世間知らずのお姫様と二人の罪人の逃亡記

吉世大海(キッセイヒロミ)

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ロートス王国~異種族と帝国騎士団と時々王族編~

力を見る青年

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 朝食を摂り終わり、荷造りを終えると腰に剣を差し、槍を一本背負った。
 マルコムは槍を二本使う戦い方をするが、護衛をするときは小回りが利く剣を多用する。
 なにせマルコムの戦い方は周りを巻き込むので、うっかり護衛対象をぶっ飛ばしてしまいかねない。

 シューラ曰く、ガサツであるためらしい。

「のうのう」
 猫背でのそりとノリスがやってきた。
 彼はかなりマルコムに対して遠慮が無くなってきた。

 こちら側としても利用する気満々なので、遠慮されない方が楽なのでありがたい限りだ。
 ノリスは明らかな弱者に見えるが、マルコムは彼の事が嫌いではない。
 どちらかというと結構気に入っている。

 どこかミナミと似たような匂いがするし、彼もまた異様な特出した能力を持っており、タフだ。

「姫様おかしいと思わないかのう?
 それともたまにあんな風になるのかの?」
 ノリスはチラリと離れたところにいるミナミに目を向けて尋ねてきた。

 それはマルコムも思っていることだ。
 疲れもあるかもしれないが、ミナミの注意力が散漫な気がする。
 シューラも不思議そうな顔をしていた。

 何せ、寝起きのミナミに飲ませた薬湯は殺菌作用もあるが、どちらかというと刺激物のようなもので目を覚まさせるためのものである。
 それを普通のお茶を飲むように飲んだのだからおかしい。

「…魔力の使い過ぎの時と同じような症状なのは気づいたかのう?
 五感のいずれかが鈍くなってくるうえに集中力が下がって頭が回らなくなる。
 俺に気付かなかったこととさっきの話の聞き方、味覚もあまり働いていないとなるとドンピシャだのう。」
 ノリスは頷きながら言ってから顎をさすって、「でも見事な拳が入ったのう…」と呟いていた。
 気絶していたことから、そうとう綺麗にミナミの拳が顎に入ったのだろう。
 ミナミのあの柔らかい手で気絶するとは、ノリスは相当軟弱だ。

「そうなの?俺魔力尽きたことないからわからないけど」

「俺も無いぞ。俺は魔力よりも先に体力が尽きるからのう…でなくて
 姫様は治療しながら進んできたとはいえ、魔力量がとてつもないことを知っているから不自然でのう…」

「確かに、俺も多い方だけどミナミはさらに魔力が多いから、あの程度で使い過ぎになるのは不自然だね。」
 マルコムはここまでの移動でミナミが魔力を使っている様子を確認している。だが、そこまで多くは無いはずだ。
 ミナミ自身の魔力の使い方の精度がちょっと上がっているのもあるが、癒しを使う者にとって自分自身を癒す行為が一番魔力消費効率がいい行為なのだ。
 瀕死のケガでもないし、単なる足の回復であるので規模も小さい。

 魔力不足というのは考えられないと判断していた。
 ミナミの魔力の一端を見ているノリスもまた同じ判断をすると思うが、ここでノリスが言うのなら魔力をどこかで余分に使っているということだ。
 その根拠がノリスにあるらしい。

「あと、移動の時は気づかなかったがのう、姫様が地面に向けて魔力を垂れ流しているように視えるのう」
 マルコムがそんなことを考えている時に、ノリスはサラリと言った。

「は?」

「残滓魔力というよりも意志が薄い無意識な行為らしくて全然気づかなかったがのう。それに加えて、移動中は姫様は足の回復で使っておったからのう」
 いやー、参った参ったと小さく呟きながらノリスは頷いている。

「いや、なにそれ」

「姫様がお前たちの会話に集中しようと顔を向けたときにわずかに意志の残滓が見えたから、それでやっとわかった程度だのう」
 ノリスは困ったように首を傾げて唸りながら言った。

「君は魔力が視えるから、そういうのはもっと早く気付くかと思っていたけど」

「俺の能力を高く見積もっているようだが、俺は強い意志が絡む魔力の残滓が判別できるだけで、視覚に入らないものはどうしようもないわい!」
 ノリスはフンスと鼻息荒くして言った。
 確かに彼の言う通りだ。
 ノリスは魔力が視えるが、あくまでそれはノリスの視界に入った場合だ。

「あー…確かにそれはそうだ。当然だね。」

「それに、この地は地面自体が変な魔力を帯びておるから、はっきり視える場合か意識していないと魔力を視るのは難しいからのう。
 まあ、ロベルタ三世が言った通り、この地は魔族が絡むから仕方ないことなのかもしれないがのう」
 ノリスはポリポリと頬を掻きながら言った。

 マルコムの聞いたことの無いことがいくつかある。
「ロベルタ三世?は?」
 聞いたことの無い名前に思わずマルコムはノリスを睨んでしまった。

「お前だって話しただろう!」
 ノリスはプンスカと怒りながら金属の塊を取り出した。
 それはノリスがマルコム達に遺物との会話を見せてくれた時に応えてくれた遺物だ。

 どうやら名前を付けているらしい。

「…名前つけているのかよ」

「旅の道連れなのだから当然だろう!
 とはいえ、ロベルタ三世は名前で呼ぶと怒るのでのう…」
 ノリスは金属の塊を撫でながら呟いた。

「…じゃあ、この地が魔力を帯びているっていうのは?」

「まず、第一にこの諸島群に魔獣がいないのが何よりの証拠だのう。
 聖域的な扱いであるゆえに不思議に思っていなかったがのう、魔族の情報からどうやらその存在の魔力を帯びているらしいのう。」
 ノリスは地面を足で軽く小突きながら言った。

 マルコムは納得した。
 つまり、自分よりも強い存在をこの地に感じるから魔獣が住み着いていないのだ。
 住処として選ばないということだ。

 遺跡の近くの河口には魔獣が現れるらしいが、カプラの存在があるせいか上陸することは無いと思っていた。
 だが、それは逆なのかもしれない。
 カプラが出入りする場所だから、そこの河口にだけは魔族の気配が薄いのかもしれない。

 他の場所からも海の巨獣は上陸することはできるはずであるし、この諸島群は人間と家畜のような魔獣しかおらず、競争相手がいないはずだ。
 しかし、それでも避ける理由がある。

 こういう動物的な感覚は信用できる。
 それにノリスの力についてもマルコムは信用している。

 だが、それらの情報があっても疑問は解消されない。
「…じゃあ、なんでミナミは魔力を使っているんだ?」
 マルコムは答えを持っているわけでないのにノリスに問いかけた。

「わからんのう。だが、姫様が魔力を使い続けている状況を解決できないのであるなら、動き方も変わってくるだろう?」

「そうだね。病人か怪我人がいる前提の動きか…」
 マルコムは護衛対象が怪我をしたときのことを思い出していた。
 だが、自分が騎士をやっていた時に怪我人や病人を護衛したことが無いのに気づいた。
 なにせマルコムが騎士の時は、安全な場所にいる健康な権力者の護衛しかしたことが無いのだ。

 おそらくシューラの方が経験が豊富である。
 あとでシューラと情報共有すべきだと判断した。

 そう思ったとき、背後に人の気配が急に浮かんだ。
 しかし、マルコムは武器に手をかけることはなかった。

「シューラか」

「うん。ちょっと気になる事があったから情報共有しにきた。」
 背後に現れたのはシューラだ。
 彼もノリスと同じようにマルコムに報告することがあるようだ。

 ただ、その内容は想像がついた。

「ミナミのことだね。」

「うん。ノリスも察知しているみたいだけど、僕からもいくつか気になったから。」
 シューラもどうやらミナミが魔力を使っていることに気付いているようだ。
 彼はノリスとは違い、感覚的なもので魔力を察知できる。
 それに加えて、もしかしたらコロから情報を得ているのかもしれない。
 あの獣は、シューラに下僕であるから。

「のう?」
 ノリスはシューラが魔力を察知する感覚を持っているのは知らないようで、驚いた顔をしている。

「ミナミだけど、魔力を地面に流し続けていると思ったんだ。
 それは、ノリスが把握しているかもしれないけど、僕はミナミの魔力が吸われていると思っている。」
 シューラは片手を挙げて、マルコム達がやってきた遺跡の町の方角を指した。

「ミナミの魔力量と鍛錬での消費、睡眠とかの回復を考慮すると、結構前からずっと吸われていたと思うんだ。
 タイミングを考えると遺跡に行った後からって考えると自然かもしれない。」

「吸われている…なら思念がそこまで絡まないから俺が視え難かったのも納得だのう…
 便利だのう。やはり、感覚的に察知するのと視覚で捉えるのとでは得られる情報が違うのう…」
 ノリスはシューラの言葉を聞いて、感心したように呟いた。
 彼はどうやらシューラの発言で、感覚的に魔力を察知できることに気付いたようだ。
 また、シューラのように感覚的に魔力を察知する人間を認知しているようで、自然にシューラの能力に納得している。

 プラミタのことを大したことないと思っていたが、西の大陸にはやはりマルコム達が知らない魔力などの知識がありそうだ。
 マルコムはプラミタを含む西の大陸への内心の評価を改めた。

「しかし、遺跡に足を踏み入れただけで吸われるって感じなのかのう。厄介だのう…」
 ノリスは唸りながら言った。
 確かに、厄介だ。

「…あの奥の部屋で椅子に触れたことがきっかけじゃないのか?」
 マルコムはミナミの魔力に関わる現象があったことを思い出した。

 遺跡の奥の玉座のようなところでの出来事だ。
 あの玉座にミナミが触れたとき、不思議な文様が浮かび上がった。

「一番可能性が高そうだね…だけど、それがわかったところで対策が取れない。
 魔力の枯渇は今はいいけど、過ぎると体力を削るから…」
 シューラはそう言うと、マルコムを見た。

「何?」

「ミナミを抜かした僕たちの中で一番魔力が多くて、一番魔力を使う機会が無い。」
 シューラはマルコムを指差して言った。
 失礼なことを言っているが、彼の言っていることは事実だ。
 内心舌打ちをしながらもマルコムは納得した。

「ねえ、ノリス。他人に魔力を与える方法って過剰な接触以外で無い?」
 シューラがノリスにした質問で、マルコムはシューラが何を考えていたのかわかった。

 シューラはマルコムがミナミの魔力タンクになることを考えているのだ。
 確かにもしできるなら現実的に楽になる。

 しかし、他人に魔力を譲渡する方法はあるが、それはマルコムがミナミに行うのはよろしくない方法だ。
 それこそ大分濁しているが、シューラが言った過剰な接触である。

「そうだのう…持っている魔力の種類が同じであれば手はあるが、姫様と同じ種類の魔力は持っているかのう?」
 ノリスは考え込んだが、頷いてシューラとマルコムを交互に見た。

 同じ種類の魔力はシューラの方があるが、マルコムもミナミと同じ種類の魔力を持っている。

「光の魔力が俺とミナミの共通する魔力だ」
 マルコムが使いどころがわからずうまく使えない光の魔力だが、それはミナミも持っている。

「そういえば、姫様が恐ろしいくらい光ったのう…お前も持っているのか?」
 ノリスは頷いて言ったあと、少し考え込んでからマルコムを見た。
 その表情には少し深刻そうな色が見える。

 何か不都合があるのか?

「姫様も思ったが…
 ガサツな奴が光の魔力を持つのは悲劇だのう」
 とても失礼なことを考えた。

 マルコムは思わず手を挙げそうになった。
 後ろでシューラが笑った。
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