

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 夜遅く、両親が話しているのをじっと聞いている自分がいた。



「あの子のやりたいことをやらせないと・・・」

 優しい母の声だ。



「・・・あの子を失いたくない・・・宇宙に出るなんて・・・」

 臆病だった父の声だ。



 ここの扉を開くと父と母がいる。

 早く開けないといけない。ここの扉を開くと、あの日々がある。



 ドアノブに手をかけると、後ろから何処かで嗅いだ匂いが鼻をついた。



「お前は、軍人になるのか?」

 自分に良くしてくれた若い研究者の声が聞こえた。



「・・・グスタフ・・・」

 彼の名を呼んで振り向くと、そこには細長い体型をした虚弱そうで神経質そうな黒髪の研究員がいた。



「お前は頭がいいんだから、研究者を選べばいいのに・・・」

 彼の手には、大きな瓶が抱えられていた。

 その瓶の中には、彼の好物が入っている。



 嫌だ、選びたくない。

 違う。本当はそっちに行こうとしていた。



 こんなつらくて苦しくて痛い道を選びたくなかった。



 今なら間に合う。このドアノブを、扉の先にはあの日々がある。



「来るな!!」

 叫びながら逃げるように扉を開いた。



「父さん!!母さん!!」

 縋るように飛び込んだが、扉の向こうにいたはずの両親の気配は無かった。



 その代わりに、横たわる二人の姿があった。

 そうだ。戻れるはずない。二人はもういないのだ。



 ジワリと足元に血が広がる。

 広がる血は、沢山の人から流れ出したものだ。自分のせいで。



「ははは・・・」

 逃げられるはずない。



 笑いながら血だまりを気にせずその場に崩れ落ちた。

 不意に肩を叩かれた。

「大丈夫か?」



 お人好しな研究員は、好物の瓶漬けを抱えたまま自分に優しい目を向けていてくれた。



 振り向いて彼を見上げると彼の頭から血が吹き出し、その場に倒れた。



「・・・あ・・・ははは。」

 そうだった。彼ももういない。



 硝煙の匂いを辿り、その方向を見た。



 焼き付いて離れない顔だった。

 名前知らないが、彼の顔は覚えている。



「コウノ。お前を行かせるわけにはいかない。」

 自分の昔の名を呼ぶ。



 やめろ。

 気が付いたら自分の手には銃があった。



 やめろ。

 それを素早く構え、止める間もなく引き金を引いた。



 やめられなかった。



「・・・シンタロウ」







「はっ・・・・はあはあ・・・」

 目を覚ますと大汗をかいていた。



「シンタロウ。大丈夫?」

 横にいるイジーが心配そうに見ていた。



「・・・悪い。少し嫌な夢を見た。」

 汗を腕で拭おうとしたら、イジーがタオルを渡した。

「ありがとう・・・」

 タオルを受け取り、汗を拭いたら、イジーが泣きそうな顔をしているのが分かった。



「・・・いつもありがとう。俺を気にしないで休んでいいから・・・」

「気にしないでいられるわけないでしょ!!」

 イジーはシンタロウに掴みかかった。

 急なことに反応できずにシンタロウはそのまま押し倒された。



「・・・ここ最近ずっとうなされているの気付かないとでも思ったの?それに加えて今回の作戦。」

 彼の胸倉を掴みながらイジーは歯を食いしばって言った。



「そこまでひどかったのか・・・」



「それはすごかったわ。唸り声も・・・悲鳴も。お願いだから私には話して。」

 イジーは掴む手に更に力を入れて言った。



「・・・わからないんだ。何が苦しいのか。俺は全てイジーに話しているはずなんだけど。」

 シンタロウは両手で顔を覆った。



「わからなくてもいい。分かったらでもいいから話して。」

 彼女は何か気になることがあるようで彼をじっと見ていた。



「どうした?」

 彼女の視線に気づいてシンタロウは顔を上げた。



「・・・ねえ・・・どうしてドールに乗らないの?」





「え?」

 彼女の問いはシンタロウの深層心理に引っかかった。





 ジジジジジジジ



 軍からの連絡を告げる音が鳴った。



「出発は朝のはず・・・なんだ?」

 シンタロウはベッドから立ち上がり、端末を取った。



『ウィンクラー少佐。緊急事態です。』



「何だ?」

 通信の向こうの声は強張っていた。



『第3ドームと連絡から応援の急ぎを要請されてから連絡が取れません。』

 第3ドームと聞いた時シンタロウの顔は強張った。



「作戦参加メンバーがいるところだな・・・」

『それに加えて一般のネットワークにテロリスト襲撃の情報が寄せられたと・・・』

「そっちの情報収集に力を入れろ。ただし、情報を吟味してから公表するように。俺にはすべて持ってこい。」

 シンタロウはそう言うと端末を首に挟めてクローゼットに向かった。



『少佐の作戦の方は・・・・』

「早める。他の者に連絡を入れろ。」

 クローゼットから取り出したシャツと軍服を肩にかけてシンタロウは端末を切った。



「第3ドームって・・・」

 イジーがシンタロウの様子を立って見ていた。



「ああ。先に仕掛けられた。どこかで情報漏れがある。」

 シンタロウは頷き硬い表情をしていた。



「・・・・私も行く。」

「は・・・?いや、イジーは本部に残って・・・」

 彼女の急な言葉にシンタロウは口をぽかんと開けた。



「総統閣下から、作戦の状況を探る様に言われているの。密偵よ。これは閣下と私しか知らない。」

「俺に言っていいのか?」

 シンタロウは困った顔をした。



「言うつもりで来たの。朝にでも言うつもりだったわ。」

 彼女も自分の軍服を持ち上げて袖を通し始めた。



「無理はするなよ。相手の姿が見えない以上、信用できる人間は限られる。」

 シンタロウは心配そうにイジーを見た。



「それはあなたも。わたしの言ったことは変わらない。必ず帰ってきて・・・それだけ。」

 イジーは服を着ると辺りを見渡した。



「ちょっと先に洗面所借りるわね。」

 シンタロウの肩を叩いて、彼女はにこりと笑った。



「早めにしてくれよ。俺も使う。」

 その顔を見てシンタロウは硬かった表情を和らげた。



 洗面所に入って行くイジー・ルーカス中尉の背中を見送ると、現在の地連最強で地連総統の養子であるシンタロウ・ウィンクラー少佐は考え込むように端末を見つめた。



「・・・コウヤ・・・大丈夫か・・・」

 心配そうに呟いた声は誰も聞いていなかった。







「これは・・・何事だ?ハヤセ君とヤクシジ君・・・」

 大学に着くと講堂に人が溢れかえっていた。

 その中でもリコウとコウヤが通う研究室の教授は二人を見つけて駆け寄ってきた。



「他の生徒を奥に引っ込めてください。」

 よろよろと歩きながらアズマが教授に軍人のような命令口調で言った。



「・・・あなたは?」

 教授はアズマを怪しむように見た。



「教授、彼は俺の兄です。」

 リコウはアズマに駆け寄り、彼を支える形を取った。



「ヤクシジ君の・・・?」

 教授は少し警戒を解いていた。



「教授・・・生徒たちに情報を公開させないようにしてください。しないなら強制的にしますが・・・」

 コウヤはしきりに携帯端末をいじる生徒たちに目を向けていた。



「そうしたいが・・・ここまでの人数できるものではない。」

 教授はコウヤの言葉に首を振った。



「生徒の皆。いまからここの情報は機密になる。すぐに持っている端末の操作を止め、手から離すんだ。」

 アズマは大声で言った。



 カタカタと端末を置く音が聞こえるが、それだけが効力を発揮したかわからない。



「まだ触っている奴がいる・・・・ご丁寧に情報をネットワークに公開しようとしている。」

 コウヤは苦い顔をした。



 アズマとリコウと教授とルリは驚いた顔をしたが、マックスは納得したような顔だった。



「どうする?」

 マックスの問いにコウヤはアズマを見た。



「アズマ。機密を公表したら会議にかけられるとか処分にかけられるとか言ってくれ。たぶんこれは冗談じゃないと思うから。」

 コウヤは横にいるマックスを見て言った。



「・・・そうだな。」

 アズマは再び怪我をした身体に鞭打って立ち上がり、生徒たちを見た。



「公表したら会議にかけられ処分対象になりかねない。今はそんな事態だ。下手したらテロリストが攻めてくるかもしれない。」」

 アズマは最後を強調して言った。



 生徒たちの息を呑む音が聞こえた。



「これでいいか?」

 アズマはマックスとコウヤを見た。



「現役軍人が判断しろよ。」

 コウヤは苦笑いをしていた。



 リコウや教授とルリはポカンとしていた。



「ヤクシジ君とハヤセ君は仲が良かったのか?私はてっきり逆だと・・・・」

 教授はリコウを見て首を傾げた。



「なーに言っているんですか?教授。研究室の先輩を嫌いになるわけないじゃないですか?」

 リコウは慌てて教授に笑顔を向けた。



 教授はコウヤの隣にいるマックスに目を留めた。



「・・・あなた・・・」

 目を見開いていた。どうやら彼を知っているようだ。



「・・・学会でお目にかかったことがあるかもしれないな。どうか俺のことは言わないでください。」

 マックスは人差し指を立てて教授に頭を下げた。



「それよりも、マックスも兄さんたちもこれからどうするんだ?」

 リコウは講堂に集まっている生徒の数を見て行き場のなさを感じていた。



「教授。研究室の機械って使えますか?」

 コウヤは教授を見て訊いた。



「あ・・ああ。鍵は私が持っている。だが、今は危険だ。別棟に行くのは・・・」

「大丈夫です。俺だけで行きます。」

 コウヤは教授から鍵を受け取って言った。



「待て、俺も行く。」

 マックスは周りを見て少し不安そうな顔をしていた。どうやらコウヤに置いて行かれるのが寂しいようだ。



「待って、それなら俺も行く。」

 リコウはマックスの表情を見て少し悔しくなった。同郷の自分よりもコウヤの方が彼と仲がいいと思ったからだ。いや、実際そうなのだろう。



「いや、ヤクシジ危険だ。」

 コウヤは直ぐに首を振った。



「俺は、あんたが何者か知らない。名前とこの大学の生徒としてしか。それをこの人と一緒にいさせるわけにはいかない。・・・あと、何をするのか興味がある。」

 リコウは本音を最後に付け加えた。



「待て、私も行く。」

 教授が手を挙げた。



「しかし・・・」

 コウヤは困ったような顔をした。



「私の研究室だ。そして、ヤクシジ君は私の付き人としていてくれ。」

 教授はリコウを見て言った。

 リコウは教授の心遣いを有難く思ったが、彼の目を見て心遣いでないと分かった。

 どうやら彼もリコウと同じで何をするのか興味があるようだ。



 当然だ。彼はドールプログラム研究の教授であり、マックスの正体を知っているのだからだ。





「先頭で俺が合図します。ヤクシジは教授が動くときサポートして、マックスは俺から離れない。」

 コウヤは困ったように言いながらも反対しなかった。







 講堂から出て別棟へ行く渡り廊下を四人は速足で駆けた。

 息を殺しながら無事別棟に入ることができた。



 辺りを見渡し、先頭のコウヤが後ろの3人に頷いて安全なことを示した。



「しかし・・・今何時だ?外が明るいから時間感覚が無くなるな・・・」

 教授は外の景色を見ながら呟いた。



「おおよそテロリストが攻めてきて半日以上経っていますよ。これって、ドームの明るさの機能を占領されているってことですか?」

 リコウは未だ明るいドームの天井を見て教授に聞いた。



「だろうな。ドームの主導権を握られているというわけだ。それを取り戻さないと、地の利が無いようなものだな。」

 コウヤはマックスを見て頷きながら言った。



「全くそうだ。この状況を見るとリコウの判断通り軍に行かなくて正解だと思う。」

 マックスはリコウを見て言った。



「・・・じゃあ、軍は・・・」

 リコウは苦い顔をした。



「内通者がいたんじゃ仕方ない。いつもいるもんだな。」

 マックスは皮肉を言うように顔を歪めた。



「教授、ヤクシジもだけど、ここから見ることは他言しないでほしい。」

 コウヤは後ろを歩くリコウと教授を見て言った。



「マックスが言うならまだしも、先輩は何をやるつもりなんですか?」

 リコウはコウヤが仕切っているのが腑に落ちなかった。



「やっぱりお前俺の事気に食わないようだな。」

 コウヤは少し寂しそうな顔をしてリコウを見た。



「そんなこと・・ないです。」

 リコウはコウヤの顔を見て少し申し訳なくなった。



 4人は目的の研究室に着いた。

 扉を開くと多数の機械があり、生体兵器であるドールを操作するコックピット部分のみが置いてあった。

 生体兵器のドールは、コックピットでコードを専用スーツに繋ぐことにより神経接続をし、パイロットの動きをそのままドールに反映させるものだ。

 ドール戦において、その適合率が勝敗を決めるともいわれている。



「マックス、端末を操作して欲しい。」

 コウヤはマックスに端末に向かうように言った。

「わかった。」

 マックスはコウヤの指示通り端末に向かった。その後を追って、教授も向かった。どうやら彼が何をやるのか気になるようだ。

 リコウも気になったが、それよりもコウヤがコックピット部分に向かっているのが気になった。



「いつも、ここの研究で俺がここに座っています。」

 リコウは進むコウヤの後を追った。



「ああ、二桁らしいな。すごいな。」



「先輩が座るんですか?」



「俺、神経接続嫌いなんだよ。あれよく平気だよな。」

 コウヤは感心したようにリコウを見た。



「バイトで軍の実験に協力してますから・・・」



「そうか。・・・どうだ?マックス。そっちからアクセスできそうか?」

 コウヤは端末に向かったマックスに声をかけた。



「いや、厳重にロックされている。一介の研究者には無理だ。権限がないと・・・」

 マックスは顔を顰めていた。



「権限?」

 教授が言葉に食いついた。



「ああ、結構論文で出しているんだが、いつも気にされない。ドールプログラムの活用方法しかみんな見ないけど、権限が一番大事だ。」

 マックスは端末から離れて教授にレクチャーするように手を挙げた。



「操作性の良さは分かっている。だが、操作するために権限が必要なこともある。プログラム上で権限があるものがかけたロックは何もない奴には解けない。操作も大事だが、その前の権限で落とされるとダメなわけだ。ちなみにこれは権限関係なくロックがかかっているだけだ。とはいえ、強制的にかけられているからかけた場端末からか、時間がかかるがプログラム自体を騙してロックを解くか、権限を使わないとここのドームの機能は取り戻せない。」

 マックスは言葉を考えながら言っているようで、少し難しそうな顔をしていた。



「じゃあ・・・ドームは軍が来るまでどうにも・・・」

 リコウは少しがっかりした。



「だから、今から見ることを他人に言うなと言っている。」

 マックスは困ったように教授とリコウを見た。



「神経接続でアクセスしろ。そっちの方がお前の負担も少ない。」

 マックスはコックピットの前にいるコウヤを顎で指しながら言った。



「?」

 教授が目の色を変えた。



「ヤクシジ、そこの専用スーツ取ってくれ。」

 コウヤは実験用に置かれた専用スーツを指して言った。



「え・・・はい。」

 リコウは急いで取ってコウヤに渡した。



「ありがとう。」

 コウヤはリコウから受け取ると素早くスーツに身を包み、コックピットに座り、手慣れた様子でコードを繋いだ。



 その慣れてる様子にリコウは何か思い当たったが、あたまを振ってその考えを振り消した。

 教授は目を輝かせていた。



「ハヤセ君・・・君、ドールに乗ったこと・・・あるのかい?」

 何かを期待するような質問だった。



「・・・他言しないでください。」

 息を吸って神経接続を終わらせたコウヤは目を閉じた。



 その様子を見て教授は端末に飛びついた。



「お・・・おお。」

 感動するような声が聞こえる。



 辺りの明かりがチカチカとした。



『・・・・ロック解除。』

 機械音が響いた。



 しばらくするとコウヤは神経接続を解いていた。



「・・・君は、まさか。」

 教授はコウヤとマックスを見て何度も頷いていた。

 リコウは教授の言っている意味が分からず、首を傾げていた。



「さ・・・て、これでドームは普通に動くはず。そして、地の利が取り戻したから、反撃も可能だ。」

 マックスは勇ましい様子で言った。だが、彼はすごく弱いことをリコウは知っている。



「だめだ。軍の応援が来るまでは俺らも待機だ。シェルターに入った人たちのためにドームの操作権を取り戻したんだ。」

 コウヤはマックスの言葉に首を振った。



「シェルターに入った人のため・・・?」



「ああ。奴ら見ただろ?人質を取りかねない。シェルターの空気を遮断するなんて言われたら大変だ。」

 コウヤの言うことには一理あった。というよりも納得できた。



「ハヤセ君、詳しい話を聞きたいのだが・・・・」

 教授がコウヤに駆けよった。



「軍の応援が来て安全になったらいくらでも。」

 コウヤは教授に笑いかけた。



「そうだ。保健室にリコウの兄さんを寝かせよう。医療器具も揃っているはずだ。大学にはたいてい診療所があるはず。ましてやここは実験もするからそれなりに設備もいいだろ?」

 マックスは思いついたように言った。



「そうだ。それがいい。まだ、時間もかかるからヤクシジも疲れただろ?マックスも休むといい。」

 コウヤはリコウとマックスの肩を叩いた。



「安心するのは着いてからにしよう。」

 教授は表情を硬くしていた。



「どうしましたか?」

 リコウは教授の様子が気になった。



「ドームの操作権を取られたのをバレたらテロリストは動き出す。」

 教授はコウヤを見て言った。



「ここは特定されない。たぶん捜索されるのは総合大学の方だ。そんな風に操作した。何も無ければ殺すこともないはずだ。」

 コウヤはマックスを見た。



「・・・それは何とも言えない。」

 マックスは苦い顔をしていた。



「何があったのかは・・・軍の応援が来てからにしよう。」

 コウヤはマックスの表情を見て言った。

 マックスは頷いて部屋から出ようと歩き出した。



「おい。待てよ!!俺が先頭を歩くって!!」

 マックスの後をコウヤが追った。その二人の背中を見てリコウは教授を見た。



「教授・・・何が?」

 リコウの問いに教授は首を振った。



「いや、全ては安全になってかららしい。」

 教授はコウヤ達の後を追い歩き出した。









 講堂に戻ると、生徒たちが何やら騒いでいた。



「どうしたんだ?」

 リコウはルリに駆け寄った。



「・・・端末が使えないの。みんな通じなくて混乱している。」

 ルリも使えないようで困った様子だった。



「え?だって・・・ドームの操作権は・・・」



「端末が使えないくらいで騒ぐな。死ぬわけでない。」

 マックスは騒ぐ生徒たちを見て呆れた表情をした。



「マックス。確かにそうだけど・・・」

 リコウはマックスとコウヤを交互に見た。



「それよりも・・・アズマを診療所に連れて行く。この中だと一番の怪我人だ。」

 マックスとコウヤは頷き合い、アズマに駆け寄り、教授が生徒たちを宥めてアズマを大学に付属している診療所に連れて行った。





 布団に寝かせて落ち着いたアズマを見た途端にリコウは腰が抜けたようにへたり込んだ。



「俺がお前に兄についてやる。休め。慣れない緊張が続いたはずだ。・・・そこの子も・・・」

 マックスはリコウの後ろにいるルリを見て言った。



「え?・・・講堂に残っていたんじゃ・・・」

 リコウはルリに気付いて飛び上がった。



「リコウ君が心配・・・」

 ルリは首を振ってリコウを見つめた。



「みんな診療所の中にいていいよ。俺が見張りをするから。」

 リコウ達の様子を見てコウヤは診療所から出た。



「あ・・・先輩。」

 リコウはコウヤの後を追った。









 軍に入ってから兄の目つきが変わった。

 すごくキラキラとしていた。

「あの人と同じ軍に所属できたなんて・・・」

 ゼウス共和国の人間だった自分が敵国であった地連の軍に入れたことが受け入れてもらえたことだと思って、喜んでいるのかと思ったが、違っていた。



「聞いてくれ。あの作戦に参加した人たちのこと・・・俺は彼らを尊敬しているんだ。」

 兄の目がただキラキラしていると思っていたのは違っていた。

 彼は狂信的な何かを秘めていた。



「リコウ・・・何で俺は地連に生まれなかったんだろう・・・どうして俺はあの時に軍にいられなかったんだろうな。」

 兄は何度もリコウに言った。



 両親の死を悲しんだ。そして危機を救った者を尊敬した。

 それは普通だった。確かに正しい。



「リコウは、どうして軍に入らないんだ?」

 兄は期待するようにリコウを見ていた。









「どうしたヤクシジ?休めばいい。」

 外に出ると立って見張りをしているコウヤがリコウを見た。



「・・・あの、先輩。」



「軍から応援が来ない様子を見ると、このドームの軍本部は制圧されたのかもしれないな。」

 コウヤは苦笑いをした。



「これからどうします?軍がダメで・・・」



「待つしかない。俺たちは何もできない・・・動けないことには変わらないだろ。」

 コウヤはあっけらかんと笑った。



「先輩は・・・何者ですか?」



「大学生だ。ドール研究に携わりたくて励む、真面目な学生。そして、お前に嫌われている。」



「そんなこと・・・」



「・・・お前は何者だ?」

 コウヤは逆にリコウに訊いた。



「・・・俺は・・・リコウ・ヤクシジです。・・・・実は元ゼウス共和国の人間です。」

 リコウは周りに隠していたことをコウヤの様子を見ながら言った。



 彼はゼウス共和国の人間であったことは隠していた。あからさまな差別は無いにと思われるが、どうしてもかつてのゼウス共和国の状況から名乗るのが後ろめたかった。



「そうか。マックスもそうだし・・・気にすることないんじゃないか?」

 コウヤは気にすることなく言った。



「ゼウス共和国がどんな国だったか・・・知っているはずです。」

 リコウは祖国を思い出して苦い顔をした。



 コウヤの顔が歪んだ。

「・・・ああ。」



 リコウとアズマの祖国、ゼウス共和国は今やほぼ滅んだも同然だった。



 ゼウス共和国は火星に形成されたドームが共和国となり形成された国だ。



 戦争の火種を撒いたのも、悲劇の発端も資源を求めたゼウス共和国の仕業だ。

 月にあったドームを破壊し、多大な犠牲を出し、さらには別のドームに襲撃をしてまた犠牲を出した。



「俺は地球に出て来れる立場だったからよかった。けど、火星にいた国民は歪んだ教育を受けていた。」

 一番厄介だったのは、国民の士気を上げるために情報操作をされることだ。自分たちのやっていることが正しいと思うようになっていた。



「・・・・三年前、ゼウス共和国はドールプログラムの暴走によってほぼ滅んだ。だからどうとかは無いが・・・お前はそれに囚われているわけでないだろ?アズマだって地連の軍人だ。そんなこだわりは無いように思える。」

「それはそうですけど・・・やっぱり複雑です。」



「・・・お前は生きている。・・・生きて行かないといけないんだ。」

 コウヤは自分に言い聞かせるように呟いた。



「・・・兄さんは、ロッド中佐に憧れて地連に来ました。」



「ロッド中佐・・・か。」



「三年前作戦で戦死したと言われる前から憧れていました。」



「・・・・お前は辛いな。リコウ。」

 コウヤはリコウを気の毒そうに見た。



「あんたに何がわかる?」

 コウヤの表情がリコウの考えを見抜いている気がして、苛立った。



「・・・人は分かり合えない。俺の知っている人が言っていたし、俺もそう思う。」

 コウヤはリコウの表情を見てバツが悪そうに目を逸らした。



「そうですね。俺はあんたがわかりません。」



「何で確認するように俺に聞く?お前が訊けばいいだろ。」

 コウヤの大人な態度にリコウは更に苛立った。



「聞けるはずないだろ!!・・・ずっと・・・引っかかっているなんて・・・」



『君たちは何か勘違いしていないか?』



 兵士の顔が蘇った。



「けど・・・テロリストの通信機を使っていたんで、間違いないはず。」



「通信機が使えなかったら?引き金を引くに至る根拠があった。通信機器を無効化されたとか。可能性はいくらでもある。」

 コウヤの言葉にリコウは首を振った。だが、自分が出した答えを彼は証明することを言っている。



「・・・俺は、殺さなかった。気絶させる程度しかしていない。お前らがアズマの治療に取り掛かっているとき、外を見た。」

 コウヤはリコウを見ていた。もう、目を逸らすような素振りは見せなかった。



「気絶させた兵士は・・・テロリストによって殺された。・・・彼らは違った。」



 今度はリコウが目を逸らした。





「・・・・内通者は・・・・」

 言いかけて否定しようとした。だが、キラキラと光る眼を思い出した。



 夢見るような顔で語る。



「・・・・兄さんだった。」



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