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ロートス王国~異種族と帝国騎士団と時々王族編~

先にいる者たち

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 ビエナとシルビオによって明かされた術者と思われる男は、海藻のようにうねった黒髪をした青い瞳の男だった。
 彼はシルビオにアルベールと呼ばれていた。
 見た限り、それが彼の名であり、さらにシルビオとは顔見知りのようだ。
 それどころか因縁がありそうだ。

 という関りも驚きだが、何よりも凄まじい魔力で白い霧を礫のような威力で放ったシルビオに驚いている。
 小さい魔獣を切り裂いた魔力も凄いが、今も白い霧を礫のように操るのは相当の実力者ということだ。

「いえ・・・待って」
 クリスティーヌは先ほどシルビオがアルベールと話した内容を思い出していた。

「白煙って・・・」
 クリスティーヌは顔を上げた。
 魔術に疎いが、そんなクリスティーヌの目から見てもシルビオは実力者だ。
 それに、彼はプラミタトップと面識があるらしかった。

「幻惑の白煙・・・第二位の?」
「え?」
 クリスティーヌの呟きにビエナは驚いていた。

「あれ?クリスティーヌ様は聞いていなかったんですか?
 あれ?」
 ビエナは混乱している。
 その様子からオリオン達は知っていたようだ。

 確かに彼は強力な魔術師と言っていた。
 プラミタ第二位の魔術師なのだから強力なのは当然だ。

 建物から飛び出したアルベールは、魔石の大元のようなものを持っている。
 そして、彼はためいらなく周りの人に攻撃を加える。

 彼は雷の魔力を持っているらしく、体にバチバチと雷を纏っている。

「守りに入れ!」
 シルビオが騎士や兵士に叫ぶ。
 兵士はシルビオの声を聞いて慌てて動き出した。

 騎士は避難の者たちを港から遠ざけようと動き始めている。

「本当は港でやるつもりだったが」
 アルベールが魔石に魔力を込め始めた。

「魔石を持っている者は手放せ!
 装飾品を含めて全部だ!」
 シルビオは人ごみに叫んだ。

 その叫びを聞いて、数人の人が首飾りや指輪のようなものを辺りに棄て始めた。

 だが、捨てるのが遅かったのか、該当の魔石を持っていたものが手に装飾品を持ったまま固まったように動かなくなった。
 そして魔石のついた装飾品が光り始め、人の影が分裂して魔獣が発生した。

「きゃああ」
「人がああ」
 人々は混乱し、あちこちに魔石のついた装飾品が落ちた。
 その落ちた魔石たちも該当の魔石があったようで、光って魔獣を発生させた。

 ただ、人を犠牲にした方が発生する魔獣の数が多いようだ。

 シルビオは白い霧ではなく黒い靄を発生させ、それで魔獣を包み込んで対処をしている。
 それと共にアルベールに狙いを定めて白い霧で追跡している。

 魔力量や威力などが圧倒的なわけではないが、二つのレベルの高い魔術を同時に動かす技量。
 まして見た目ならシルビオは若い。正確な年齢はわからないが、オリオンと同い年くらいだろう。
 プラミタ第二位魔術師は伊達ではない。

 帝国騎士もシルビオが魔獣対策に動かしている黒い靄の動きに合わせて人々を誘導し守っている。
 ライラック王国の兵士もそれなりに頑張っている。
 彼らは帝国騎士を頼りに動くことに徹しており、そのあたりの心がけを短い期間で徹底されたことを考えると、クリスティーヌが知っているライラック王国から少し変化しつつあるのだろう。

 このままいけば、シルビオがアルベールを仕留めるのは時間の問題だ。
 と思われた。
 しかし、今のライラック王国は王都でのアルベールと呼ばれる男だけを相手にしている状況ではなかった。
 そう考えると、シルビオは魔術で戦うことがあっても、混乱状態で先頭に立つことは少なかったのだろう。

 外野への把握が甘かった。

「シルビオ様!魔術を下げてください!」
 何かを察したビエナがシルビオに叫んだ。

 シルビオはビエナの言葉を聞いて慌てて操っていた白い霧と黒い靄を地面に落とすようにした。
 その動きが始まったと同時に轟音が響き、光の束が凄まじい勢いで王都に飛びこんできた。

 余りに勢いと圧倒的さに、クリスティーヌは固まったまま光の束を見送ることしか出来なかった。
 これに対応している港の人たちに敬意を覚えるほど、光の束に脅威を感じる。

 おそらく大量の魔力がかなりの密度で練られているものだ。
 だからこそ、威圧されるのだろう。

 光の束は、様々な色の魔力を纏っており、シルビオの白い霧と黒い靄をバチバチっと弾かせ消滅させながらとある二階建ての建物に風穴を開けた。
 建物は、叫び声と呻き声を背景に崩れ落ちた。
 崩れた建物は大通りに向かって大きく倒れるのではなく、支えが無くなり自重で崩壊した。
 それなりの規模の建物が崩壊しので、それにともない砂埃や飛び散る瓦礫もある。

 その被害で叫び声も聞こえる。
 避難に駆り出されていた兵士や騎士も巻き込まれている。
 不幸中の幸いなのは、巻き込まれた騎士が魔力をほどほどに使えたようで、それを駆使して瓦礫の中から這い出し救助も試みている。

 気が付くとクリスティーヌは、一人で大通りの脇にへたり込んでいた。
 腰が抜けてしまったようで、立ち上がるまで少し時間を要しそうだ。
 意地で壁のあるところまで体を引きずり、無理やり立ち上がろうとした。

 立ち上がろうとして生じる腕の疲労に安心する。
 一枚壁を隔てた出来事を見ている感覚に陥るが、いま目の前で起きていることだ。
 現実味が無くて、アズミから頼まれた任務が無ければまったく動くことができなかっただろう。

 壁に寄り掛かり周りを見渡した。
 気が付くとビエナがいなくなっている。

 どこにいるのかを探すと、シルビオがよろめきながら走り出すのが見えた。
 彼の銀髪は良く目立つ。

 彼が何故走っているのかわからず、進行先を見るとアルベールは港に向かっているのが見えた。
 アルベールはシルビオの追撃が緩んだのを見逃さなかったのだろう。

「逃がすか」
 シルビオはすかさず白い霧を発生させ、追撃しようとした。

「ダメです!シルビオ様!」
 ビエナがシルビオに飛びついて彼の動きを止めようとした。
 とても必死だ。
 ビエナはシルビオを止めるためにクリスティーヌの傍から離れたようだ。

「ここで弱みを見せた方が後に響きます」
「!?」
 ビエナの言葉でシルビオは動きを止めた。
 どうやらシルビオはこれ以上深追いできない理由があるようだ。
 動きを止めた二人と合流した方がいいので、クリスティーヌはよろよろと歩き出した。

 幸い外傷があるわけではないので気合で動ける。
 二人の元に向かっている途中考えた。

 シルビオの技術は凄い。
 白い霧の精度も凄いがそのあとに発生させた黒い靄も同じように動かしていたのは驚きだ。
 あれは闇の魔力なのだろうか?
 クリスティーヌは魔術に明るくないので見た目だけでしか判断できない。

 ただ、魔術と呪術の概念の違いはわかる。
 魔術は魔力を放って操作するもの。
 作動する段階で魔術は魔力を消費しているのだ。
 しかし、呪術は魔力を操作するもの。
 作動した段階では魔力は消費したわけではなく、解かれたときに消費する。

 実は、これは魔力回路と魔力を繋げたまま操作するためであり、そのやり方には向き不向きがある。
 意外に魔力による内部損傷は呪術師の方が多い。
 なぜなら、使っている規模が大きい術なら解かれた瞬間に魔力を一気に正気するからである。

 つまり、放った術を消されて魔力消費のような疲労を見せているのは魔術師ではおかしいのだ。

「シルビオ様・・・
 黒い靄は呪術ですか?」
 クリスティーヌの問いにシルビオとビエナは目を丸くした。

「呪術師はわかるか・・・」
 シルビオは困ったように笑っていた。




 また砲撃が王都に放たれた。
 今度は何も対応できずに見送るしかできなかった。

 ライデンが起こした海の揺れや荒れに対し、沖の船は距離を取り体勢を立て直すことで対処し始めた。
「これは俺が船に乗っている方が活かせるんだけどな」
 ライデンは悔しそうに呟いた。

 本領発揮には程遠い状況なのだろう。
 ただ、オリオンはライデンにそこまでの深追いは望まない。
 何せ、彼は間違いなくライラック王国の今後に必要な人材だ。

 オリオンはエミールのケガを治癒しながらやるせなさを感じていた。

 幸い火傷は治療できたが、裂傷はどうにか止血程度だ。
 エミールは肉のケガだけと言っているが、筋肉もしっかり切れているので歩くことは難しい。

 もっと治癒の鍛錬をすべきだった。
 オリオンは戦うことや魔力を扱うことを二の次にしていた。
 為政者としては正しいのだろうが、非常時に役立つための力が非常時に使えないというのは本末転倒だ。

 そして、今は非常時だ。

「大変です!港に人が流れ込もうとしています」
 一人の兵士が慌てた様子で飛び込んできた。
 彼の後ろには人混みが出来ている。

 もしかしたら、港にオリオンがいるから攻撃を受けないと情報が出ているのかもしれない。
 実際、ルーイに抑えつけられている貴族の男は内通者であったようだ。
 このような場所に潜り込んでいるのなら、王都に避難した振りをして混乱を起こすことも可能だ。

「魔獣が発生しているだと?」

「大通りでは死者が多数出ています!」

「農地で略奪が起こっています!」

 あちこちで混乱が起こっている報告が響く。

「大丈夫です」
 エミールがオリオンの不安を察したのか、安心させるように言った。
 彼はこんな気休めを言う性分ではない。

 だが、今は緊急事態だ。
 エミールはあまりにオリオンが追い詰められているから気休めを言わざる得ないと判断したのかと思った。

「気休めはいい。
 お前はきっちりと現実的なことを言ってくれ。」

「だから大丈夫です」
 エミールはオリオンの言葉に食い気味に言った。
 そして彼はライデンに目を向けた。

 ライデンは頷いている。
 彼は何を察したのだろうか。

「オリオン王子。沖を見てください。」
 エミールは顎で海の方を指して言った。

 オリオンはエミールに促されるまま沖を見た。
 海には変わらず船がある。
 砲台が光っており、充填がされているのがわかる。

 ライデンの妨害が無ければ今頃上陸されていた。
 寒気を覚えたが、その脅威は今も変わらない。

 そのうえ、船の背後には追い打ちをかけるように別の影が見えた。

「え?」
 オリオンは目を細めた。
 別の影は船団のように連なった軍船だ。
 そして長耳族側と思われる船たちとは別方向からやってきいている。

「目に魔力を込めてみてください」
 エミールの助言にオリオンは肉体強化と同じ要領で目に魔力込めてより目を凝らして見た。

 勢いよく視野が狭くなり、一点だけを対象に一気に拡大されてオリオンは思わず眩暈がした。
 慣れないと体調を崩しそうなものだったが、船団の先頭の船にひらめく赤で眩暈などの不調は消え去った。

 長く艶やかな赤髪を一つに束ね、黒いマントをはためかせ腰に二本の剣を差した青年。

「リラン」
 オリオンは思わず名を呼び立ち上がった。

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