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六本の糸~「天」2編~
67.告白
しおりを挟む気まずいながらも食事を終え、コウヤ達はカワカミ博士が入れてくれた食後の紅茶を飲んでいた。
「さて・・・俺も話さないといけないな。」
シンタロウはティーカップの水面を見て呟いた。
「話してくれるのか?」
コウヤは持っていたティーカップをゆっくりと下ろした。
「ムラサメ博士に見られたんだ。あっちが知っているのに味方に手の内を隠すのは好きじゃない。」
シンタロウはティーカップを下ろし、みんなの顔を見渡した。
「・・・今から話すことを聞いて、軽蔑しても構わない。それは先に言っておく。」
「私たちもいていいのか?」
リード氏はソフィと自分を指差して訊いた。
「あんたらの思惑が関わっていることだ。知らずに終わらせるわけにいかない。」
シンタロウはリード氏を軽く睨んだ。
「聞こう。シンタロウ君。」
ハクトは空になったティーカップを下ろしてシンタロウを見た。
他の皆もシンタロウを見ていた。
「ああ。」
シンタロウは頷いて、記憶を辿る様に俯いた。
「・・・俺が、フィーネを下りてからの話だ。・・・全ては・・・第6ドームから始まった。」
「訓練施設か。しかし、わかんないな。お前の今の身体能力が・・・」
キースは首を傾げていた。
「最初は、たぶん普通だったんだと思う。」
「普通の訓練だった時、教官に呼び出された。内容は、俺の学力の事だった。第一ドーム時代のものが残っていた。」
シンタロウの言葉にコウヤは頷いた。
「そうか。お前、難関大学狙えるくらいだったもんな。」
「ああ。それで別の道を勧められたが断った。まあ、それがきっかけで目をかけてもらったのもあるから結果オーライだ。そして、訓練が始まって、最初の異変があった。」
「・・・異変?」
キースは訓練施設を知っているようで考え込んでいた。
「・・・サプリメントと言われて幻覚剤が配られた。」
「は?」
「なんだそれ?」
レイラとハクトは目を見開いていた。
「幸い俺はすぐに気づいて、指摘した。その時にまあ、匂いで気付いたってテキトー言ったが、教官も知らなかったみたいなんだ。」
「・・・教官もか。」
クロスは考え込むように顎を手でさすった。
「ああ。その時に俺の前に現れたのが、訓練を見ていた白衣の研究者だった。名前が・・・グスタフ・トロッタ。もともと別の道をすすめられた段階で目をつけられていたが、それが決定的なことになって俺はあいつと交流を持つようになった。」
「・・・グスタフ。」
キースはどうやらムラサメ博士が言っていたことを思い出したいようだ。
「目をつけられたといっても悪い意味じゃない。好意的だった。その日から・・・訓練がおかしくなった。食事に混ぜ物、シュミュレーションはメンタルを削るタイプで、神経接続をすると頭がぐちゃぐちゃになる感覚がした。日によったら食事も吐いたし、脱落者も出た。他人に優しくできる環境でもないうえに、意識が削がれていた。生きて訓練を受けているだけの状態だった。」
その時を思い出しているのだろう。シンタロウの目は虚ろだった。
「なんだそれ・・・」
コウヤは初めて聞くシンタロウの経験に憤っていた。
「だけど、体は確実に強くなった。数週間で教官は倒せるほどだった。ただ、脱落者も多かった。半数以下になるのはあっという間で、教官は銃が手放せなくなっていた。人間としての意識が削がれる訓練でも、発狂する奴は出ていた。その時になったらもう、俺は気にしなくなったし、周りもだった。ただ、その時は・・・狂いだす奴が教官の銃を狙っていた。俺はそれを抑えた。その時に完全にグスタフに気に入られた。」
「・・・気に入る?」
イジーは辛そうな顔をシンタロウに向けていた。
「ああ。あいつ初対面で俺に言った。頭のいい人間が好きだとかそんなことだ。それから俺はグスタフに気に入られたことにより、食事の混ぜ物を止めてもらうこと、情報収集を始めた。」
「・・・冷静だな。」
リード氏は感心したように呟いた。
「その時は復讐で頭が一杯だった。目的だけ灯して他への熱量を下げている状態だった。」
シンタロウはリード氏を睨むわけでもなく淡々と言った。
「身体能力は早い段階で上がって、ドールの適合率も上がった。俺は彼曰く成功作らしい。それもあって、心を開かれていたのだろう。研究の資料も見せてもらい、食事もたまに一緒に摂るように言われた。そんなある日、彼の素性に俺は疑問を持った。彼が好物の話をしているときにその原産地が引っかかった。」
ラッシュ博士はそれが分かったようで複雑そうな顔をしていた。
「それを確かめるために・・・俺は教官をだました。教官たちは・・・訓練の内容は詳しく知らない。仕事は今まで変わらないが、脱落者の異様な多さと異常な成長速度。そして、幻覚剤だ。それもあって、俺が情報をちらつかせるとすぐに飛びついた。・・・まあ、脱落者が殺されているのではないか?ということをテキトーに言ったんだ。」
話すほどにシンタロウの口調は淡々としてきた。
「実際殺されているのは予想がついていた。だから結果は別として、教官に口を割られそうになっているところを俺が助けてグスタフに別のことを聞く段取りだった。それが、全て予想外になった。」
口調は淡々としていたが、口元は歪み始めた。
「予想外・・・?」
コウヤは首を傾げた。
「俺の立てた作戦通り、教官は酒を飲ませてグスタフの口を割らせた。いや、俺が来る前に割らせたみたいで、俺はとにかくグスタフに確認することがあったから教官を部屋から出した。そして、俺はグスタフに聞いた。」
「ゼウス共和国出身であることを・・・。いや、ゼウス共和国の人間であることを・・・」
「な!?」
ハクトとキースは立ち上がった。
「地連の訓練施設に・・・そんなあそこに?」
キースは悲痛な表情をしていた。
「そんな顔をしてないでください。あなたのせいじゃないです。」
シンタロウは首を振った。
「それから・・・グスタフは全て話した・・・・ドールプログラム解析のために地連とゼウス共和国が共謀していること。全ては・・・仕組まれたことだと。敵も味方もない。あるのは利害だけだった。そして、彼は鍵と呼ばれる者の存在を言った。その者達の名前も。」
シンタロウは声を震わせた。
「憎しみが揺らいだ。いや、何をするのかわからなくなった。だって、苦しい訓練を支えた憎しみは・・・・作られた存在に向けたものだった。わからなくなる。」
同意は求めていないのだろうが、シンタロウの口調は問いかけるようであった。
「お前・・・そこまで知っていたのか?だから、あんなに慎重に・・・」
レイラは納得したようにシンタロウを見ていた。
「ああ。そこで俺がやってしまったのは、グスタフを部屋に置いて一人出て行ったことだ。放心状態だったからな。その後はグスタフに取り入って研究の助手でもしようと結論づけて部屋に戻った。そこには、教官がいた。そして、グスタフは教官に殺されていた。」
「トロッタ研究員が?」
ラッシュ博士は確認するように訊いた。
「ああ。俺は甘く見ていたみたいだった。脱落者は死んでいたのは勿論だが・・・訓練が終わったら、脱落者だけでなく・・・教官も人体実験行きだったらしい。それをグスタフは言ってしまって教官に殺された。」
「実験・・・か。」
カワカミ博士は考え込むように呟いた。
「教官たちは本部に連絡すると言っていたが、そんなの無駄だと分かっていた。だって地連の上層部の意向でグスタフが仕切っていた。俺は教官を止めようとしたが・・・聞くはずもない。俺はグスタフと仲が良かったから警戒対象だった。とにかくハクトやコウヤに伝えないといけないと思って、訓練施設から逃げようとした。」
シンタロウは手を見た。
「簡単だった。俺は構造も頭に入っていたし、グスタフの見せてくれた資料でドールのどれが動くかもわかっていた。だから、格納庫に行けばよかった。それを教官は全力で阻もうとした。行くのに手段は限られていた。」
「引き金は・・・思ったよりも軽かった。」
シンタロウは指を動かして呟いた。
「格納庫に付くまでにどれだけ撃ったか知らない。だが、たぶん撃った数は殺した数だと思う。俺は射撃がうまいらしい。・・・っとまあ、俺は格納庫でドールに乗ることができた。」
コウヤ達はシンタロウの顔をただ見つめた。彼の顔には表情が無くなっていた。
「そして、訓練施設が破壊された。俺は・・・未練たっぷりに瓦礫の下敷きになった。それをレイラに助けられた。」
シンタロウは悲痛な表情で自分を見つめるレイラを見た。
「・・・私のせいだったから・・・」
「それは俺に言うな。だが、俺がゼウス共和国に行くまではこんな感じだ。それからはレイラとラッシュ博士が知っている。レイラの補佐について・・・見張っていた。ドールプログラムで暴走するレイラを止めようとして止められなかったが、たぶんレイラを助けることは出来たはずだ。」
シンタロウの言葉を聞いてディアは納得したように頷いた。
「・・・月の打ち上げ前にフィーネを襲撃した場にいたな・・・レイラと一緒のサブドールはお前か・・・」
「ああ。あの白いのディアだったんだな。とても厄介だった。レイラもだけどな。」
久しぶりにシンタロウは口元に笑みを浮かべた。
「それから俺はレイラと月に上がった。そして、ミヤコさんに会って・・・イジーと会って、レイラと滞在場所に戻ったらリード氏に会って、ソフィさんを見かけた。」
シンタロウはリード親子を見た。
「そのスパイの話をイジーにするために俺は滞在場所を抜け出した。イジーに伝え終わって、戻ると・・・レイラは捕まっていて、俺は捕まるか殺されるかになっていた。だから、逃げ出して、確実な味方のイジーと待ち合わせしたユッタちゃんのお墓の前で待っていた。そこで幻聴を聞いてイジーの元に行ったらイジーが轢かれかけていて、俺は彼女の手を取って逃げたわけだ。二人仲良く追われる身だ。」
シンタロウは困ったような顔をした。
「あとは・・・お前らの知っている通り、研究施設での残虐な行いだ。」
話し終えるとシンタロウは悲しそうに笑った。
「話してくれてありがとう・・・」
イジーは顔を上げてシンタロウを見た。
「そうだ。シンタロウ君。打ち明けるのが辛いことだ。」
「私に早く話してくれれば・・・できない状況だったから仕方ないけど・・・あんたの力になりたかった。」
レイラとクロスはシンタロウを労わるように言った。
「軽蔑などしない。シンタロウ君。」
ディアはシンタロウを真っすぐ見て言った。ハクトも頷いていた。
「俺、シンタロウがそんな苦しい思いしているのに・・・・」
コウヤは自分が恥ずかしくなっていた。
「うじうじすんな。お前だって苦しい思いはしている。比べるものじゃない。」
シンタロウは首を振って軽くコウヤを睨んだ。
「トロッタ研究員の成功作があなたか・・・あなたの身体能力の納得ができたわ。」
ラッシュ博士は頷いていた。
「そうか。」
シンタロウは言われたことを気にしない様子だった。
「俺の話は以上だ。・・・聞いてくれてありがとう。」
シンタロウはティーカップを持ち上げ、紅茶を飲み干した。
シンタロウの話の後、リード親子は用意された部屋に行き、見張りとしてイジーもついて行った。
それを見計らって、カワカミ博士は椅子に座り、席についているみんなを見渡した。
コウヤ達6人とキース、シンタロウ、ラッシュ博士はその様子に気付き、顔を合わせて真剣な表情をしていた。
カワカミ博士とラッシュ博士がこれからの作戦について、説明した。
「通信機器を使えなくするのか?」
しばらくの沈黙の後、ハクトが最初に発言をした。
「私たちは戦えるが、他の人はどうする?なしで行くわけにはいかないだろ?」
レイラは難しい顔をしていた。
「どんな状況になるかわからないが、プログラムに入る場合、戦えない瞬間が訪れる。それをどうするかだ。」
ディアは頭に右手人差し指を当てて難しい顔をした。
「誰か一人・・・というわけにもいかないよな・・・」
コウヤは気まずそうに呟いた。
「それは無理ですよ。一人欠けたら権限がムラサメ博士以下になります。全員が介入する必要があります。」
カワカミ博士はきっぱりとコウヤの提案を却下した。
「それまでに敵を全部やっつければいいんじゃないかな?」
ユイはあっけらかんと言った。
「ゼウス共和国にあるモルモットと戦艦の数でいくと非現実的な案だな。全員がクロスと考えても難しい。地連が宇宙に上げている戦力以上の艦隊がゼウス共和国内にはあった。一般ドームとかに滞在していて・・・・かなり削られているとしても6人でどうにかなる量じゃない。」
レイラはユイの提案に首を振った。
「・・・・数が多すぎると間を攻め込まれる場合もある。全力を尽くすが、全てを倒し尽くすことは向こうがよっぽど馬鹿でない限り難しいな。」
いつも強気な発言をするクロスが首を傾げていた。
「・・・・」
シンタロウは6人の様子を見てた。
「・・・・ジューロクさんとかは・・・・使えないのかな・・・?」
コウヤは恐る恐る提案した。
「いいとこ目を付けたわね。でも・・・・カワカミ博士が頭の機械を完全にだめにしてしまったから無理ね。まあ、無理やり復活させるのもいいけど、彼の体がもつかどうか・・・」
ラッシュ博士は手をひらひらさせて無理だと暗に示した。
「このメンツがいて、ルーカス中尉が欠席しているのは治療のためか?」
クロスは机に肘をついて、食事の際にイジーが座っていた席を見ていた。
「彼女はリード親子を見てもらっているわ。」
「それだけか?」
ラッシュ博士の回答にクロスは即座に詰問した。
「ラッシュ博士・・・・」
シンタロウが口を開くとその様子を見たカワカミ博士がラッシュ博士を睨んだ。
「キャメロン!!あなた・・・・あの作戦を・・・・」
「確実でしょ。確定事項にする前に本人に言っただけよ。これしか方法がないのだからいいじゃない。」
そう言うとラッシュ博士は立ち上がった。
「研究ドームでの戦いで特別ちゃんに近付いた存在・・・・まあ、シンタロウ君ね。彼に6人の補助をしてもらうわ。」
ラッシュ博士の説明にコウヤは顔を青くした。
「キャメロン!!それじゃあ、俺たちが戦えない間シンタロウが一人で対応することに・・・」
「ゼロよりましだろ。みんなも知っている通り、俺は結構強いぞ。さっき話した通り、お前等ほどじゃないけど適合率も高いし頑丈だ。」
シンタロウは淡々と発言した。
「・・・・たしかに、誰も動けないよりはましだ。通信機器が使えないのなら向こうのドール同士の動きが鈍くなるだろうし、電波状況が悪くなればモルモット自体も調子が悪くなるかもしれない。」
ディアは頷いた。
「ほら、最善策よ。誰も動けずあなた方6人を死なせることがあるよりかはずっとましでしょ。」
ラッシュ博士はカワカミ博士を挑発するように言った。
「・・・・そうですね。」
カワカミ博士は何も言い返せないようだ。
「まあ、俺たちもサポートするし、シンタロウは地球に降りたら通信機なしの訓練だろ?俺も付き添うぜ。」
キースは場を和ませるように笑顔で言った。
「君の負担を少なくするように全力を尽くそう。」
クロスはシンタロウを真っすぐ見て言った。
「嬉しいけど、クロスとハクトは俺たちが宙に戻るまで戦い続けないといけない。そっちに全力を注いでくださいな。」
シンタロウは恐縮せずにクロスを見て言った。
その様子を見てクロスは楽しそうに笑った。
「頼もしい。」
「いずれは知らないといけないことだが、イジーちゃんに言わなくて大丈夫なのか?君たちは・・・・・」
ディアはシンタロウを見てチラリとハクトを見た。
「どのみちリード親子の見張りは必要だし、イジーも知ると思う。ただ、今この場で大事なのは6人が会話をすることだ。彼女がいたらだめとかは無いけど、少しでも妨げとなってしまう可能性がある。」
シンタロウはコウヤ達6人を順に見た。
「まあ、シンタロウが前に出た方が・・・・・あのアリアとやらにも影響を与えることができるな。」
レイラも頷いた。
「・・・・・辛い役回りばかりさせてすまない。」
ハクトはシンタロウを見て目を伏せた。
ハクトの様子を見てクロスは少し苛立たしい表情をした。
「謝らないでくれハクト。俺は自分で決めている。強制されたわけでないし、俺はもう戻れないし戻るつもりもない。」
シンタロウは首を振った。
「じゃあ、宙に残るのはハクトとクロスっていうのは変わらないわけか・・・・」
キースがハクトとクロスを指差して言った。
「そうだ。」
ハクトは頷いた。
「・・・・らしいな。」
クロスは横目でハクトを見て言った。
《あ・・・・クロスはハクトに対してイラついているな》
コウヤはそう思ってレイラとディアを見た。
レイラはクロスを見て溜息をついていた。
ディアはクロスを見て眉を顰めていた。
ユイは笑顔でコウヤを見ていた。
コウヤは最後に見たユイの笑顔に癒された。
「じゃあ、まあ俺たちはこれで失礼するから・・・・6人は話したいこと話せばいいと思うぞ。」
キースは何やら不穏な空気を察知したのか、笑顔だが、面倒ごとを押し付ける如く速さで立ち上がり部屋から出て行った。
カワカミ博士も呆れ顔をして頷いて出て行った。ラッシュ博士は楽しそうな表情だった。
シンタロウはクロスに目礼をして出て行った。何故かクロスだけにだった。
「あのね・・・・もっと大人になってくれない?」
レイラが堪り兼ねたのかクロスに言った。
「士気を削ぐことを言うやつが悪い。」
クロスは憮然と言い、ハクトを顎で指した。
「お前はみんながみんな、強い人間だと思っているのか?」
ハクトはクロスに反抗した。
「シンタロウ君は強い・・・・いや、確固たるものがあって受けている。お前だってわかるだろ?」
クロスはコウヤをチラリと見た。
「俺?・・・・まあ、そうだけどさ。それなら、ハクトの言葉で士気は削がれないよ。」
コウヤは角が立たないように慎重に言葉を選んだつもりだった。
「ハクトが甘いのは確かだ。」
意外なことにディアがクロスの肩を持った。
「今、尊敬を集めるニシハラ大尉はできれば強くいて欲しいだろ。シンタロウ君だったからよかったが、他の奴だったら士気が削がれる。」
クロスは腕を組んで言った。
ハクトはクロスの言葉に目を剥いて立ち上がった。
「言いたいことはわかる。だが・・・・どういうことだ?やっぱりお前、地連の軍を俺に任せるつもりなのか?」
「・・・・こうなったら止まらないわ。」
レイラは止める気も起きないようだ。
「別の話をしよう。」
ディアは無理やりハクトを座らせた。
「えっと・・・・じゃあ、ドールプログラムについてわかることとか?専門じゃないから何とも言えないけど。」
ユイが無理やりな笑顔で言った。
「考えてみれば・・・・俺たちは誰も専門では、ないんだもんな。」
ハクトはしみじみと言った。
「そうだな。」
クロスはハクトに同意し考え込んだ。
ユイの話題提供がよかった・・・・とコウヤは安心した。
レイラとディアも安心した表情になっていた。
考え込む二人を見てコウヤも考えた。
人を狂わせるドールプログラム。人を操るドールプログラム。
そういえば・・・弾圧のためにドールプログラムを利用し人の意識を操るということを企んでいたと聞いたな・・・・
「俺たちは・・・・父さんの作ったドールプログラムを止めて・・・・・」
コウヤの呟きに5人は耳を傾けた。
そもそもなんで父さんはこんなものを作ろうとしたのだろう・・・・
ドールプログラムを作った目的を考えると、もっと安全なものの方が・・・
「・・・・ドールプログラムで操られた方が人間って平和なんじゃないか?」
コウヤは思ったことを言った。
言った後にしまったと思った。
コウヤの発言を聞いてユイは口の形で馬鹿と言った。
「そんな本末転倒なこと・・・・だって、それを防ぐために私たちは戦うのよ。」
レイラはコウヤの言葉に反論した。だが、なにか引っかかることがあるようで表情に迷いが見えた。
「そうだ。平和だ。良識のあるものが操ればな。」
ディアは断言した。
「・・・・・・他の人間は操られるけど、僕たちは違う。」
クロスはそういうと黙って再び考え込み始めた。
「何を考えている?」
ハクトはクロスの様子が変わったことを見て目を細めた。
「いや、ムラサメ博士がもし平和な世界を作るためにドールプログラムでの支配を考えていたなら、僕は少し賛成だ。」
クロスの言葉にハクトは驚いた顔をした。
「お前・・・・そんな自由のない世界が・・・・」
ハクトはクロスに詰め寄った。
クロスはハクトを見下ろした。
「悲しみはないだろうな。失う痛みも・・・・」
クロスはそう言うとハクトの胸倉を掴んだ。
「ニシハラ大尉。あなたは失ったことがない。だからそう言えるのだ。」
クロスはロッド中佐の口調だった。
ハクトはクロスの腕を掴んだ。
「失ったことがない。だが、これから失いたくもない。俺はお前も含めて失いたくない。」
ハクトはクロスを睨んで言った。
「他人を奪った私は尊重される命ではない。」
クロスはハクトを睨み返した。
「止めろ!!二人とも」
「そうよ!!」
「この言い争いに正解は無いんだから!!」
ディア、レイラ、ユイは慌てて二人の間に入った。
「ちょっと、コウも止めてよ。」
レイラは全く止めようとしないコウヤを見て責めるように言った。
そもそもこの会話の発端はお前だろとレイラはコウヤを睨んだ。
そんな間に、ハクトとクロスの言い争いは加速し
「ポンコツポンコツうるさいんだよ。お前は頭でっかちだろ!!」
「使えないよりはましだよ。性悪でも使えればいいだろ?このポンコツ!!」
と最初の論点からずれ始めていた。
ユイはあたふたと二人を見て、レイラはクロスの肩を抑えて椅子に座らせた状態にしており、ディアもレイラ同様にハクトの肩を抑えている。
コウヤは5人のその様子を見て笑った。
「いや、止めない。それに、俺は止められない。」
「は?」
驚いたのはクロスとハクトだった。
「思う存分やって。俺は二人が言い争うのは聞いていて勉強になる。」
コウヤはそう言うと少し悪い顔をした。
ハクトとクロスは賢い子だった。
同級生たちよりも賢い二人の喧嘩は聞いていて新たな発見があったような気がした。
それは気のせいで、普段すましている優等生と本音を見せないぶりっ子少年が口汚く言い争いしているのが面白かっただけだ。
「「それは嘘だろ。」」
ハクトとクロスは同時に言った。
「・・・・このようにコウがいないとこの二人は言い争いを止めない。早く宙に戻ろう。」
ディアはハクトとクロスを見て微笑んだ。
ハクトは恥ずかしそうに顔を赤らめて目を逸らした。
「・・・・・・」
クロスは口を尖らせていた。
「どんなに強い軍人でも二人ともコウを頼りにしてるんだね。」
ユイは嬉しそうに言うとコウヤの腕に抱き着いた。
「ユ・・・・ユイ!!」
コウヤは驚いたが、ユイを振り払わず固まった。
「コウ。カワカミ博士とラッシュ博士・・・・動向が気になる。」
ハクトは咳払いをして話題を無理やり変えた。
「え?」
思いがけないことにコウヤは目を丸くした。
「それは僕も思った。特に・・・・・カワカミ博士。ユイの父親だからあまり言いたくないけど何か企みが見える。」
さっきまでの状況から一変して、二人は頷き合っていた。
「ちょっと待ってちょっと待って!!企み・・・・ってドールプログラムをどうにかするとか考えるの!?」
コウヤは頭を振った。
ずっと協力的だったカワカミ博士のことをそう考えたくなかった。
「・・・・違う。目的は同じくしてくれているが・・・・ラッシュ博士は別として、カワカミ博士の感情に罪悪感があった。過去に対しての懺悔とは違う。僕はあの人の傍に長くいたから感情の流れは分かるんだ。未来に事に対して何か罪悪感を持っている。」
クロスの言葉にハクトも頷いた。
「クロスがそう言うならそうだろう。止めるために何かをするつもりか・・・・それともドールプログラムのことで隠していることがあるのか・・・・」
「あ・・・・」
コウヤはとんでもないことを言い忘れていた。
「みんな!!いけない忘れるところだった。」
コウヤはずっと自分の中にあった何かが、疑問が明確になっているものを
「どうした?」
「そういえば・・・・言いたいことがあるって」
「父さんがドールプログラムを作った目的・・・・・心当たりがあるんだ。」
コウヤは5人の顔を見渡した。
「・・・・・・」
5人は何かを察したのか表情に暗さが浮かんだ。
「・・・・・ドールプログラムで人の意識を作るため・・・・・母さんの意識を作るためだったんだ。」
そう、病で亡くなった最愛の妻に会うため、愛する人に会うためにシンヤ・ムラサメはドールプログラムを作り、憎しみから暴走した。
「・・・・・なら、なおさらコウヤはゼウスプログラムを開いて宙に戻る必要があるな。」
ハクトは頷いた。
「そうだね。カワカミ博士の言っていた要という意味もこれではっきりした。」
クロスもハクトに同意した。
「・・・・お父さんもなんとなくわかっていたならとっとと話せばいいのに。」
ユイは頬を膨らませていた。
「ラッシュ博士の手前言えないのだろうな。味方がわからない状況だったら間違いなくコウは利用される。勘のいい奴ならわかるだろう。」
ディアはユイをたしなめた。
「コウが利用される・・・・じゃあ、ゼウス共和国や地連が血眼になって探しているっているドールプログラムの大元って・・・」
レイラは何かに気付いたようだ。
「・・・・そうだと思う。ドールプログラムの源・・・・大元のプログラムの中にある意識は・・・・・俺の母さんだ。」
そのプログラムを搭載したドールというのもコウヤは覚えがあった。
記憶の端々に映るドールの影、飛んでいく姿。
息が苦しくなる生身での地球で無事だったわけ。
そして、『希望』の破壊にかかわらず生き延びたこと。
「俺は・・・・・母さんに守られていたんだ。」
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