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六本の糸~「天」編~

31.かたり合い

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「天」の新たな軍本部の奥まったある部屋で、数人の軍人が向かい合っていた。

 その中にいるライアン・ウィンクラー総統は余裕のある表情をしていた。

 彼の向かいに座るゼウス共和国の准将は周りを見渡し、笑みを浮かべていた。

「そういえば、准将。ラッシュ博士からメールが止まらないのですが、どうにかしてくれないですか?」

 とある軍人が困ったように言った。どうやら地連のドール研究関係者であるようだ。

 ゼウス共和国の准将は自国の軍の制服を着ていなかった。着ていたのはスーツである。

「どんな内容だ?」

「ニシハラ大尉をよこせって」

 准将は笑った。

「ドールプログラムに憑りつかれた女が、哀れだ。」

「ラッシュ博士ですか?確かにドールプログラムに執心していますが、兵器として有用なのですから仕方ないですよ。現在ドールプログラムは一から作ることはできないんですから。しかも、ムラサメ博士とカワカミ博士が作成したオリジナルのコピーしかない。」

 研究関係者の軍人はラッシュ博士の肩を持つように言った。

「そうだな。」

 准将は仕方なさそうに笑った。そして何かを考え込んでいた。

「ユイ・カワカミはゼウス共和国にいる。だが、カワカミ博士はどこにいる?アスール財団も持っている気配がない。もう死んだか?」

 准将は首を傾げていた。

「娘と一緒にゼウス共和国にいると思っていたが、別々に動いていたのだろうな。」

 ウィンクラー総統も考え込むようにしていた。

「カワカミ博士の方がラッシュ博士より研究に精通しておりムラサメ博士に詳しい。解析できるとしたら、カワカミ博士だと思っていた。」

 准将は想定していたことのように表情を演技のように変えた。

「まあ、彼の確保も必要だが、鍵を集める必要がある。ロバートはあまり積極的に集めようとしていなかったからな。」

 准将は惜しむように笑った。

「彼は、地連を利用することしか考えていなかったからな。どこまでもゼウス共和国至上の考え方だった。鍵を用いてドールプログラム解析というよりかは、戦力として得て、戦争を有利に進めることが一番だった。」

 ウィンクラー総統は両手を広げて言った。

「よりによって、ロッド侯爵の息子、ロッド中佐に殺されるとは、何とも言えない皮肉だな。」

 准将はウィンクラー総統を探る様に見た。

「そんな大昔の関わりを大事に思う人間でもないだろう。ロバートは。」

 ウィンクラー総統は眉を顰めた。

「お前にとって、ロッド家は難儀な一族だったな。やっと決着がついたか。」

 准将は微笑ましそうにウィンクラー総統を見ていた。

「目障りではあった。だが、そこまでの・・・」

「レイ・ディ・ロッドがお前とレイモンドを険悪にした元だろ?まだレイモンドは拘っているようだが、死人のために生きるとはあの男も堕ちたな。」

 准将はため息をついた。

「今は・・・カワカミ博士とラッシュ博士の話をしているのでは?」

 ウィンクラー総統は眉を吊り上げて准将を見ていた。

「そうだな。」

 准将はウィンクラー総統の表情を見て満足したように笑った。









「大丈夫か?シンタロウ」

 レイラはシンタロウを気遣っていた。

「正直いうと大丈夫じゃない。」

 シンタロウはやっとの表情していた。なにかの拍子に崩れてしまいそうなそんな危ないものだ。

「しばらく一人になるか?戻ってきてもいいし、このまま去っても構わない。」

 レイラはそう言うと歩き出した。

「いや、今はあんたに振り回されていたい。そのほうが考えなくて済む。」

「なら一人でいた方がいい。これから私は・・・墓参りに行く。」

 レイラは辛そうな表情をしていた。

「墓参り?」

「大切な人の妹だ。私の父親のせいで死んでしまった。」

「・・・・あんたが「天」に来た理由ってこれが目的だったんだな。」

 歩き出したレイラにシンタロウはついていく。

「昼は人目があるから、夕方ごろの今行く。・・・・あの子が死んだのは、私のせいみたいなものなんだ。」

「あんたが殺したわけじゃないだろ?父親だって・・・」

「父上は、私を手に入れるために「天」の襲撃を行った。」

「え?」

 それにシンタロウは驚いた。

 わが子とはいえ、もっと穏便にやらなかったのか、それともそれだけの価値があるのか。

 いや、レイラは鍵だったはず。それを知っていたのなら当然だが、

「お前の父親はお前を愛していたんだな。」

 シンタロウの頭の中で出た別の結論だ。

 レイラはそれを聞くと笑った。自嘲的とも優しいともとれる笑い方だった。



「父上は私のことを愛してなんかいなかった。」

 レイラは諦めるような口調だった。

「でも、お前は父親の仇であんなことに・・・そもそも」

「すべてを失った私は縋る者が父上しかいなかった。兵器としてでも必要とされるのがうれしかった。」

 そういうレイラは大人な表情をしていた。シンタロウはレイラの表情に魅入った。

「お前は悲しいやつだな。」

「そうだ。もっと早くお前に出会っていればよかった。」



 レイラのその言葉にシンタロウは純粋に照れた。

 だが、兵器としてというのは、いつから鍵ということになったのか?

「なんで、お前を兵器としてなんだ?今ならわかるが、当時のお前は13歳の・・・・」

「そうだな。「希望」が破壊されてドールプログラムを開発したものが死んだ。そもそも「希望」の破壊自体がそのプログラム狙いだ。そして、私たちはドールプログラムに適した体になっていたんだ。きっかけはわからない。2人は確実だ。たぶん6人はそうなっている。」

 シンタロウはレイラが自分の知っている情報を裏付けるような仮説を立てていることに感心した。そして、その6人というのも・・・

「・・・・6人ってまさかお前の親友たちじゃ・・」

「可能性はある。私たちは開発者であるムラサメ博士の研究室に忍び込んでいた。」

「ムラサメ」

 コウヤの親だ。「希望」での接点が全てだったのか。ハクトもそこでの繋がりで鍵となったのだろう。

「だが、誤解しないでくれ。私たちだけじゃなくて強いドール使いもいる。何度か地連の戦艦に挑んだが、そこのドール2体は私たちだけが強いわけじゃないと思った存在、まさにそれだ。」

 いや、それはハクトとコウヤだ・・・

「あともう一人、劣るがいいドール使いがいた。」

 おそらくハンプス少佐のことだろう。

「それに訓練次第でも強くなれる。お前もそうだが、わが軍の兵士も優秀なものが多い。あと・・・」

「黒いドール・・・か」

 レイラは頷いた。

「あれほど憎んでいたのに、私にとっては大きな存在だったのだろうな。話す相手がいなくなってしまった。」

 レイラは寂しそうに言った。

「レイラ、2人は確実ってことはもう一人は分かるんだな。」

「ああ、ディアだ。彼女とは2回対峙している。もっとも、私がそう考えれるようになったのは、お前のおかげだが。」

 ディア・アスール。元ネイトラル総裁の彼女がドール使いだったのか。それならあの厄介だった純白のドールは彼女だったのか。シンタロウは納得した。

「相当強かった。あの時は冷静じゃなったからな。あの白のドールがそれだと思う。」

 レイラも同じ結論に行きついたようだ。

「そうしたらお前ら6人の存在が戦争を大きく動かすってことだよな。」

 シンタロウはレイラがどこまで知っているのか知りたかった。

 グスタフから聞いた話は「鍵」という言葉が出て来て、ドール操作よりもプログラム解析に重きを置いていた。だが、レイラは兵器としての話をしている。

「だろうな。私たちは立派な兵器だ。」

 レイラは解析に関しては知らないようだった。どこまでも自分が兵器という考え方だった。

「そうだ。だから、イレギュラーな黒いドールは消された。」

 悲しそうに呟くと心配そうにシンタロウを見ていた。

「俺はそんなイレギュラーなほど強くない。」

 どうやらシンタロウもイレギュラーと思われるのではと心配しているようだ。

「そうかもな。だが、私はお前を頼りにしている。・・・死ぬなよ。」

 レイラはシンタロウの肩を叩いた。



「そんな兵器みたいな人生、むなしくないのか?」

 シンタロウはどこまでも兵器として自分を見るレイラを見て少し寂しくなった。

「私が話したのは可能性の話だ。ただ、これが本当なら私たちは6人しか仲間がいないことになる。」

 レイラはむなしいのだろう。だから、父親に縋りつき復讐という人間的な行為に執着していた。

「仲間にはなれないけど・・・助けにはなるつもりだ。」

 シンタロウは辺りを見渡して警戒していた。この会話を聞かれていると困る。

「警戒しなくてもいい。盗聴器もない。だが、少し撒くか。」

 レイラは後ろをチラリと見た。どうやらシンタロウの心配は当たっていた様だ。

「後をつけるなと確認しなかったのか?」

「言ったが、どうやら私は観察される対象のようだ。だが、会話は聞かれていない。さっきのお前の顔見知りも調べられはするだろうが、大丈夫だろう。」

 レイラはシンタロウを見て頷いた。

「・・・・あの人に何か危害が及ぶのなら許さない。」

「では、撒くか。」

 レイラは早歩きし始めた。

「手っ取り早く締め上げて行動不能にした方がいい。いる場所さえ教えてくれれば俺がやる。」

 シンタロウはミヤコに危害が加わる可能性を考えた途端、思考が凶暴的になっていた。

「お前怖い。」

 レイラはそう言うと却下した。







「ハクト!!よくここがわかったな。」

 コウヤは屋敷に来たハクトを懐かしそうに出迎えた。

「ロッド中佐の母親に会ったといっていたからな。もしかしたらと思った。」

「ニシハラ大尉は、坊ちゃまのご友人で?」

 執事は期待したように尋ねた。

「いえ、軍の知り合いです。」

「さようですか。」

 執事は友人を期待していたようだった。

「すみません、こいつを置いてもらって。このことは軍に隠していただけますか?」

 ハクトは執事に頭を下げた。

 執事は微笑んだ。

「ムラサメ博士の息子でいらっしゃいますから、当然ですよ。ムラサメ様と旦那様は隠れて親交がありましたから。」

 その言葉にハクトは驚いた。

「コウヤ。お前本名言ったのか?」

「いや、ロッド中佐の母親が俺のことを分かっていたから。話しただろ?その話がもう執事さんに伝わっていたらしい。」

「大丈夫ですよ。軍になんか言いませんから。」

 執事はハクトを椅子に座るように促した。

「軍になんか?」

「ニシハラ大尉は、今はどういう・・・」

 執事がハクトを品定めする目で見た。何かを確認しているようであった。

「彼は味方です。話した通り俺と一緒に宇宙に来たやつです。なにより、俺が「希望」にいたころの親友です。クロスとの写真にいたやつです。」

 それを聞いたハクトは驚いた。

「お前そこまで話して・・・」

「コウヤ様が言われるのなら大丈夫でしょう。」

 執事はハクトに対して向けていた疑惑の目を解いた。

「軍は「天」の襲撃を知っていたはずです。なのに、それを見逃した。旦那様を殺したようなものです。」

 執事は手を震わせていた。

「知っていた?それは本当ですか?」

「はい。ですが、見逃したのですよ。『物々交換』とか言っていましたがそんなの知りません。あれから変わってしまった。」

「物々交換?」

 ハクトとコウヤは首を傾げた。

「取り乱してしまいまして申し訳ございません。ちょっとお茶をいれてきます。」

 執事はそう言うと部屋から出て行った。

「ロッド家がこんな俺らと関りがあるとは思わなかった。」

 コウヤは率直な感想を言った。

「それは俺もだ。叩いてもムラサメ博士との関りが出てこないって上層部が言っていたからな。ただ、よくよく考えると不自然だな。繋がりが多少でもおかしくない。どんな些細なことでもいいからあってもいいはずだ。」

 ハクトはコウヤに上層部がムラサメ博士と関りのあったものを探していることを言った。

「だから、俺の親友だったお前が軍に両親を・・・」

「俺の場合は何かの該当者だったからこそだ。」

「該当者?」

「ムラサメ博士がドールプログラムに適した人間を作る研究をしていたみたいなんだ。そして、俺はドールプログラムに適した人間だ。」

 ハクトは両手を広げた。

「じゃあ、もしかしてロッド中佐も父さんの研究にかかわっていたかもしれない。」

 コウヤは合点がいったようだが、すぐに暗い表情になった。

「隠していたのだろうが・・・今回はそれが命取りになったかもしれない。」

「父さんの研究の関係者か・・・・それって俺がドールを扱えたことに関係あるか?」

 ハクトは大きく頷いた。

「大ありだ。お前も俺と同じだと思う。」

「待って、じゃあユイもなんじゃないか?ユイのお父さんはカワカミ博士って」

「だから、ゼウス共和国に・・・・その」

「人体実験・・・」

 コウヤは怒りがこみ上げてきた。

「コウ・・・・さっき執事さんが言っていただろう?『物々交換』って」

「ああ、たしかこの辺にクロスが住んでいた。もしかして、クロスを狙ってゼウス共和国は・・・」

 ハクトとコウヤは青い顔をした。

「あとレイラも気になる。彼女の父親は前ゼウス共和国の総統だ。」

 コウヤは驚いた。

「え?そうだったのか?」

「そうだ。だから、レイラの身柄を抑えるのが目的だったかもしれない。」

「でも、どうして俺らが・・・・・」

「ディアもだ。彼女のドールとは少し刃を交えただろ?」

 コウヤは思い出した。強くなっても強敵に遭遇したと思ったことを。

「俺ら6人になにが・・・・」

「さあな。わかるのは、コウヤは隠れていた方がいいってことだ。」

 ハクトは諦めたように笑った。

「お前は両親のことがあるから軍にいるしかないのか?」

 ハクトは首を振った。

「実は両親はディアに連れて行ってもらった。ディアの連れのものと入れ替わりでな。」

 ハクトは安心したように言った。

「お前ディアと会っていたのか。」

「そうだが?・・・・・ん?」

 ハクトは何かを思い出した。

「どうした?ハクト?」

「ディアが言っていた。光を覚えているかって・・・研究所に忍び込んだ時のだ。」

「覚えている。あの時は楽しかったな。」

 コウヤは思い出すように笑った。

「あのあと俺らすごく怒られたっけ?」

 ハクトも笑った。

「ディアがいても怒られたからな。でも、あれ以降もっと仲良くなったよな。」

「本当だな。あの景色を共有したから仲間意識が強かったのかもしれない。」

 二人は思い出して笑いあった。



「ハクト。お前両親のことが無くなったなら軍を離れたほうが・・・」

「そうはいかない。フィーネの他のメンバーのこともある。俺がああ言ってしまった以上、やれるところまでやらなきゃいけない。」

「あの時とは状況が違う。もしかしてほかになにかあるのか?ハクト?」

 コウヤはハクトを問い詰めるように睨んだ。



 ハクトは笑った。

「考えすぎだ。コウ」








 撒くために目的から大きく外れ、遠回りをしていたため、着くころには夜だった。

 着いた墓地は立派なところだった。

「大きな霊園だな。立派だ。」

「この近くに住んでいる貴族が出資したらしい。それがロッド家だ。」

「ロッド?」

「黒いドールのパイロットの家だ。彼も「天」の襲撃で家族を失っている。」



 レイラはここの墓地に初めて来たようで辺りを見渡していた。

「しかし、よくわかったな。ここに目的の子のお墓があるなんて・・・」

「知らない。もしかしたらないかもしれないが・・・あの時に亡くなっていたならここに埋葬されているはずだ。」

 レイラは首を振った。

「俺と意味もなく武器の店を見ながらこっちを探るのが本命か。」

「別に少し調べればわかる。誰の墓があるかは別だが、ここがあの時の現場に近いし・・・ロッド家が出資している墓だ。」

 レイラはその時の光景を思い出しているだろうか、手が震えていた。

「もしかしたら、お前と会っていたことあるんじゃないか?」

「会っていたはずだ。だが、私はクロスしか見ていなかった。クロスはもしかしたら知っていたかもしれない。」

 シンタロウはレイラのぶっこみに驚いた。

「お前本当にそのクロスのことが好きだったんだな。」

「今もだ。私たちはおそらく私たちしかいない。」

 一つのお墓の前についた。

「ユッタ・バトリー?」

「クロスの妹だ。生きていたら私くらいの美人になっていただろうな。」

「自分は美人って自覚しているんだな。」

「当然だ。」

 レイラはきっぱりと答えた。そして、ユッタのお墓を見て周りを見渡した。

「・・・・だが、ここにクロスの墓は無いようだ。」

 少し安心したようだった。おそらくそれの確認もしたかったようだ。

「少し語らいたいからシンタロウはあっちに行っててくれないか?」

 レイラが追い払うポーズを取った。

「わかったよ。」

 シンタロウは仕方なさそうに離れた。







 レイラのことが見えるが離れた場所でシンタロウは腕を組み考えていた。

 《コウヤが死んだ・・・》

 ふと思い浮かんだことを振り払い、別のことを考えようとした。

 《コウヤの親がドールプログラムの開発者。レイラとハクトとディアさんはドールに適した体になっている。理由は不明だ。だが、グスタフの話からあの写真の六人が鍵であるのは確かだと思う。》

 《コウヤが死んだ。》

 《イレギュラーだった黒いドールのパイロットは消された。消された?レイラは謀殺とも言っていた。なんで、地連側が強いドール使いを》

 《コウヤが死んだ。》

 《俺はこれから何をすればいいんだ。ハクトとレイラを再会させてどうする?》

「コウヤが死んだ。」

 気が付いたら口に出していた。思案にふけろうとしても必ず呼び戻される。現実に。

 涙が流れていた。考えないようにしていたのに。

「また会おうって・・・言ったのに」

 男が泣くなんて、しかも俺は軍に志願した男だ。それに俺は手を汚し他人を騙して生き残った。

 自分が情けない。親友の死を正直に泣くことができずに泣くことを恥じている。



「あの・・・・お使いください。」

 目の前にハンカチが差し出された。

 顔を上げると一人の少女がいた。

「あ・・・ありがとうございます。」

 シンタロウはハンカチを受け取ると、恥ずかしかったが涙を拭いた。

「誰かを亡くしたのですか?」

 少女は自分と同い年くらいのようだ。

「・・・・・親友を」

「そうですか。」

 シンタロウは少女の顔を見た。彼女もまた目が腫れていた。

「あなたも誰かを?」

「・・・・・はい。とても大切なひとです。」

 おそらく好きな人のことだろう。直感だが、片思いと感じた。

「その人はこのお墓に・・・?」

「いえ、今日は親友に慰めてもらいにきました。」

 彼女は並ぶ墓地の方を見た。

「・・・・親友」

 彼女の親友が故人であることがわかった。

「あのハンカチありがとうござ・・・」

 彼女の表情が固まっていた。

「どうかしましたか?」

 表情が徐々に怒りを帯びていく。怒り以外の複雑な感情もあっただろう。

 何を見ているのか気になり視線の方向を見た。








 足元がおぼつかなかった。

 私は安定しない地面をがたがたの足で必死に歩くように親友に会いに行った。

 彼女と話したら彼の実家に行ってみたい。

 もう遅い時間だが、彼の存在があったところにいたい。

 軍はあわただしくロッド中佐の存在を、名残を消してしまった。

 墓地に着くと木にもたれ、涙を流す男がいた。

 年齢的に自分と同い年か年上か・・・

 イジーは彼も大事な人を失ったのだと感じた。

「あの・・・・お使いください。」

 男に思わずハンカチを差し出した。

 男は驚いたように顔を上げた。

「あ・・・ありがとうございます。」

 男はハンカチを受け取って涙を拭いた。素直に受け取って拭いてくれた。彼は素直な人間なんだな。

「誰かを亡くしたのですか?」

「・・・・・親友を」

「そうですか。」

 親友か、彼の親友はきっといい人だったのだろう。

「あなたも誰かを?」

 男はイジーの方を見て訊いた。イジーはロッド中佐のことを考えた。

 あの人は、私にとって・・・

「・・・・・はい。とても大切なひとです。」

 大切な人だったのだろう。好きな人というには照れくさすぎた。

 もう彼はいないのに、何を恥ずかしがっているのだろう。

「その人はこのお墓に・・・?」

 男はどうやら彼がこのお墓に入っていると思っているらしい。

 だが、かれは宇宙に今も・・・

「いえ、今日は親友に慰めてもらいにきました。」

 考えると辛くなった。帰ってきたのはコックピットの残骸だけだ。

 イジーは墓石が並ぶ墓地の方を見た。

 どこにユッタの墓があるのだろうか、わからないまま来たな。

 それを聞きに中佐の家に行こうか・・・遅くても大丈夫だろうか?

 一つの墓の前に一人の女性がいた。

 暗くてよく見えないが、綺麗な横顔をしている。

「・・・・親友」

 男はそう呟いていた。

 そうだ、彼は親友を失ったのだ。

 あの女性も誰かを失ったのだろうか。

 女性が墓になにか言って立ち上がりこちらに歩いてきた。

 歩いてきた。

 顔が見えた。

 長い金髪、長いまつ毛、白い顔、緑色の目。

 以前見た。モニターの向こうで

 もっと昔にも見た。

「あのハンカチありがとうござ・・・」

 男は私にハンカチを返そうとしたようだ。

 だが、私には彼の行動はもう目に入っていなかった。

 怒りがこみ上げてきた。いや、嫉妬だ。強い嫉妬だ。

 彼女は私にとって妬みの対象だった。



「『レイラ・ヘッセ』」

 憎々しげに私は言った。その顔は、醜かっただろう。











 歩いてきたレイラが少女と対峙していた。

「なぜ私の名を・・・」

 レイラは少女の顔を見て記憶を探っているようであった。

「覚えてないでしょうね。あなたはクロスさんのことしか見てなかったのだから・・・」



「イジー・ルーカスか」



「・・・・名前知っていたのね。」

 イジーは相変わらずレイラを睨んでいる。

「クロスから聞いた。いつもユッタと遊んでくれていると・・・」

「よくユッタのお墓に来れたわね。あんたのせいで死んだようなものでしょ!!」

 レイラはその言葉に表情を変えなかった。

「あんたはなんでゼウス共和国に行ったの!!なんでそこで・・・」

 イジーはレイラにつかみ掛かった。

「レイラ!!」

 シンタロウが慌てて止めようとした。がレイラが片手で制した。

「止めるな。彼女はユッタの親友。怒りはもっともだ。」

 その態度に更に腹が立ったのかイジーは乱暴にレイラを放した。

「あの時に中佐に殺されてくれればよかったのに・・・・」

 イジーは言ってはいけないことだと知りながらも怒りを抑えられなかった。

「中佐・・・・?」

 イジーはそう言われると何か思い出したようにへたり込んだ。



「なんで、あんたが生きていて中佐は・・・・」



「レスリー・ディ・ロッドか・・・・あの黒いドールのパイロット」

 シンタロウはレイラの言葉に驚いた。

 この少女は黒ドールの人に片思いしていたのか。

「中佐は・・・今も宇宙に・・・ゼウス軍にやられて・・・・」

 イジーは途切れ途切れだが感情をこめて呟いていた。

「お前があの男とどういう関係だったか知らないが、あの男はたかがゼウス軍の軍勢にやられる男ではない。あれは地連側が消しにかかったとしか思えない。」

 レイラの言葉にイジーは驚かなかった。まるで知っていたようだ。

「知っています。私はあの人の補佐でしたから。」

「あの男はどんな男だった?」

「・・・わからない方でした。」

「そうか、それは私も思った。あの男はわからない。」

「優しい人だった思います。敵には冷酷でしたけど。」

「優しいか・・・・なら、なおさらわからない。」

 レイラはイジーをみて微笑んだ。

「あなたは、あの人をどこまで知っているのですか?」

 イジーはレイラに向き合い冷静な口調で言った。

「二度見逃された。一度目はドール戦だ。コックピットが剥がされ私も傷を負った。どう考えても死ぬ状況だった。」

「それはモニターで見ていました。」

 それを聞いてレイラは笑った。

「情けないところだっただろう?」

「はい。とっても」

 イジーは即答した。

「二度目は・・・・父上が殺された時だ。私はあの男にドール戦だけでなく肉弾戦も負けた。」

「ヘッセ総統の暗殺の時、あなたがその場にいたんですね。」

 イジーは最初の取り乱しから立ち直っていた。

「ああ、あの男は強かった。顎に一撃くらって気絶してしまった。」

 レイラは顎を指さし恥じるように笑った。

「その時も見逃されたのですね。」

「だからここにいる。私はあの男の気まぐれに生かされているんだ。」

 レイラは愛想笑いをした。

「私はあなたを許しません。でも・・・・私はあなたを責めれるかどうかわかりません。」

「責めれる。お前はクロスのことが好きだったのだろう?」

 そういわれるとイジーはうつむいた。

「ユッタと話に来たんでしょ?早く会いにいったら?」

 レイラは口調を変えてイジーに言った。

「・・・・失礼します。」

 イジーは礼をしユッタのお墓に向かった。



「あ・・・ハンカチ・・・・・」

「行くぞ軍曹。親友の再会に私たちは不要だ。」

 レイラはシンタロウを引っ張り墓地から出て行った。



「あの人、知り合いなんだな。」

「ユッタの親友だったイジー・ルーカスだ。さっきの話から、地連の軍人だ。」

 レイラは笑った。

「俺らのこと、報告しますかね・・・・」

「しないだろうな。彼女の目は、兵士の目じゃなかった。」

 レイラは後ろの墓地にいるイジーを、優しい目で見ていた。
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