世間知らずのお姫様と二人の罪人の逃亡記

吉世大海(キッセイヒロミ)

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ロートス王国~レンダイ遺跡と英知の巨獣編~

警戒する青年

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 マルコムは槍を一本と腰に剣を差して領主の館の前にいた。
 庭も立派で、門から館の前に来るまでに時間がかかった。
 この屋敷をそのまま腐らせておくにはもったいない。

 建物に入る前に庭も含めて見て回った。
 かつて立派だったのだろうと思える庭は伸びっぱなしの雑草と枯れた木が時間の経過を感じさせる様子だった。
 思った以上に人の手が入っておらず、侵入者もお行儀よく玄関から入ったのだろう思えるくらい人が足を踏み入れた痕跡はなかった。
 ただ、正面の玄関から入っても大丈夫なほど入りやすいということだろう。

 そんな風に考えてマルコムは玄関に向かった。
 玄関に足を踏み入れるとノリスの言った通り、少し趣味の悪い過剰な装飾があった。
 ノリスの住む屋敷と違い、屋敷自体に飾り気があるから華やかだが、少しお金をかけ過ぎではないか?と思えて虚しさを覚える。
 ただ、宝石の類はある程度荒らされているらしく、豪勢な飾りで宝石が乗っているはずの土台の上はところどころ何もない箇所がある。

 目指すのは領主の居室であるのでマルコムが向かうのは屋敷の奥だ。
 途中、ちょっとした好奇心で覗いた客間はノリスの言った通り、一部の成人男性が楽しむことを目的にしたものがいくつかあった。
 別にマルコムは他人の趣味嗜好に口を出さないが、ちょっとこの部屋の趣味は近づきたくないと思えた。

 それに、ここにはミナミを連れて来れない。
 マルコムはそう判断して扉を固く閉めた。

 警戒をしながら歩みを進めると、ふと昔の事を思い出した。
 石造りの建物は、かつて騎士として働いた帝国の王城と重なる。

 マルコムは帝国騎士団でも要人警護の多い精鋭部隊に所属していた。
 任務の時に組むことが多かったのは同期のミナミに外見だけそっくりな女騎士だった。
 彼女とは気が合い、尊重するものが同じであることからいい友人関係だった。

 周りを見渡すと、領主の館というよりも一つの城という印象を受ける造りだ。
 階段は螺旋で基本的に吹き抜けの天井で開放的であり、それこそ帝国の王城を思い出す。

 ふと見上げた先にぶら下がるシャンデリアには、時間の経過があっても色あせない黒曜が艶やかにぶら下がっている。
 あの黒曜のような髪と瞳を持つ心優しい貴族の騎士とも、くだらないほど楽しい時間を過ごした。
 力自慢の心優しい彼は、よくマルコムと腕力比べをしていた。
 負けるのが悔しくて何度も挑んだものだ。

 ふわりと揺れる古びたカーテンは、質がいいのだろう。
 今は日に焼け、白く焼けてくすんでいるがかつては艶のあるビロードの赤だったのだろう。
 ふと、深紅の髪を持つ後輩を思い出す。
 彼等とはくだらない言葉遊びをしたり、幼さをからかったりしたものだ。
 貪欲に力を付けていく後輩をマルコムなりに可愛がっていた。

 彼らとは背中を預け合い、同じ目的で武器を振ったことがある。
 そして、気が緩むような、どうしようもないほど何も知らなったような時間を共に過ごした。

 そして、そのどうしようもなく無知で楽しい時間は、どうしようもなくくだらないきっかけで崩壊した。
 更に国の精鋭部隊の崩壊を敵国に付け込まれ、国の危機にまで発展した。

 ザリ…と石造りの床に砂が絡む音が響く。
 泥などを含んだ状態の悪い靴で歩き回ったのだろう。
 マルコムは思ったよりも新しい状態の砂と泥の名残りに腰の剣に手をかけた。

 人がいる。
 巧妙に隠れているが、間違いなく誰か潜んでいる。

 マルコムは本当にミナミを連れて来なくて正解だと思った。
 剣の振る幅と範囲を確認し、障害物に引っ掛からない場所を心がけて動き出す。

「敵ではないわ。」
 武器を振るう準備をしていたら、声がかかった。
 女の声だ。
 声だけで判断するなら、賢そうだが性格のきつそうな感じがする。

 マルコムは武器に手をかけたまま声の方を見た。
 そこには隠れるのを止めたのか、一人の女性が立っていた。

 紺色の髪を左右にそれぞれ丸めて編み上げ、貴族の女のように凝った髪型をしている。
 釣り目がちな瞳は明るい緑色で、鋭く光っている。

 体型は細身で、武人という印象は無い。
 ただ、マルコムが巧妙に隠れていると思ったのだ。
 ただものではない。
 警戒するに越したことはない。

「私の名はクリスティーヌ。」
 女性は両手を挙げて敵意が無いことを示しながら言った。
 その名を聞いてマルコムは剣にかける手を外した。

「貴方達に姫様を託した、アロウの娘よ。」
 彼女は明るい緑色の瞳に強い光を宿しながら言った。

「娘は、アズミ姫も元にいると聞いたけど?」
 マルコムは剣から手を外しているので警戒は解いているが、彼女がどういう状況で接触を試みたのか気になった。

「姫様は、彼女にしかできないことをするために別行動をとっています。」
「じゃあ、何で君はここに?」
「忠告とお渡ししないといけないものがありますので」
 クリスティーヌはそう言うと、両手を下げ

「まず、この町の人間を信じないでください。」
 クリスティーヌはまっすぐマルコムを見て言った。




 マルコムが一人の女性を連れて帰ってきた。
 まさか、これがお持ち帰りというやつなのか?
 ミナミは兵士たちがたまに言っていた言葉を思い出した。
 意味がわからないが連れて帰る事を指すらしいので、きっとそういうことだろう。

 ミナミはちょっとウキウキしながら女性を見た。
 キリっとしたちょっと釣り目がちな形の目には綺麗な明るい色味の緑色の瞳がある。
 髪は二つにお団子に綺麗に結い上げている。ミナミは流しっぱなしの髪型なので素直にすごいと思う。
 身だしなみに気を付けているのだろう。
 服装は、上はどこかの侍女の制服に見えるが、下は深いスリットの入った細身のスカートの下にぴったりとしたズボンを履いており、靴は足首までかっちりと固定された動きやすそうな低いヒールのブーツだ。
 ミツルと同じように出来る女性という感じだ。かっこいい。

 ミツルはきりっと張った弓の弦のような印象のある女性だ。それに加えてしなやかな柔軟さも見える。
 目の前の彼女も同じくきりっとした女性だが、武力の印象が無い。また彼女はしなやかな柔軟さは見えないが、誠実さが見える。

 ミナミはフラフラと女性の方に向かっていたみたいでシューラに手を掴まれて気付いた。
 慌ててシューラの隣に並んできりっとした。

 女性はミナミに気付くと驚いたように目を見開いたが、すぐに優しく微笑んだ。
 とてもいい人だと思もう。

 しかし、マルコムは険しい顔をしている。
 綺麗で仕事が出来そうな女性をお持ち帰りしてきたのに、何かあったのだろうか?

「発言を許してもらっていいでしょうか?」
 女性は遠慮気味に手を挙げて言った。
 凛と響いて声まで賢そうだ。
 ミナミはふわふわと地に足が付かない声と言われているので、羨ましい。

「うん。いいよ。」
 とりあえず一番地位が高いのはミナミなので、ここで許可をするのは自分だろう。
 ミナミはシューラと繋いでいない方の手を挙げて女性の発言を許可した。

「まずは、貴方の置かれた立場や大変な状況だったことを心から悔しく思います。
 ですが、ここでご無事なことを確認出来て嬉しいです。
 お会いできて光栄です。」
 女性は丁寧に頭を下げた。
 武人のように膝をつかない様子から、彼女は武力はあまりないのだろう。
 勝手にそう判断した。

「ありがとう。で、貴方はだあれ?」
 ミナミは心配してもらい、丁寧な礼を受けたのでお礼を言った。
 ただし、彼女の自己紹介がまだなので促した。

「はい。私はタレス国王の友人アロウの娘であるクリスティーヌといいます。」
 彼女はミナミの目を見て自己紹介をすると、また頭を下げた。

「貴方はお姉様の元にいると聞いていたのだけど?」
 ミナミは小首をかしげた。
 アロウの手紙から聞いていた状況でクリスティーヌという娘がアズミの傍についていると聞いていた。
 しかし、彼女は一人だ。

「私は姫様に任務を言い渡され、ミナミ様たちへの伝言を託されたのち、ライラック王国に向かう予定です。
 姫様は、ご自分にしかできないことをやろうと、ただ今王都にいます。」

「そうなんだ。」
 ミナミは久しぶりに姉に会えるかと思っていたので少ししょんぼりした。
 繋いだシューラの手に寄り掛かかってちょっと腕をふらふらしてしょんぼりを誤魔化した。

「ミナミ」
 しょんぼりを咎めるのか、マルコムが固い声色で言った。
 ミナミは思わず身構えた。

「彼女の話はかなり重大だと思う。俺も忠告だけしか聞いていないけど、急ぎで聞こう」
 マルコムはクリスティーヌから何か聞いているみたいだ。
 もしかしてそれを聞いていたから険しい顔だったのかもしれない。

 ミナミが頷くと同時に、玄関に慌ただしい足音が響いた。

「この屋敷に入るのなら手を靴を洗ってからにしろ!」
 廊下からノリスが走ってきた。
 どうやらクリスティーヌが玄関に足を踏み入れる前に忠告をしに来たらしい。

 ノリスを見てクリスティーヌは目を丸くしている。
 だが、すぐに警戒を見せ、ピリっとした空気を纏った。
 前言撤回。
 クリスティーヌはちょっと武力があるみたいだ。

「この男は?」
 クリスティーヌは緑色の瞳に警戒の色を隠さずにノリスを睨んでいる。

「彼は遺跡の管理を任されている者だ。俺たちは彼は大丈夫な人間だと判断して保護しようとしている。」
 マルコムはすっとノリスを庇うように立って言った。
 その行動でマルコムはノリスを警戒していないと示している。

 意外にマルコムは人の間に入ることに慣れている。
 ミナミもあのように器用に動き回りたいものだ。

「…遺跡の管理は年かさの男だったはず」

「母上が書類改ざんしておったからのう。ついでに偽装の魔石まで持たせてもらったから仕方あるまい」
 ノリスはクリスティーヌの言葉を聞いて、納得したように頷きながら言った。

「それ、知らないんだけど」
 マルコムはゆっくりとノリスを見て言った。
 ちょっと怖い気がする。

「…あ!?
 忘れてたわい。」
 ノリスははっとした様子で言った。
 おそらく、ミナミたちに伝えていないことを初めて知ったという様子だった。
 意図して伝えていなかったわけではないらしい。

「…」
 ノリスの言葉を聞いてクリスティーヌはさらに警戒を深めたようだ。

「大丈夫だよ。彼はポンコツだから警戒する必要は無いよ」
 ミナミはクリスティーヌの警戒を解くためにとりあえず安心材料を差し出すことにした。
 なにせ、クリスティーヌが警戒をしていると空気がピリついている。

 ミナミの言葉にクリスティーヌは毒気の抜かれた顔をしている。
 驚きで目がきゅっと細くなっているのがちょっと猫みたいで可愛い。

 隣でシューラの肩が震えていたが、空気のピリつきが無くなった気がしたので、ミナミの伝えたいことをわかって貰えたようだ。
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