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泥の中

命令

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『このドーム・・・・おそらく敵が潜伏していた。もう出て行ったかもしれないし、ホルツ隊と戦った奴らがそうだったかもしれない。』

 マツ中尉は言い訳する様子もなく淡々と言った。



「・・・・自分は・・・・この規模のドームの潜伏なら・・・・どこかに母艦があると思うのですが、それはどこにあると思うんですか?」

『知るか。ドームの中に隠れているかもしれないが・・・・少し気になることがある。』

 マツ中尉は即答した。



「あの三人の中に敵に通じているものが居ると思っているんですね・・・・」

『・・・・・可能性の話だ。ムキになるな。』

 否定も肯定もしなかったが、マツ中尉がドールの武装を解く様子はなかった。



 ドームの入り口が砲撃されたため、ドーム内は無重力状態、いわば宙と同じ状態だ。

 固定されていないものは浮かび上がり、空中に浮いている。



 ドールの視界にキースが前に入った軍事ドームで見た肉塊だったものが何度か目に入った。

 赤黒いシミが入った瓦礫、ここで殺戮が行われた証拠だ。

 あのドームと同じく生き物の気配がない。



「・・・・・誰も裏切っていないですよ。」

 キースが思わず吐いた言葉が直感を否定するものだった。直感の言葉でなく感情の言葉だった。



『俺はお前の直感を信じている。』

 マツ中尉はキースのことを分かりきっているようだった。

『・・・・・呼び戻す。お前のその言葉で俺は確信した。』

 マツ中尉の下した判断は非情だった。いや、当たり前だ。



 ザーザー

 突如ウォルトから通信が繋がった。

「ウォルト!?」

 ノイズが混じっており、キースの不安を大きく煽った。



『潜伏している敵はいないです・・・・ただ、辺りは・・・・・う・・・・』

 ウォルトは吐き気をこらえているようだった。

 どうやら中には沢山の死体の痕跡があるようだ。



『ウォルト。落ち着けよ。』

 マツ中尉は冷たい口調だった。



『隊長・・・・?』



『・・・・・マリオを確保しろ。』

 そう命令するマツ中尉の声は冷たく、どこまでも無感情だった。

『え・・・・』

 自体が飲み込めていないウォルトは動揺を隠せていなかった。



『もし、サリヤンが死んだら確定だ。』



「さ・・・・サリヤンは餌なのか!?」

 キースは思わず声を荒げた。だいたい生き残れと言った舌の根が乾かぬうちにこいつは・・・

『あいつだってわかっている。』

 今度の言葉は無感情ではなかった。



『あの・・・どういう・・・・』

『いいから・・・・手遅れになる前に確保しろ!!』

 マツ中尉は声を荒げた。その慌てようからサリヤンを餌としながらも命を案じていることを示していた。



『は・・・はい!!』

 ウォルトは返事をした。どうやら動き出したようだ。



「・・・・俺にはわからないです・・・マリオは俺と死線を共にした・・・・仲間です。」

 全てが心配のし過ぎであるか間違いであることをキースは祈った。



『その死線を作ったのがマリオだったとしてもか?』

 冷たい声だった。

「だいたい・・・・あいつはゼウス共和国との戦いで弟を失っているんです。」

 そうだ。マリオが裏切り行為をしている可能性はあくまで可能性だ。彼は憎しみを持つ者だ。裏切る理由がない。



『過去なんかいくらでも偽れる。』



 ザー・・・・ザー

 ノイズが混じった通信が繋がった。ウォルトだ。



『マツ中尉・・・その、マリオとサリヤンが居ません!!』



『な!?』



『すみません。ドールが入れない所だったので・・・・二人だけで進んで行って・・・・』

 ウォルトの報告の途中でマツ中尉はコーダに通信を繋げた。



『こちらマツ隊。艦長、直ぐに出港してください・・・・』

「マツ中尉!!」

 キースは叫んだ。



 マツ中尉のドールの後ろに跳びかかろうとしているサブドールを見つけた。

 キースはドールを動かしサブドールをはじき返した。

 どうやら、このドームに装備されていたサブドールの一つのようだ。



 ガシャン

 サブドールはキースにはじき返され壁に叩きつけられた。

「ウォルト、先に出る。緊急事態だ。」

 キースはマツ中尉に代わりウォルトに連絡した。



『わ・・・わかった。』

 ウォルトは明らかに動揺している。正常にここまで来ることができるかわからなかったが仕方ない。

『悪いな・・・・キース。』

 マツ中尉はキースに謝るとすぐにドールの体勢を立て直して動かないサブドールに向き合った。

『マツ隊。報告ご苦労。コーダ出港する。』

 コーダからバング艦長の通信が入った。



 その通信を聞いて少しコーダと距離を取ろうとした。

 だが、先ほど弾き飛ばしたサブドールが気になる。



 様子を観察しているとマツ中尉が飛び出し、サブドールに向かった。



 ゴジャン

 ドールでサブドールを潰した。



「・・・・・あ・・・・マツ中尉!!!」



『迷うな。敵だ。』

 マツ中尉の判断は正しい。それでもキースが叫んだのは、乗っているのがマリオの可能性があるからだ。



『気を付けろキース!!サブドールはまだいる。ここのサブドールにはだいたい敵が乗っていると思え!!』

 通信が入った。



「サリヤン!!」

 キースはサリヤンの声を聴いて安心した。



『サリヤン無事か?今はどこに?』

 マツ中尉も安心したようで、緊張が解けない様子だが、先ほどより冷たい声ではない。



『今は・・・・マリオとこのドームの通信室にいる。キースとソアレスの報告通りの中身だ。職員は拷問されていやがる。』

 サリヤンの言葉にマツ中尉は戸惑ったようだが、キースは嬉しかった。

 よかった。疑いは間違いだったんだ。



『よお。急にサブドールが動き始めて急いで通信施設に逃げ込んだんだ。』

 マリオの声もいつもと変わらない。



『・・・・マリオ』

 マリオの声にウォルトは名前を呟いた。その声には安堵があった。



『二人とも戻って来い。コーダはもうドームを発つ。』

 マツ中尉は手短に指示すると通信を切った。

 マツ中尉の声には安堵はなかった。







 背後にサブドールが数体出てきた。

『・・・・キース。俺はお前の感覚を信じているぞ。』

 マツ中尉はそう言うとドールを高く飛び上げ、空中に舞った。



 後ろにピリッとした感覚を覚え、キースも同じように飛び上がった。



 マツ中尉とキースがいたところにドームから出ようとしているコーダが砲口を向けていた。レーザーで撃たれる。どうやらサブドールを一掃するようだ。



 ゴゴゴオー

 振動があたりに響き、乗っているドールのコックピットにも届いた。



 足元を通過するレーザーはか弱いサブドールを簡単に溶かし、破壊し、残骸にした。



『何ですか?この振動は・・・・』

 ウォルトの動揺する声が響いた。



『レーザー砲だ。コーダから撃っている。ウォルトはコーダがいる方向に気を付けろ。まだ撃つ予定だ。』

 マツ中尉はそう淡々と指示すると再び通信を切った。



 何て強硬な作戦だ。仲間を巻き込みかねない。

 思わず舌打ちをして、キースはマツ中尉を追った。

 マツ中尉は、置いてかれているサリヤンとマリオのドールに近付いて両方のドールのそれぞれ片手をもぎ取った。



「隊長!?」

 キースは慌てて通信を繋げた。

『乗っていないのだから痛みはない。動かしたときに不自由になるだけだ。』

 淡々という様子から、やはりマツ中尉は疑っていたのだ。



 コーダはすでにドームの外に出ていた。外にいるホルツ隊とマリオット隊と合流しただろう。

『・・・・ハンプス。俺はお前がこれから何を言ってもこの意見は変わらないだろう。』

 マツ中尉はいつもの呼び方で言った。その声色は悲しみがあった。そして、キースの願いに対する拒否だ。



「信じてくれないのですか?」



『お前のことは信じている。それだけだ。』

 それは信じていると言っているのだろうか?

 口から出そうになりながらもキースは言葉を飲み込んだ。



『・・・・キース。俺らはコーダの後に付く。ついてこい。』

 キースの様子などお構いなしにマツ中尉は指示を下した。



 マツ中尉の後ろに続きながらキースは後ろを見た。

 まだマリオとサリヤンは来ていないようだ。

 そういえば、ウォルトは納得したのだろうか?マリオを疑ったままなのか、それとも怖くて黙っているのか。

 もしかしたらマツ中尉がウォルトに通信を繋げて何かを指示しているかもしれない。





 ドームの外に出るとホルツ隊とマリオット隊が戦闘中であった。



「・・・・・どこから・・・・」

 キースの呟きに応えるようにマツ中尉の通信が繋がった。



『・・・・そうだよ・・・・ははは・・・忘れていた。』

 自暴自棄になっているような口調だった。笑い方も自嘲的で不安を感じさせる。



 ホルツ隊とマリオット隊が戦い、それを至近距離でコーダが支援する。

 敵のドール部隊はまとまった数だ。どこにいたのかと思ったが、彼らの後ろにいる船を見てキースはマツ中尉が笑い出した理由が分かった。

 敵のドール部隊を乗せていたのは壊滅したと連絡のあったヴィータだったのだ。



『・・・・あいつら、ドール部隊だけぶっ殺して船を乗っ取りやがった。あの船にも協力者がいたんだな・・・・』

 マツ中尉は感心しているが、声色に怒りが込められていた。



 背後に強烈な憎しみがあった。

 思わず振り向くとウォルトが追い付いていた様だ。



『なんですか・・・・これ・・・・・』

 声と気配で分かる。怒りがある。



『ウォルト、コーダの援護をして船だけでも戦域から離脱させるぞ。』

 マツ中尉の言葉を聞かずウォルトは飛び出した。

『ゼウス共和国め!!滅べよ!!』

 通信でウォルトの叫び声が響いた。



「やめろ!!ウォルト!!船にはソアレスがいるんだ!!」

 キースはソアレスに懐いていたウォルトを思い出した。



 キースの言葉が効いたのか、ウォルトは止まった。

『・・・・ソアレス・・・・・』

 自身を落ち着かせるためか、名前を呟いていた。







 入り乱れるドールたち、レーダーでもつかめないのかコーダもヴィーデも砲撃が控えめだった。

 下手に砲撃をすると場所を感知されるだろう。先に仕掛けてもし外したら戦況は変わる。

 互いのドール部隊も一定距離以上近づけさせないように必死だ。



『待たせたな!!』

 後ろから懐かしい声が聞こえた。

 懐かしいは言い過ぎかもしれないが、彼の声が聞けたことが嬉しかった。



『マリオ・・・・大丈夫か?』

 複雑な気分だ。黙っているウォルトの様子から、彼も複雑な心境なのだろう。だが、自分と同じくマリオを信じたいに決まっている。

『俺を忘れるなよ。』

 サリヤンの拗ねたような声が聞こえた。



『作戦は?隊長』

 マリオがマツ中尉に指示を仰いだ。



『コーダの援護だ。』

 手短にマツ中尉は言った。

『わかりました!!』

 勢いよく返事したマリオとサリヤンはキース達と同様にコーダの近くに付いた。



 コーダを見ると分厚い窓からのぞくソアレスが見えた。



『ソアレスがいるぞ。』

 目ざとく見つけたサリヤンが嬉しそうに言った。



 そういえば、マリオとサリヤンのドールは片腕をもいだはずだが、両方とも全身しっかりとしている。



『マリオ。ドールどうした?』

 マツ中尉がさりげなく聞いた。確かにドールの種類は同じだ。厳密に言うとデザインが違うがこの混乱の中よくわかったと思う。

 いや、通信のコードが変わっているから分かって当然だが



『ドームの中で見つけたんです。俺らのドール腕が壊れちゃっていたから。』

 すみませんと付け足してマリオは言った。



『・・・・そうか。先頭はマリオ頼む。後ろにウォルトがつけ。俺の後にサリヤン、そしてキースだ。』

 マツ中尉はそう言うとウォルトとサリヤンに隊列を組むように言った。



 マツ中尉の指示通りマリオ、ウォルト、マツ中尉、サリヤン、キースの順で並びコーダの下に潜り込むように飛んだ。



『ウォルト。前を見ろ。』

 マツ中尉がウォルトに注意した。どうやら窓の向こうにソアレスを見つけたようだ。

 とにかくコーダと共にこの戦域を脱出してからマリオのことに対処するつもりなのだろう。マリオを疑っているのは確実だ。先頭にしていることと、おそらくウォルトにも警戒するように伝えているだろう。彼は分かりやすいからどうしてもマリオに対して無口になってしまうのだろう。ましてや船の近くで下手に騒げない。

 ホルツ隊とマリオット隊が壁となり塞いでくれている状況だ。おそらくもう相当な死者が出ているだろう。



 命が弾けるような感覚が先ほどから何度かしている。



 何かが揺れる揺らされている感覚がした。

『・・・・ははは・・・くそ・・・・』

 意図的なのか、マリオが通信を繋げた。

 他の隊員たちは驚きを隠せない。



「マリオ?」

 キースは先ほどの揺れた感覚が恐ろしく思えた。



 ギュン

 先頭のマリオが加速した。



『しまった!!ウォルト続け!!キースはコーダから離れろ!!』

 マツ中尉は急いで指示をした。



 マリオはコーダの前に出た。おおよそ操舵室のあたりだろうか、その前を飛んだ。



 何をしようとしているのか・・・・わかった。

「やめろ!!」

 キースは叫びたくなかった。違うということを否定してしまうからだ。



 マリオは腕を振り上げ何かを発した。



『え・・・・』

 マリオが発したのは閃光弾のようなものだ。どうやらドールを拝借したときに一緒に持ってきたようだ。

 だが、これがこの状況で何を指すのかは分からないはずない。



『全員コーダから離れろ!!』



 マツ中尉の叫び声に従い全員がコーダから離れた。



 慣れるときに窓に張り付いていたソアレスと目が合った気がした。

 彼は微笑んでいた。その顔を見て、きっとソアレスには作戦のことが伝えられていたのだろうと、わかった。







 コーダと装備が同じなヴィーデ。

 発せられる砲撃はレーザーだった。



 ゴゴゴー



 光の束が的確にコーダを貫いた。

 幾つかの爆発を起こしながらコーダは分解していく。散り散りになる残骸と爆発。

 あの中にはキング・バング艦長がいた。ソアレスがいた。



『・・・・あ・・・・あ・・・・ソアレス・・・・』

 ウォルトがソアレスを呼んだ。

『あ・・・・あ・・・あ“―――――!!』

 ウォルトは爆発の中構わずにマリオの方に向かって行った。



『死ね!!裏切者!!』

 声に涙の気配を含ませてウォルトは叫んだ。



『冷静になれ!!』

 サリヤンが叫ぶが無駄だった。ウォルトは爆発に巻き込まれながら突進していた。

 マリオにたどり着く前に敵のドールに当たった。



『くそ!!マリオ!!お前いつから!!』

 当たったドールに構わずウォルトはマリオに向かう。ウォルトのドールの損壊もひどいが、当たられた敵のドールは力づくでコックピットを破壊された。

 憎しみの力が強い。



『サリヤン、キース。俺に続け。』

 マツ中尉は冷たく言った。

 おそらくウォルトはもうだめだと判断したのだろう。

 サリヤンは大人しくついてきた。キースは通信をマリオに繋げようとしていた。



『余計なことをするな。キース。』

 マツ中尉はキースがやろうとしていることを分かったのか。止めた。



『・・・・マリオが裏切者だったのか・・・・』

 サリヤンは納得しているようだが、悲しそうだ。



『くそくそ・・・・くそー!!!!』

 通信でつながったままのウォルトの声が響いた。

 だが、ノイズが混じり途絶えた。



 それが何を意味しているのか分からないわけではない。



 コーダを守るように戦っていたホルツ隊とマリオット隊はコーダが沈められてからすぐに壊滅させられたようだ。

 背後にあった殺気が前進を始めたのが何よりの証拠だ。



 しばらくの沈黙と緊張、瓦礫を探して逃げる。

 なんとなくだが、サリヤンとマツ中尉が話しているような気がする。



 紛れようとした瓦礫に向かった時、背後から轟音を感じた。

 慌てて別方向に動くと背後からレーザー砲を撃たれたようで瓦礫は消え去っていた。



「後ろは・・・・6体です。距離を置いてヴィーデがいます。」

 6体のうち、マリオがいる。というのは黙った。



『・・・・・俺が盾になる。』

 サリヤンが覚悟を決めたように言った。

『・・・・・いいのか?』

 マツ中尉は意外そうにもせず、意志を再確認するようにしかしなかった。



『はい・・・・・いいんです。俺は・・・・最善が、いや、どれが一番俺が残れるか考えた結果です。』

 いつものサリヤンからは想像もできない震えた声だった。

「サリヤン・・・・俺は・・・」



『うるせー。お前は生き残れ。』

 サリヤンはキースが話そうとしたのを断ち切るように止めた。

『マツ中尉。頼みます。』

 サリヤンはそう言うとモニターの画像通信を繋げた。



 モニターにサリヤンの顔が映し出された。宇宙用スーツを着ていて隠れている部分もあるが、確かに彼の顔を見た。



『・・・・忘れないでくれよ。』

 サリヤンは嫌味な笑顔でもなく笑った。

 直ぐに通信を切れ、画像は切り替わった。



『進むぞ。』

 マツ中尉は構わず前進を続けていた。だが、このまま進むのは難しい。それはよくわかっている。



 幾つかの残骸がある。おそらく軍事ドームだろう。

 そういえば、セーニョはどうなったのだろう。



『・・・・・セーニョに合流する。』

 マツ中尉の言葉からまだ無事な戦艦があることがわかり安心した。



 遥か背後で一つの光が弾けた。

 キースは振り返って見た。

 6体のドールが4体に減っていて、その近くに爆発があった。



『・・・・忘れんな。』

 マツ中尉は何があったのか悟ったらしい。







『こちらコーダ所属のマツ隊、コーダは壊滅。最終作戦に移行中。』

 マツ中尉はセーニョに通信を繋げた。

『こちらセーニョ。所属ドール隊はほぼ壊滅状態。そちらは何体残っていますか?』

 セーニョから返事がきた。その内容は愕然とするものだった。

『こちらマツ隊、隊長マツ中尉と隊員のキース・ハンプス准尉のみ生き残っております。また、敵方のスパイに同隊の隊員がおり、壊滅したと言われていた戦艦ヴィーデは敵方に渡っております。』

 マツ中尉の報告を聞いて、改めて事態を認識した。



「・・・・みんな」

 みんないなくなったのだ。改めてわかると寂しさと悲しさと無力感。

『・・・・・泣くのはあとだ。今は別のことに集中しろ。』

 キースの状況がわかっているのか、マツ中尉はキースを叱咤するように言った。



『・・・・・セーニョ、援護します。』

 そうセーニョサイドが答えるとそれを合図にしたようにマツ中尉はセーニョの下に付いた。キースもそれに続いた。



 気が付いたが、セーニョの傍に一体だけドールが付いていた。



『・・・・あれがセーニョで唯一残っているドールらしい。』

 マツ中尉も気付いたようだ。



 ドールを見ただけでもわかる、発する気配が鬼気迫るようだ。ウォルトの発するものと似ている。だが、どこかソアレスのような冷静さを感じる。

 気配の中に仲間との共通点を見つけて思わず涙ぐんだ。

 これはマツ中尉には気付かれなかったが、急いで涙を拭った。



「・・・・・作戦は・・・・・?」

 キースは恐る恐るマツ中尉に訊いた。

『あわよくば、このままセーニョの傍で「天」に向かうが・・・・・無理だろうな。』

 マツ中尉の言うことはもっともだった。なにせ、サリヤンが命を張ったといっても前を進むドールを2体倒した状態で、その後ろにいるヴィーデはまだ健在だ。



 マツ中尉やキースの思った通り、ヴィーデは着々と距離を詰めてくる。

『・・・・せめて周りのドールをどうにかしませんか?』

 セーニョ所属のドールが通信を繋げてきた。



『・・・・お前は・・・・?』

『俺は、レスリー・ディ・ロッドです。ドール操作は細かい動きをします。』

 レスリーと答えたパイロットはどうやらあの小柄な少年のようだ。



「お前が・・・・・」

『あなたたちは?』

『失礼した。俺はコーダ所属のマツ中尉。こっちはハンプス准尉だ。』

 レスリーの問いにマツ中尉は言葉遣いを改めた。

『階級は下です。俺に改めないでください。あのドールを倒すのに手伝ってくれますか?』

 レスリーは淡々と言った。



『ああ、わかった。それより・・・・あのドールの中に俺らを裏切った奴がいる。』



『・・・・・ゼウス共和国らしい・・・・・そうですか。俺は構わず殺しますよ。』

 皮肉そうに笑う様子は、少年らしさがなく、淡々と吐き出す言葉は冷淡だった。



「・・・・」

 マリオと話がしたいとは言えなかった。普段だったらいっているだろう。だが、言えない。言うにしては犠牲が多すぎた。



『・・・・俺が出てから援護を頼めるか?』

『はい。定位置に付かせてセーニョで砲撃します。』

 あの少年が話しているとは思えない口調だ。



 向かってくるヴィーデとその前を進む4体のドール。



 確認したらすぐにセーニョは砲撃をした。

 レーザー砲が放たれた。仲間が少ないと案じることが少ないから砲撃をしやすい。いい点でもあるが、状況は向こうも同じだ。



 どうやら放った砲撃が掠ったようだ。ヴィーデの速度がおちだ。



『ドールだけ誘導しましょう。』

『ああ。』

 レスリーは戦い慣れていた。器用にドールを動かし、すぐさま敵ドールの視界に入った。



 レスリーに誘われるように敵のドールはこちらに向かってきた。



 やはり、敵のドールは動きがいい。よくぞここまで減らしたとホルツ隊、マリオット隊、マツ隊のみんなのことを考えた。



 レスリーに食いついたドールを待ち構えていたマツ中尉が返り討ちにする作戦だ。

 待ち伏せをしていたマツ中尉が飛び出し一体のドールをヴィーデの砲撃の直線上に叩きだした。準備をしていたヴィーデは砲撃をした。レーザーではなく威力は弱いが素早くできるやつの様だ。

 一体のドールが沈み、残りは3体となった。

『セーニョはヴィーデに砲撃をしてくれ。』

 マツ中尉は指示をするとセーニョはそれに応えるように絶え間ない砲撃を始めた。



 対してヴィーデからも砲撃が来る。



 ザー

『キース・・・・』

 キースに通信が繋がった。

 普段はあまり使わない、モニターでの画像通信を繋げられた。



 モニターに映し出された顔にキースは目を逸らしたくなった。



「・・・・マリオ・・・・」

 マリオはいつもと同じように笑っていた。







『騙されるな!!ハンプス!!』

 マツ中尉の叫び声が聞こえた。



『キース・・・・お前と話がしたい。』

 マリオの声は真面目だった。だが、その声に対してドールの動きは攻撃的だった。



 マリオはキースに向かって行った。

「マリオ・・・・!!」

 避けてキースはマリオと対峙する形になった。

 おかしい、いつものマリオよりずっと強い。いや、いつも強いが、何かが違う。

『キース、お前は俺が怪しいと思っていたのか?』

 哀しそうな声だった。何を言っているんだ。哀しいのはこっちだ。

「・・・・いつからだ?お前・・・・弟を亡くしたっていっていただろ?何で憎むゼウス共和国に・・・・」

 キースは理由が知りたかった。マリオが裏切った理由が。弟を失っても何故・・・



 問い詰めながらもキースとマリオは臨戦態勢だった。

 お互いが距離を詰めようと、隙あらば殺す勢いだ。



『・・・・・キースは勘違いをしている。』

 マリオの声はあっけらかんとしていた。

「え・・・・?」



『俺は、地連とゼウス共和国の戦いで弟を失ったと言った・・・・俺は最初からゼウス共和国の人間だよ。』

 目を見開き言うマリオの顔は見たことが無い顔だった。

 そして、彼の表情に初めて憎しみを見た。



「・・・・じゃあ、軍に入った時から・・・・」

『お前はいい奴だった。俺はお前が大好きだった。青臭くて・・・・・』

 マリオは目を細めて言った。

『でも・・・・』

 マリオは距離を一気に詰めた。



『変わっちまった!!この作戦で!!』

 キースはマリオを避けただが、マリオはキースに腕を引っかけた。

 引っかかった腕を振りほどくためにキースはドールと回転させた。

 回転して振り落とすときにマリオに一撃を入れようとした。

『・・・ぶねー・・・・・やっぱり、あの時確認しておけばよかった・・・・』

「・・・・あの時・・・・・あの軍事ドームで俺とソアレスを襲ったのは・・・・お前だったのか・・・・?」

 やっと繋がった。気付いていたが見ていなかった真実。



『・・・・そうだ。』

 その回答で十分だった。キースの頭に血を登らせるには。



「ふざけんな!!」

 涙が滲んだ。ずっと信じてきた。笑い合って、死線を潜り抜けてきたのに。

 親友だった。そう思っていたのは自分だけだったのか。



『落ち着け!!ハンプス!!』

 マツ中尉の言葉が響いたが、キースを止めるには不十分だった。



 周りが見えないが、レスリーとマツ中尉はうまく立ち回ってヴィーデとドール2体と戦っている。



 直線的に攻撃をするキースをマリオがいなす。いつもと違う。

『どうした?キース・・・・・』

「うるせえ・・・・なんで・・・・親友だったんだよ。」

 攻撃はむなしく空を切る。

 マリオはキースの攻撃を避けて隙を伺っている。

 攻撃は避けられても、中々隙を見せないのはキースのドール操作能力がマリオより高いからだ。



『・・・・親友だった。』

 マリオの動きは止まった。

「え・・・・」

『お前に言ったこと、嘘じゃねえよ・・・・』



「マリオ・・・・・」

 マリオの声に嘘はなかった。



 マリオに夢中で気付かなかったが、キースの背後に別のドールがいた。いや、敵の別のドール隊が来ていた。



「!?くっ」

 キースは背後のドール隊に対応するために体勢を変えようとした。そこに隙が生まれた。

 マリオはそこを逃さずに攻撃を試みた。



「マリオ!!」

 向かってくるマリオに対処するには気付くのが遅かった。



 ガゴン

 金属音と衝撃がキースの頭に響いた。



 揺れる視界、キースは宙を回っていた。



『・・・・グ・・・・』

 キースは弾き出されたようだ。



 マリオのドールの先にはマツ中尉のドールがいた。



『隊長・・・・・』

 マリオは驚いたような声を上げた。



『悪いな・・・・マリオ。俺はキースのように甘い判断はできない。・・・・が・・・』

 ゴキン



 マツ中尉はドールごとセーニョに叩きつけられた。

「マツ中尉!!」



『てめえふざけんなよ!!裏切りやがって!!信じていた隊員たちを殺しやがって!!』

 マツ中尉は叫び力づくでマリオを振り払った。彼の叫びは大人げなかったが、本音だった。



 マツ中尉の剣幕に圧されたのかマリオは宙に放り出された。そこをすかさずレスリーが狙う。

 気が付いたらマリオ以外の2体のドールは斃されていた。後ろのヴィーデは煙を上げ、小さい爆発を起こしている。



 レスリーはとどめの様にマリオを分解し始めているヴィーデに叩きつけた。



『があ!!』

 マリオが呻いた。



『・・・・こいつが裏切者か・・・・』

 レスリーの声は冷たいが、そのなかに憎しみが確かにあった。



『・・・・・なんでだよ・・・・・キース・・・・・』

 マリオは嗚咽が混じっていた。

『ほだされるな・・・・ハンプス・・・・』

 マツ中尉はすかさずキースに言った。



『・・・・俺を殺すのはお前じゃないのか?』

 マリオは懇願するように言った。



 マリオにとどめを刺そうとしていたレスリーは背後のドールが近づいてきたことに気付いてその場を離れた。

 レスリーの判断は正しく、ドール小隊から特攻するようにレスリーがいた場所に突進してきた。



『がっ』

 ガキャン

 特攻してきたドールはマリオに突っ込んだ。どうやらマリオごとレスリーをやるつもりだったようだ。

「マリオ!!」

『ハンプス!!仲間じゃねえだろ。情を湧かせるな!!』

 マツ中尉の言っていることはもっともだが、マリオは親友だった。



 特攻したドールも多少のダメージを受けているようだがすぐさまレスリーに向き直り戦闘態勢に入った。

『・・・・ドールの小隊が来たか・・・・。』



『・・・・キース・・・・俺を殺してくれよ・・・・』

 マリオの通信は相変わらず入っていた。

「・・・・・悪い。」

 キースはそう言うとレスリーとマツ中尉と同じようにドールの小隊に備えた。



『セーニョにヴィーデを撃ってもらう。その爆発に巻き込む。すぐにここから避けろ。』

 マツ中尉の指示を聞くとキースとレスリーはその場を離れた。



 セーニョが向ける砲口にはマリオがいた。



『頼むよ・・・・キース。お前が・・・・俺を・・・・・』

 ゴゴゴゴ



 マリオの言葉の途中で砲撃がされた。

 レーザー砲の光の中にドールと共にマリオは消えた。



 光を横目で見ながらキースは歯を食いしばった。







 ドール小隊に少ながらずダメージを与えられただろう。

 あとはセーニョと共に逃げるだけだ・・・・・



『!?やばい』

 何かに気付いたレスリーが叫んだ。



 砲撃と誘爆により破壊されたドールはどうやら爆薬を積んでいたようで。

 爆発の規模は大きくレスリーが巻き込まれセーニョに叩きつけられた。



『ロッド准尉!!』

 マツ中尉はレスリーを救出しようとしたようだが、直ぐに諦めて進み始めた。

『来い!!ハンプス!!』



 もうここも危険だ。そもそもどこも安全ではない。

 キースはマツ中尉の後を追い、遥か先にある『天』を目指した。

『・・・・無事で帰ってください。』

 セーニョから通信が入った。

 その言葉でセーニョは犠牲になることを選んでいたのが分かった。



「・・・・はい・・・・」

 キースは誰が見ているわけでもないのに俯いて答えた。







 彼方に見える光が弾けるように跳ねて、花火の様にきえていく。

 目から涙が流れる。

 後ろにはまだ殺気がある。追跡を続けるドールがいるのだろう。



 前を行くマツ中尉を思った。彼は何を思って俺だけを逃がしているのだろう。

 あの光の中に生き残る者がいると思っているのか?

 俺が後ろにいるドールたちから逃げきれると思っているのだろうか?

「・・・・ここで戦って・・・・『天』に行くのを食い止めましょう・・・・」

 何を言っているのだろう。『天』に来るはずはない。なぜなら奴らは通じているからだ。



『頭腐ったか?』

 マツ中尉は一蹴した。それは当然のことだ。



「・・・・嫌だ。」

『・・・・ハンプス?』



「嫌だ!ウォルトもソアレスもサリヤンも・・・・マリオも・・・他のみんなも俺を置いて逝った。」

 みんな置いて逝った。そうだ。

 憎しみを叫びながら散ったウォルト、コーダの窓から悟るような目で俺を見たソアレス、忘れないでほしいと言い、犠牲になることを受け入れたサリヤン。

 そして、泣きながら俺に殺されることを願ったマリオ。



『甘えるなクソガキ!!犠牲を嘆くなら無駄にするな!!』

 マツ中尉は声を荒げた。

 息切れをしている。ここまで随分と飛ばしてきた。・・・・いや。

 先ほどマリオと戦った時に何かがあったのだ。



「・・・・マツ中尉・・・・どこか・・・・」

 確か、戦艦に叩きつけられたはずだ。コックピットは破壊されていないが、衝撃がパイロットまで届いてもおかしくない。

 明らかにペースが落ちている。速度を制御できていないのだ。



『俺に合わせるな・・・・先に・・・』

 息を切らしている。モニターを繋げようとしたら拒否された。コックピットの様子をこちらに悟らせてくれない。



 後ろには変わらず殺気がある。数体、いや、小隊で向かってきている。まだまだ湧いてきているのは呆れる。どこにいたのだろうか。



「一緒に戦いま・・・」

『逃げろ。俺が戦う。』

 キースの誘いを切るようにマツ中尉は言った。



「勝てるはずないです。マツ中尉はどこか痛めて・・・・」

『勝てなくていいんだよ。お前は逃げろ。』



 わかっている。こんな作戦だった。

『おいていかれるとかいうなよ・・・・追い付けるってことだろ?ハンプス。お前が俺らを置いていくんだ。』

 マツ中尉はそう言うと後ろに向かって飛んだ。



「嫌だ・・・・マツ中尉・・・・嫌だ・・・・」

 キースがマツ中尉に続こうとしたときマツ中尉は振り返りドールの手を動かし、それを制する動きをした。

『命令だ。来るな。行け。』

「・・・・聞きたくないです。」

『頭で理解しているんだろ?感情を挟むな。時間がない。』

 冷たく言い捨てるとマツ中尉は後ろを向いて進み始めた。



『蓮の花が見たかったんだ。俺は・・・自分がそれに成れると思ったけど、俺は沈殿する泥で終わった。』

 マツ中尉がぽつりと話し始めた。

『能力があって、青臭くて頑固で・・・汚い軍で咲くことのできる数少ない奴だと思っている。』

 マツ中尉は笑っているようだった。

「何を言っているんですか!?まだ間に合います。早く・・・」

 キースは後ろに進むマツ中尉に訴えるように叫んだ。



『・・・・・命令を出そう。そうだな、じゃあ、今は俺らを置いていけ・・・そして、お前が少なくとも俺よりも偉くなって、汚い中でも生き抜いて・・・全てが終わったら戻っても許してやる。』

「え・・・・」



『二度は言わない。だいたいもう戦い始めるんだ。俺はお前ほど器用じゃないから話しながら戦えない。』

 マツ中尉はそう言うと通信を切った。



 マツ中尉の命令はキースの頭に何度も響いた。

「・・・・・ふざけんなよ・・・・」

 軍の上下関係のために作戦中に言えなかった暴言が出た。聞いているはずないのに。



 キースは一心不乱で進んだ。

 ドールってここまで早く動けるんだな。

 涙で滲んで前が見えない。鼻水まで出て来て情けない顔をしているのだろう。

 涙と鼻水をこらえて顔の変な筋肉が引きつるような感覚がある。

 全力で使う筋肉をあざ笑うかのように涙は止まらない。

 宇宙用スーツのマスクの中が涙で一杯になり、舞う雫にみんなの命がある気がした。



 ひとしずく・・・・顔に当たり弾けた。

「・・・・マツ中尉・・・・」

 通信を繋げようとしても繋がらなかった。距離が遠いからかもしれない。









「生き残ったのは二人だけらしいぜ・・・・」

「ウィンクラー大将は終わりだな。」

「やめとけよ、ウィンクラーって呼ぶとキレるらしいぞ。」

 悲劇はあっという間に広まる。誰が死んだとか、作戦の悲惨さとか、隠そうと思っていても隠せるものではない。

 そこの拡散力は流石に上層部も抑えられないようだ。思わず笑ってしまった。



 生き残りがいたらしい。あの作戦で自分以外にいたとは思えない。よほど運がいいのだろう。



「・・・・レスリー・ディ・ロッド・・・・か。」

 あの時セーニョに叩きつけられたあと、瓦礫とともに『天』付近にたどり着いたらしい。

 キースは『天』の軍本部で与えられた部屋で休んでいた。

 もう一人の生き残りは瀕死に近かったらしく、今は病院にかかっているらしい。当然だろう。あの状況から生きて帰ってきただけでもすごいのだ。



 作戦を生き残ったことと事情を知っていること、そしてドールの操作能力が高いことから階級も保証され、作戦終了後本部から追い出されたレイモンド・ウィンクラー大将とは対照的に准尉から中尉だ。

「2階級特進って・・・・殉職かよ・・・・」

 窓から外を見ると人工的な青空が広がっている。



 作戦の犠牲者は2階級特進し隊員たちはキースと同じく中尉に、マツ中尉は少佐になった。

「階級が与えられるのは・・・・死線に出されるときと、死んだときなのか・・・・」

 マリオの裏切り行為については報告してももみ消された。

 だが、その行為を知っていることでキースは軍に対して大きな発言力をもつことになるとは思ってもみなかった。

「・・・・・皮肉だな・・・・ははは・・・」

 まだ痛むが、やることもないから本部を歩き回ろうと思い、部屋の外に出た。



 作戦の犠牲者の墓などもちろんない。申し訳程度に建てられた石碑が港にあるぐらいだ。





 ふざけるな

 彼らの死を、みんなが生きていたのを無くすのか?

 俺は彼らのことを忘れることを許さない。

 認めないのなら認めさせる。

 彼らに託された、生きていた記憶と、あの作戦によって死んだ仲間のこと。



 力が必要だ。



 自分は子供だ。まだまだ子供だ。

 青臭い、理想しか見ていない子供だ。

 あの逃げるドールの中で涙は枯れ果てたのだろう。涙と共に別のものも流れ出したようだ。



「いや・・・・・もう現実は見た。」

 人工的な青空、その向こうにきっと彼らの本当の墓と棺があるのだろう。

 きっと今もまだあの宙の中にいるのだろう。







 生き残りの一人であるレスリー・ディ・ロッドは、怪我から復帰した後、恐ろしいほどの能力を発揮し、敵艦隊を単体でいくつも壊滅させ、今や地連最強の男だ。

 あの小柄な少年がそこまで行くとは思えないな・・・と思ったが、久しく見た彼は長身の青年だった。成長期か・・・・と納得した。



 新たに配属される戦艦は「フィーネ」というニシハラ大尉という化け物クラスの能力を持つ男が艦長を務める戦艦だ。

 キースは能力が高かったが、それを上回る者が出てきたことにより、ドールに乗る機会が少なっていた。



 どんな任務を受けて月から地球に来たのか興味があるが、あまり触れないでおこう。

 なにやら嫌な予感がする。

 それはそうと、ニシハラ大尉やロッド中佐の力を借りればこの軍を変えられるのではないのか。

 あの作戦が終わってからキースは変わった。



 青臭さはないだろう、強かに今でも上層部をひっくり返して、あの作戦と記憶を刻む機会を狙っている。



 配属されたフィーネは地球の第1ドームに着いたばかりだ。流石戦艦として公表しているだけあって野次馬が多い。

 若い少年たちがきゃいきゃい騒いでいる。

 少年たちに自分の若い時を重ねて思わず笑ってしまった。そういえばニシハラ大尉も彼らと同い年くらいだろうに、何度か戦場に出ているだけあって纏う空気は違ったな。



 ふと嫌な感覚が起きた。これはあの作戦の時に絶えず感じていたものだ。





 ドゴーーー

 と何かが壊される音が聞えた。

 その音と同時に悲鳴とわめき声がドーム中に響いた。

「な・・・・・なんだ?」

 いきなりのことに周りの者は戸惑う。彼らは何が起きたのかわからなかったようだ。

 これは・・・・

 キースは舌打ちをした。

「・・・・・ここも破壊されるのかよ・・・・」



『避難命令避難命令!!至急一般市民はシェルターまたは避難船に退避してください。』

 流石対応が早い。と言いたいところだが、混乱する市民は冷静に判断することはできないだろう。何よりも放送の声が悲鳴のようだ。



 先ほど騒いでいた若者がどこに行けばいいのかわからないようでおろおろしていた。

「おい!!何やっている。そこの戦艦に乗り込め。」

 キースは一人の少年の手を引っ張りフィーネに誘導した。

 フィーネではニシハラ大尉が避難の指示をしている。

「市民の安全が優先だ!!乗せれるだけ乗せろ」と叫んでいた。だが、市民が多すぎるな。

 キースの予想は当たってすぐに乗り切れなくなっていた。

 キースが引っ張った少年を一人乗せたところで船は浮き始めた。



「なっ・・・・シンタロウ!アリア!」

 一緒にいた二人は乗れず一人だけが浮いていった。

 置いてかれた二人は

「コウヤ!!大丈夫!!私たちはシェルターに行くから!!」と二人は引き返し人ごみに消えて行った。

 とにかく避難の流れができているようで安心した。市民も混乱はあるが各々が判断して動き始めている。安心するキースに対して、キースが引っ張った少年は浮かない顔をしている。

「大丈夫か・・・・悪い・・・乗せきれなくて」

 きっと置いていった友人が心残りなのだろう。と思った。

 少年は首を振った。

「いえ・・・俺だけでも乗せてくれてありがとうございます。貴方はどなたですか?」

 若い少年は礼を言うと名前を尋ねた。

 自分から名乗るのが普通だろ・・・・と思いながらも彼の若さに微笑んだ。

「俺はキース・ハンプスだ。」

 文句を言わずキースは名乗った。



「俺はコウヤ・ハヤセと言います。ありがとうございます。」

 少年はコウヤと名乗るとすぐに走り出そうとしていた。

 こいつ言い逃げか?

「どこに行くつもりだ?」

 と思わず止めた。

 少年は真面目な顔をしていた。

「シンタロウ達が向かった先は危険なんです。それをこの船に伝えて助けてもらわなきゃ・・・」

 どうやら別れた友人たちが言った方向が危険だと言っているようだ。

 何でそれが分かるんだ?



「止めとけ。どうせ取り合ってくれない。俺等だってぎりぎりに乗ってきたんだ。俺等を乗せてくれただけでも随分な対処だ。この船だって限界だ。」

 外が危険なのはわかっている。だがシェルターがあるだろ。暗にそういうセリフを含めた。



「でも・・・・友達を放っておきたくないです。」

 少年はキースの言葉を無視して船の操舵室に向かった。



「あ・・・・おい!!」

 キースは思わず少年を追いかけた。



 コウヤと名乗った少年はニシハラ大尉と副艦長を務めているソフィ・リード准尉にそのことを訴えていた。

 感覚が優れているのか・・・・・

 感覚が優れた少年。

 友達を救いたい、いかにも少年らしい。思わず笑った。



 訴えは聞き入れられたのか分からないが、用件を伝えたら少年は操舵室から追い出された。当然だろ。

 追い出された少年を待ち伏せして彼を連れだした船員のリリー・ゴードンに片手を挙げた。



「おおっと・・・リリーちゃん・・・その少年こっちに貸してくれない?」

 昨日の今日で馴れ馴れしいかもしれないが、とりあえず顔は覚えてもらっているはず。

「あなたは・・・・」

 キースの予想通りリリーは顔を覚えていた。当然のことだが安心した。



 キースのことを驚いた様子で見ているのはリリーだけではない。

 少年もキースのことを見て驚いていた。



「こっち来いよ。友達助けるんだろ。」



 完
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