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ロートス王国~異種族と帝国騎士団と時々王族編~
爆ぜる青年
しおりを挟む街道を抜け、木の間を抜けると農地の並んだ小屋が見えてきた。
ところどころに家畜が倒れていたり蹲って震えているのが見えるが、人は見当たらない。
だが、しばらく進むと明らかに避難漏れでない人影が見えた。
なにせ、見えた人影は空に浮いているのだ。
リランと同じように風の魔力で空を飛ぶことのできる者ということだ。
リランは一瞬カウスを想像したが、シルエットが違う。
浮いた人影と同じようにリランも空高く飛び、視線を合わせた。
「人間以外が何の用だ?」
リランは上空に浮く男に尋ねた。
彼は見たところ耳が長く肌の色が青い。
とがった耳が大きく横に伸びており、伸ばした長髪は白い。
顔は人間とほぼ変わらないもので、この男は精悍な顔つきをしている。
瞳の色は人間で言うと白目に当たる部分が赤く、黒目部分が黒い。
体格はリランより大柄でがっしりとした筋肉がついているが、人間と大して変わらない印象を受ける。
身体的特徴から彼は“長耳族”なのはわかる。
要は、敵だということだ。
彼の手には魔石があった。
そして、浮上する彼の下には数匹の魔獣がいる。
魔導砲台にいた魔術師たちとは少し違い異色に思える。
王都の中で捕まった長耳族の方と動いていたのかもしれない。
「人間ごときが、気安く話しかけるな」
長耳族の男はリランに目すら向けずに言った。
「ならわかった。」
リランは男に下に見られたことに対して何も思わなかったので、彼の言う通り話しかけるのをやめた。
そしてためらいなく彼に雷の魔力を放った。
長耳族の男は驚き慌てて避けた。
リランは男と会話することはもう止めたので、とっとと消すことにした。
上空に浮いているので彼は風の魔力を持っているのだろう。
「な…お前何を」
なにやら喚き始めたので、もう一度雷を放った。
長耳族の男はまた避けたが、放たれた雷を見て目を丸くしている。
「ここまで鋭い雷の魔力の攻撃…」
なるほど彼は、リランの攻撃を見て驚いたようだ。
なかなかいい目をしている。
しかし、リランはもうこの男と会話する気は無い。
要は、ただの害獣と扱いは同じだ。
地上にいる彼が連れていると思われる魔獣と同じ存在だ。
言葉とは、会話をするつもりが無ければ通用しないのと一緒だ。
「魔術師?
プラミタは大したことなかったが・・・」
長耳族の男はなにやらぶつくさと言っている。
リランの制服は他の帝国騎士団と違う。
統一されていないため、騎士とは別と思われたのだろう。
会話する気は無いが、落としてくれる情報はありがたい。
なるほど、長耳族でも彼はプラミタを見れる環境にあるのか。
敵対関係はわからないが、接点の可能性があるとだけ覚えておこう。
リランは続けてまた雷の魔力を放った。
長耳族の男はそれを回避し、背中に背負った剣を抜いた。
リランへの対応を剣でするつもりのようだ。
確かにプラミタの魔術師は、武術はてんでダメだったから判断としては正しいのかもしれない。
ただ、それはプラミタの魔術師を基準としたらという点においてであり
リランはプラミタの魔術師ではない。
先ほど魔導砲台を止めているのを見ていないのかもしれない。
よくよく考えると、遠くからだと魔導砲台の光で何があったのかわからない。
相手側にはリランが止めたと分かっていないのだろう。
それに加えて、まだリランの武勇が届いていないか侮られているかだ。
特徴の赤い髪は隠していないが、油断してもらった方が都合がいい。
リランは腰に差している細身の剣を抜いた。
今日は魔力の行使ばかりだが、つい最近不穏分子を剣術で制圧したばかりなので、腕はなまっていない。
長耳族の武術というのはどの程度なのかわからないので、今回は最初から剣は二本使う。
なにせリランは双剣スタイルで戦う。
そしてこの戦い方はリランの魔力の扱いと非常に合うのだ。
この前制圧した不穏分子相手には剣を一本しか使わなかったので、双剣での実践は久しぶりということになる。
長耳族の男はリランが逃げずに剣での応戦姿勢を見せたことに目を見開いて一瞬驚いたが、口元に余裕そうな笑みを浮かべていた。
長耳族の男の手元を見た。
剣の握りから、慣れがある。
そして体格もだが、扱う剣も大きい。おそらく力が強いのだろう。
なるほど手練れだ。
リランはそう判断すると剣を早めに構え、素早く動き出した。
力の強い手練れの相手は昔嫌というほどやった。
果たしてあの臆病な先輩ほど強いのか、久しぶりの強者の気配にリランは思わず笑みを浮かべた。
リランの剣と相手の剣がぶつかった。
威力を殺して流せる程度のものだ。
リランは素早く受け流し、相手の剣を地面に押し付けた。
そしてその剣を足場にし、剣の上を走り相手の手を踏みつけた。
長耳族の男は驚いた顔をしたがすぐさま剣を持ち上げ、リランを振り払おうとした。
リランは男の頭を足場にして剣を弾き、彼の背後に着地するついでに背中を斬り付けた。
勝てない相手ではないと判断したので、今後のために手札を確認したい。
着地して男を改めて見たが、長耳族は血は人間と同じく赤いということがわかった。
カウスの時は確認できなかったので大事なことだ。
解体したいというマッドな考えがあるわけではないが、肉体の差異は情報として必要だろう。
ついでに背中を斬ったことで、背中の筋肉の様子もわかる。
やはり人間と変わらない。
ならば、急所も人間と同じか。
リランは納得した。
顔色一つ変えずに自分の攻撃を受け流し、さらには軽く反撃したことに長耳族の男は怒りを示していた。
そういえば、頭を足場にしたのは屈辱だったかもしれないな。
リランは同じことを人間相手でやったことがあったが、その時にも怒らせたことを思い出した。
しかし、ちょうどいいところに頭があるのが悪い。
そして、頭を足場にしたということは頭を落とす事も可能だったということを示している。
手加減されたこともわかったのだろう。
リランは長耳族の内部は知らないが、彼は魔術師団の所属ではないと思えた。
それどころか、どこか騎士のような佇まいだ。
「お前・・・我を第二部族の近衛と知っての」
「地元では有名かもしれないけど知るわけ無いだろ。俺は人間だ。」
リランはわなわな震える長耳族の男に呆れた。
ただ、長耳族内でも所属があるようだ。
第二部族とは・・・カウスが名乗っていたものと同じだ。
だからと言って何かがわかるわけじゃない。
なにしろ、リランは長耳族内部のことなど知らない。
「・・・いや、その赤い髪
曲芸のような身のこなし・・・お前プラミタの魔術師でなく帝国の赤い死神か!」
長耳族の男はやっとリランの正体に気付いたようだ。
答える必要は無いが、いちいち動きが大きく変に律儀な気がする。
少し自分の部下であるジュンと重なる。
「騙したな!どこか魔術師だ!」
長耳族の男は何故リランに激昂した。
そもそもリランはプラミタの魔術師と名乗っていない。
勝手に勘違いしたのはそっちだ。
ただ、彼はリランの剣だけで斃せそうだ。
とっとと片付けるか捕らえるかするべきだ。
リランは両手の剣を振りかざし、再び長耳族の男に向かった。
男は素早く反応し剣を構えた。
男の剣にリランの剣が二本順番にぶつかる。
防がれるのは計算内だが、彼の足場を確認する。
リランの思った通り、大きい武器を扱うのなら足を広げて重心を安定させる必要がある。
素早く彼の股下に潜りこんで足を切り裂くように剣を振る。
男は慌てて飛び、リランの剣を防ぐように剣を下に振った。
並みのものならここで足を切り刻まれるが、並み以上の実力のようだ。
ただ、彼は見たところ身軽ではない。
上空でリランに対応できないだろう。
マルコムでさえ、昔の今よりもずっと弱かったリランと戦う時は空中戦には持ち込まなかった。
彼はリランと戦う時は徹底して地に足を付ける。
リランは地面を踏みしめ、潜り込んだときに曲げた膝を勢いよく伸ばし跳躍した。
跳躍ついでに振り下ろされた剣を叩き反動を得て空中での体勢を整える。
男はリランの叩き込まれた剣の対応にわずかに体勢を崩した。
空中で二本の剣を振り上げるリランを見て驚愕した。
勝ったと確信した。
リランはそのまま勢いよく男に剣を叩きこもうとした。
「あが・・・」
しかし、振り下ろすときに胴体をひねると激痛が体を走った。
幸い下ろす動作であったので勢いが死ぬことなく男に振り下ろせた。
だが、剣は男がやけくそで差し出した腕に阻まれた。
血が宙を舞っているので肉は切っているが、太い男の腕は切れていない。
「力勝負は弱いようだな」
男は腕に深く切り込んでいる剣を強く握りながら笑って言った。
二本の剣が腕に深く刺さっている状態だが、細い剣であるのが災いして男の大きな手に握り込まれている。
彼の手と腕からは絶え間なく血が流れている。
それでもリランの剣を放す様子は無い。
もはや気力だろう。
男は体ごと剣とリランを地面に向けて振り下ろし倒れ込もうとした。
リランはとっさに剣から手を放し地面に滑り込んで男と距離を取った。
あのままだったら男の下敷きになっていた。
思った以上に戦闘経験があるのがわかる。
純粋な実力ならリランよりも弱い。
「死神、さっきの威勢はどうした?」
男は腕に刺さっている剣を引き抜いてポイっと遠くに投げ捨てた。
彼の目にはもはや侮りはない。
ここは捨て身でリランも魔力を使う必要がありそうだ。
だが、魔力を使おうとすると同時に激痛が駆け巡り、喉に鉄の匂いが広がった。
しかし、ここでやられるわけにはいかない。
撤退を確認しに来たが、そのリランが撤退をするというのはなんとも皮肉だ。
幸いリランは逃げるのは得意だ。
まして、魔導砲撃の余波を浴びて木がなぎ倒されている王都前と違う。
隠れる場所が沢山あり、そのような場所で人目を盗むのは得意だ。
こういうのは動き出しが大事であり、視線をどこへ向けるのかの一瞬が勝負だ。
足の向きをゆっくり変え、男に警戒をさせる。
男の視線に気を配っていたが、急に彼の視線が宙に向いた。
何事かと思ったが、その視線の意味がわかった。
リランと男の間に水泡が漂っている。
これはヤバイ。
直感で思い、リランは逃げるのではなく水泡から距離を取るため後ろに飛んだ。
その判断は正しかったようで、水泡はリランが後ろに飛ぶとすぐに破裂した。
近くの木の枝が切り裂かれ、さらには目の前の長耳族の男の持っている剣が衝撃波で破壊され、さらに男は吹っ飛ばされた。
「は?」
リランは一瞬何があったのかわからない。
それは男も同じようだった。
何が起きたのかわからない顔をしていた男は体を近くの木に強打し呻き蹲った。
だが、彼はすぐに起き上がって激昂した表情をして上を見た。
「カウス様!私を巻き込まないでください!」
男は怒鳴るようにだが、敬語で叫んだ。
その言葉でどんな意図があったのかわからないが、何があったのかわかった。
リランは男の見ている方角を見た。
そこには目の部分だけに穴が開いた無骨な鉄仮面をした男が、夕日に照らされた薄紫の髪をキラキラと光らせて上空に浮いていた。
彼は怒鳴る男に返事をせず、じっとリランを凝視していた。
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