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六本の糸~地球編~
1.ずっと友達
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人類は、地球を住みにくくしてしまった。
海は汚染され、空気は汚れ何もしなかったら人間は外では生きていけないほど地球の汚染は進んだ。
それに対策するべく、人類は地球にドームと呼ばれる人工的な昔の地球に酷似した建造物を造った。
そんな中、人類は新天地を求め衛星の月と隣の惑星の火星へと手を伸ばしていった。
じきに各ドームは各国になり、月は人の住む巨大ドームを形成し巨大国家へ、火星も同じく巨大ドームを形成しドーム名「ゼウス」からゼウス共和国と名乗り、巨大国家へ形を変えていった。
地球のドームで形成される「地上主権主義連合国」通称「地連」、月にあるドームを中心とする「月ドーム共和国」、火星のドームを中心とする「ゼウス共和国」
そんな国家がつくられた世界で争いが起きないわけはなく・・・
月の人工ドーム「希望」で俺たちは育った。
俺はいつもなかよく遊ぶ友だちといつもと変わらず遊んでいた。
俺ら6人は仲良かった。
俺はいつもみんなの中心にいた。
なのに、火星人工ドーム「ゼウス」で反地球の色が強くなり、その色が俺たちの住んでいる「希望」にも影響を与えてきた。
彼らは元気だろうか・・・一緒にたくさんの幼い冒険や青春を共にし、乗り越えた友
不思議な光を共に見た仲
俺は絶対にあの光を忘れない・・・
あの一瞬を共有したのは6人だけ
虹色の光だった。
あの光を見た時から全てが、いや、あの光を見る前から始まっていたのかもしれない。
あの日はいつも通り秘密基地を探していた。子供は秘密基地が大好きだ。
父の持っていた研究所に至る道は細道で険しく、整備された人工ドームしか知らない子供にとっては冒険心がくすぐられるところだった。その至る道も父の目を盗んで入れるいわゆる獣道のようなものを選んだ。
一番後ろから順番に
高飛車だけど怖がりの寂しがり屋のレイラ
レイラと手を固く繋ぎ、ニコニコと笑って彼女を勇気づけるクロス
周りを見て一線を引きがちだが、友人が大好きなディア
真面目で堅物だが、いつも集まりに引っ張られるハクト
天真爛漫でいつも笑顔だが頭がちょっと悪いユイ
一番前にいるのは6人の号令をかけるリーダー格のコウヤ
換気のために開けている窓から順番に入っていき、床に地散らばるコードや壁についているスイッチを見て楽しい気分になっていた。
「わ!!」
ユイがコードに引っかかり転んだ。
「大丈夫?」
コウヤがユイのもとに駆ける。
二人のやり取りの音が大きく、別の部屋から人の気配が近づいてきた。父に気付かれたのかもしれない。
「コウ!!音が大きい!!」
ハクトがコウヤに怒鳴った。その時にハクトが動いたせいで何やら床についていたレバーをずらした。
「君の声がでかい。」
クロスは冷静な声でハクトに言った。ハクトは一瞬口を塞いだが、クロスを睨んだ。
「誰か来た。ちょっとどうしよう。」
レイラは近づいてくる足音に近くにいたクロスにしがみ付いた。
「とにかくこっちに行こう。」
ディアはコードが散乱している場所でなく開けた場所を指差した。その先には先ほど入ってきた窓があった。逃げるつもりの様だ。
彼女の言う通りにみんな窓に向かって走った。
「痛い!!」
コウヤが何かに引っかかり転んだ。
「大丈夫か?」
ハクトがコウヤに駆けた。
周りで何やら機械音というべきか、モーター音の様な高音が響き始めた。
「何に引っかかった?」
クロスはコウヤが躓いたものを見ようとして引き返してきた。
「何か変な音がする。」
機械音が大きくなっており、ガタガタガタと揺れを加えて部屋全体を響かせていた。
揺れに6人は驚き、うずくまった。
とっさにコウヤはユイを庇うようにした。横を見るとハクトもクロスもディアとレイラを何かから守るようにしていた。
音が止んだ。
「・・・・なんだ?」
誰が言ったのだろうか、わからない。
すぐさま6人に虹色の光が注がれた。
赤と黒の制服の軍隊が、月の人工ドーム「翼」に向かっていた。
いや、向かっていたのではない。宇宙空間用の戦艦の主砲を向けて近づいてきたのだ。
戦艦内では赤と黒の制服の兵士達が何かの作戦の打ち合わせをしていた。
一人だけ制服の違う隊長と思われる人物は、他の者と違い華奢であることから、女であるようだ。
彼女は兵士達が並んでいる中
「あの戦艦に積んでいるものを取り戻せれば、我らに戦況は傾く。何としても成功させろ」
と威厳のある女性にしてはやや野太い声で言った。それに応えてたくさんの兵士達の声が地響きのよう戦艦を奮わせた。
「ヘッセ少尉。取り戻すものは何ですか?」
一人の兵士が彼女に訊いた。どうやら彼女はヘッセ少尉というようだ。
「私たちが気にするものではない。取り戻せばいいのだ。」
はっきりと自信満々な様子で言っているが、どうやら彼女もその取り戻すものを知らないようだ。
だが、質問した兵士はヘッセ少尉の解答に満足したのか大げさに返事をした。
兵士たちを見渡し、異論が見えないのを確認すると、彼女は興味が失せたように冷めた表情に、なりその場を足早に立ち去った。
一方「翼」という月にある人口ドームでは、グレーを基調とした深緑のラインが入った軍服を着た人物が何かに気づいたようで表情が曇った。
「・・・ゼウス軍め・・・ここまでやって来やがって」
声と顔からかなり若い軍人と思われる。
彼は「翼」の港に泊まっている「フィーネ」と書かれた巨大な戦艦に乗り込んだ。
戦艦に乗り込んだ彼を迎える船員の様子から、どうやら彼は戦艦の指揮を任せられている存在、いわゆる艦長であるようだ。
操舵室に艦長が飛び込むように入っていくと、驚いたのか、船員達は「どうしたんですか?艦長」と口々に訊いてきた。
「そんなことより、戦闘態勢に入れ」
と艦長と呼ばれた男は叫ぶように言い放ち、艦長席に着いた。その様子は、若い軍人とは思えないほど様になっていた。
「外に出ている船員を呼び戻せ。流石にここ「翼」はネイトラルの力が強い。対地連と言えど強行に出るとは思えないが・・・・「希望」の破壊もある。荷物は大事だが、ドームの破壊を招くことは避けたい。」
艦長は落ち着いた声で言った。様になっていることと、この落ち着き様で彼は歴戦の兵士であると思われる。
艦長の指示に従って船員たちがせわしなく動いている様子を見ながら
「なんとしても・・・この荷物は届ける必要がある。」
と艦長は船員に指示したときとは違い切迫した雰囲気で呟いた。
地球「第1ドーム」
地球のドームは穏やかな天気、環境、自然に囲まれた楽園に近いところであった。
そんな中、地球と火星勢力の対立は深まる一方であった。
地球に住むコウヤ・ハヤセはその対立を実感できないままであった。
「ゼウス共和国がいつ攻めてくるかわからないっていうけど・・・全然実感できないからな」
最新式の携帯電話でニュースを見ながらコウヤは呟いた。
「ここは平和だけど、地球管轄の月のドームは攻め込まれたらしいよ、「月ドーム共和国」なんてもう無いようなものだし、そう考えると平和なのは地球だな」
と彼の友人のシンタロウ・コウノは言った。
「そっか・・・どこ攻め込まれたかわかるか?」
コウヤの問いにシンタロウは「さあ・・・・・そこまでは」と首を傾げた。
コウヤは「そっか・・・・」と言い、ちょっと空を気にするように上を見上げて
「平和なのは幸せだな・・・」と目を細め、空の奥のどこかを見るように呟いた。
「ここの第一ドームの夜空は本物に近いって聞くけど、コウヤは見たことあるか?本物の空?」
シンタロウは夜空を見上げてコウヤに訊いた。
汚染された地球で暮らすためにドームは360度全て覆う。そのために見える空は作りものだ。ただ、人間暮らしてくために朝と夜は必要だ。そのために朝は明るく夜は暗くしている。コウヤ達の暮らしているここ第一ドームは空の造りが本物に近いと有名であるようだ。
「テレビではよく見るよ。俺、外に言った覚え無いからな。・・・・ほら。」
コウヤはシンタロウに向かって自身の頭を指差して言った。それを見てシンタロウは気まずそうな顔をした。
「悪い。そうだったな。無神経だった。」
シンタロウは肩を縮めるようにした。
構造物のドームが作り出す美しい星空の下、二人は空の向こうに想いを馳せながら眺めていた。
「疲れた・・・・」とため息を吐きながら呟いた。
二人がいるのは、二人が通っている学校の屋上だ。門限を親に決められていても星空の設定がされている日には来てしまう。
「そろそろ進学考えないといけないだろ?どうする?コウヤ。」
シンタロウは声を潜めて訊いた。別に誰かに聞かれて困る話ではないが、真剣になっているのだろう。
「シンタロウは勉強できるからどこでもいけるんじゃないか?」
コウヤは羨ましそうにシンタロウを見た。シンタロウは首をすくめた。
「何でもそつなくこなすお前こそどこでもいけるだろ。」
コウヤと同じように羨ましそうにシンタロウはコウヤを見た。
二人は今年で18歳になる。将来のことを決め、大学で何を学ぶか考える時期であった。
「俺は・・・・法律でもやろうかな。幸い暗記は得意だし・・・・なんでもそつなくこなすって言っても俺は文系脳だから、お前に数学と物理化学は敵わないって。シンタロウは工学か?」
「勉強は好きだけど、働いているビジョンがないんだ。やっぱり、商学やって貿易に行こうか。宇宙に出てみたいしな。」
二人の会話から二人とも成績がいいようだ。
「なーにやってんの?男二人で夜中に、密会?」
二人の後ろから冷やかすような冗談を含めた笑い声が聞こえた。
二人は苦笑いをしながら声の元を見た。
「アリアか。また来たのか。」
シンタロウはため息をつきながら言った。
「密会中だから邪魔しないでよー。」
コウヤは冗談を言うように口を尖らせてシンタロウと肩を組んだ。
「仲いいわね。羨ましい。」
アリアはコウヤとシンタロウの間に割り込むように入り、座った。
どうやらおなじみのようで、シンタロウとコウヤは慣れたようにスペースを開けた。
彼女はコウヤとシンタロウと同じ学校に通うアリア・スーンという女子だ。二人と同じく今年で18歳だ。
「今日の授業は疲れたよねー」
とコウヤにアリアは話しかけてきた。
「コウヤは疲れてないだろ!今日の体育も楽々とこなしやがって・・・」
とシンタロウが反論してきた。
この三人は空を眺める仲間である。
コウヤとシンタロウはクラスの中で仲良しの友人である。
最初はコウヤとシンタロウだけだったが、それを見つけたアリアが口止めの代わりに仲間に入る形で形成された。
「わたしねー昔月のドームの「希望」に行ったことあるんだー」
とアリアが昔話を始めた。
「それって・・・ゼウス軍に壊されたとこだよな・・・。そんなとこ行ったことあるのか?すげーな!!」
とシンタロウは驚いたように言った。
その話を聞きコウヤは
「そうなんだ・・・どんなところだった?」
とシンタロウほどは食いつかず聞いた。
「綺麗なところだったよ。ドームの中もしっかりしていたし・・・・途中での宇宙船から見た風景が一番きれいだった。」
とアリアが答えると
「俺は宇宙の方に行ったことないからなー・・・うらやましいー!!なあ!!コウヤ」
とシンタロウがコウヤに同意を求めてきた。
「あ・・・ああ!!そうだな」とコウヤは一瞬戸惑いながらも答えた。
「翼」付近の宇宙空間では
「クソッ・・・ゼウス軍め・・・不意打ちなんて・・・」
副艦長らしき女性が舌打ち混じりに言った。
艦長はそれを横目で見て
「このままだと地球に行くしかないな・・・許可を取れるか?」
と冷静な様子で言った。
「後ろから追撃されてる状況なので、許可は下りないと思います。」
とオペレーターは難しい顔で言った。
「とりあえず交渉だけでもしてくれ」
艦長は重い腰を持ち上げるように立ち上がると、船員たちは驚いたように彼に目を向けた。
「俺が戦いに出る。ゼウス共和国でも俺のことは知れ渡っているはずだ。脅しにはなるだろう。」
艦長はそう言い部屋を後にした。
「地連二番の男・・・・流石です。」
その艦長の背中を船員達は尊敬と信頼のまなざしで見ていた。
生体兵器「ドール」により、人類の戦争はさらに激しいものになった。
「ドール」とは特殊プログラムにより人間と神経接続し同調させ、動きを操縦者に忠実にさせた人型の兵器である。専用のスーツを着用し、「ドール」とコードで接続することで初めて動かすことができる。
「生体兵器」と呼ばれるが、その実態はほぼ金属で構成された無機質なものである。
艦長は専用スーツを着てドールに乗り込んだ。
コードを接続させていく手つきは、よほど慣れているのか早く鮮やかであった。
「ゼウス軍で練習でもするか」と呟き、彼は遥か先にいる戦艦めがけて宇宙空間に出て行った。
ゼウス軍側の戦艦では
「ドールが出てきたか・・・」とヘッセ少尉は呟いた。
しかし、ほかの軍人はその言葉に首を傾げた。どうやら彼女にしかわからなかったようだ。
考え込むようにヘッセ少尉は眉を顰めた。
「撤退だ。戻るぞ」
ヘッセ少尉の言葉に他の兵士は納得していないようであったが、彼女の発言は強いらしく、ゼウス軍は撤退という方向変えたようだ。
納得のいかない様子の兵士を見てヘッセ少尉は勇ましく笑いかけた。
「撤退は一時的なものだ。どうせここからは地球に降りるに決まっている。到着地点がわかるなら、追跡は続けられる。」
宥めるように優しく目を細めて笑い、自信満々に言った。
兵士たちは彼女の優しい笑顔に一瞬顔を赤らめた。
揺れる金髪とエメラルドグリーンの瞳は宝石のようで見とれてしまうほど美しかった。
ヘッセ少尉は表情をすぐさま引き締め鋭い目を兵士たちに向けた。
「撤退の方向でそれぞれ動くように。私は父上に連絡と指示を仰ぐ。」
洗練された機械のようにヘッセ少尉は部屋から出て行った。彼女の後姿を見て残った兵士たちは憐れむ様な目を向けていた。
「ヘッセ少尉は、父親のことさえなければ、最高なのにな。」
「美人だからみるだけでも幸せってやつだ。」
兵士たちは雑談を終えるとすぐさま作業に取り掛かった。
引き返していくゼウス軍を確認した艦長は残念そうにだが、安心したようにため息をついた。
「試し打ちもさせてもらえないとは・・・」
と呟いてふと目に入った月の上にある廃墟のような構造物の跡に目を移した。
廃墟にはかろうじて読める文字が見え、「希望」と書いてあった。
艦長は悲しそうに目を細めた。
「・・・・・あれからもう6年か・・・・」
名残惜しそうに廃墟から目を逸らし、自分の戦艦に戻って行った。
戻った戦艦では、地球圏に入ることの交渉に成功し、滞在許可の下りた地球のドームに向かう準備に入っていた。
「ゼウス軍もドールが怖いんですね。艦長の戦略成功ですね」
と一人の女性隊員が艦長に言った。
「そうだな・・・俺は出損みたいだったがな。」
艦長は苦笑交じりにかえした。
「いえいえ!!万一戦闘になったら艦長じゃないと勝てませんって。地連のニシハラ大尉は宇宙二の男といっても過言ではないです。」
と必死に訂正した。
艦長はそれを笑いながら聞き
「だが、向こうには「緑」のドールがある。あれは俺でもきつい。」
敵軍が持つ戦力を想像して彼は言った。
「そういえば・・・なんでゼウス軍は月の近くまで来ているのですか?」
と女性隊員は訊いた。
艦長のニシハラ大尉は、途中で見た廃墟になったドームを思い出した。
「さあな・・・廃墟でも見に来たんじゃないか・・・・ちょうど見えるところだろう。」
ニシハラ大尉の言葉を聞き女性隊員は一瞬顔をこわばらせた
「す・・・すいません。考えなしに訊いて」と謝った。
「そんな気にすることではない。」
ニシハラ大尉は昔を思い返すように何もない天井を見た。
そっと自分の胸に手を当てて、軍服の下の何かに触るような仕草をした。ネックレスでもつけているのだろう。
「お友達のご遺体は・・・見つかりましたか?」
その声ではっと我に返り
「いや・・・今回も見つからなかった。もう無理なのかもしれないな」
彼は悲しそうな顔をしていた。
彼は、昔過ごした「希望」での日々を思い出していた。
未だに行方が知れない友人。他国に行ってしまった友人。そして・・・
暗い宇宙空間で浮遊する機械がある。
その中にどうやら人が乗っているようだ。
「見つからないか・・・」
中に乗っていたヘッセ少尉は残念そうに呟いた。
機械は簡易的な悠人の探査機のようで、中にはヘッセ少尉一人だった。
彼女は自分の胸に手を当てて月の地上に見える廃墟を見た。
みんなで見たあの光、浴びた光を決して忘れない。
自分の一生の友はあの時の光を見たあの6人だけ
それを引き裂いたものは決して許さない
壊したものはもっと許さない
「・・・・なのに、何やってんだか・・・・・」
自嘲的に笑いヘッセ少尉は縋るように廃墟を見ていた。
機械を器用に操作し近くの戦艦に戻っていく
戦艦に戻るとそれを待っていたように「お疲れ様です隊長」と赤と黒の制服の軍人が声を発した。
機械から降りたヘッセ少尉は
「時間を取らせてすまない。すぐに近くの艦と連絡を取れるところまで行け」
と威厳のある声で言った。
「了解です」と軍人たちは艦内に戻っていった。
それを見送ったあと、ヘッセ少尉は宇宙空間を見つめていた。その先には変わらずに廃墟と化したドームがあった。
ヘッセ少尉は束ねていた髪を解いて、悲しそうな顔をしていた。
『情勢は悪くなる一方です。軍は各ドームに対して十分な軍備を追加するようですが、「希望」付近は先月の戦闘により瓦礫の回収が進まず、船が入れない状況です。できるだけ早く地球か月の他のドームに急ぐことを勧めます。』
アナウンサーは淡々と言っていた。
「ゼウス共和国とやっぱり戦争になっちゃうの?」
テレビを見ながら悲しそうにレイラは呟いた。
「・・・・僕たちがどうにかすることは出来ない。」
クロスはレイラの肩に手を置いて、励ますように言った。
「ここも危険になるって噂だよ。」
ハクトは顔を顰めてマグカップを見ていた。
「どうしたんだ?ハクト。お茶まずかったか?」
ディアはハクトの持っているマグカップを見た。
「いや。・・・・実は父さんの仕事の都合もあって・・・・地球に降りることになったんだ。」
ハクトは気まずそうに悲しそうに言った。
ディアは一瞬目を見開いたが、すぐさま表情を平静に戻し、かけている眼鏡を整える仕草をした。
「・・・・いや、ハクトのお父さんの仕事上仕方ない。私も・・・・「翼」に移動するかもしれない。」
ディアも気まずそうに話し始めた。
「二人ともやっぱり「希望」から離れちゃうんだ。」
ユイは寂しそうにしていた。
「・・・・でも、生きていればまた会えるよ。一生の別れじゃないから。」
コウヤは元気づけるようにディアとハクトに笑いかけた。
「そうだな。」
ハクトは強く頷いた。ディアも頷いていた。
「・・・・何か欲しいよ。」
ユイはコウヤ、ハクト、ディア、クロス、レイラと順番に見渡して言った。
「欲しいって?記念写真とか?この前撮ったじゃん。」
レイラはどこからか一枚の写真を取り出した。ユイはそれを見て首を振った。
「写真も大事だけど、何か・・・・ほら!!結婚するときって指輪するじゃん。」
「僕たちは結婚しないよ。」
クロスは首を振った。
「気持ち悪いこと言うなクロス。ユイの言いたいことは指輪の様な証だろ?」
ハクトは苦そうな顔をしてクロスを見た。クロスはしれーっとした表情で目線を逸らした。
「あー、指輪は却下。私はいずれここに別のをする予定だ。できれば指輪は一つがいいからな。」
ディアは自分の左手薬指を立ててハクトの方を見た。ハクトは顔を赤らめて目を逸らした。
「私たちと言ったら何かな?何か思い出の象徴みたいなものがいいんじゃないの?」
レイラは人差し指で5人を順番に指差して言った。
「レイラが難しい言葉を使っている。」
ユイはレイラを見て恨めしそうに言った。
「私はユイほどおバカさんじゃないからね。」
レイラは鼻息荒く威張るように言った。
「レイラの言っていることって大体この前見た映画の言葉だから。安心して。」
クロスはレイラの様子を見て楽しそうに笑った。
「・・・・俺たちの象徴って言ったら・・・・・」
コウヤは首を傾げた。
「私たちの号令係のコウを分解して分け合うわけにいかないからね。」
ユイはコウヤの全身を見て悩ましそうな顔をした。
「止めろって!!生ものは却下。」
ハクトは顔を青ざめさせていた。
「ハクトはスプラッター系がだめなんだ。この前映画を見ていたら倒れた。」
ディアは首を振った。
「・・・・虹色・・・・虹色の光だ。」
クロスは思い出したように言った。
「あー。あの時のやつだね。あの光のお陰かな。最近私絶好調!!この前のテスト満点近かった!!」
ユイは両腕を挙げて言った。
「元がおバカだから伸びしろがあっただけじゃないの?」
レイラはユイを挑発するように言った。ユイはいーっと顔を顰めてレイラを睨んだ。
「・・・虹色の何か・・・・いいかもしれないな。ちょっと父に訊いてみる。」
ディアは座っていた席から立ち上がり、部屋から出て行った。
どうやら6人がいるのはディアの家の様だ。
毛皮の絨毯や天井からぶら下がるシャンデリアからかなり豊かな家の様だ。
「やっぱり財団持っている家は違うな。ハクト君は逆玉だな。」
コウヤは未だ顔の青いハクトを冷やかすように言った。
「逆玉って!!俺は別に財産目当てじゃない!!」
顔を真っ赤にしてハクトは大声で言った。
「赤くなったり青くなったり忙しいねハクトは。」
クロスはハクトの様子を楽しそうに見ていた。
「お嫁に行く場合って、ハクトの名前ってディアと同じアスールになるの?」
レイラはクロスにもたれかかるように首を傾げていた。
「お嫁に行かない。」
ハクトは呆れたようにレイラに言った。
「虹色っていったら、宝石の類で何かないかな?ほら、洗剤とかって水面に虹色の膜みたいなのが見えるじゃん。」
コウヤは考え込むようにして言った。
「例えがあまりよくないけど、そうだね。指輪は無理だけど男でもつけられるアクセサリーならいいんじゃない?身に着けるものなら失くすこともないし。」
クロスはコウヤに頷いた。
「首輪か。」
ユイは真面目な顔で頷いていた。
「僕の言ったこと聞いていたユイ?それだったら男どころか女の子もつけにくいよ。」
クロスは呆れた様子だった。
「次に会う時の必需品ってわけか。」
ハクトは別れを実感しているのか、寂しそうな顔をしていた。
「また会える。みんなそうだよ。」
コウヤは周りと自分に言い聞かせるように言った。
ディアが部屋に戻ってきた。
「みんな。特殊な鉱物があるらしいんだ。それの途中でできるゴミが虹色らしくてもちろん無害だが細工をしにくくて捨ててるらしい。それをネックレスにしたらどうだ?」
ディアは写真も一緒に持ってきた。
テーブルに置かれた写真には虹色の石が映っていた。
地球「第1ドーム」
ドオーーン・・ガガガ
いつも通り屋上で夜空を見ていたコウヤ達は地鳴りのような轟音に驚いた
「うわっ・・・何だ!?」
シンタロウは音の元を探すように周りを見渡した。
「ドームが開いたんだ・・・でもこんな時間に・・・・て、もう朝方だ。」
と言いコウヤは表情を固めて目を細めた。そして音源を見つけたのか一点を見つめて
「見ろ・・・戦艦だ・・・しかも宇宙用だ」と呟いた。
「えっ・・・どこだ?」
コウヤの見つめる方向を目を細めてみるシンタロウ
「あのぼやけているの?」
アリアが指さす方向にしばらくすると姿がはっきり見えるほど近くに戦艦が見えた。
「あの戦艦って・・・地連の?」
初めて見るものに言葉を詰まらせながらもアリアは驚嘆混じりに言った。
シンタロウはどこに持っていたのかわからないが、双眼鏡を取り出し戦艦を観察していた。
「すげー・・・・最新式の戦艦「フィーネ」だぞ・・・・これ確かドール搭載している精鋭だろ」
戦艦が好きなのかシンタロウは詳しく解説付きで歓声を上げた。
「ここも戦場になるのか・・・」他の二人と違い驚かずにコウヤは呟いた。
ただ、彼の声に含まれているのは、失望にも似たものだった。
呟いた後コウヤは少し首を傾げていた。
「・・・ここも・・・?」
自分の言った言葉を反芻していた。
戦艦「フィーネ」は滞在許可の出た地球の第一ドームに着くことができ、艦内はほっとした雰囲気があった。
月付近でゼウス軍に追い回されたのだから当然だ。
「案外簡単に地球に降りてこられたな。」
ニシハラ大尉は軍服の襟を掴んで扇ぐようにした。どうやら汗をかいているようだ。
「でるなら倍以上時間かかりますが、降りるのはうまくハマれば早いんですよ。」
オペレーターの女性が顔を赤らめながら言った。
「・・・そうだな。さて、荷物の方を渡す予定だが・・・・・いつ受け取りに来るんだ?」
ニシハラ大尉はオペレーターに連絡が入っていないか訊いた。
「ああ、それなら・・・・・もうすぐ来るようですね。流石早いですね。」
オペレーターの女性は感心するように言った。
「追い回されながら運んだ荷物だ。何が入っているのか教えてくれないのか?」
「・・・そうですね。無理でしょうね。」
副艦長である女性がニシハラ大尉の肩に手をかけて言った。
オペレーターの女性が一瞬眉を顰めたが、直ぐに笑顔になった。
「ゼウス共和国の追ってきた方も気になる。エース級のドールパイロットを伴っていたからな。」
ニシハラ大尉の言葉に他の兵士たちは目を丸くした。
「え?ドールなんか出て来てないですよ。なんで分かるんですか?」
他の兵士たちの言葉にニシハラ大尉は首を傾げた。
「・・・・わかるんだ。有力なドールとパイロットが乗っていると、そして、俺が出て行ったときに引き返した様子を見て確信した。」
自分でもいまいちわからないようで曖昧な様子で呟いた。
「・・・・ほら、艦長はドールの適合率が高いから。・・・・特殊な察知能力も高いんですよ。」
ぽかんとしている兵士たちに説明するように副艦長は補足した。
原因は解明されていないが、生物兵器であるドールの適合率が高い者は、ドールに対する察知能力と更に特殊な者はあらゆるものに対する察知能力が高くなる。もはやエスパーともいえる。
地球「第1ドーム」
「コウヤ起きなさい」
怒声にも似た母の声でコウヤは飛び起きた。
「な・・・なんだよ母さん」
急に大声を立てられコウヤは戸惑った。
「昨日戦艦が入ったのを見たのね・・・。」
コウヤの部屋に入りながら母親は訊いてきた。夜遅くまで屋上にいたことについては言及されないようだ。
「勝手に入るなよ・・・・そうだよ。それがどうかした?」
コウヤは少し安心したが、ふてくされながら答えた。
「あんたいい機会だから見に行きなさい。軍の人って色んな地域の人がいるって聞くし・・・・あんたのこともわかるかもしれないわ」
と最初の勢いが嘘のように言葉の勢いを無くしながら母親は言った。
「別にいいって・・・・俺は何不自由ないって」
コウヤは母親の様子を見ながら気まずそうに、寂しそうに返した。
「いいから行きなさい。軍艦なんて錚々拝めないわよ」
とコウヤの荷物を外に放り投げた。
「ああー・・・なにすんだよー・・・行けばいいんだろ!!」
コウヤは身支度も満足にせず外に飛び出た。
「夕飯までには帰って来なさい」
それを追うように母親は叫んだ。
「わかってるって」
うんざりしたようにコウヤは叫んだ。
コウヤは重い足取りで噂の軍艦の元へ向かって歩いた。
昨夜「第1ドーム」に入港した戦艦は近くにいろんな見物人で溢れていた。
「艦長ー!!外に出ないんですか?」
戦艦の外の女性船員は叫んでいた。
すると戦艦の入り口から「艦長が船にいなくてどうする」と返答があった。
それを聞いた女性船員たちはどっと笑いながら船から離れて行った。
その様子を艦長であるニシハラ大尉は見送ると険しい表情をして艦内に戻っていった。
戦艦「フィーネ」を一目見ようと港は野次馬でいっぱいだった。
コウヤは船の近くまで来たが人の多さに気圧されていた。
昨日あれだけ大きな音を立てながらこればそりゃ見物客でごった返すよな・・・と思いながら引き返していった。すると近くで
「でっかーい。さすが戦艦だねー」
とそこ抜けぬ明るく妙に気になる声が聞こえた。
母親の言ったことを思い返しながら声の元にコウヤは向かった。
いくつかの人をかき分けると
「あっれーコウでしょ!!あんた」
と探していた声が聞こえた。はっとして振り向くと
「あたしだよユイだよ。うふふ」
と見かけない赤毛の自分と同い年くらいの少女が立っていた。
「誰だ・・・・」
「ひっどーい・・・将来のお嫁さんでしょ!!約束したの忘れたの?」
と言いながらコウヤに近づいてきた。
「ちょっと近い近い」
あまりの急なことに照れながらコウヤは後ずさった。
「やっぱり・・・・コウだ」
満面の笑みでユイと名乗った少女は抱きついてきた。
「えっ・・・お前は俺を知っているのか?」
と顔を真っ赤にしながらコウヤは訊いた。
「当たり前でしょ。あたしみんなを探しているの。コウがいなくなってから寂しかったんだよ。」
とユイはコウヤの耳たぶを引っ張ってきた
「痛いって」と言った瞬間コウヤはどこか懐かしさを覚えた。
この子は自分に関係する子なのかと思い、自分の記憶を探った。
だが、彼女のことなんて記憶にあるはずがない
そう、今の自分の記憶には、ここ第一ドームのものでしかないのだからだ。
「コウはなんでここにいるの?」とユイが訊いてきた。
「それよりも、俺は一体なんでここにいるんだ」とコウヤは訊き返した。
ユイはきょとんとして「知らない」と答えた。
「ユイはどこから来たんだ?」とコウヤは質問を変えた。
「あたしは向こうの建物から来たの。すごい揺れたからどんなものに乗っていたのか気になったし、コウがいる気がしたからね。気になって来たの」
とどこか知らないところを指さしながらユイは答えた。
「ユイはこのドームの人間なの?」という質問をした途端
ユイが何かに気づいたように顔色を変えた。
バッとコウヤから離れ
「こんなこと話したら殺されちゃう」と言い走って行った。
「待って」
コウヤが追いかけようとすると
人ごみから男たちがユイを追いかけるのがわかった。
一瞬でヤバいとわかったが追おうとすると
「また会おうねーコウ」
と叫び声が聞こえた。
コウヤは追うなという意図が含まれていることがすぐわかった。
彼女のことがとても気になった。だが、コウヤはまた会えることを信じて戦艦の方に向かった。
戦艦「フィーネ」内では戦場のそれとは違う固い空気が支配していた。
「ハクト・ニシハラ大尉ですね。わざわざご苦労ですね」
淡々と戦艦の兵士たちは異質な女性の軍人は言った。
「いえいえ、そちらこそわざわざこんな船の中までお越しになられるとは」
ニシハラ大尉・・・ことハクトは顔を強張らせながら無理やり笑みを作り言った。
「無理なさらないでください。私はあなたが戦場で優秀なことを知っています。ここでのご機嫌取りは期待していませんから。」
とはっきりと言われた。
「それはよかった。中佐補佐さん」
ハクトは顔の表情を戻しながら言った。
「私は、イジー・ルーカス。中尉よ。あなたの方が階級も年齢も上なので、敬語は結構よ。」そう名乗ったイジーは、まだ幼さを残す少女であった。
「俺より年下ということは相当若いな。イジー・・・・どっかで聞いたことあるが・・・」ハクトは記憶を探るように上を見た
「よくある名前ですよ。」と一蹴された。
「まあそうなのかもしれないが、で。どうした?ルーカス中尉」
「報告書の提出お願いします。艦長に異例の抜擢でしたから。それなりの収穫はあったんでしょうね。」
「ああ。向こうは中佐が睨んでいる通り地球を狙っていると見ていい。あとは回収された荷物にも執着していた。」
曖昧ないい方だが、確信を持つようにハクトは言った。
「確証は?」それが気になったのかイジーは眉を顰めた。
「軍備と船の気配だ」ハクトはそんなイジーを気にせず当然のように答えた。
「気配?」イジーはそこに食いついてきた。
「ああ。ドール独特の気配が追ってきた。船より向こうからしていた。」
「そこはあなたにしかわからないことですね。・・・だからあなたを抜擢したのですけど。」
と、何かを書き終え。
「では、引き続きこの船の艦長をお願いします。これは中佐からの命令です。」
「わかった」即答だった。
「ルーカス中尉、もう戻るのか?」
立ち去ろうとするイジーにハクトは聞いた。
「はい、今戻れば夜には本部に着くので。中佐に報告しないといけないことがあります。」
イジーは機械的に言った。
「荷物の中身について何か聞いていないか?」
ハクトはイジーの表情に集中していた。
イジーは一瞬驚いたように目を開いた。
「ニシハラ大尉も聞いていないのですか?・・・・では、報告書にも書かれていないと・・・」
イジーは少し顔を顰めていた。
「ロッド中佐は荷物を探らせにあなたをここに派遣したのですね。」
ハクトは納得したようだ。
イジーは機械的に笑顔を作って礼をし、立ち去った。
イジーが去った方向に顔を向け
「彼女・・・どこかで見た気が・・・」
ハクトは記憶を探るように目を泳がせた。
「ただいま」コウヤはそう言い重そうな足取りで自宅に入っていった。
コウヤが家に入ると奥からすごい勢いで
「おかえり。・・・何かあった?」と母親が出てきた。
「まあ・・・・なかったわけじゃないけど。」
「そう・・・」
母親は少し悲しそうに言った。
「でも・・・万一俺の親が出てきてもここに居座るからな!!」とコウヤがいうと
「自宅警備員はやめてねー」
母親の表情は明るくなり、満面の笑みを浮かべた。
「さあ、ご飯にしましょう」
と家の奥にコウヤを引っ張り込んだ
「ああ。今日のご飯何?」「なんでしょうねー」母親はそんなやりとりを楽しそうに言った。
コウヤはこのドームの外で奇跡的に生きて発見された少年だった。
ドームの外は空気が汚く、地球といえ、長時間いると最悪の場合命を落とすかもしれないところだ。
名前以外の記憶を失っていた。もちろん名前も姓は思い出せていない。
その時の持ち物も写真とアクセサリーだけという奇妙な持ち合わせであった。
だが、コウヤは幸運な子供だった。
引き取り手が良かったおかげで環境にもすぐに順応していった。
このことはコウヤと今の親と親友であるシンタロウしか知らない。
言葉というのは受け取り手がないと意味をなさないと自分は思う。
発信した情報というのは全てそうだろう。
アクションに対するリアクションがあって成り立つ。
発せられた言葉といういのは受け取り手が無ければただの音や図形にしかならない。
自分はそう思っている。いつか誰かが呼んでくれるという遺跡的な思考もあるかもしれないが、現実味が無くて子供であった自分はぴんと来なかった。
きっとそういう考えがあったからこそ、故人に書く手紙にすごい抵抗があったのだろう。
それとも、彼が故人であると思いたくなかったから抵抗があったのかわからない。
書いた内容は支離滅裂だった。話し言葉のように彼がいるように書いた。
あなたが好きだったわけじゃない
どちらかというと変な子だと思っていた
あなたが消えて思ったことがあった
全然好きじゃなかったけど
大事な親友の一人だったって
それじゃなきゃ私が泣いた理由と、この大きな喪失感の理由がわからない
今更どうしようもないことだけど
だってあなたは・・・
途中で書くのが嫌になった。目が痛くて手紙が見えなかったからだ。
この手紙は宇宙に放たれたようだが、彼に届いたかわからない。
他の親友たちが自分と同じように彼に手紙を書いたかは知らない。
もしかしたら彼はどこかで笑って暮らしているのかもしれない。
赤い絨毯の敷かれた重々しい雰囲気の長い廊下を軍靴で勇ましく歩く音がする。
「レイラ・ヘッセ少尉お疲れです。」
歩いている者に声がかけられた。
声をかけられたヘッセ少尉、レイラは素早く振り向いた。
「これは・・・准将。わざわざこんな月の近くまでおいでとは・・・」
准将と呼ばれた男はレイラの言葉に微笑んだ。
「当然だ・・・長年の祈願の場に攻め込むのだからな・・・」
と嬉しさを抑えきれない声で言った。
それを聞いたレイラは「そうですか・・・とうとう地球に」と控えめに作り笑いをした。
「君も小隊長として頑張ってくれたまえ。お父上は君の活躍にいつも喜んでいるよ。」
准将は朗らかな笑顔でレイラに言った。
「当然です。私はゼウス軍の兵士ですから。」
レイラは姿勢を正して准将に向き合った。
「そうだ。ヘッセ少尉・・・いや、レイラちゃん。月の近くで探し物をしていたと聞いたが、見つかったか?」
准将は探るようにレイラを見た。
レイラは悲しそうに首を振った。
「・・・・見つからないとわかってて探しています。縋っているだけなのかもしれないです。」
レイラは自嘲的に笑うと自分の胸に手を当てた。
「「希望」でのことは事故だった。すべてちゃんとした理由があるんだ。過去に囚われてはいけないよ。」
准将は目を細めてレイラを見た。
「お気遣いありがとうございます。」
レイラは姿勢正しく頭を下げた。
「・・・・君は今回の作戦に反対なのだな。」
准将はレイラの様子を見て口元に浮かべた笑みを消した。
「・・・・・地球でそこまで大きい活動をしていいのかわからないのです。あの男がいる限りゼウス共和国の活動は制限される。地連最強の男。彼にどれだけの兵士が殺されたか、准将も知らないわけがないでしょう。」
レイラは考え込んでから話し始めた。
「ああ。だが、彼が守るのは本部だ。我々の作戦は本部ではない。」
准将は再び朗らかな笑顔でレイラに言った。
「・・・・はい。」
レイラは複雑そうに口を歪めたが、すぐさまいつもの凛とした表情で返事をした。
地球のドーム地上主権主義連合国軍本部
ある部屋で二人の若い男が話している。
「中佐どうしますか?このままだと攻め込まれますよ。」
小柄な作業着に身を包んだ男が言った。
「上が動かないからどうしようもない。私が動くわけにはいかないからな。」
中佐と呼ばれた椅子にどっしりと腰を据えて座っている。この男がこの部屋の主のようだ。
「中佐がわざわざ動く必要はないですよ。ニシハラ大尉は優秀です。それに万一の場合は上を俺が潰します。」
最後の部分を強調して小柄な男は言った。
「ニシハラ大尉の力だけでは今回は足りないと思うのだがな・・・・だいたいゼウス軍の今回の行動は気になる。わざわざ有力なドールを充てて来るとは・・・・運んでいる荷物が気になるな。」
中佐は何かを計算するように指で数えてた。
「例のゼウス軍のドールですね。確かにニシハラ大尉が乗っているとわかっているのなら、捨て駒で来ると思ってました。」
何かを思い浮かべるように小柄な少年は言った。
「あの緑のドールは正直きついな。おそらくエースだろうな。」
その言葉に小柄な少年は素早く噛みついてきた。
「中佐が、あなたが相手でもですか?」
その様子は脅威を図るようであった。
「さあな・・・」
中佐は言葉を濁していたが、余裕そうに答えた。
「変なこと訊いて申し訳ないです。中佐が勝つとわかっているのに・・・」
その様子に気付いたのか小柄な男は少し萎縮したように言った。
「変なことではない。驕りは禁物だ。」
中佐は優しそうに言った。
「どうしますか?このまま攻め込まれてしまいますか?」
「そうなると上の奴は私のせいにするかな・・・・」
自分に不利なことを言ってるのに中佐は何故か不敵な言い方であった。
「そんなことしたら、上の奴等皆殺しにします。邪魔する奴は・・・」
小柄な男は恨めしそうに歯ぎしりした。
「そうカッカするな。誰がどこで聞いているのかも分からんのだ。」
中佐は辺りを見渡す真似をした。
「・・・・そうですね。」
小柄な男も辺りを見渡した。
「だいたいニシハラ大尉をぞんざいに扱うような真似をすれば中立国が黙っていないだろ。」
中佐は頼もしそうに笑った。
「あの女ですか。」
中佐の言葉に小柄な男は思い出したように言った。
「ああ。若いお飾りの中立国の代表。お飾りと言えど力はある。ちょうど、この後会う予定もある・・・・カマでもかけるか?」
中佐は楽しそうに口元を歪めていた。
地球「第1ドーム」
コウヤは眠い目をこすりながら、パンとハムとソーセージとベーコンという不思議な組み合わせの朝食を摂っていた。
「野菜も食べなさい。ほら、できたわよ。ベーコンエッグ。」
母親はフライパンから焼き立てのベーコンエッグをコウヤの前のお皿に移した。
「・・・母さん。これ野菜?」
「・・・・ほら。」
母親は冷蔵庫から急いでトマトを一つ取り出した。
「・・・ありがとう。」
コウヤはトマトを受け取ると、気まずそうに笑う母親につられて笑った。
「さ・・て、ニュースは何をやっているかしらね。昨日の戦艦のことやっているかしら?」
母親はテレビをつけてニュースにチャンネルを合わせた。
なにやら一つのニュースが終わったらしく、次の内容に移るところだったようだ。
『では、次のニュースに移ります。ネイトラルの若き指導者ディア・アスールは北部ドームに物資を援助することを表明いたしました。』
ご飯を食べていたコウヤは手を止めた。
「すごいねーコウヤ。このディアって人あんたと同い年だよ。」
母親は感心するように言った。
「母さんより年下だよ。」コウヤは少しむっとした。
「うるさいわねー」
「・・・言い出したの母さんだよ。」
コウヤはベーコンエッグをパンにはさんで食べ始めた。
「でも・・・・ホント神様って不公平よね。こんな美人に指導者の素質与えてねー」
「ネイトラル」とは、月ドーム共和国から派生した新興国であり、中立国を名乗っている。
実際に戦争で被害を受けたドームの支援や、難民の受け皿としてその役割を大いに発揮している。
「・・・ディア・アスール・・・有名だからかな。」
コウヤは画面に映る美しい女性を見つめ、自分の記憶をたどっていた。
戦艦「フィーネ」では「第1ドーム」2日目の朝を迎えていた。
「艦長!!今日こそは出かけましょうよ。ほら!!副艦長が残ってくれますから。」
と女性船員がハクトの周りに集まってきた。
「待てよ。ニュースくらい見させろ・・・満足に見る暇もなかったんだからな」
とぶつぶつ言いながらハクトはチャンネルをニュースに合わせて映像を映した。
「前線にいるとニュース見れないからな・・・・お前らは昨日見ただろうが俺は見れていないことをわかっ・・・・・・・・」
急に言葉を止めた艦長に周りにいた女性船員は驚いて彼が見ていたニュースに目を移した。
「艦長そういえばネイトラルの指導者変わったんですよ。このすごい美人に」
画面を指さしながらハクトに訴えるように言った。
「えっと・・・・名前は・・・」一人の女性船員が頭からひねり出そうと頑張っていると
「ディア・・・・」
ハクトは呼ぶように言った。
「そう!!ディアです。」
「あれ?・・・でも艦長なんで?まだ顔しかみていないですよ」
そんな周りの声など聞こえていないようにハクトは画面に穴が開くのではないかというほど見つめていた。
映し出される女性の説明のアナウンスが流れ、彼女が何をやっていたのかを知らせる。
そんなことなど耳に入っていない様子でハクトは目を伏せ、胸に手を当て、何かを握った。
「なんでお前が・・・・」
と続けて呟いた。
この声は周りにはあまり聞きとられなかったが。
コウヤはまた戦艦の近くに来ていた。
あたりを見渡し昨日会ったユイを捜していた。
「いないか・・・・」
『そういえば・・・・かわいい子だったな・・・』と思い出して赤くなっていると
「コウヤじゃない!!どうしたの?」
と聞き覚えのある声が、ふと振り向くと
「アリア!・・・・それにシンタロウまで」
シンタロウはコウヤに寄り
「どうしたんだ?珍しいなこんなところで会うなんて」
「ちょっとね・・・・二人は?」
苦笑いをしコウヤは二人を交互に見た。
「戦艦を見に来たのよ。珍しいし。わけわからないけれど今日学校休みでしょ。」
アリアは楽しそうに息を弾ませていた。
「そうだな・・・・どうしてなんだろうか。何かあるのか?」
コウヤは、今日は何もないのに学校が休校になっていることを思い出した。
「まあ、休みなんだし、いいだけ戦艦見ようぜ。」
シンタロウは双眼鏡を取り出し戦艦フィーネを観察し始めた。
その様子を見てアリアとコウヤは肩をすくめて笑った。
「・・・・ここも戦場になるのか・・・・」
コウヤはこのまえ反芻した言葉を呟いていた。
ある船の中では
「目指すは地球第一ドームだ。軍のドームなど後回しだ。そこさえ押さえれば軍備の調達を遅らせることができる。」
レイラの威厳のある小隊長としての声が響いた。
「でも・・・・そんなことして・・・・」一人の一般兵が呟いた
「我々は地球を滅ぼすのではない。地球に拠点を置くためにドームを取り返すのだ。」
レイラは一般兵の言葉を遮るように言った。
「第一ドームは我々ゼウスの祖先が築いたもの。それを奴らにのうのうと使わせていただけだ。」
続けて呟いたが、苦虫を噛み潰したような表情を取った。
「ヘッセ少尉・・・・自分はこの作戦、気が進みません。」
一般兵は不服そうに言った。
「私もだ。・・・・・だが、私は父上の考えがあると信じている。だから、実行する。」
レイラは一瞬柔らかな表情を浮かべてすぐ厳しい表情に戻った。
「わかりました。」
彼女の部下と思われる兵士たちは複雑な表情を浮かべていた。
部下たちの表情を見てレイラも厳しい表情のままではいられないのか、悲しそうに目を伏せた。
レイラが自室に消えてから。
一般兵たちが彼女の話で盛り上がっていた。
「ヘッセ少尉の父親大好き具合すげーな。」
「そうそう。ヘッセ総統の狂信者って噂はマジみたいだな。」
「最初はいい上官だな・・・と思ったけど。パパ大好き具合でダメになったわ。」
「でも、あの人、月のドームの探索は父親の命令とは全く無関係だったから俺はまだ見放さないな。」
「ああ・・・・あの「希望」の破壊な。ひどかったもんな。さすがにやり過ぎだと思ったぞ。」
「この話題は気を付けろよ。ヘッセ少尉、あのドームで育ったらしいから。」
「まじで!?」
「なんでゼウス軍にいるんだ?」
「わからない。でも総統が関わっているのは確かだな。」
「なんでゼウスの総統の娘が「希望」にいたのかも疑問だけどな。」
そんな話題が上がっているのも知らずレイラは自室で
「みんなは地球にはいないよね・・・・パパの命令でも、私はみんなを・・・・」
と1枚の写真と一つの虹色に光る古びたネックレスを眺めながら呟いていた。
「どこ行ったの・・・みんな・・・。クロス・・・・どこにいるのよ。」
皆と離れてから情勢が悪化し、誰とも連絡を取れなくなっていた。
彼の訃報を聞いた時は信じられなかった。
いつかみんなに話したことを思い出した。
「私はみんなとずっと親友であると信じている。誰か一人が欠けるなんて信じられない」
絆を強調するために言った言葉であった。
だが、その信じられないことが起きてしまったのだろう。
彼の訃報がきっかけだったわけでないが、みんながバラバラになってしまった。私たちは子供だったから仕方ないと言えば仕方ない。
だが、一人が欠けた時点でどんなに想っても壊れるものだったのかもしれない
軍本部では話題のディア・アスールが一人の男と向き合っていた。
ディアの顔に疲れが一瞬見えたことから、彼との対談は予定の中でも合間に組み込まれたものであるようだ。
「レスリー・ディ・ロッド。地連の中佐だ。」
そう名乗った男は軍帽を深く被り、サングラスをしていた。
「ディア・アスールだ。どうした?地連最強の戦士様が私のような者を呼ぶとは・・・」
ディアは表情を引き締め目の前の男を観察するように見た。
ロッド中佐は指を組みディアの視線からやや逃れるように目線をずらした。
「貴方にお願いがある。戦艦「フィーネ」の援護を頼みたい。」
と少し俯いて言った。
「ほう・・・・我が国の理念は中庸だ。そんなことをすると片方に付くことになる。」
ディアは定型文なのだろう。いつも言っていることのようで慣れたように返事をした。
「フィーネは今地球のドームにいる。そして、ゼウス軍は地球に攻め込もうとしている。」
それを聞きうなずきながら「なるほど。でもなぜ私を?」
ロッド中佐は息を吸い
「私は動けない。そして、このままだと地球はゼウスのものになってしまう。」
と嘆くように言った。
ディアは眉を顰め「それは困るな・・・・あなた方に消えられると次は私たちが標的になるな」
「その通り。それに、貴方はドールパイロットである。」
ロッド中佐は口元だけ笑わせて言った。
「なぜ・・・それを」
ディアは表情を変えずに息を詰まらせた
「流石その年で指導者になるだけある。外見と知力と出自だけでないだろう。軍人として優秀だからこそ選ばれたのだろう。」
ディアを見つめてロッド中佐は感心したように言った。
「貴方も人のこと言えるのか?」
ディアは目の前の男を見据えるように言った。
「どういう意味だ?」
ロッド中佐の口元から笑いが消えた。
「さあね」
ディアは目を彼から外し話を戻すように姿勢を改めた。
「話を請けてくれるか?」
ロッド中佐も姿勢を改めた。
「私は5日動けない。それまでに攻撃が終わればそれまで。でも、5日過ぎたら援護する。」
「感謝する。しかし、5日とはなにがある?」
ロッド中佐は手を差し伸ばした。
「月でゼウス本国のお偉いさんとの会談だ。」
ディアは手を握った。
「なるほど」
ロッド中佐はディアを警戒するように見ており、対するディアはロッド中佐を探るように見ていた。
握手を終えた二人はお互い口元だけに笑みを浮かべていた。
「アスール総裁・・・貴国では亡命した軍人の受け入れは行っているかい?」
急な問いにディアは目を丸くしたが
「基本的に亡命は受け入れるが、手引きは控えている。・・・どうかしたか?」
「少し相談がある」
ロッド中佐は声を潜めた。
「嫌だよー」
人が行き交う港で子供の泣き声が響いていた。
声の主はレイラとユイだった。
二人は抱き合い泣き喚いていた。
「みんなと離れたくないよ。」
レイラとユイは涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔を歪ませて叫んだ。
「レイラ。ユイも。・・・私たちはまた会える。」
ディアは二人の肩を抱いて慰めるように囁いた。
「・・・・だって、ディアは「翼」に行くんでしょ?・・・・私たちは「天」だし、ハクトは地球だし。ユイとコウはまだ出発しないけど、いつ会えるかわからないんだよね。」
レイラは駄々をこねるように地団太を踏んだ。
「レイラ。レイラとは僕も一緒だから。」
クロスがレイラの肩を叩いた。
「当たり前だって・・・・これでクロスがいないなんて、耐えれないよ。」
レイラはクロスに縋りつくように泣いた。鼻水涙お構いなしに顔を擦り付けた。
「大丈夫だ。レイラ。俺たちはまた会うんだろ?」
ハクトはコウヤを横目で見ながら言った。
「・・・・え?」
ハクトはコウヤの様子を見て目を丸くした。
「・・・・う・・・・ううう。」
コウヤはレイラとユイに負けないほど涙と鼻水で顔がぐしゃぐしゃだった。
「・・・・コウ。」
コウヤの様子を見てレイラとユイは再び涙がぶり返してきた。
「絶対また会おうな。・・・・・うぐっ・・・・・」
手遅れなほど顔はぐしゃぐしゃなのに涙をこらえながらコウヤは力強く言った。
「必ず会おう。」
クロスはコウヤの顔見て涙ぐんでいた。
「クロス泣いているー。」
冷やかすようにユイは笑った。変わらず顔はぐしゃぐしゃだった。
「・・・人のこと言えるか。ユイ。」
ディアは欠けている大きな眼鏡を治す仕草をした。その様子を見ていたレイラがディアから眼鏡を取り上げた。
「あ・・・ばか!!」
ディアは慌ててレイラから眼鏡を取り返そうとしたが、彼女の目も涙ぐんでいた。
「ディアもだ。」
レイラは楽しそうに笑うが彼女も顔がぐしゃぐしゃのままだった。
その様子を見てハクトはそっと涙を拭った。
「・・・・みんな・・・また会おう・・・・」
コウヤは全員の顔を見渡した。
戦艦「フィーネ」では船員の女性が雑談に花を咲かせていた。
「ねえリリー。艦長なんかおかしくない?」
一人の女性船員が一番若そうな女性船員に話しかけた。
「・・・・・・」
リリーと呼ばれた一番若そうな女性は心ここにあらずの状態でボーっとしていた。
「リリー?」
「・・・・・・」まだ返事しないので
「リリー!!」
「うわっ・・・びっくりした。どうしたの?」
リリーは目を真ん丸にして、飛び上がった。
「だから、艦長の様子が今日変じゃない?」
「え?・・・・そうね・・」
リリーは聞こえていたのだった。
ハクトが「なんでお前が・・・」と言ったのを
『あの人は艦長のなんなんだろう。艦長にとってあの人はどんな存在なのだろう』
リリーの頭の中にはニュースで見た美しい女性の姿が何度も蘇っていた。
軍本部の廊下では、用を済ませたディアが次の予定に移るために早足で歩いていた。
彼女の後ろに同じように早足で近付く人影があった。
「ディア・アスール総裁ですね。」
と声をかけられたディアは振り向いた。
「ええ・・・君はどちら様だ?」
と声をかけた女性に言った。
声をかけた女性は若い軍人であり、息を切らしている様子から急いできたようだ。
「失礼。私はロッド中佐の補佐であるイジー・ルーカス中尉であります。」
呼吸を整えながら機械的に礼をした。
「イジー・・・・どこかで聞いたことがあるな」
「貴方にお願いがあって来ました。」
ディアに思案の時間を与えることなくイジーは言った。
「ロッド中佐からか?彼は・・・」
ディアは彼から何か聞いたのであろう。イジーを探るような表情になった。
「貴方の友人のクロス・バトリーのことです。」
ディアの発言を断つようにイジーは言った。
ディアの表情が変わった。
「なぜ・・・その名を知っている。」
ディアは探るような目から、明らかな警戒を示した。
「私はドーム「希望」の出身であります。貴方と同じの」
イジーは機械的な表情から一変して、口元に少しだけ笑みを浮かべた。
それを聞き、ディアは納得した。
「なるほど・・・・君はあの子か」
ディアは彼女のことを知っているようだ。
「さすが記憶力もよろしいのですね。・・・・私はあなた方6人とは年齢も違いましたから深く関わっていないですが・・・・」
イジーは感心したように言った。
「彼は見つかっていないのか・・・?」
ディアは心配するようにイジーに訊いた。
「できる限りのところは捜しましたけど・・・・どこにも。死んでいないとは思います。彼は「希望」から避難していたはずですから。ただ、その先は戦争の混乱で分かりません。」
「ネイトラルにいないか・・・だな」
ディアはイジーに頷いた。イジーも頷き
「その通りです。彼は争いごとを嫌う性質でしたから。もしかしたら中立国にいるのかもしれない・・・と」
と続けた。
その言葉を聞きディアは寂しそうな表情になった。
「そんなもの、人は変わるんだよ。争いが嫌いでも、その中心で争いを続けるものに変わる場合がある。」
ディアは自嘲的に笑った。
「・・・・・はい。でも、可能性は捨てたくありません。」
イジーは機械的な表情ではなく何かに縋りつくように言った。
「捜さないとは言っていない。もちろん全力で捜すさ。」
イジーの言葉にディアは笑顔で答えた。
「・・・そういえば、補佐なのに中佐の傍にいなかったのは、別の仕事か?それとも中佐の意向か?」
ディアはイジーを見て首を傾げた。
「・・・・私は先ほど別のドームから帰ってきたばかりです。・・・・ディアさん。」
イジーは何か思い出したようにディアを見た。
「何だ?」
「私はハクト・ニシハラに会いました。」
その言葉にディアはピクリと反応した。
「ハクトか・・・・その様子だと、地連の軍か。」
ディアは予想していたとこのように頷いた。
「みんな見つかって元通りになるといいですね・・・・」
イジーは何かを懐かしむように言った。その言葉にはディアは笑顔のみで応えた。
「では、失礼しました。」
イジーは機械的な表情に戻り、一礼をして立ち去った。
彼女の後姿を見ながらディアは悲しそうに笑った。
「あいつが死んだ今、もう元に戻らないものなんだよ。イジーちゃん」と静かに呟いた。
海は汚染され、空気は汚れ何もしなかったら人間は外では生きていけないほど地球の汚染は進んだ。
それに対策するべく、人類は地球にドームと呼ばれる人工的な昔の地球に酷似した建造物を造った。
そんな中、人類は新天地を求め衛星の月と隣の惑星の火星へと手を伸ばしていった。
じきに各ドームは各国になり、月は人の住む巨大ドームを形成し巨大国家へ、火星も同じく巨大ドームを形成しドーム名「ゼウス」からゼウス共和国と名乗り、巨大国家へ形を変えていった。
地球のドームで形成される「地上主権主義連合国」通称「地連」、月にあるドームを中心とする「月ドーム共和国」、火星のドームを中心とする「ゼウス共和国」
そんな国家がつくられた世界で争いが起きないわけはなく・・・
月の人工ドーム「希望」で俺たちは育った。
俺はいつもなかよく遊ぶ友だちといつもと変わらず遊んでいた。
俺ら6人は仲良かった。
俺はいつもみんなの中心にいた。
なのに、火星人工ドーム「ゼウス」で反地球の色が強くなり、その色が俺たちの住んでいる「希望」にも影響を与えてきた。
彼らは元気だろうか・・・一緒にたくさんの幼い冒険や青春を共にし、乗り越えた友
不思議な光を共に見た仲
俺は絶対にあの光を忘れない・・・
あの一瞬を共有したのは6人だけ
虹色の光だった。
あの光を見た時から全てが、いや、あの光を見る前から始まっていたのかもしれない。
あの日はいつも通り秘密基地を探していた。子供は秘密基地が大好きだ。
父の持っていた研究所に至る道は細道で険しく、整備された人工ドームしか知らない子供にとっては冒険心がくすぐられるところだった。その至る道も父の目を盗んで入れるいわゆる獣道のようなものを選んだ。
一番後ろから順番に
高飛車だけど怖がりの寂しがり屋のレイラ
レイラと手を固く繋ぎ、ニコニコと笑って彼女を勇気づけるクロス
周りを見て一線を引きがちだが、友人が大好きなディア
真面目で堅物だが、いつも集まりに引っ張られるハクト
天真爛漫でいつも笑顔だが頭がちょっと悪いユイ
一番前にいるのは6人の号令をかけるリーダー格のコウヤ
換気のために開けている窓から順番に入っていき、床に地散らばるコードや壁についているスイッチを見て楽しい気分になっていた。
「わ!!」
ユイがコードに引っかかり転んだ。
「大丈夫?」
コウヤがユイのもとに駆ける。
二人のやり取りの音が大きく、別の部屋から人の気配が近づいてきた。父に気付かれたのかもしれない。
「コウ!!音が大きい!!」
ハクトがコウヤに怒鳴った。その時にハクトが動いたせいで何やら床についていたレバーをずらした。
「君の声がでかい。」
クロスは冷静な声でハクトに言った。ハクトは一瞬口を塞いだが、クロスを睨んだ。
「誰か来た。ちょっとどうしよう。」
レイラは近づいてくる足音に近くにいたクロスにしがみ付いた。
「とにかくこっちに行こう。」
ディアはコードが散乱している場所でなく開けた場所を指差した。その先には先ほど入ってきた窓があった。逃げるつもりの様だ。
彼女の言う通りにみんな窓に向かって走った。
「痛い!!」
コウヤが何かに引っかかり転んだ。
「大丈夫か?」
ハクトがコウヤに駆けた。
周りで何やら機械音というべきか、モーター音の様な高音が響き始めた。
「何に引っかかった?」
クロスはコウヤが躓いたものを見ようとして引き返してきた。
「何か変な音がする。」
機械音が大きくなっており、ガタガタガタと揺れを加えて部屋全体を響かせていた。
揺れに6人は驚き、うずくまった。
とっさにコウヤはユイを庇うようにした。横を見るとハクトもクロスもディアとレイラを何かから守るようにしていた。
音が止んだ。
「・・・・なんだ?」
誰が言ったのだろうか、わからない。
すぐさま6人に虹色の光が注がれた。
赤と黒の制服の軍隊が、月の人工ドーム「翼」に向かっていた。
いや、向かっていたのではない。宇宙空間用の戦艦の主砲を向けて近づいてきたのだ。
戦艦内では赤と黒の制服の兵士達が何かの作戦の打ち合わせをしていた。
一人だけ制服の違う隊長と思われる人物は、他の者と違い華奢であることから、女であるようだ。
彼女は兵士達が並んでいる中
「あの戦艦に積んでいるものを取り戻せれば、我らに戦況は傾く。何としても成功させろ」
と威厳のある女性にしてはやや野太い声で言った。それに応えてたくさんの兵士達の声が地響きのよう戦艦を奮わせた。
「ヘッセ少尉。取り戻すものは何ですか?」
一人の兵士が彼女に訊いた。どうやら彼女はヘッセ少尉というようだ。
「私たちが気にするものではない。取り戻せばいいのだ。」
はっきりと自信満々な様子で言っているが、どうやら彼女もその取り戻すものを知らないようだ。
だが、質問した兵士はヘッセ少尉の解答に満足したのか大げさに返事をした。
兵士たちを見渡し、異論が見えないのを確認すると、彼女は興味が失せたように冷めた表情に、なりその場を足早に立ち去った。
一方「翼」という月にある人口ドームでは、グレーを基調とした深緑のラインが入った軍服を着た人物が何かに気づいたようで表情が曇った。
「・・・ゼウス軍め・・・ここまでやって来やがって」
声と顔からかなり若い軍人と思われる。
彼は「翼」の港に泊まっている「フィーネ」と書かれた巨大な戦艦に乗り込んだ。
戦艦に乗り込んだ彼を迎える船員の様子から、どうやら彼は戦艦の指揮を任せられている存在、いわゆる艦長であるようだ。
操舵室に艦長が飛び込むように入っていくと、驚いたのか、船員達は「どうしたんですか?艦長」と口々に訊いてきた。
「そんなことより、戦闘態勢に入れ」
と艦長と呼ばれた男は叫ぶように言い放ち、艦長席に着いた。その様子は、若い軍人とは思えないほど様になっていた。
「外に出ている船員を呼び戻せ。流石にここ「翼」はネイトラルの力が強い。対地連と言えど強行に出るとは思えないが・・・・「希望」の破壊もある。荷物は大事だが、ドームの破壊を招くことは避けたい。」
艦長は落ち着いた声で言った。様になっていることと、この落ち着き様で彼は歴戦の兵士であると思われる。
艦長の指示に従って船員たちがせわしなく動いている様子を見ながら
「なんとしても・・・この荷物は届ける必要がある。」
と艦長は船員に指示したときとは違い切迫した雰囲気で呟いた。
地球「第1ドーム」
地球のドームは穏やかな天気、環境、自然に囲まれた楽園に近いところであった。
そんな中、地球と火星勢力の対立は深まる一方であった。
地球に住むコウヤ・ハヤセはその対立を実感できないままであった。
「ゼウス共和国がいつ攻めてくるかわからないっていうけど・・・全然実感できないからな」
最新式の携帯電話でニュースを見ながらコウヤは呟いた。
「ここは平和だけど、地球管轄の月のドームは攻め込まれたらしいよ、「月ドーム共和国」なんてもう無いようなものだし、そう考えると平和なのは地球だな」
と彼の友人のシンタロウ・コウノは言った。
「そっか・・・どこ攻め込まれたかわかるか?」
コウヤの問いにシンタロウは「さあ・・・・・そこまでは」と首を傾げた。
コウヤは「そっか・・・・」と言い、ちょっと空を気にするように上を見上げて
「平和なのは幸せだな・・・」と目を細め、空の奥のどこかを見るように呟いた。
「ここの第一ドームの夜空は本物に近いって聞くけど、コウヤは見たことあるか?本物の空?」
シンタロウは夜空を見上げてコウヤに訊いた。
汚染された地球で暮らすためにドームは360度全て覆う。そのために見える空は作りものだ。ただ、人間暮らしてくために朝と夜は必要だ。そのために朝は明るく夜は暗くしている。コウヤ達の暮らしているここ第一ドームは空の造りが本物に近いと有名であるようだ。
「テレビではよく見るよ。俺、外に言った覚え無いからな。・・・・ほら。」
コウヤはシンタロウに向かって自身の頭を指差して言った。それを見てシンタロウは気まずそうな顔をした。
「悪い。そうだったな。無神経だった。」
シンタロウは肩を縮めるようにした。
構造物のドームが作り出す美しい星空の下、二人は空の向こうに想いを馳せながら眺めていた。
「疲れた・・・・」とため息を吐きながら呟いた。
二人がいるのは、二人が通っている学校の屋上だ。門限を親に決められていても星空の設定がされている日には来てしまう。
「そろそろ進学考えないといけないだろ?どうする?コウヤ。」
シンタロウは声を潜めて訊いた。別に誰かに聞かれて困る話ではないが、真剣になっているのだろう。
「シンタロウは勉強できるからどこでもいけるんじゃないか?」
コウヤは羨ましそうにシンタロウを見た。シンタロウは首をすくめた。
「何でもそつなくこなすお前こそどこでもいけるだろ。」
コウヤと同じように羨ましそうにシンタロウはコウヤを見た。
二人は今年で18歳になる。将来のことを決め、大学で何を学ぶか考える時期であった。
「俺は・・・・法律でもやろうかな。幸い暗記は得意だし・・・・なんでもそつなくこなすって言っても俺は文系脳だから、お前に数学と物理化学は敵わないって。シンタロウは工学か?」
「勉強は好きだけど、働いているビジョンがないんだ。やっぱり、商学やって貿易に行こうか。宇宙に出てみたいしな。」
二人の会話から二人とも成績がいいようだ。
「なーにやってんの?男二人で夜中に、密会?」
二人の後ろから冷やかすような冗談を含めた笑い声が聞こえた。
二人は苦笑いをしながら声の元を見た。
「アリアか。また来たのか。」
シンタロウはため息をつきながら言った。
「密会中だから邪魔しないでよー。」
コウヤは冗談を言うように口を尖らせてシンタロウと肩を組んだ。
「仲いいわね。羨ましい。」
アリアはコウヤとシンタロウの間に割り込むように入り、座った。
どうやらおなじみのようで、シンタロウとコウヤは慣れたようにスペースを開けた。
彼女はコウヤとシンタロウと同じ学校に通うアリア・スーンという女子だ。二人と同じく今年で18歳だ。
「今日の授業は疲れたよねー」
とコウヤにアリアは話しかけてきた。
「コウヤは疲れてないだろ!今日の体育も楽々とこなしやがって・・・」
とシンタロウが反論してきた。
この三人は空を眺める仲間である。
コウヤとシンタロウはクラスの中で仲良しの友人である。
最初はコウヤとシンタロウだけだったが、それを見つけたアリアが口止めの代わりに仲間に入る形で形成された。
「わたしねー昔月のドームの「希望」に行ったことあるんだー」
とアリアが昔話を始めた。
「それって・・・ゼウス軍に壊されたとこだよな・・・。そんなとこ行ったことあるのか?すげーな!!」
とシンタロウは驚いたように言った。
その話を聞きコウヤは
「そうなんだ・・・どんなところだった?」
とシンタロウほどは食いつかず聞いた。
「綺麗なところだったよ。ドームの中もしっかりしていたし・・・・途中での宇宙船から見た風景が一番きれいだった。」
とアリアが答えると
「俺は宇宙の方に行ったことないからなー・・・うらやましいー!!なあ!!コウヤ」
とシンタロウがコウヤに同意を求めてきた。
「あ・・・ああ!!そうだな」とコウヤは一瞬戸惑いながらも答えた。
「翼」付近の宇宙空間では
「クソッ・・・ゼウス軍め・・・不意打ちなんて・・・」
副艦長らしき女性が舌打ち混じりに言った。
艦長はそれを横目で見て
「このままだと地球に行くしかないな・・・許可を取れるか?」
と冷静な様子で言った。
「後ろから追撃されてる状況なので、許可は下りないと思います。」
とオペレーターは難しい顔で言った。
「とりあえず交渉だけでもしてくれ」
艦長は重い腰を持ち上げるように立ち上がると、船員たちは驚いたように彼に目を向けた。
「俺が戦いに出る。ゼウス共和国でも俺のことは知れ渡っているはずだ。脅しにはなるだろう。」
艦長はそう言い部屋を後にした。
「地連二番の男・・・・流石です。」
その艦長の背中を船員達は尊敬と信頼のまなざしで見ていた。
生体兵器「ドール」により、人類の戦争はさらに激しいものになった。
「ドール」とは特殊プログラムにより人間と神経接続し同調させ、動きを操縦者に忠実にさせた人型の兵器である。専用のスーツを着用し、「ドール」とコードで接続することで初めて動かすことができる。
「生体兵器」と呼ばれるが、その実態はほぼ金属で構成された無機質なものである。
艦長は専用スーツを着てドールに乗り込んだ。
コードを接続させていく手つきは、よほど慣れているのか早く鮮やかであった。
「ゼウス軍で練習でもするか」と呟き、彼は遥か先にいる戦艦めがけて宇宙空間に出て行った。
ゼウス軍側の戦艦では
「ドールが出てきたか・・・」とヘッセ少尉は呟いた。
しかし、ほかの軍人はその言葉に首を傾げた。どうやら彼女にしかわからなかったようだ。
考え込むようにヘッセ少尉は眉を顰めた。
「撤退だ。戻るぞ」
ヘッセ少尉の言葉に他の兵士は納得していないようであったが、彼女の発言は強いらしく、ゼウス軍は撤退という方向変えたようだ。
納得のいかない様子の兵士を見てヘッセ少尉は勇ましく笑いかけた。
「撤退は一時的なものだ。どうせここからは地球に降りるに決まっている。到着地点がわかるなら、追跡は続けられる。」
宥めるように優しく目を細めて笑い、自信満々に言った。
兵士たちは彼女の優しい笑顔に一瞬顔を赤らめた。
揺れる金髪とエメラルドグリーンの瞳は宝石のようで見とれてしまうほど美しかった。
ヘッセ少尉は表情をすぐさま引き締め鋭い目を兵士たちに向けた。
「撤退の方向でそれぞれ動くように。私は父上に連絡と指示を仰ぐ。」
洗練された機械のようにヘッセ少尉は部屋から出て行った。彼女の後姿を見て残った兵士たちは憐れむ様な目を向けていた。
「ヘッセ少尉は、父親のことさえなければ、最高なのにな。」
「美人だからみるだけでも幸せってやつだ。」
兵士たちは雑談を終えるとすぐさま作業に取り掛かった。
引き返していくゼウス軍を確認した艦長は残念そうにだが、安心したようにため息をついた。
「試し打ちもさせてもらえないとは・・・」
と呟いてふと目に入った月の上にある廃墟のような構造物の跡に目を移した。
廃墟にはかろうじて読める文字が見え、「希望」と書いてあった。
艦長は悲しそうに目を細めた。
「・・・・・あれからもう6年か・・・・」
名残惜しそうに廃墟から目を逸らし、自分の戦艦に戻って行った。
戻った戦艦では、地球圏に入ることの交渉に成功し、滞在許可の下りた地球のドームに向かう準備に入っていた。
「ゼウス軍もドールが怖いんですね。艦長の戦略成功ですね」
と一人の女性隊員が艦長に言った。
「そうだな・・・俺は出損みたいだったがな。」
艦長は苦笑交じりにかえした。
「いえいえ!!万一戦闘になったら艦長じゃないと勝てませんって。地連のニシハラ大尉は宇宙二の男といっても過言ではないです。」
と必死に訂正した。
艦長はそれを笑いながら聞き
「だが、向こうには「緑」のドールがある。あれは俺でもきつい。」
敵軍が持つ戦力を想像して彼は言った。
「そういえば・・・なんでゼウス軍は月の近くまで来ているのですか?」
と女性隊員は訊いた。
艦長のニシハラ大尉は、途中で見た廃墟になったドームを思い出した。
「さあな・・・廃墟でも見に来たんじゃないか・・・・ちょうど見えるところだろう。」
ニシハラ大尉の言葉を聞き女性隊員は一瞬顔をこわばらせた
「す・・・すいません。考えなしに訊いて」と謝った。
「そんな気にすることではない。」
ニシハラ大尉は昔を思い返すように何もない天井を見た。
そっと自分の胸に手を当てて、軍服の下の何かに触るような仕草をした。ネックレスでもつけているのだろう。
「お友達のご遺体は・・・見つかりましたか?」
その声ではっと我に返り
「いや・・・今回も見つからなかった。もう無理なのかもしれないな」
彼は悲しそうな顔をしていた。
彼は、昔過ごした「希望」での日々を思い出していた。
未だに行方が知れない友人。他国に行ってしまった友人。そして・・・
暗い宇宙空間で浮遊する機械がある。
その中にどうやら人が乗っているようだ。
「見つからないか・・・」
中に乗っていたヘッセ少尉は残念そうに呟いた。
機械は簡易的な悠人の探査機のようで、中にはヘッセ少尉一人だった。
彼女は自分の胸に手を当てて月の地上に見える廃墟を見た。
みんなで見たあの光、浴びた光を決して忘れない。
自分の一生の友はあの時の光を見たあの6人だけ
それを引き裂いたものは決して許さない
壊したものはもっと許さない
「・・・・なのに、何やってんだか・・・・・」
自嘲的に笑いヘッセ少尉は縋るように廃墟を見ていた。
機械を器用に操作し近くの戦艦に戻っていく
戦艦に戻るとそれを待っていたように「お疲れ様です隊長」と赤と黒の制服の軍人が声を発した。
機械から降りたヘッセ少尉は
「時間を取らせてすまない。すぐに近くの艦と連絡を取れるところまで行け」
と威厳のある声で言った。
「了解です」と軍人たちは艦内に戻っていった。
それを見送ったあと、ヘッセ少尉は宇宙空間を見つめていた。その先には変わらずに廃墟と化したドームがあった。
ヘッセ少尉は束ねていた髪を解いて、悲しそうな顔をしていた。
『情勢は悪くなる一方です。軍は各ドームに対して十分な軍備を追加するようですが、「希望」付近は先月の戦闘により瓦礫の回収が進まず、船が入れない状況です。できるだけ早く地球か月の他のドームに急ぐことを勧めます。』
アナウンサーは淡々と言っていた。
「ゼウス共和国とやっぱり戦争になっちゃうの?」
テレビを見ながら悲しそうにレイラは呟いた。
「・・・・僕たちがどうにかすることは出来ない。」
クロスはレイラの肩に手を置いて、励ますように言った。
「ここも危険になるって噂だよ。」
ハクトは顔を顰めてマグカップを見ていた。
「どうしたんだ?ハクト。お茶まずかったか?」
ディアはハクトの持っているマグカップを見た。
「いや。・・・・実は父さんの仕事の都合もあって・・・・地球に降りることになったんだ。」
ハクトは気まずそうに悲しそうに言った。
ディアは一瞬目を見開いたが、すぐさま表情を平静に戻し、かけている眼鏡を整える仕草をした。
「・・・・いや、ハクトのお父さんの仕事上仕方ない。私も・・・・「翼」に移動するかもしれない。」
ディアも気まずそうに話し始めた。
「二人ともやっぱり「希望」から離れちゃうんだ。」
ユイは寂しそうにしていた。
「・・・・でも、生きていればまた会えるよ。一生の別れじゃないから。」
コウヤは元気づけるようにディアとハクトに笑いかけた。
「そうだな。」
ハクトは強く頷いた。ディアも頷いていた。
「・・・・何か欲しいよ。」
ユイはコウヤ、ハクト、ディア、クロス、レイラと順番に見渡して言った。
「欲しいって?記念写真とか?この前撮ったじゃん。」
レイラはどこからか一枚の写真を取り出した。ユイはそれを見て首を振った。
「写真も大事だけど、何か・・・・ほら!!結婚するときって指輪するじゃん。」
「僕たちは結婚しないよ。」
クロスは首を振った。
「気持ち悪いこと言うなクロス。ユイの言いたいことは指輪の様な証だろ?」
ハクトは苦そうな顔をしてクロスを見た。クロスはしれーっとした表情で目線を逸らした。
「あー、指輪は却下。私はいずれここに別のをする予定だ。できれば指輪は一つがいいからな。」
ディアは自分の左手薬指を立ててハクトの方を見た。ハクトは顔を赤らめて目を逸らした。
「私たちと言ったら何かな?何か思い出の象徴みたいなものがいいんじゃないの?」
レイラは人差し指で5人を順番に指差して言った。
「レイラが難しい言葉を使っている。」
ユイはレイラを見て恨めしそうに言った。
「私はユイほどおバカさんじゃないからね。」
レイラは鼻息荒く威張るように言った。
「レイラの言っていることって大体この前見た映画の言葉だから。安心して。」
クロスはレイラの様子を見て楽しそうに笑った。
「・・・・俺たちの象徴って言ったら・・・・・」
コウヤは首を傾げた。
「私たちの号令係のコウを分解して分け合うわけにいかないからね。」
ユイはコウヤの全身を見て悩ましそうな顔をした。
「止めろって!!生ものは却下。」
ハクトは顔を青ざめさせていた。
「ハクトはスプラッター系がだめなんだ。この前映画を見ていたら倒れた。」
ディアは首を振った。
「・・・・虹色・・・・虹色の光だ。」
クロスは思い出したように言った。
「あー。あの時のやつだね。あの光のお陰かな。最近私絶好調!!この前のテスト満点近かった!!」
ユイは両腕を挙げて言った。
「元がおバカだから伸びしろがあっただけじゃないの?」
レイラはユイを挑発するように言った。ユイはいーっと顔を顰めてレイラを睨んだ。
「・・・虹色の何か・・・・いいかもしれないな。ちょっと父に訊いてみる。」
ディアは座っていた席から立ち上がり、部屋から出て行った。
どうやら6人がいるのはディアの家の様だ。
毛皮の絨毯や天井からぶら下がるシャンデリアからかなり豊かな家の様だ。
「やっぱり財団持っている家は違うな。ハクト君は逆玉だな。」
コウヤは未だ顔の青いハクトを冷やかすように言った。
「逆玉って!!俺は別に財産目当てじゃない!!」
顔を真っ赤にしてハクトは大声で言った。
「赤くなったり青くなったり忙しいねハクトは。」
クロスはハクトの様子を楽しそうに見ていた。
「お嫁に行く場合って、ハクトの名前ってディアと同じアスールになるの?」
レイラはクロスにもたれかかるように首を傾げていた。
「お嫁に行かない。」
ハクトは呆れたようにレイラに言った。
「虹色っていったら、宝石の類で何かないかな?ほら、洗剤とかって水面に虹色の膜みたいなのが見えるじゃん。」
コウヤは考え込むようにして言った。
「例えがあまりよくないけど、そうだね。指輪は無理だけど男でもつけられるアクセサリーならいいんじゃない?身に着けるものなら失くすこともないし。」
クロスはコウヤに頷いた。
「首輪か。」
ユイは真面目な顔で頷いていた。
「僕の言ったこと聞いていたユイ?それだったら男どころか女の子もつけにくいよ。」
クロスは呆れた様子だった。
「次に会う時の必需品ってわけか。」
ハクトは別れを実感しているのか、寂しそうな顔をしていた。
「また会える。みんなそうだよ。」
コウヤは周りと自分に言い聞かせるように言った。
ディアが部屋に戻ってきた。
「みんな。特殊な鉱物があるらしいんだ。それの途中でできるゴミが虹色らしくてもちろん無害だが細工をしにくくて捨ててるらしい。それをネックレスにしたらどうだ?」
ディアは写真も一緒に持ってきた。
テーブルに置かれた写真には虹色の石が映っていた。
地球「第1ドーム」
ドオーーン・・ガガガ
いつも通り屋上で夜空を見ていたコウヤ達は地鳴りのような轟音に驚いた
「うわっ・・・何だ!?」
シンタロウは音の元を探すように周りを見渡した。
「ドームが開いたんだ・・・でもこんな時間に・・・・て、もう朝方だ。」
と言いコウヤは表情を固めて目を細めた。そして音源を見つけたのか一点を見つめて
「見ろ・・・戦艦だ・・・しかも宇宙用だ」と呟いた。
「えっ・・・どこだ?」
コウヤの見つめる方向を目を細めてみるシンタロウ
「あのぼやけているの?」
アリアが指さす方向にしばらくすると姿がはっきり見えるほど近くに戦艦が見えた。
「あの戦艦って・・・地連の?」
初めて見るものに言葉を詰まらせながらもアリアは驚嘆混じりに言った。
シンタロウはどこに持っていたのかわからないが、双眼鏡を取り出し戦艦を観察していた。
「すげー・・・・最新式の戦艦「フィーネ」だぞ・・・・これ確かドール搭載している精鋭だろ」
戦艦が好きなのかシンタロウは詳しく解説付きで歓声を上げた。
「ここも戦場になるのか・・・」他の二人と違い驚かずにコウヤは呟いた。
ただ、彼の声に含まれているのは、失望にも似たものだった。
呟いた後コウヤは少し首を傾げていた。
「・・・ここも・・・?」
自分の言った言葉を反芻していた。
戦艦「フィーネ」は滞在許可の出た地球の第一ドームに着くことができ、艦内はほっとした雰囲気があった。
月付近でゼウス軍に追い回されたのだから当然だ。
「案外簡単に地球に降りてこられたな。」
ニシハラ大尉は軍服の襟を掴んで扇ぐようにした。どうやら汗をかいているようだ。
「でるなら倍以上時間かかりますが、降りるのはうまくハマれば早いんですよ。」
オペレーターの女性が顔を赤らめながら言った。
「・・・そうだな。さて、荷物の方を渡す予定だが・・・・・いつ受け取りに来るんだ?」
ニシハラ大尉はオペレーターに連絡が入っていないか訊いた。
「ああ、それなら・・・・・もうすぐ来るようですね。流石早いですね。」
オペレーターの女性は感心するように言った。
「追い回されながら運んだ荷物だ。何が入っているのか教えてくれないのか?」
「・・・そうですね。無理でしょうね。」
副艦長である女性がニシハラ大尉の肩に手をかけて言った。
オペレーターの女性が一瞬眉を顰めたが、直ぐに笑顔になった。
「ゼウス共和国の追ってきた方も気になる。エース級のドールパイロットを伴っていたからな。」
ニシハラ大尉の言葉に他の兵士たちは目を丸くした。
「え?ドールなんか出て来てないですよ。なんで分かるんですか?」
他の兵士たちの言葉にニシハラ大尉は首を傾げた。
「・・・・わかるんだ。有力なドールとパイロットが乗っていると、そして、俺が出て行ったときに引き返した様子を見て確信した。」
自分でもいまいちわからないようで曖昧な様子で呟いた。
「・・・・ほら、艦長はドールの適合率が高いから。・・・・特殊な察知能力も高いんですよ。」
ぽかんとしている兵士たちに説明するように副艦長は補足した。
原因は解明されていないが、生物兵器であるドールの適合率が高い者は、ドールに対する察知能力と更に特殊な者はあらゆるものに対する察知能力が高くなる。もはやエスパーともいえる。
地球「第1ドーム」
「コウヤ起きなさい」
怒声にも似た母の声でコウヤは飛び起きた。
「な・・・なんだよ母さん」
急に大声を立てられコウヤは戸惑った。
「昨日戦艦が入ったのを見たのね・・・。」
コウヤの部屋に入りながら母親は訊いてきた。夜遅くまで屋上にいたことについては言及されないようだ。
「勝手に入るなよ・・・・そうだよ。それがどうかした?」
コウヤは少し安心したが、ふてくされながら答えた。
「あんたいい機会だから見に行きなさい。軍の人って色んな地域の人がいるって聞くし・・・・あんたのこともわかるかもしれないわ」
と最初の勢いが嘘のように言葉の勢いを無くしながら母親は言った。
「別にいいって・・・・俺は何不自由ないって」
コウヤは母親の様子を見ながら気まずそうに、寂しそうに返した。
「いいから行きなさい。軍艦なんて錚々拝めないわよ」
とコウヤの荷物を外に放り投げた。
「ああー・・・なにすんだよー・・・行けばいいんだろ!!」
コウヤは身支度も満足にせず外に飛び出た。
「夕飯までには帰って来なさい」
それを追うように母親は叫んだ。
「わかってるって」
うんざりしたようにコウヤは叫んだ。
コウヤは重い足取りで噂の軍艦の元へ向かって歩いた。
昨夜「第1ドーム」に入港した戦艦は近くにいろんな見物人で溢れていた。
「艦長ー!!外に出ないんですか?」
戦艦の外の女性船員は叫んでいた。
すると戦艦の入り口から「艦長が船にいなくてどうする」と返答があった。
それを聞いた女性船員たちはどっと笑いながら船から離れて行った。
その様子を艦長であるニシハラ大尉は見送ると険しい表情をして艦内に戻っていった。
戦艦「フィーネ」を一目見ようと港は野次馬でいっぱいだった。
コウヤは船の近くまで来たが人の多さに気圧されていた。
昨日あれだけ大きな音を立てながらこればそりゃ見物客でごった返すよな・・・と思いながら引き返していった。すると近くで
「でっかーい。さすが戦艦だねー」
とそこ抜けぬ明るく妙に気になる声が聞こえた。
母親の言ったことを思い返しながら声の元にコウヤは向かった。
いくつかの人をかき分けると
「あっれーコウでしょ!!あんた」
と探していた声が聞こえた。はっとして振り向くと
「あたしだよユイだよ。うふふ」
と見かけない赤毛の自分と同い年くらいの少女が立っていた。
「誰だ・・・・」
「ひっどーい・・・将来のお嫁さんでしょ!!約束したの忘れたの?」
と言いながらコウヤに近づいてきた。
「ちょっと近い近い」
あまりの急なことに照れながらコウヤは後ずさった。
「やっぱり・・・・コウだ」
満面の笑みでユイと名乗った少女は抱きついてきた。
「えっ・・・お前は俺を知っているのか?」
と顔を真っ赤にしながらコウヤは訊いた。
「当たり前でしょ。あたしみんなを探しているの。コウがいなくなってから寂しかったんだよ。」
とユイはコウヤの耳たぶを引っ張ってきた
「痛いって」と言った瞬間コウヤはどこか懐かしさを覚えた。
この子は自分に関係する子なのかと思い、自分の記憶を探った。
だが、彼女のことなんて記憶にあるはずがない
そう、今の自分の記憶には、ここ第一ドームのものでしかないのだからだ。
「コウはなんでここにいるの?」とユイが訊いてきた。
「それよりも、俺は一体なんでここにいるんだ」とコウヤは訊き返した。
ユイはきょとんとして「知らない」と答えた。
「ユイはどこから来たんだ?」とコウヤは質問を変えた。
「あたしは向こうの建物から来たの。すごい揺れたからどんなものに乗っていたのか気になったし、コウがいる気がしたからね。気になって来たの」
とどこか知らないところを指さしながらユイは答えた。
「ユイはこのドームの人間なの?」という質問をした途端
ユイが何かに気づいたように顔色を変えた。
バッとコウヤから離れ
「こんなこと話したら殺されちゃう」と言い走って行った。
「待って」
コウヤが追いかけようとすると
人ごみから男たちがユイを追いかけるのがわかった。
一瞬でヤバいとわかったが追おうとすると
「また会おうねーコウ」
と叫び声が聞こえた。
コウヤは追うなという意図が含まれていることがすぐわかった。
彼女のことがとても気になった。だが、コウヤはまた会えることを信じて戦艦の方に向かった。
戦艦「フィーネ」内では戦場のそれとは違う固い空気が支配していた。
「ハクト・ニシハラ大尉ですね。わざわざご苦労ですね」
淡々と戦艦の兵士たちは異質な女性の軍人は言った。
「いえいえ、そちらこそわざわざこんな船の中までお越しになられるとは」
ニシハラ大尉・・・ことハクトは顔を強張らせながら無理やり笑みを作り言った。
「無理なさらないでください。私はあなたが戦場で優秀なことを知っています。ここでのご機嫌取りは期待していませんから。」
とはっきりと言われた。
「それはよかった。中佐補佐さん」
ハクトは顔の表情を戻しながら言った。
「私は、イジー・ルーカス。中尉よ。あなたの方が階級も年齢も上なので、敬語は結構よ。」そう名乗ったイジーは、まだ幼さを残す少女であった。
「俺より年下ということは相当若いな。イジー・・・・どっかで聞いたことあるが・・・」ハクトは記憶を探るように上を見た
「よくある名前ですよ。」と一蹴された。
「まあそうなのかもしれないが、で。どうした?ルーカス中尉」
「報告書の提出お願いします。艦長に異例の抜擢でしたから。それなりの収穫はあったんでしょうね。」
「ああ。向こうは中佐が睨んでいる通り地球を狙っていると見ていい。あとは回収された荷物にも執着していた。」
曖昧ないい方だが、確信を持つようにハクトは言った。
「確証は?」それが気になったのかイジーは眉を顰めた。
「軍備と船の気配だ」ハクトはそんなイジーを気にせず当然のように答えた。
「気配?」イジーはそこに食いついてきた。
「ああ。ドール独特の気配が追ってきた。船より向こうからしていた。」
「そこはあなたにしかわからないことですね。・・・だからあなたを抜擢したのですけど。」
と、何かを書き終え。
「では、引き続きこの船の艦長をお願いします。これは中佐からの命令です。」
「わかった」即答だった。
「ルーカス中尉、もう戻るのか?」
立ち去ろうとするイジーにハクトは聞いた。
「はい、今戻れば夜には本部に着くので。中佐に報告しないといけないことがあります。」
イジーは機械的に言った。
「荷物の中身について何か聞いていないか?」
ハクトはイジーの表情に集中していた。
イジーは一瞬驚いたように目を開いた。
「ニシハラ大尉も聞いていないのですか?・・・・では、報告書にも書かれていないと・・・」
イジーは少し顔を顰めていた。
「ロッド中佐は荷物を探らせにあなたをここに派遣したのですね。」
ハクトは納得したようだ。
イジーは機械的に笑顔を作って礼をし、立ち去った。
イジーが去った方向に顔を向け
「彼女・・・どこかで見た気が・・・」
ハクトは記憶を探るように目を泳がせた。
「ただいま」コウヤはそう言い重そうな足取りで自宅に入っていった。
コウヤが家に入ると奥からすごい勢いで
「おかえり。・・・何かあった?」と母親が出てきた。
「まあ・・・・なかったわけじゃないけど。」
「そう・・・」
母親は少し悲しそうに言った。
「でも・・・万一俺の親が出てきてもここに居座るからな!!」とコウヤがいうと
「自宅警備員はやめてねー」
母親の表情は明るくなり、満面の笑みを浮かべた。
「さあ、ご飯にしましょう」
と家の奥にコウヤを引っ張り込んだ
「ああ。今日のご飯何?」「なんでしょうねー」母親はそんなやりとりを楽しそうに言った。
コウヤはこのドームの外で奇跡的に生きて発見された少年だった。
ドームの外は空気が汚く、地球といえ、長時間いると最悪の場合命を落とすかもしれないところだ。
名前以外の記憶を失っていた。もちろん名前も姓は思い出せていない。
その時の持ち物も写真とアクセサリーだけという奇妙な持ち合わせであった。
だが、コウヤは幸運な子供だった。
引き取り手が良かったおかげで環境にもすぐに順応していった。
このことはコウヤと今の親と親友であるシンタロウしか知らない。
言葉というのは受け取り手がないと意味をなさないと自分は思う。
発信した情報というのは全てそうだろう。
アクションに対するリアクションがあって成り立つ。
発せられた言葉といういのは受け取り手が無ければただの音や図形にしかならない。
自分はそう思っている。いつか誰かが呼んでくれるという遺跡的な思考もあるかもしれないが、現実味が無くて子供であった自分はぴんと来なかった。
きっとそういう考えがあったからこそ、故人に書く手紙にすごい抵抗があったのだろう。
それとも、彼が故人であると思いたくなかったから抵抗があったのかわからない。
書いた内容は支離滅裂だった。話し言葉のように彼がいるように書いた。
あなたが好きだったわけじゃない
どちらかというと変な子だと思っていた
あなたが消えて思ったことがあった
全然好きじゃなかったけど
大事な親友の一人だったって
それじゃなきゃ私が泣いた理由と、この大きな喪失感の理由がわからない
今更どうしようもないことだけど
だってあなたは・・・
途中で書くのが嫌になった。目が痛くて手紙が見えなかったからだ。
この手紙は宇宙に放たれたようだが、彼に届いたかわからない。
他の親友たちが自分と同じように彼に手紙を書いたかは知らない。
もしかしたら彼はどこかで笑って暮らしているのかもしれない。
赤い絨毯の敷かれた重々しい雰囲気の長い廊下を軍靴で勇ましく歩く音がする。
「レイラ・ヘッセ少尉お疲れです。」
歩いている者に声がかけられた。
声をかけられたヘッセ少尉、レイラは素早く振り向いた。
「これは・・・准将。わざわざこんな月の近くまでおいでとは・・・」
准将と呼ばれた男はレイラの言葉に微笑んだ。
「当然だ・・・長年の祈願の場に攻め込むのだからな・・・」
と嬉しさを抑えきれない声で言った。
それを聞いたレイラは「そうですか・・・とうとう地球に」と控えめに作り笑いをした。
「君も小隊長として頑張ってくれたまえ。お父上は君の活躍にいつも喜んでいるよ。」
准将は朗らかな笑顔でレイラに言った。
「当然です。私はゼウス軍の兵士ですから。」
レイラは姿勢を正して准将に向き合った。
「そうだ。ヘッセ少尉・・・いや、レイラちゃん。月の近くで探し物をしていたと聞いたが、見つかったか?」
准将は探るようにレイラを見た。
レイラは悲しそうに首を振った。
「・・・・見つからないとわかってて探しています。縋っているだけなのかもしれないです。」
レイラは自嘲的に笑うと自分の胸に手を当てた。
「「希望」でのことは事故だった。すべてちゃんとした理由があるんだ。過去に囚われてはいけないよ。」
准将は目を細めてレイラを見た。
「お気遣いありがとうございます。」
レイラは姿勢正しく頭を下げた。
「・・・・君は今回の作戦に反対なのだな。」
准将はレイラの様子を見て口元に浮かべた笑みを消した。
「・・・・・地球でそこまで大きい活動をしていいのかわからないのです。あの男がいる限りゼウス共和国の活動は制限される。地連最強の男。彼にどれだけの兵士が殺されたか、准将も知らないわけがないでしょう。」
レイラは考え込んでから話し始めた。
「ああ。だが、彼が守るのは本部だ。我々の作戦は本部ではない。」
准将は再び朗らかな笑顔でレイラに言った。
「・・・・はい。」
レイラは複雑そうに口を歪めたが、すぐさまいつもの凛とした表情で返事をした。
地球のドーム地上主権主義連合国軍本部
ある部屋で二人の若い男が話している。
「中佐どうしますか?このままだと攻め込まれますよ。」
小柄な作業着に身を包んだ男が言った。
「上が動かないからどうしようもない。私が動くわけにはいかないからな。」
中佐と呼ばれた椅子にどっしりと腰を据えて座っている。この男がこの部屋の主のようだ。
「中佐がわざわざ動く必要はないですよ。ニシハラ大尉は優秀です。それに万一の場合は上を俺が潰します。」
最後の部分を強調して小柄な男は言った。
「ニシハラ大尉の力だけでは今回は足りないと思うのだがな・・・・だいたいゼウス軍の今回の行動は気になる。わざわざ有力なドールを充てて来るとは・・・・運んでいる荷物が気になるな。」
中佐は何かを計算するように指で数えてた。
「例のゼウス軍のドールですね。確かにニシハラ大尉が乗っているとわかっているのなら、捨て駒で来ると思ってました。」
何かを思い浮かべるように小柄な少年は言った。
「あの緑のドールは正直きついな。おそらくエースだろうな。」
その言葉に小柄な少年は素早く噛みついてきた。
「中佐が、あなたが相手でもですか?」
その様子は脅威を図るようであった。
「さあな・・・」
中佐は言葉を濁していたが、余裕そうに答えた。
「変なこと訊いて申し訳ないです。中佐が勝つとわかっているのに・・・」
その様子に気付いたのか小柄な男は少し萎縮したように言った。
「変なことではない。驕りは禁物だ。」
中佐は優しそうに言った。
「どうしますか?このまま攻め込まれてしまいますか?」
「そうなると上の奴は私のせいにするかな・・・・」
自分に不利なことを言ってるのに中佐は何故か不敵な言い方であった。
「そんなことしたら、上の奴等皆殺しにします。邪魔する奴は・・・」
小柄な男は恨めしそうに歯ぎしりした。
「そうカッカするな。誰がどこで聞いているのかも分からんのだ。」
中佐は辺りを見渡す真似をした。
「・・・・そうですね。」
小柄な男も辺りを見渡した。
「だいたいニシハラ大尉をぞんざいに扱うような真似をすれば中立国が黙っていないだろ。」
中佐は頼もしそうに笑った。
「あの女ですか。」
中佐の言葉に小柄な男は思い出したように言った。
「ああ。若いお飾りの中立国の代表。お飾りと言えど力はある。ちょうど、この後会う予定もある・・・・カマでもかけるか?」
中佐は楽しそうに口元を歪めていた。
地球「第1ドーム」
コウヤは眠い目をこすりながら、パンとハムとソーセージとベーコンという不思議な組み合わせの朝食を摂っていた。
「野菜も食べなさい。ほら、できたわよ。ベーコンエッグ。」
母親はフライパンから焼き立てのベーコンエッグをコウヤの前のお皿に移した。
「・・・母さん。これ野菜?」
「・・・・ほら。」
母親は冷蔵庫から急いでトマトを一つ取り出した。
「・・・ありがとう。」
コウヤはトマトを受け取ると、気まずそうに笑う母親につられて笑った。
「さ・・て、ニュースは何をやっているかしらね。昨日の戦艦のことやっているかしら?」
母親はテレビをつけてニュースにチャンネルを合わせた。
なにやら一つのニュースが終わったらしく、次の内容に移るところだったようだ。
『では、次のニュースに移ります。ネイトラルの若き指導者ディア・アスールは北部ドームに物資を援助することを表明いたしました。』
ご飯を食べていたコウヤは手を止めた。
「すごいねーコウヤ。このディアって人あんたと同い年だよ。」
母親は感心するように言った。
「母さんより年下だよ。」コウヤは少しむっとした。
「うるさいわねー」
「・・・言い出したの母さんだよ。」
コウヤはベーコンエッグをパンにはさんで食べ始めた。
「でも・・・・ホント神様って不公平よね。こんな美人に指導者の素質与えてねー」
「ネイトラル」とは、月ドーム共和国から派生した新興国であり、中立国を名乗っている。
実際に戦争で被害を受けたドームの支援や、難民の受け皿としてその役割を大いに発揮している。
「・・・ディア・アスール・・・有名だからかな。」
コウヤは画面に映る美しい女性を見つめ、自分の記憶をたどっていた。
戦艦「フィーネ」では「第1ドーム」2日目の朝を迎えていた。
「艦長!!今日こそは出かけましょうよ。ほら!!副艦長が残ってくれますから。」
と女性船員がハクトの周りに集まってきた。
「待てよ。ニュースくらい見させろ・・・満足に見る暇もなかったんだからな」
とぶつぶつ言いながらハクトはチャンネルをニュースに合わせて映像を映した。
「前線にいるとニュース見れないからな・・・・お前らは昨日見ただろうが俺は見れていないことをわかっ・・・・・・・・」
急に言葉を止めた艦長に周りにいた女性船員は驚いて彼が見ていたニュースに目を移した。
「艦長そういえばネイトラルの指導者変わったんですよ。このすごい美人に」
画面を指さしながらハクトに訴えるように言った。
「えっと・・・・名前は・・・」一人の女性船員が頭からひねり出そうと頑張っていると
「ディア・・・・」
ハクトは呼ぶように言った。
「そう!!ディアです。」
「あれ?・・・でも艦長なんで?まだ顔しかみていないですよ」
そんな周りの声など聞こえていないようにハクトは画面に穴が開くのではないかというほど見つめていた。
映し出される女性の説明のアナウンスが流れ、彼女が何をやっていたのかを知らせる。
そんなことなど耳に入っていない様子でハクトは目を伏せ、胸に手を当て、何かを握った。
「なんでお前が・・・・」
と続けて呟いた。
この声は周りにはあまり聞きとられなかったが。
コウヤはまた戦艦の近くに来ていた。
あたりを見渡し昨日会ったユイを捜していた。
「いないか・・・・」
『そういえば・・・・かわいい子だったな・・・』と思い出して赤くなっていると
「コウヤじゃない!!どうしたの?」
と聞き覚えのある声が、ふと振り向くと
「アリア!・・・・それにシンタロウまで」
シンタロウはコウヤに寄り
「どうしたんだ?珍しいなこんなところで会うなんて」
「ちょっとね・・・・二人は?」
苦笑いをしコウヤは二人を交互に見た。
「戦艦を見に来たのよ。珍しいし。わけわからないけれど今日学校休みでしょ。」
アリアは楽しそうに息を弾ませていた。
「そうだな・・・・どうしてなんだろうか。何かあるのか?」
コウヤは、今日は何もないのに学校が休校になっていることを思い出した。
「まあ、休みなんだし、いいだけ戦艦見ようぜ。」
シンタロウは双眼鏡を取り出し戦艦フィーネを観察し始めた。
その様子を見てアリアとコウヤは肩をすくめて笑った。
「・・・・ここも戦場になるのか・・・・」
コウヤはこのまえ反芻した言葉を呟いていた。
ある船の中では
「目指すは地球第一ドームだ。軍のドームなど後回しだ。そこさえ押さえれば軍備の調達を遅らせることができる。」
レイラの威厳のある小隊長としての声が響いた。
「でも・・・・そんなことして・・・・」一人の一般兵が呟いた
「我々は地球を滅ぼすのではない。地球に拠点を置くためにドームを取り返すのだ。」
レイラは一般兵の言葉を遮るように言った。
「第一ドームは我々ゼウスの祖先が築いたもの。それを奴らにのうのうと使わせていただけだ。」
続けて呟いたが、苦虫を噛み潰したような表情を取った。
「ヘッセ少尉・・・・自分はこの作戦、気が進みません。」
一般兵は不服そうに言った。
「私もだ。・・・・・だが、私は父上の考えがあると信じている。だから、実行する。」
レイラは一瞬柔らかな表情を浮かべてすぐ厳しい表情に戻った。
「わかりました。」
彼女の部下と思われる兵士たちは複雑な表情を浮かべていた。
部下たちの表情を見てレイラも厳しい表情のままではいられないのか、悲しそうに目を伏せた。
レイラが自室に消えてから。
一般兵たちが彼女の話で盛り上がっていた。
「ヘッセ少尉の父親大好き具合すげーな。」
「そうそう。ヘッセ総統の狂信者って噂はマジみたいだな。」
「最初はいい上官だな・・・と思ったけど。パパ大好き具合でダメになったわ。」
「でも、あの人、月のドームの探索は父親の命令とは全く無関係だったから俺はまだ見放さないな。」
「ああ・・・・あの「希望」の破壊な。ひどかったもんな。さすがにやり過ぎだと思ったぞ。」
「この話題は気を付けろよ。ヘッセ少尉、あのドームで育ったらしいから。」
「まじで!?」
「なんでゼウス軍にいるんだ?」
「わからない。でも総統が関わっているのは確かだな。」
「なんでゼウスの総統の娘が「希望」にいたのかも疑問だけどな。」
そんな話題が上がっているのも知らずレイラは自室で
「みんなは地球にはいないよね・・・・パパの命令でも、私はみんなを・・・・」
と1枚の写真と一つの虹色に光る古びたネックレスを眺めながら呟いていた。
「どこ行ったの・・・みんな・・・。クロス・・・・どこにいるのよ。」
皆と離れてから情勢が悪化し、誰とも連絡を取れなくなっていた。
彼の訃報を聞いた時は信じられなかった。
いつかみんなに話したことを思い出した。
「私はみんなとずっと親友であると信じている。誰か一人が欠けるなんて信じられない」
絆を強調するために言った言葉であった。
だが、その信じられないことが起きてしまったのだろう。
彼の訃報がきっかけだったわけでないが、みんながバラバラになってしまった。私たちは子供だったから仕方ないと言えば仕方ない。
だが、一人が欠けた時点でどんなに想っても壊れるものだったのかもしれない
軍本部では話題のディア・アスールが一人の男と向き合っていた。
ディアの顔に疲れが一瞬見えたことから、彼との対談は予定の中でも合間に組み込まれたものであるようだ。
「レスリー・ディ・ロッド。地連の中佐だ。」
そう名乗った男は軍帽を深く被り、サングラスをしていた。
「ディア・アスールだ。どうした?地連最強の戦士様が私のような者を呼ぶとは・・・」
ディアは表情を引き締め目の前の男を観察するように見た。
ロッド中佐は指を組みディアの視線からやや逃れるように目線をずらした。
「貴方にお願いがある。戦艦「フィーネ」の援護を頼みたい。」
と少し俯いて言った。
「ほう・・・・我が国の理念は中庸だ。そんなことをすると片方に付くことになる。」
ディアは定型文なのだろう。いつも言っていることのようで慣れたように返事をした。
「フィーネは今地球のドームにいる。そして、ゼウス軍は地球に攻め込もうとしている。」
それを聞きうなずきながら「なるほど。でもなぜ私を?」
ロッド中佐は息を吸い
「私は動けない。そして、このままだと地球はゼウスのものになってしまう。」
と嘆くように言った。
ディアは眉を顰め「それは困るな・・・・あなた方に消えられると次は私たちが標的になるな」
「その通り。それに、貴方はドールパイロットである。」
ロッド中佐は口元だけ笑わせて言った。
「なぜ・・・それを」
ディアは表情を変えずに息を詰まらせた
「流石その年で指導者になるだけある。外見と知力と出自だけでないだろう。軍人として優秀だからこそ選ばれたのだろう。」
ディアを見つめてロッド中佐は感心したように言った。
「貴方も人のこと言えるのか?」
ディアは目の前の男を見据えるように言った。
「どういう意味だ?」
ロッド中佐の口元から笑いが消えた。
「さあね」
ディアは目を彼から外し話を戻すように姿勢を改めた。
「話を請けてくれるか?」
ロッド中佐も姿勢を改めた。
「私は5日動けない。それまでに攻撃が終わればそれまで。でも、5日過ぎたら援護する。」
「感謝する。しかし、5日とはなにがある?」
ロッド中佐は手を差し伸ばした。
「月でゼウス本国のお偉いさんとの会談だ。」
ディアは手を握った。
「なるほど」
ロッド中佐はディアを警戒するように見ており、対するディアはロッド中佐を探るように見ていた。
握手を終えた二人はお互い口元だけに笑みを浮かべていた。
「アスール総裁・・・貴国では亡命した軍人の受け入れは行っているかい?」
急な問いにディアは目を丸くしたが
「基本的に亡命は受け入れるが、手引きは控えている。・・・どうかしたか?」
「少し相談がある」
ロッド中佐は声を潜めた。
「嫌だよー」
人が行き交う港で子供の泣き声が響いていた。
声の主はレイラとユイだった。
二人は抱き合い泣き喚いていた。
「みんなと離れたくないよ。」
レイラとユイは涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔を歪ませて叫んだ。
「レイラ。ユイも。・・・私たちはまた会える。」
ディアは二人の肩を抱いて慰めるように囁いた。
「・・・・だって、ディアは「翼」に行くんでしょ?・・・・私たちは「天」だし、ハクトは地球だし。ユイとコウはまだ出発しないけど、いつ会えるかわからないんだよね。」
レイラは駄々をこねるように地団太を踏んだ。
「レイラ。レイラとは僕も一緒だから。」
クロスがレイラの肩を叩いた。
「当たり前だって・・・・これでクロスがいないなんて、耐えれないよ。」
レイラはクロスに縋りつくように泣いた。鼻水涙お構いなしに顔を擦り付けた。
「大丈夫だ。レイラ。俺たちはまた会うんだろ?」
ハクトはコウヤを横目で見ながら言った。
「・・・・え?」
ハクトはコウヤの様子を見て目を丸くした。
「・・・・う・・・・ううう。」
コウヤはレイラとユイに負けないほど涙と鼻水で顔がぐしゃぐしゃだった。
「・・・・コウ。」
コウヤの様子を見てレイラとユイは再び涙がぶり返してきた。
「絶対また会おうな。・・・・・うぐっ・・・・・」
手遅れなほど顔はぐしゃぐしゃなのに涙をこらえながらコウヤは力強く言った。
「必ず会おう。」
クロスはコウヤの顔見て涙ぐんでいた。
「クロス泣いているー。」
冷やかすようにユイは笑った。変わらず顔はぐしゃぐしゃだった。
「・・・人のこと言えるか。ユイ。」
ディアは欠けている大きな眼鏡を治す仕草をした。その様子を見ていたレイラがディアから眼鏡を取り上げた。
「あ・・・ばか!!」
ディアは慌ててレイラから眼鏡を取り返そうとしたが、彼女の目も涙ぐんでいた。
「ディアもだ。」
レイラは楽しそうに笑うが彼女も顔がぐしゃぐしゃのままだった。
その様子を見てハクトはそっと涙を拭った。
「・・・・みんな・・・また会おう・・・・」
コウヤは全員の顔を見渡した。
戦艦「フィーネ」では船員の女性が雑談に花を咲かせていた。
「ねえリリー。艦長なんかおかしくない?」
一人の女性船員が一番若そうな女性船員に話しかけた。
「・・・・・・」
リリーと呼ばれた一番若そうな女性は心ここにあらずの状態でボーっとしていた。
「リリー?」
「・・・・・・」まだ返事しないので
「リリー!!」
「うわっ・・・びっくりした。どうしたの?」
リリーは目を真ん丸にして、飛び上がった。
「だから、艦長の様子が今日変じゃない?」
「え?・・・・そうね・・」
リリーは聞こえていたのだった。
ハクトが「なんでお前が・・・」と言ったのを
『あの人は艦長のなんなんだろう。艦長にとってあの人はどんな存在なのだろう』
リリーの頭の中にはニュースで見た美しい女性の姿が何度も蘇っていた。
軍本部の廊下では、用を済ませたディアが次の予定に移るために早足で歩いていた。
彼女の後ろに同じように早足で近付く人影があった。
「ディア・アスール総裁ですね。」
と声をかけられたディアは振り向いた。
「ええ・・・君はどちら様だ?」
と声をかけた女性に言った。
声をかけた女性は若い軍人であり、息を切らしている様子から急いできたようだ。
「失礼。私はロッド中佐の補佐であるイジー・ルーカス中尉であります。」
呼吸を整えながら機械的に礼をした。
「イジー・・・・どこかで聞いたことがあるな」
「貴方にお願いがあって来ました。」
ディアに思案の時間を与えることなくイジーは言った。
「ロッド中佐からか?彼は・・・」
ディアは彼から何か聞いたのであろう。イジーを探るような表情になった。
「貴方の友人のクロス・バトリーのことです。」
ディアの発言を断つようにイジーは言った。
ディアの表情が変わった。
「なぜ・・・その名を知っている。」
ディアは探るような目から、明らかな警戒を示した。
「私はドーム「希望」の出身であります。貴方と同じの」
イジーは機械的な表情から一変して、口元に少しだけ笑みを浮かべた。
それを聞き、ディアは納得した。
「なるほど・・・・君はあの子か」
ディアは彼女のことを知っているようだ。
「さすが記憶力もよろしいのですね。・・・・私はあなた方6人とは年齢も違いましたから深く関わっていないですが・・・・」
イジーは感心したように言った。
「彼は見つかっていないのか・・・?」
ディアは心配するようにイジーに訊いた。
「できる限りのところは捜しましたけど・・・・どこにも。死んでいないとは思います。彼は「希望」から避難していたはずですから。ただ、その先は戦争の混乱で分かりません。」
「ネイトラルにいないか・・・だな」
ディアはイジーに頷いた。イジーも頷き
「その通りです。彼は争いごとを嫌う性質でしたから。もしかしたら中立国にいるのかもしれない・・・と」
と続けた。
その言葉を聞きディアは寂しそうな表情になった。
「そんなもの、人は変わるんだよ。争いが嫌いでも、その中心で争いを続けるものに変わる場合がある。」
ディアは自嘲的に笑った。
「・・・・・はい。でも、可能性は捨てたくありません。」
イジーは機械的な表情ではなく何かに縋りつくように言った。
「捜さないとは言っていない。もちろん全力で捜すさ。」
イジーの言葉にディアは笑顔で答えた。
「・・・そういえば、補佐なのに中佐の傍にいなかったのは、別の仕事か?それとも中佐の意向か?」
ディアはイジーを見て首を傾げた。
「・・・・私は先ほど別のドームから帰ってきたばかりです。・・・・ディアさん。」
イジーは何か思い出したようにディアを見た。
「何だ?」
「私はハクト・ニシハラに会いました。」
その言葉にディアはピクリと反応した。
「ハクトか・・・・その様子だと、地連の軍か。」
ディアは予想していたとこのように頷いた。
「みんな見つかって元通りになるといいですね・・・・」
イジーは何かを懐かしむように言った。その言葉にはディアは笑顔のみで応えた。
「では、失礼しました。」
イジーは機械的な表情に戻り、一礼をして立ち去った。
彼女の後姿を見ながらディアは悲しそうに笑った。
「あいつが死んだ今、もう元に戻らないものなんだよ。イジーちゃん」と静かに呟いた。
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