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ロートス王国~レンダイ遺跡と英知の巨獣編~
知らない王子様
しおりを挟むオリオンは自分がここに来ることになるとは思っていなかった。
ライラック王国は王城の規模は小さいが、やはり王城は広い。
なので、第一王子であってもオリオンが足を踏み入れたことが無かった場所がある。
前を通ったり存在は認知していたが、避けていた場所。
国王の愛人が暮らしていたと言われる宮だ。
ぱっと見は立派で王城全体の白い壁と青い屋根に合わせているが、土台を見ると古い建物なのがわかる。
見回りの兵士たちもオリオンがいることに驚いているが、声をかけないでくれるのはありがたい。
後ろに控えるルーイは緊張した面持ちをしている。
「ルーイ」
「はい」
「お前はここに来たことがあるか?」
「仕事で見回る事が何度かありましたから、兵士に出回っている見取り図程度の知識はあります。」
ルーイは想定していたことのように答えた。
考えてみるとルーイは一介の兵士だ。
確かにここにオリオン以上に詳しくてもおかしくない。
なにせ、今はこの宮に住人などいないのだから。
「お前は何か変なところとか心当たりはないのか?」
「…そうですね。柱が多くて死角が多いので逢引きに使っている者が多いです。ただ、奥の間は基本誰も入りません。」
ルーイはちょっと耳が痛い情報と気になる情報を教えてくれた。
奥の間とは、この宮で王が滞在してた場所である。
流石に王がいた部屋でイチャコラするカップルはおらず、掃除や手入れでしか人は入らない。
現在は住むものもいないので、窓にかけるカーテン以外の布製品は全部撤収され、無骨な固い家具しかない。
寝具も布団の類は置かれていない。
そこを見る必要がある。
オリオンは何となくそう思った。
それに廊下ではなく、誰かがいた部屋、誰かが暮らしていた部屋の方が何かがありそうなのだ。
奥の間に行く前に、オリオンの祖父である先々代の王の愛人が使っていた部屋を見ることにした。
なんとなく奥の間にすぐに入るのは気が引けたのだ。
ちなみに、まだオリオンが王位を継いでいないので正確には先王である。
無駄に広いが、ミナミやオリオンたちの居住スペースを考えると押し込められているようにしか思えない。
もちろん平民の暮らしに比べたら明らかに豪華で立派だが、建物だけをみると無機質で管理をすることが目的に思える。
オリオンはここしばらくリランとの交流である程度の異国の事を知った。
そもそも彼がここを調べたらどうだ?とけしかけたのだ。
もちろんオリオンも怪しいとは思ったが、それに至った理由が他国の愛人の宮よりもはるかに愛情が無いということだった。
意味がよくわからないうえに、正式な子どもであるオリオンと愛人たちが扱いが違うのは当然だと思っていた。
ただ、そう言われてみると、愛人が複数いた時代も記録にあるのにかなり近くに住まわせていたということになる。
もちろん王族自体が特殊であるので万一できた子どもを管理できるようにする目的はあるはずだ。
ただ、それを考えたとき、ひどく不気味なものを感じた。
そして言いようもない不快感が予感めいてあるのだ。
不用心にもオリオンは愛人の過ごしていた部屋の扉を何も確認せず開いた。
後ろでルーイが慌てているのに気づいて、彼を先行させるのが普通だったと少し反省した。
ルーイも地位の高いものの護衛や付き人としてはかなり未熟だが、オリオンも人に付かれることに対してかなり未熟だ。
気楽ではないが、王子の立場であったことや人嫌いであったことから一人の行動ばかりしている。
そんなことを思い反省を終えたとき、扉の先に人の気配がある事がわかった。
しかし、ぱっと見部屋の中にはいない。
オリオンですらわかった人の気配だ、ルーイは気づいている。
愛人の部屋は、広く扉を開けると広めの応接間があった。死角が多い廊下に比べて柱も決まった位置に配置されて見渡しのいい部屋だ。
布製品が取り払われた机と椅子は床に固定され、部屋のレイアウトは定まっている。
奥に寝室への扉があるので、人がいるのはそこだろう。
オリオンが警戒を見せると、ルーイが困ったような顔をしているのに気づいた。
「どうした?」
「いえ、たぶん侍女たちが掃除しているのですが、もしかしたらちょっと手を止めておしゃべりをしているかもしれません。」
ルーイは気まずそうに言った。
ルーイは平民で下働きの侍女たちと仲が良いはずだ。
「彼女たちにも何か聞けたらいいが」
オリオンは自分から聞く気にならないので、ルーイに視線を向けた。
情けないことだがオリオンは人嫌いというよりも、わけあって女との関りが嫌なのである。
現に男のルーイは後ろにいても平気である。
ルーイは事情は知らないが、オリオンが人と関わるのが嫌いであるから自分に頼むのだろうと察してくれたようだ。
まあ、実際地位が高いため直接話しかけるのをためらうというのはあるが、意外にライラック王国は日常生活での階級意識はそこまで強くない。
利益が生じることや婚姻などになったら別問題だが、比較的平民も暮らしやすい。
何せ、価値や功績があるのが貴族ではなく王族だけだからだ。
ルーイがそっと扉を開くと、思った通り侍女が三人ほどおしゃべりをしていた。
こっそりとオリオンは話が聞こえる物陰でルーイの聞き取りを聞くことにした。
何せ、オリオンがいたらできない話もあるだろう。
細かい掃除や整備でも使われていないこの宮に当てられるのは、経験の浅い侍女が多い。
見張りの兵士たちも新人もいるが、ベテラン等にとってここは気を遣わずに済むから人気の配備場所らしいからベテランもいる。
今日の侍女は三人とも若い。
おそらく年代も近く、共通の話題があるからこのように盛り上がっているのだろう。
「暇してんの?」
ルーイが慣れた様子で三人に尋ねた。
三人は目を丸くして一瞬固まったが、それぞれすぐにルーイに久しぶりと懐かしそうに話しかけてきた。
どうやら元から面識があり、会話を弾ませられるほど仲が良いみたいだ。
「姫様を守ってくれてありがとうね」
「そういえば、オリオン王子は元気?」
「例の副団長の話って本当?」
三人は挨拶を終えると、矢継ぎ早に質問を投げかけてきた。
どうやら侍女たちの間ではエミールが領主たちを締めあげている話がよく話題になるらしい。
穏やかで純朴そうな外見から考えられないほど過激で暴れ散らかしているので、見ていて爽快らしい。
締め上げられているのがこの国の貴族だというのにそう思われるのは少し心苦しいが、それだけのことをやっているので仕方ない。
「そういえば…フロレンスさんって王城にいないの?」
一人の侍女が少し恥ずかしそうに尋ねた。
「え?」
「そうねえ。よく来てくれたのに」
ルーイは驚いているが、他の侍女たちも賛同するように言った。
「えっと、赤い死神のフロレンスさんだよな。」
「そうよ。彼、普段見栄を張って疲れるから、私たちみたいな平民との会話が楽しいって言っていたの。」
「自分は元平民の成り上がりだからってね。」
「話しやすい人で驚いたわ。」
驚くルーイを置いていくように侍女たちは楽しそうに話している。
確かに彼は元平民であるし、自分でもそれを隠していない。
「前に天井のシャンデリアにはたきを引っ掛けたときがあったのよ。
それを取ったら、はたきの布がシャンデリアに引っ掛かったままになっちゃって、ちょうどフロレンスさんが見ていて取ってくれたのよ。」
侍女の一人がはにかむ様な笑みを浮かべながら言った。
彼の身体能力なら簡単なことだが、こんなところに交流を広げているのは意外だった。
「フロレンスさんは仕事の時は気を張って演技をしているらしいけど、素は凄く気さくで可愛い人なのよね。」
「とっても無邪気で甘えたな面もあって、噂と違って驚いたわ。
それに、ここだけじゃなくて王城の侍女たちにかなり気さくでなおかつ気を遣ってくれるのよ。ベテラン侍女が先に陥落したわ」
「若かったら狙ったのにって言っていたわ」
侍女たちは楽しそうにリランの話をしている。
可愛い、無邪気、甘えた、どれもオリオンが知らない姿である。
マルコムの手紙にわずかに先輩への甘えたはあったが、それは信頼に近いものだったので違う気がする。
ルーイも混乱した顔をしている。
オリオンは演技じみた胡散臭い姿しか知らないので、まるで他人の話を聞いているようだった。
言いようもない不快感や胸やけのするような気持ち悪さがじわりとした。
だが、彼はこの宮を探ったうえでオリオンをけしかけていたのはわかった。
オリオンはその結論だけ持ち、あとはルーイに任せてその場から離れた。
奥の間は他とは作りが全然違った。
なにせ、奥の間に関しては鍵が厳重にかかっており、それは王族サイドが管理しているからだ。
部屋の中に布団などの布類は無いが、巨大な寝具がまるで謁見の間にある玉座のように鎮座している。
そこに至るまでの床の模様もまるで謁見の間の絨毯のようだ。
要は、小規模だが部屋の作りが謁見の間に似ているのだ。玉座が寝具なのは愛人用の宮だからだろう。
ただ、間違いなくこの部屋を使っていたのはオリオンの祖父以前の先祖だ。
そう考えると少し気恥しくなってきた。
扉が重かったのもあるが、もしかしてリランはここは探っていないのでは?
オリオンは部屋の重厚さと人を寄せ付けない空気にそんなことを思った。
まあ、冷静に考えれば鍵が無いので、いくらリランといえど入れないだろう。
手段を選ばなければ入れるだろうが、あのように侍女たちと交流を広げているのを見るとそんな強硬手段には出ないだろう。
しかし、そう思っても傍から見るとなり自由にやっている。
リランがそんな自由に王城で過ごしている中でも、オリオンは比較的共に過ごすことが多かったはずだ。リランの体調が悪くオリオンの傍が一番治癒が早いというのもあるが、年齢が近いことや、彼が比較的オリオンを気に入っていることもあるだろう。
そのような関りのあるオリオンの知っているリランは、少なくとも他人に嫌悪感は抱かせなくても警戒をさせる人間だ。
先ほどいた平民侍女のようなものが好感を覚えるような可愛らしさは皆無で、むしろ恐縮するほど威圧感があり、演技じみた言動は胡散臭く、下手な貴族よりも高圧的で、可愛げのないふてぶてしさがある人間だ。
しかし、さっき聞いた一端は、恐ろしいほどオリオンの知らないリランだった。
オリオンだって彼が元平民で公爵の養子になって今の地位にいることを知っている。
そこまで考えたとき、また変な不快感や胸に広がった。
オリオンはわけがわからず別の事に思考を巡らせることにした。
奥の間はやはり謁見の間に似ている。
部屋の柱や天井を見上げてみても、同じような造りで模様も似ている。
「…天井が高い…」
オリオンは他の部屋と圧倒的に違う天井の高さに感心した。
だが、同じ階層の部屋は違った。吹き抜けであるわけでは無いはずだ。
もう一階層分空白があるかもしれない。
オリオンは兵士が利用する見取り図や残されている図面を参考に、どこを重点的に調べなおすべきかわかってきた。
オリオンはよくわからない気疲れを感じて、大きいだけで布団も何も乗っていない寝台に腰かけた。
そういえば、オリオンはまだ玉座に座っていない。
オリオンが一番玉座に触れて近づいたときは、リラン達帝国騎士団がホクト達を丸め込んでオリオン含むライラック王国が屈したときだった。
あの時は、恐ろしいくらいあっという間に帝国側に事態が転がっていって戦慄し、あの男の言う通りになったのが悔しくもあった。
だが、あの時はミナミの身の安全で精一杯だった。
そこまで長い時間は経過をしていないが、遠い昔の事のように感じる。
あれから状況は変わったのかわからないが、新たな脅威や隠された脅威が出て来ている。
少なくとも、帝国との関係性は変わった。
そこまで考えたとき、オリオンは嫌な気配を感じて立ち上がった。
周りを見渡し、気付いた。
オリオンが腰かけた寝具に、何やら模様が浮かび上がっているのだ。
先ほどまで無かったものだ。
その証拠に、オリオンが立ち上がってしばらくすると模様は消えて行った。
それと同時に嫌な気配も無くなった。
だが、鼓動は早まり冷や汗が流れている。
落ち着かない気配だった。
まるで生ぬるい粘着質なものがまとわりつくような感覚だ。
嗅覚には感じないのに、とても生臭さを感じる。
「下に何がいるんだ?」
オリオンは直感的に思ったことを呟いて、はっとした。
王城の下に、この場所の下に“なにか”がいる。
まごうことなき、生き物の気配がある。
それを認知した途端、血の気が引いた。
応援ありがとうございます!
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