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六本の糸~研究ドーム編~
50.恐い味方
しおりを挟む『コウヤをいじめないで!!』
『いじめていない!!俺は弱いものいじめが嫌いだ!!』
『へ?そうなの?なーんだ。』
『お前はなんだ?』
『お前じゃなくて私はユイ・カワカミだよ。』
『ユイか。コウヤの彼女?』
『へへへ。幼馴染兼彼女兼親友兼恋人兼将来のお嫁さんだよ。』
『・・・・お前もバカだろ。』
「ハクト。忘れ物ない?」
「大丈夫だ。毎日前日に準備しているから。」
母は心配そうに自分を見ていた。
「本当?学校で変なことない?ほら・・・・この前施設の子がいじめられていたでしょ?まあ、あなたに限っていじめをすることは無いと思うけど、もし巻き込まれたら・・・・」
母はいじめの心配をしているらしい。
「それは大丈夫だって。俺はこう見えても先生に気に入られている。俺は弱いものいじめが嫌いだ。この前もあいつに・・・・」
「あいつ・・・?」
母はハクトを睨むように見ていた。
「いや・・・大丈夫だよ。」
母の異様な空気を察知し急いで家を出た。
『あいつ』
誰のことだかわからないが、知っているのだろう。
『ずるい』
『何がだよ。』
『パッと来て、私よりコウヤと仲良くなるんだもん。』
『なんだよ。お前だって仲いいだろ。』
『私にしない話沢山してるもん。この泥棒猫!!』
『安心しろ。女子のお前に俺は絶対に敵わないし、逆に言うと、男子の俺にお前は絶対に敵わないから。』
『ハクトの言うこと意味不明!!あーいいなー』
『泥棒猫っていう言葉は知っているのに何でわからないのか・・・』
『ハクトの言っていることは矛盾しているんだよ。』
『矛盾って・・・・何で微妙に語彙力があるんだ・・・』
「ユイ・・・・」
コウヤは無邪気でいつも元気だった少女を思い出して目の前にいるボロボロになった少女を見た。
さっきまでどうにかして説得したい、お互いに平和的に話し合いたいと思っていた存在が急に憎らしくなった。
「どうした?コウ」
ユイは相変わらず無邪気な表情でコウヤを見ていた。
救えなかった黒銀のドールに乗ったユイ、そして、今ここにいるユイを思うとコウヤはラッシュ博士に対する怒りと憎しみで頭がいっぱいになった。
『俺はユイを救う。』
そう考えたはずだ。なのに、なんで自分は憎むべきラッシュ博士と話し合いで
そこまで考えたとき、コウヤの腕をディアが掴んだ。
「今のお前の考えていることは、私でもわかる。・・・・今はユイを安全なところに」
ディアはコウヤの感じている怒りを察知したのか、ゆっくりと諭すように言った。
「カワカミ博士だと・・・?」
奥の扉から初老の男が入ってきた。
男は目を輝かせカワカミ博士を見ていた。
「タナ・リード少将・・・・あなたが黒幕でしたか・・・・」
カワカミ博士は男を睨みつけた。
「あの男・・・・」
ディアは男のことを見たことがあるようで睨んだ。
「ディア、今はユイを・・・・」
タナ・リードはディアの方も見た。
「これは、これはディア・アスールどの・・・・あなたにはぜひモルモットになっていただきたかったが・・・」
「お前・・・・何者だ?少将?」
ディアはタナ・リードを睨み付けた。
「リリーちゃん。モーガン。ソフィちゃんのことがショックなのはわかるけど・・・・ここの研究員頼む。」
キースは後ろにいるマーズ博士を二人のところに連れて行った。
「はい!!さあ、こちらへ」
リリーはマーズ博士を自分とモーガンの後ろに配置させた。
「影さんも、休ませて手当しないと・・・」
マーズ博士は心配そうに影を見ていた。
「傷口は縛ったからとりあえず大丈夫だ。これ以上の手当て、今はできない。」
影は肘から下が落とされた右の二の腕をきつく縛り出血を制限していた。
傷口と縛られた箇所の間が紫色に変色していた。よほど強く縛っているようだ。
「ラッシュ博士。カワカミ博士を殺すな。彼は使える。」
タナ・リードはラッシュ博士に提案するように言った。とても人の命の話をしているとは思えない様子だった。
「・・・・・・カワカミ博士・・・・私がそんな簡単にユイちゃんを渡すとでも?」
ラッシュ博士は右手を挙げた。
それを見た時、赤毛の少女、ユイは頭を抑えた。
「痛い・・・・あたまが・・・・」
「ユイ!!どうした?ユイ!!」
コウヤはユイを抱きしめ必死に訊いた。
「痛いよ・・・・」
コウヤはかつてユイを助けることができなかった無力感を思い出して顔を青くした。
「コウ!!」
ディアはコウヤをユイから引き離した。
ザッ
ユイが振るった刃がコウヤを掠めた。
「ユイ!!」
コウヤはユイが自身に刃物を向けていたことに気付かないでいた。
「コウ、ユイは操られている・・・・直すにはやはりハクトを取り戻す必要がある。」
ディアはコウヤとユイの間に立ちユイを観察するように見つめていた。
「何を・・・・」
カワカミ博士はラッシュ博士を睨んだ。
「別に・・・私はドールプログラムの源を手に入れたのよ。」
うっとりと答えるラッシュ博士を見てカワカミ博士は目を見開いた。
「あなた・・・・まさか・・・・」
「カワカミ博士。逃げてください。」
影は叫び刃を持つ集団とユイとカワカミ博士の間に割って入りカワカミ博士を庇うような位置に立った。
ユイは先ほどまでコウヤやカワカミ博士に縋りついていたのが嘘のように刃物を構えた。
「手足撃ちます。」
影は冷たく言うと残った左腕で銃を構えた。
「カワカミ博士が手に入れば、母体プログラムの鍵だけでもいいだろう?」
奥からタナ・リードが言った。
その言葉を聞きキースは顔を青くした。
「やばい!!モーガン、リリー!!その研究員連れて逃げろ!!コウヤとアスールさんも部屋の外に出ろ!!」
叫ぶように言うと自身はカワカミ博士の腕を引こうとした。
ダン
「ぐ・・・・」
タナ・リードがいる奥の方から銃を持った警備兵が17人ほど出てきた。
警備が放った銃弾はキースの右肩に当たり、衝撃に一瞬キースはよろめいた。
「狙いが明確になると、この武器が使えるからいいな。」
タナ・リードは楽しそうに笑い、ソフィの横に向かって歩いた。
「ソフィ、悲しいかもしれないが彼らは皆殺しにする。大丈夫か?」
タナ・リードの問いにソフィは悲しそうに微笑み頷いた。
「ええ。でも、出会いがあれば別れもあるのは知っているわ。悲しみも人生には必要でしょ?」
ソフィは演技のように言い、わざとらしい笑顔を見せた。
「ソフィさん・・・」
リリーは呆然としてソフィを見つめていた。
「逃げろっていってんだろ!!」
キースは声を荒げた。
「そいつをよこ・・・せ!!」
ユイは目を血走らせ影に切りかかった。
「執事さん!!逃げてください!!俺らが来た入り口の方に・・・」
影は銃で刃を受け止めながら躱した。
ガッ ギンッ
片腕しか動かせない影に構わずユイは刃を振るい続けた。
「ユイを止めないと・・・」
コウヤはユイに駆け寄ろうとした。
「私を盾にしろ!!お前の訴えなら隙があれば効くかもしれない。」
ディアは警備の兵からコウヤを守る形で立った。
ユイは二人を見て再び頭を抱えた。
「逃げて・・・・お願い・・・・」
ユイは自身の中の何かを抑えているようだった。
「逃げないよ。もう・・・」
コウヤはユイに諭すように優しく言った。
「フィーネのみんな。今までありがとう。」
ソフィは微笑み、部屋の奥の扉に行こうとした。
「では、ラッシュ博士。残りの殲滅頼む。カワカミ博士さえ生きていればいいからな。」
タナ・リードもソフィに続き部屋から出ようとした。
ダンダンダンダンダン
銃弾の音が響いた。
「!?」
警備の兵の頭に命中し5人倒れた。
「准将どの・・・・ラッシュ博士。お久しぶりです。」
銃声の方向をコウヤ達は見た。
「あなたは・・・・」
ラッシュ博士は銃を放った者を見て顔を歪めていた。
開かれたドアから一人の少女と一人の少年が入ってきた。
「遅くなってすみません先生。ロックを開けることができませんでしたので」
少女は影に向かって言った。
「この銃口はあなたに向かれています。俺は引き金を引くことを躊躇いません。」
銃を構えた少年は冷たくラッシュ博士に言い放った。どうやら警備を撃ったのはこの少年のようだ。
その少年は見てリリーとモーガン、キースは目を見開き呆然とした。
「生きていたのね・・・・ロウ君・・・・」
ラッシュ博士は彼をそう呼んだ。
『なんの本読んでいるんだ?』
『なんだ?興味があるのか?』
『・・・うん、まあ。』
『どっちに興味があるんだ?』
『え?』
『私と本、どっちだ?』
『え・・・え・・・両方!!』
『奇遇だな。私も君に興味がある。』
寂しい、心の中に何かが足りない。
でも、これは何なのかわからない。
知らないものを求めることはないだろう。
だから、これは自分が知っているものを求めているのだと思う。
「いつも一番ですごいな。ハクトは。」
名前も覚えていないクラスメイトに言われた。
「勉強しているからな。油断するとすぐに点数を落としてしまう。」
ハクトは謙遜するわけでもなく、淡々と本当のことを言った。
「変に自慢するわけでないからお前のそういうところいいな。」
「なんだよそれ。気持ち悪いな・・・」
自分はクラスメイトの言葉に純粋に気持ち悪がった。
「でも、お前を追い抜かすほど頭のいい奴なんていないだろ?」
クラスメイトの言葉に
「いるだろ。あの子だよ。」
「あの子?・・・・誰だ?」
クラスメイトは冷たい目で見つめてきた。
「あの子・・・・だよ・・・」
『あの子・・・・誰だ・・・?』
誰だかわからない。けど、考えると胸がざわつく。
知らないはずはない。知りたい。
『君は努力家だな。』
『ディアだって・・・』
『私は君ほど努力家じゃない。苦手なことはしない主義でね。』
『そうなんだ。意外だ。』
『はは、それは人づきあいも該当する。』
『え?』
『私は自分の好きな奴としか交流を持たない。子供のうちの特権だからな。』
「・・・タンシ軍曹」
マーズ博士がシンタロウを少し頼もしそうに見た。
「あと、15人・・・・」
シンタロウは周りの状況を見て何かを察したようで一瞬表情を緩めたがすぐに冷たく引き締まった顔をした。
「シンタロウ・・・?」
キースは冷たい目で銃を構える少年を見た。
「・・・これは、軍曹殿。君はロウ君じゃないのか?」
タナ・リードはシンタロウを見て不思議そうに言った。
「すみませんね。あなたを警戒して偽名で接していました。あと・・・ソフィさん。」
シンタロウは他のものと同様表情を固めているソフィを見た。
「あなたの裏切りを見た時は悲しかったですよ。」
「あの男を殺しなさい!!」
ラッシュ博士は叫んだ。
「キースさん!!先生!!万一の時は援護お願いします。」
シンタロウは叫ぶと銃を構え前にいる銃を構えた警備兵に向かって行った。
キースと影は一瞬驚いたがすぐに表情を引き締め頷いた。
「馬鹿止めろ!!」
コウヤはユイと対峙しながらも叫んだ。
警備の兵たちはシンタロウに銃口を向けた。
ダンダン
シンタロウは照準が定まらないように横に移動した。掠りそうになりながらもシンタロウに弾は当たらなかった。どうやら警備の腕を見て動いているようだ。
「ヘタクソどもめ。」
シンタロウは腕をブレさせることなく引き金を引いて確実に警備の頭を貫いた。
そして、ある位置に着くと自身の持っているバッグから何かを取りだした。
バサッ
取り出したのは白いシーツのようで警備の兵たちの視界を奪うためだったようだ。
さらに、彼がシーツを投げた位置はカワカミ博士のいる位置付近だった。
「カ・・・カワカミ博士に当てるな!!」
タナ・リードは叫んだ。
ダンダンダンダン
銃声が響いた。
シーツを4発の銃弾が貫通した。
残る警備の14人のうち4人が頭を撃ちぬかれ倒れた。
まだシーツは舞っている。
「う・・・撃ちなさい!!」
ラッシュ博士は叫んだ。
一人の警備が引き金を引こうとしたとき、舞っていたシーツが動き警備に覆いかぶさった。
いや、シーツを被ったシンタロウが確実に銃弾を当てるために近付いたのだ。
シーツ越しに銃を突きつけシンタロウは引き金を引いた。
ダン
そして、その警備を盾にして残りの警備に向かった。
「はあ?」
ラッシュ博士が呆れたような声を上げたが、彼のスピードは落ちなかった。
2人ほど撃ちぬくとすぐに盾にしていた警備の死体を捨て、残りの8人に囲まれていた。
キースはすぐさま引き金を引いて警備の目を自分に向けさせようとした。
「ありがとうございます!!みんな伏せて!!」
シンタロウは叫ぶと視線が逸れたすきに周りの警備の足元に潜り込んだ。他の警備の銃口がシンタロウに向くが気にせず、1人の警備顔面を押し上げるように殴り、その背中に周りこみ、彼を盾にして引き金を引いた。
残り6人に減ったところで、盾にしている警備を捨て、体勢を変えて引き金を引いた。
残り4人で距離を詰めた。銃弾がない様で躊躇いなく銃を捨てた。
残り4人のうち銃を持っているのは1人だが、他は刀の様な武器を持っている。
怯むことなく銃を持った警備に向かった。
銃を持った手を掴み捩じり上げて嫌な破壊音を響かせた。それから銃を奪うと、足払いをして武器を持った警備に向かって倒した。
軽く銃を叩いて強度を確認すると、武器を持った警備に向かった。向かう途中で倒した警備の頭を踏み砕いた。
1人の振り上げられた刀を銃で受け止め横に受け流し、武器を持つ手を握り、銃を持った警備にやったように今度は左手で捩じり上げた。
厭な破壊音の後、また同じように武器を取ると、今度はそれを警備に突き刺し、背後で構える他の警備に向けて後ろにそれを振った。
ザシュ
といやな亀裂音を響かせ、血が舞った。
「・・・残り、一人・・・」
呟くとシンタロウは手に持った刀を見て眉を顰めた。
先ほどのように刀として扱うのでなく、鈍器のように残る警備に振り下ろした。
反応もそうだったが、腕力もシンタロウの方が勝っているようで、音を立てて警備の刀は壊れた。だが、同じ刀であるシンタロウの持つ物も壊れた。
それを手放して最後の警備の顔面を掴み、床に叩きつけた。
厭な音がした。
彼の着ている服が血で赤く染まり、シンタロウの手も赤かった。
「・・・・さあ、次はあなた方の番ですよ。」
シンタロウは手に付いた血を軽く払い、銃口をラッシュ博士、ソフィ、タナ・リードの順に向けた。
シンタロウ達が入って来てからあっという間の惨劇だった。
リリーやモーガンたちは何があったのか理解するのに時間がかかっていた。
警備はすべて動かぬ屍となった。
「待て!!君!!」
カワカミ博士がシンタロウに叫んだ。
「はい・・・えっと・・」
シンタロウはカワカミ博士のことを知らないらしく少し戸惑っていた。
「私は・・・・ただの執事だ。ラッシュ博士を殺されると困る。ユイの頭に何をしたのかわからないのだから。」
カワカミ博士の言葉にシンタロウは頷いた。
「わかりました。」
そう言うとシンタロウは銃口をソフィに向けた。
「シ・・・シンタロウ君?」
ソフィは表情が引きつっていた。
「ああ、ソフィさん。俺引き金引けますから。今の見てわかっていただいたと思いますが・・・今更、怖いとかはないです。」
シンタロウは冷静にソフィに言った。
「私・・・あなたと一緒にほら・・・」
ソフィは必死に思い出を探しているようだった。
「おれ、例えば洗脳されて襲われれば・・・・アリアでも撃てます。」
シンタロウは冷たく言うと、引き金に指をかけた。
「やめろ!!」
タナ・リードはシンタロウの様子に冗談ではないことを察したらしく必死に叫んだ。
「准将どのは確か俺を殺すように指示していましたね。俺があなたの言う通りにするとでも?都合のいい話です。」
シンタロウは淡々と言った。
「やめろ!!シンタロウ!!」
その声にシンタロウは引き金から指を外した。
「たのむ・・・・シンタロウ・・・・」
コウヤは縋るようにシンタロウを見ていた。
コウヤを見てシンタロウは悲しく笑った。
「久しぶりコウヤ。お前生きていたんだな。」
とても嬉しいのに、割り切って行動しているシンタロウは、自分の感情を表に出すことができないようだ。
シンタロウはコウヤの方を見ながらもソフィに銃口を向けていた。
「シンタロウ・・・・」
モーガンも悲しそうに見ていた。
「やあ、モーガン。お前もここに来ていたんだな。」
「シンタロウ君・・・・」
リリーは怯えたような表情でシンタロウを見ていた。
「リリーさんも来ていたんですね。」
「シンタロウ!!」
シンタロウと一緒に入ってきた少女は叫んだ。
「お願い。撃たないで。」
その言葉にシンタロウは銃を下ろした。
「悪い、イジー。」
そのすきをラッシュ博士とタナ・リードとソフィは見逃さなかった。
3人はドアの向こうに走って行った。
シンタロウは銃を素早く構えソフィの足を撃った。
ダン
「ギャアア」
弾はソフィの左足に命中し、ソフィは倒れこんだ。
「ソフィ!!」
タナ・リードは叫んだが、ラッシュ博士は彼を扉の向こうに押し込み自身も扉の向こうに消えた。
「あ・・・足が・・・・」
ソフィが撃たれた足を抑えていた。
「すみませんソフィさん。安全のためにあなたを逃がすわけにはいかないんですよ。」
シンタロウは冷たくソフィに言うと再び彼女に銃口を向けた。
「シンタロウ!!」
コウヤは声を荒げた。
「殺さないよ。だってこの人は准将の人質として使えるから。」
シンタロウは悪びれる様子もなく淡々と言った。
「お前・・・・何があった・・・?」
モーガンは声を震わせてシンタロウを見ていた。
「何がか・・・・ただ言えるのは、もう復讐に生きていないことだな。」
シンタロウはそう言うとソフィの右足首に銃弾を放った。
ダン
「ギャア!!」
ソフィは痛み悶絶した。
シンタロウはソフィを引きずりコウヤ達の近くに置いた。
「シンタロウ君・・・・」
リリーはシンタロウの行動に顔を歪めていた。
シンタロウはソフィを下手に動けない位置に配置すると手を離し影の元に駆け寄った。
マーズ博士は影を支えているはずだが、彼に縋りついて隠れるようにシンタロウを見ていた。
「先生。腕大丈夫ですか?」
シンタロウはカバンから白い布を取り出した。
影は黙ってシンタロウに白い布を巻かれた。
影に隠れたマーズ博士はシンタロウに軽く目礼をした。
シンタロウもそれに気づいて会釈をした。
シンタロウの行動に空気は重くなっていた。
「痛い・・・・痛い・・・」
武器を手放させられ、コウヤに抱えられたユイは、耐えるのが限界なのか息をあらげていた。
「ユイが・・・・どうすれば・・・」
コウヤは先ほどまで抑え込んでいたユイに限界が来たことに動揺していた。
「ユイを落ち着く場所に連れて行きましょう。この施設の電波にやられている可能性があります。」
執事はそう言うとキースと影を順に見た。
「・・・・二人とリリーさんとモーガンさんと・・・そこの研究員の方。この施設には医療用具がそろっているはずです。そこに彼女を連れて行ってください。もちろんあなた方の手当ても優先してください。」
「でも、この先・・・・」
モーガンが反論しようとしたが執事は首を振った。
「この二人は怪我をしてます。それに、このコウヤ様のご友人のシンタロウ様は非常に頼りになりそうです。」
執事はそう言うとシンタロウを見た。
それにマックスも大きく頷いた。
「確かに。軍曹は頼りになる。」
みんなが軍曹?という顔をしたが気にしている場合ではないため、シンタロウに視線が集まった。
「どうも、えっと・・・執事さん。でも、俺は特別でもなんでもない幸運な男だよ。」
シンタロウは謙遜した。
「いえ、先ほどの射撃の腕と戦い方を見ていて、あなたが警備の大半を殺したことがわかりました。何があったのかわからないですが、高い身体能力と躊躇いのない割り切り方。おそらく戦力になるでしょう。」
執事は淡々と言った。
その言葉を聞き、リリーとモーガンは複雑そうな顔をした。
「・・・・そうだな。俺も助けないといけない上司がいるし、この施設で行われている実験は止めないといけない。」
そう言うとシンタロウはカバンから紐を取り出しキースに渡した。
「この子が万一暴れた時に使ってください。」
キースはシンタロウから何も言わずに受け取った。
「ハンプス少佐。シンタロウと私は殺されそうになって沢山警備に引き金を引きました。彼だけではないです。」
イジーがキースに弁解するように言った。
「いいよ、イジー。大半は俺だし、それでも割り切るって決めたんだ。」
シンタロウは諦めたように笑うとキースを見た。
「キースさん。モーガンもリリーさんも・・・あと、コウヤ。すべてが終わったら俺を汚いと罵ってくれて構わない。すべてが終わったときに自分のやったことを嘆くのが俺の決めたことだ。」
シンタロウは決意の固い目をしていた。
「別に、そんなこと俺は思っちゃいない。俺も同類だ。ただ、お前が変わったのが寂しかっただけだ。必要以上冷たくなるな。お前のさっきの目は、正直怖かった。」
キースは寂しそうに言うとユイに駆け寄った。
「コウヤ、いいか?」
コウヤは頷いた。
「はい。キースさん、影・・・・・ユイをお願いします。」
「シンタロウさんの言った通り・・・ユイの手足を縛ってください。おそらく、あなた方だと彼女に勝てません。」
執事は悔しそうに言った。
キースとモーガン、影とリリーとマックスが出て行こうとしたとき、モーガンが崩れ落ちた。
「モーガン!!」
キースはモーガンに駆け寄った。
「あれ・・・おかしいな・・・バランスが取れない・・・・」
モーガンは焦点が定まらないのか、黒目を泳がせていた。
「これは・・・」
動揺するキース達に
「恐れていたことですね。急激に潜在能力を引き出されたのでしょう。頭が付いて行かなくなっています。」
そう言うと執事はモーガンの頭に手を当てた。
「やっぱり・・・熱があります。彼も運んであげてください。」
キースはため息をついた。
「リリーちゃん、女の子に頼むのも気が引けるけど、モーガンを運ぶのを手伝ってくれ。」
リリーはキースの言葉に頷いた。
「わかりました。」
「俺は?」
マックスは自分も力があるような素振りをしキースにアピールした。
「お前見るからに非力だからだめだ。案内に専念しろ。」
影は呆れたように言った。
「・・・そんなこと言わないでくれよ・・・」
マックスは口を尖らせて拗ねた。
キースは微笑みながらその様子を見ていた。
「私も手伝いますよ。」
イジーが手を挙げた。
「え!?イジーちゃん!!中佐はいいのか?」
キースは予想をしていなかったのか驚いていた。
「はい。それに、私実は銃と弾丸を多少なりとも持っています。万一の時のために必要でしょう。私も多少なりとも戦力になると思います。」
イジーは自身の身に着けているカバンから銃弾を取り出した。
「それは助かる。」
キース、リリー、モーガンは心強そうにイジーを見ていた。
そんな中シンタロウは少し動揺していた。
「どうしたシンタロウ・・・・?」
シンタロウの様子に気付いたコウヤは思わず駆け寄り声をかけた。
「いや・・・別に・・・」
シンタロウは口ごもった。
その様子がコウヤの知っている昔のシンタロウだったので、コウヤは思わず顔をほころばせた。
イジーもシンタロウの様子に気付いたのかコウヤとシンタロウに近付いた。
「シンタロウ。」
イジーはシンタロウに優しく声をかけた。
「気を付けろよイジー。ハンプス少佐たちがいるとはいえ、外もまだ安全とは言えない。」
シンタロウは淡々とイジーに注意を促した。
イジーは苦笑いをした。
「それは私のセリフよ。死なないでよ。あと、これ以上背負い込まないで。」
イジーはそう言うとシンタロウの銃を持つ手を握った。
「悪いイジー。俺もう手が震えてないんだ。」
「でしょうね。でも、約束は忘れないで。」
イジーはシンタロウの真っすぐ見た。
「戻ってくる。だから、彼女を撃つのはやめて。」
イジーはアリアのことを言っていた。
だが、周りのみんなは彼女が何の話をしているのかわからなかったようで首をかしげていた。
「・・・・・コウヤさん・・・・」
イジーは呆然と見ていたコウヤに急に話しかけた。
「は・・・・はい!」
コウヤは驚いて少し声が裏返った。
「シンタロウをよろしくおねがいします。おそらく、あなたにはこれからやるべきことや背負っていることがたくさんあると思います。ですけど、私は彼にこれ以上背負わせるのが嫌です。それを軽くすることは難しくても、彼を引き留めることはできるはずです。」
「ちょっと!!イジー!!何言っているんだ。」
シンタロウは焦ってイジーの言葉を止めた。
「あんたが壊れたら誰が私と嘆いてくれるのよ。」
イジーはシンタロウに怒鳴った。
「・・・・・」
シンタロウはそれを聞くと黙った。
コウヤはその様子を見てなんだかうれしくなった。
躊躇いなく引き金を引く冷たい表情のシンタロウが印象的だったが、今のシンタロウの表情は紛れもなく、コウヤの知っているシンタロウであった。
「わかった。任せて。」
コウヤは笑顔で言うとシンタロウの肩を組んだ。
「!?コウヤ!?」
シンタロウはコウヤの行動に驚いたのか少し身構えた。
だが、直ぐに少し笑顔になった。
「ハンプス少佐。行きましょう。」
イジーはすぐさまキース達の方を見て毅然と言った。
キース達は少し笑顔だった。
「死ぬなよ。シンタロウ。お前に訊きたいこと沢山あるから。」
キースは冷やかすように言うとシンタロウとイジーを交互に指さした。
「そうだぞ!!シンタロウ。もう死ぬなよ。これはコウヤにも言えるからな!!」
モーガンは顔色が悪いながらも笑顔だった。
「そうよ!!二人してもう死んだら許さないから!!でも艦長を助けてね。・・・ディアさんも艦長をお願いします。」
リリーも笑顔だが複雑そうな表情で言った。
「コウヤ、ディア、シンタロウ。・・・・カワカミ博士と・・・中佐を・・・あの人を頼む。」
影は少し無念そうに言った。
「わかっている。任せろよ。」
シンタロウは胸を張って言った。
「そっちも無理はするなよ。まだ警備のシステムを取り戻していない。」
ディアは笑顔で言った。
「ユイをお願いします。」
コウヤは名残惜しそうにユイを見つめていた。
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