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六本の糸~「天」編~
34.過客
しおりを挟むシンタロウは不思議に思っていた。
滞在先の前に行くと雰囲気が違った。
なにより、自分とレイラの部屋の窓が開いていた。いや、違う。
《ガラスが割れている・・・》
シンタロウは警戒した。
心なしか入り口に監視の目がある気がする。
これは、入り口から入ったらだめだな。だからと言ってこっそり入る経験がシンタロウはない。たぶん、やればできる。だが、正面突破が望ましい。
しかし、自分の対策は取られているはずだ。
人目のつかない入り口を探していると裏に駐車場があるのがわかった。
《こっちから入れば・・・》
すると一台に人が乗り込んだようでシンタロウは思わず物陰に隠れた。
「しっかし、准将もやることえぐいよな。」
「大男引き連れて少尉を押えるんだもんな。でも、実際それじゃなきゃ押えれないとか、少尉もえぐいな。」
「あの人美人なのに化け物だからな。」
「そういえば恋人いたって・・・」
「ああ、なんか待ち伏せして殺すとか言ってたけど。戻ってこないから町に探索かけるらしいよ。」
「そいつも化け物らしいぞ。4人素手で倒したらしい。」
「だからこんなに用意したのか。」
それを聞いてシンタロウは再び建物を見た。
《レイラが?しかも俺も戻れそうにない・・・》
シンタロウは急いでその場を離れることにした。
人目につかないところを探した。
しばらく走って一休みした。
「やばいぞ。ハクトの心配どころじゃない。」
シンタロウはどこか隠れられる場所、匿ってくれるものを考えた。
幸い自分の身元はバレていない。しかも自分は死んだことになっている。
「・・・・・ミヤコさん」
シンタロウはコウヤの母親のことを思い出した。
《いや!!自分は命を狙われている可能性がある。無関係の人を巻き込むわけには・・・》
関係者・・・・
シンタロウはさっき別れたばかりのイジーを思い浮かべた。
そうだ。あのお墓の前にいれば
シンタロウは周りを気にしながら急いで進んだ。
朝陽が部屋に差し込んできた。
眩しくて目を開いた。
「おはようございます。よく眠れましたか?」
執事がカーテンを開いた。
コウヤは眠い目をこすり起き上がった。
「おはようございます。」
「朝ごはんの用意ができています。」
執事はそう言うと部屋から出て行った。
コウヤはベッドから降りると用意されていたスリッパをはいた。
「なんか、俺、ダメ人間になりそう・・・・」
コウヤは一人笑いながら部屋を出ていい匂いのする居間へ降りて行った。
居間では執事が紅茶をティーカップに注いでいた。
「コーヒー派でしたか?」
「いえいえ、紅茶大好きです。」
「よかった。どうぞ。」
執事は朝食の置いてあるテーブルに紅茶を置いた。
「すみません、何から何まで・・・・」
「いいのですよ。私はこんなことしかできないですから。」
執事はそう言い笑った。
コウヤは申し訳ない気持ちになったが、目の前の朝食の魅力ですぐに頭は切り替わった。
イジーは決めていた。
今の自分の上官の部屋をノックした
「はい」
「イジー・ルーカスです。お話があってきました。」
「入れ。」
「失礼します。」
イジーは扉を開けた。
「どうした?」
部屋の中にいた上官は何やら対応に明け暮れているようだった。
「少しお話が・・・・あの、どうかしたのですか?」
「昨日ここの前で誘拐事件が発生した。」
「え?」
イジーは軍施設の前でそんなことをする輩がいることに驚いた。
「軍施設の前でっていったい・・・」
「しかも、さらわれたのが軍人なんだ。」
上官は頭を痛そうにしていた。
「え・・・まさか」
ニシハラ大尉では・・・と思ったが口に出せなかった。
「すまんな。ルーカス中尉。で、何の用だ?」
上官は急いで資料を仕舞いイジーに向き直った。
「実は・・・・しばらくお休みをいただきたくて・・・・」
「お休みって・・・・ロッド中佐のことか?」
「迷惑なのは承知です。ですが、いずれは軍を辞めることを考えています。」
上官は頭を抱えた。
「確かに、ずっと補佐をしていた君が辞めたくなるのもわかるが・・・・」
上官は何やら渋っているようだった。
「幸い私は戦場向きじゃないです。」
実際イジーの言う通りであり、ほとんど戦場経験がない。
「・・・・まあ、君がロッド中佐が死んだときに倒れたのは有名だからね・・・」
「そうなんですか・・・・」
イジーは恥ずかしくなったが、今も悲しいのは同じだ。
「一週間休んで考えなさい。今日は仕事してもらうから。」
イジーの様子を見て上官は諦めたように言った。
「あの、ちなみに誘拐事件って・・・」
そう聞いた時、部屋がノックされた。
「誰だ?」
上官が聞くと
「キース・ハンプスです。ニシハラ大尉とリード准尉も一緒です。」
「わかった。入れ。」
上官の返事にキースは
「失礼します。」
といいドアを開けた。
《さらわれたのはニシハラ大尉じゃなかった。でも、なんでこの3人が・・・》
イジーは思わず身を構えた。
「悪いな。君たちは彼らと同じ船で死地を潜り抜けた仲だと聞いたからな。何か参考になることはないか聞きたいんだ。」
上官のその言葉にさらわれた人物がわかってきた。
《このメンツはフィーネ・・・・じゃあ、おそらくゴートン軍曹と・・・あとは・・》
「自分も知りたいのです。ゴートン軍曹と整備士のモーガン・モリスを誘拐したのは誰かと」
ハクトの話を聞きイジーは納得した。
《あの二人か・・・・でも、どうしてさらうのか・・・・》
イジーは考え込んだ。
「ハンプス少佐とリード准尉も何か心当たりはないか?」
キースはお手上げのポーズを取った。
「自分もニシハラ大尉と同じです。」
「私も、心配です。早く解決してほしいと思っています。」
ソフィは頷いた。
イジーは身構えた。
昨日の夜、不審者と間違えた男から聞いた話を思い出していた。
《・・・・早くニシハラ大尉に伝えないと・・・・でも今は無理だ。》
ハクトに伝えることで頭が一杯だったため、上官がイジーの様子をじっと見ていたことに彼女は気付かなかった。
「ミヤコ・ハヤセです。」
「それが母親の名前ですか。」
コウヤは朝食を終えると執事に母親のことを話していた。
「でも、どうやって探すんですか?」
コウヤは執事が屋敷から出て探す様子を想像できなかった。
「お呼びします。」
執事はコウヤについてくるようなジェスチャーをした。
コウヤは執事の後をついて行った。
屋敷の中のある部屋に辿りついた。
「この部屋がなにか?」
「ちょっとだけ調べ物をします。」執事は得意そうに言った。
「調べものって端末でもあるんですか?」
「あります。あと、これなら軍にばれないで調べられます。」
執事はそう言うと部屋のドアを開けた。
部屋の中にはモニターと大量の機械とそれに接続されたいかにも性能のよさそうなパソコンがあった。
「すごい・・・」
「これで先ほどのお名前を探しましょう。」
「軍にばれないってどうしてですか?」
執事は得意げな表情をした。
「これは、各ドームの港の名簿データを直でいただいてます。万一見つかったとしても、データを受け取った場所は分からないようにあちこちのドームを経由させてデータをいただいてます。あとは、そういう犯罪の前科がある人をピックアップしていますので、その人に疑いが行くように彼等にゆかりがあるところも通しています。」
「・・・すげ」
コウヤは感心した。
「ミヤコ・ハヤセですね・・・・おや?「天」に来ていますね。」
「え?」
「予想ですけど、あなたが死んだと聞いて地球にいるのが辛くなったのではないでしょうか?」
執事はコウヤの方をみて優しく微笑んだ。
「母さん・・・・」
「住所を調べますね。」
執事はなれた手つきで端末をいじり始めた。
「・・・仕事に行っていなければ・・・直ぐに迎えに行きます。」
執事はコウヤの方を見て微笑んだ。こころなしか、彼の顔には達成感があった。
イジーは上官の部屋から出てハクト達が出てくるのを待っていた。
《ニシハラ大尉に言わないと・・・・》
「失礼しました。」
ドアが開きハクト達が出てきた。
「ニシハラ大尉!!」
イジーはハクトの方に駆け寄った。
「ルーカス中尉。どうかしましたか?」
ハクトはイジーの剣幕に驚いてるようだった。
「イジーちゃんどうした?」
「ルーカス中尉。あなたが慌ててるところ初めて見た。」
キースとソフィも同じく驚いていた。
「あ・・・・いえ、あの、少しお話よろしいでしょうか?」
ハクトは不思議そうな顔をしていたが
「わかった。どうした?」
「いえ・・・ちょっとここじゃ。」
イジーはハクトに暗に二人っきりで話したいと示した。
「わかった。では少し待ってくれ。このあとまだ、誘拐事件の件で行かなきゃいけないところがある。」
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「今日の午後以降ならいつでも大丈夫だ。時間を指定してくれればうれしい。」
「では、午後1時にそちらに行きます。」
二人のやり取りをみて
「え?ルーカス中尉もニシハラ大尉を?」
とソフィが困惑した顔をしていた。
「やるねーハクト。お前はモッテモテだな。」
とキースは楽しそうにしていた。
「二人ともそう言わないでください。ルーカス中尉はたぶんロッド中佐のことで話があるんですよ。」
ハクトは淡々と言った。
「え?そうなの?」
ソフィはきょとんとしていた。
「まあ、色々と・・・です。」
イジーはそれ以上誤魔化せなかった。
「イジーちゃんも、男はロッド中佐だけじゃないからな。まだ立ち直れないかもしれないけど、いつでも俺の元へ来い!!」
キースはどっしり腰を構えイジーを招くポーズをした。
「ハンプス少佐。それ、セクハラですよ。」
イジーは冷たくあしらった。
「冷たい。」
キースは大げさにショックを受けたふりをした。
「あーもう!!ニシハラ大尉とっとと行っちゃったじゃない!!」
とソフィはハクトが行ったであろう方向に走って行った。
「あー・・・・ソフィちゃん。年の差考えてハクト諦めたらいいのに。」
キースはぼそりと呟いた。
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イジーはキースに尋ねた。
「わかんねーな。」
キースがお手上げのポーズをしたとき
「ハンプス少佐って遊び人ですね。」
イジーは冷たく言った。
「え?なんで?俺は一途だよ。・・・たぶん。」
キースはきょとんとしていた。
「だって、少佐から女性ものの香水の香りがしますよ。」
イジーはまた冷たく言った。
「・・・えー。イジーちゃん鋭いなー。怖いお嫁さんになれるよ。」
とキースは軽口を叩いて走り去って行った。
キースの後ろ姿を見てイジーは何で二人が誘拐されたのか考えていた。
ハクトは予想外のことに驚いていた。
何で、リリーとモーガンがさらわれたのか全く分からなかった。
「くそ!!」
思わず悪態をついてしまった。
あの時自分が早めに来ていれば・・・・
あの時、モーガンを起こした後ハクトには尾行が付いていた。
それを撒くために時間を食っていた。
わざわざバラバラに着くように計算していた。
話すことも単純に済ませるはずだった。
下手に手を出せないことを考えて選んだ場所だったが
「まさか堂々とやられるなんて・・・」
あの二人は自分が巻き込んでしまった。
自分のせいで・・・・
「大尉・・・・?」
後ろにソフィがいた。
「す・・・すまない。ソフィ。えっと何か?」
ソフィが不安そうにハクトを見ていた。
「大尉。リリーたちのこと・・・本当に何も知らないのですか?」
ソフィは疑わし気にハクトを見ていた。
「わからない。あの日俺はあの二人と待ち合わせをしていたんだ・・・・」
でも、自分が来る前に・・・・
ソフィは不安そうにハクトを見ていた。
「ソフィも何か知らないか?」
ソフィは首を振った。
「私も・・・わからないです。」
ソフィの言葉に嘘はなった。
「きついな・・・」
シンタロウは手持ちのお金が少ないことを後悔した。
《もっと持っていればよかった。》
だが、幸い護身用の銃は持っている。使うつもりはないが、心強かった。
「このままの生活だと餓死するんじゃないか・・・でも、頼るわけにはいかないな・・・」
シンタロウは軍にいるハクトにコンタクトを取ることも考えたが、ゼウス軍と地連軍の関りを知った今はどんな行動も危険に思えた。
「とにかくイジーにレイラがさらわれたことを伝えよう。」
だが、伝えるだけで彼女に助け求めることはしない。これは、ささやかなプライドだが、情けないプライドだった。
シンタロウはまだ明るいが指定された墓地に来ていた。
《あれ?誰かいる・・・》
シンタロウはユッタの墓の前にいる人影を確認した。
《誰だ?・・・・彼女じゃない・・・・》
目を凝らしてみると男なのが分かった。
《ここに来るってことはもしかして関係者・・・》
一瞬ハクトなのではと期待し近づいた。
しかし、人物は違った。
「あ・・・どうも・・・」
「・・・・どうも」
男は作業着に身を包んだ自分と同い年か年上くらいの青年だった。
「・・・・・」
男はシンタロウの腰に付けてある銃を見て、雰囲気が鋭くなった。
「・・・・あの・・・あなたはここで眠っている人の知り合いですか?」
シンタロウは賭けで訊いてみた。
作業着の男は少し驚いたように口を開けたが
「そうですね・・・・・大切な人でした。」
と懐かしむように言った。
「そうですか・・・・えっとユッタちゃんでしたっけ?」
「あなたも彼女を知っているんですか?」
作業着の男はシンタロウを見つめていた。
「いえ、ただ・・・友人の知り合いです。」
「友人の・・・・」
男はシンタロウの顔を見て何か考えているようだった。
「あ・・・すみません。せっかくの語らいを邪魔してしまって・・・・」
シンタロウが退散しようとすると男は
「大丈夫です。自分はこれで下がるので・・・・あなたもできれば彼女に手を合わせてください。」
「でも・・・」
「大丈夫です。彼女は人見知りしない子です。」
男は優しい笑みを口元に浮かべていた。
「じゃあ、少しだけ」
シンタロウはそう言いユッタの墓石に向かい合った。
「はじめまして・・・ユッタちゃん」
シンタロウは墓石に向かって話し始めた。
ふわっと風が吹いたような気がした。
後ろを振り向くと、男はいなくなっていた。
「いつのまに・・・・・ユッタちゃん。さっきの人って誰?」
答えてくれるはずないが、シンタロウは思ったことを訊いていた。
ミヤコ・ハヤセは今から6年前に一人の子供を引き取った。
ミヤコは、大学時代にドームの外を探検するもの好きなサークルに入っており、好奇心旺盛な性分からドームの外の環境調査の仕事をしていた。
その子供はドームの外にいた。11,2歳くらいの少年だった。
彼はドームの外にいたのに生きていた。
どこから来たのかわからないが、彼が生きているのは事実だった。
彼を拾い急いで綺麗な空気のところに連れて行った。
その時、上空で大きな飛行体が飛び去った気がした。
それから彼女は彼を自分の子のように育てた。
当時は結婚していたが、そののち直ぐに離婚した。
だが、彼女は独身になっても生活力があった。
子供のいる生活は、最初は戸惑ったが、少年が明るく活発であったためすぐに心を開いてくれた。
彼の記憶がないこともありすぐに本当の母親のように接してくれた。
最初は慣れなかったが、育てるうちに本当に大切な体の一部のように感じ始めた。
大切に思うほど、子供の記憶が戻るのが恐ろしかった。
彼が何か思い出すとき、それは自分の元を去る日ではないか
幸せな日々の中で常にまとわりつく不安であった。
だが、子供が去る日は思い出す日ではなかった。
住んでいたドームが破壊され、ミヤコは命からがら避難船に乗った。
だが、気が気ではなかった。
息子がどこにいるのかわからなかった。毎日考えていた。
避難船が軍本部に着いた時生きていると聞いて涙を流して喜んだ。
彼が戻ってくる前に自分の生活環境を整えようと働き先を探した。
だが、自分と同じように避難してきた者が多く、なかなか働き口は見つからない。
着の身着のままで避難したためお金を持っているわけではなかった。
だが、いつか戻ってくる息子を考え安定しない生活をしながらもお金を貯めた。
《あの子が戻ってきたら、月に行こうか・・・・》
地球より月のドームの方が、働き口が多いと聞き月への移住を考え始めた。
そんなある日彼女の元に軍の人間が来た。
「コウヤ・ハヤセさんの母親ですね。」
「はい。」
軍の人間は暗かった。陰気な雰囲気だと思ったが軍人とはそういうものだろうと思った。
「息子さんが亡くなられました。」
「え?」
そこからは分からなかった。
彼がいつ軍に入ったのか、生体兵器に乗っていたとか全く知らない世界の話だった。
ただ、彼は亡くなりましたという言葉だけが彼女に理解できる単語であった。
驚くくらいの補償金をもらったのは憶えている。だが、それだけだった。
彼女は地球にいるのが本当に辛くなっていた。
ただ、過ぎていく日々。
そういえばまたドームが一つ攻撃されたらしい
地連の軍本部が壊滅したらしい
そんな話ばかり聞いていた。
もう地球にいたくない
そう思って月に上がった。
月での暮らしはあわただしくて悲しみに浸る余裕もなかったが、それでよかった。
そんなある日、懐かしい人を見た。
思わず声をかけてしまった。
「シンタロウ君」
それは息子の親友であった。
声をかけたことでいろんな思い出がよみがえってきた。
彼と話せたのは嬉しかったが、話しかけたことを後悔した。
彼と別れたあとどうしようもない悲しみが襲ってきた。
シンタロウ君もコウヤの死を知らなかったみたいで彼も驚いていた。
教えてよかったのかわからなかったが、他人のことを考えている余裕なんかなかった。
また、忙しい日々に身を投じて逃避をしようとしていた。
シンタロウ君に会ったため、悲しみが蘇り、身動きができずにいた。
そろそろ仕事をしないと・・・・
そう思い、朝新聞を読んでいると月も物騒なニュースがある。
「誘拐事件なんてこわいわねー」
独り言だった。昔は独り言じゃなかったのに。
ただ、昔の一人の時に戻っただけ。
強引だがそう考えるようにすると、一時的だが傷が和らぐ気がした。
外に出て、今日は仕事に行こうとしたとき部屋の前に一人の男が立っていた。
男というべきか、初老の男性であった。
「ミヤコ・ハヤセ様ですか?」
「はい・・・」
「お話があります。荷物をまとめてきていただけますか?」
何を言っているのかわからなかったが
男の言葉には断れない空気があった。
「わかりました。」
ミヤコは、貴重品を持ち最低限の荷物で部屋を出た。
初老の男は自分の運転していた車にミヤコを乗せ、走った。
ミヤコはどう考えても遠回りな、無駄が多い走り方に驚いた。
「あの、どこにむかっているのですか?」
そう聞くと初老の老人は申し訳なさそうな顔をした。
「申し訳ございません。尾行はなかったのですが、念のための運転をしています。」
男が何を言っているのかわからなかった。
それこそ知らない世界の話だった。
しばらく走ると立派な屋敷が見えてきた。これも知らない世界だ。
屋敷の敷地に入ると車から降りるように言われた。
古いレンガ造りの絵本に出てきそうな屋敷だった。
何で自分が呼ばれたかわからないが初老の男が案内するままに従った。
玄関を開くと立派な肖像画が目を引いた。
美しい婦人と気のよさそうな紳士とその子供の肖像だった。
「すごいお屋敷・・・」
「こちらに・・・・」
初老の男はどうやらこの屋敷の執事のようだった。
ミヤコは執事に案内された部屋に入った。
入るとそこに一人の少年がいた。とてもなつかしい。
少年はミヤコを見るとおそらくミヤコと同じ顔をしたのだろう。
「コウヤ・・・」
ミヤコは少年の名前を呼んだ。
コウヤは久しぶりに母親を見て生きててよかったと思った。
なおさら自分の過ちを悔やんだ。
「コウヤ」
コウヤの母、ミヤコはコウヤに駆け寄った。
「ごめん。母さん。俺・・・俺・・・」
コウヤが必死に謝罪しようとするとミヤコはコウヤを抱きしめた。
「生きててくれてよかった。生きてて・・・ありがとうコウヤ」
「母さん」
コウヤはミヤコの言葉に涙することしかできなかった。
「母さん。俺、話したいことがあるんだ。聞いてくれるかい?」
コウヤはミヤコの目を見て言った。
それに彼女はコウヤの目を見て頷いた。
「聞くよ。何でも言いなさい。」
気が付いたら執事は部屋から消えていた。
コウヤはこれまでのことを話した。
戦艦に乗ったこと。自分がドールという兵器に乗って戦ったこと。
そして、自分の変化のきっかけとなったヘッセ総統暗殺事件の時に自分が何をしたか
それからの憎しみに囚われた日々、死を前にして感じたもの
命が助かったことの喜び、自分の奮った力による犠牲
蘇った記憶と友人のこと
「コウヤ・・・・」
ミヤコは最後まで聞いていた。
「俺・・・・母さんにとってダメな息子だったかもしれない。こんなことになってしまって。」
「でも、おれは助けたい人がいるんだ。そして、ドールプログラムの解明を阻止したい。」
コウヤはミヤコの目を真っすぐ見た。
「何言ってるの?」
ミヤコはコウヤの手を握った。
「あんたのやるべきことでしょ?やりなさいよ。」
「母さん」
「あんたがとんでもないことしたのは分かった。でも、あんたにしかできないことがあるのも分かった。なら、やることは決まっている。」
ミヤコはコウヤの両頬を挟むように包んだ。
「私は、血は繋がってないけどあんたの母さんだ。これは、あんたが何を言おうと変えてあげない事実だからね。」
コウヤの頬を掴み、彼の口角を上げるように掴んでミヤコは笑った。
「ありがとう・・・・ありがとう母さん。」
コウヤは自分の頬を包む母の手を掴み、泣きながら笑った。
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