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ロートス王国への道のり~それぞれの旅路と事件編~

死ねない商人

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 暗闇の中から声がする。
『なあ、カイト。俺の言った通りだっただろ?』
 愉快そうな声は、まるでこの状況を想定していたみたいだ。

『これからどうなるんだろうな?
 ただ、あの死神はお前を拷問とかで尋問することは無いだろうな。』

「お前はいつから気付いていた?」

『俺は嘘がわかるからな。軽い冗談に紛れる淀みは流せるが決定的な嘘が無かった。
 それに、あの男から東の大陸の青龍ズンドラの気配がする。』

「あいつの言動や嘘への嗅覚じゃなくて結局巨獣の気配かよ。」

『当然だ。人間は偽るのが得意だ。
 だから注意しろ。カイト。
 あの男は詐欺師であると自分で自覚している。
 つまり、彼は何か大きな欺きをしているということだ。』



 リランの言った通り、カイトはかなりいい待遇を受けている。
 衣食住が確保されているのは非常にありがたい。
 身の安全はわからないが、カイトは今は決して死ぬことは無いので、それだけは変な意味で安心をしていた。
 ただ、昨日リランと話したあとわかったことと思ったことがある。

 カイトはダウスト村でマルコムからある情報を買った。
 カイトはわけあって帝国の宝物を探っていた。
 そしてマルコムからそれが人間であることを聞いた。
 また、それを巡った争いの末で皇国は滅びたこともだ。
 正直そこから先はシューラに聞きたかったが、生憎カイトはシューラに嫌われている。
 カイトの異質さを察知しているのかもしれないが、下手につついて情報を得ようとするのも後が怖い。
 なので、カイトは帝国側の情報と宝物の特徴を教えてもらったのだ。

 しかし、リランの話からするとマルコムは親と共謀して宝物の皆殺しをしているらしい。
 実際にどんな背景があったのか知らないが、自分が殺した人間たちの情報をもったいぶっていたわけだ。
 あいつとんでもないな…と思ったが、帝国騎士団やマルコム達にとって忌避すべき事柄なのかもしれない。

 とりあえず、マルコムはとんでもない奴だと思った。


「食事は普通なのだな。」
 リランはもくもくと帝国騎士団から提供された食事を食べるカイトを見て感心したように頷いた。
 もしかしたらカイトを異種族の何某と思っているのかもしれない。

「…俺は普通の人間だ。ただ体が死んでも生き返るだけで、それ以外は普通だ。」

「それが決定的に普通じゃないのだが、まあ、普通の人間と同じ扱いで良いなら気が楽だ。」
 リランはカイトのものいいに呆れたように言ったが、待遇面で面倒が無いとわかったようで特にそれ以上気に掛ける様子は無かった。

「どのくらい時間が経った?俺たちがライラック王国から発ってからだ。」
 カイトは気になっていたことがある。
 それはどのくらい時間がかかったかだ。

 船が沈没してからの時間の感覚が曖昧なのだ。
 目を覚ましてからは割とはっきりとしているが、近くに時間経過を把握するものが無かった。
 何よりも、一緒に行動をしていたのがリランだったからだ。
 カイトを探っていたことから、彼は正式な時間経過を言っているはずがない。

「船が沈没してから二時間かけて陸に着いた。
 それから一時間ほどでお前は失血死をした。
 海に流すのもいたたまれないから陸に上げていたら、お前の足の傷が治り始めた。
 俺の体調面でも少し休息が欲しかったら観察をしていると、半日で傷が治癒してそれから少ししてお前が目を覚ました。」
 リランの話から、カイトは自分が想定しているよりも一日余分にかかっているな…とわかった。

 外の暗さから考えると、沈没の後に目を覚ましたのは朝方だったのかもしれない。

「もしかしたら気付いていないかもしれないが、町に行く前に岩場で休んだだろ?
 お前、あの時に丸一日近く寝ていた。起こすのも忍びないから、目を覚ますまで待っていた。」
 リランはカイトが日数を数えているのを見て、困ったように笑いながら言った。
 もしかしたらカイトがそれを察していないと思ったのだろう。
 その通りだった。
 カイトは自分がそんな眠っていたのは知らなかった。

 ただ、体に負荷をかけて肉体の死を迎えた場合、結構睡眠を必要とした気がする。
 野宿だからそんな感覚は無かった。

「あと、お前に矢が刺さってから目を覚ますまでは二日が経っている。」

「刺さったのが集石だったからか…」
 カイトは喉を貫いた矢を思い出した。
「お前のその情報のお陰で思ったよりもあっさりと落とせた。こちらの被害も少ない。」
 リランは目を細めるだけの笑みを浮かべて言った。
 ただ、あっさり落とすにしても二日は早い気がする。
 要塞都市にどうアプローチしたのかわからないが、もしかしたら間者を潜りこませていたのかもしれない。

「あと…これ、お前が倒れたときに落としたものだ。」
 リランはカイトに手を差し出してきた。
 彼の手には、ルーカスからぶん取った澄んだ翡翠があった。
 ぱっと見、ただの緑の魔石か宝石にしか見えない。

「ルーカスっていうガキのものだっただろ?俺は取っただけだ。」
「取ったのは俺だ。それに奴に確認したら、奴も購入した覚えはないが、家にあったから自然に持っていたと言っていた。」
 リランはどうやらルーカスを締め上げてまでこの翡翠の事を聞いてくれていたようだ。

「北の大陸の事は俺は知らない。ただ、奴らがこちらを警戒しているのはよくわかる。
 神聖国アトマニなど、典型的なお山の大将だ。勢力を広げる帝国が面白くないのだろうな」
 リランは片を揺らしながら笑って言った。
 おそらく彼は神聖国アトマニについてある程度調べているのだろう。

「お前は出身は北の大陸と言っていたからな。あと、異種族にも詳しいな。
 あの矢に使われていた石…」

「それを言おうとしたら矢が刺さったからな。」
「まさか俺も首に刺さるとは思っていなかった。悪かった。」
 リランは申し訳なさそうに言った。
 ただ、その言葉はカイトの顔をひきつらせた。

「お前…まさか俺が射られると」
「ケガはするだろうと思っていた、それは最初に飛んできた時点で想定した。あの時点でどこから矢を射ているのかわからないはずがない。
 ただ、根底にお前は当たっても大丈夫だと思っていたのは確かだな。あと、お前は手の内がわからないからな…」

「お前の前で一度死んで生き返ったのが一度きりの奇跡だとしたらどうすんだよ」
「それならお前は俺と行動を共にするはずないだろ?危機感を見ていた。
 お前、恐ろしく危機感が無い。いや、死んでも大丈夫と言う思いがある故の捨て身だ。」
 リランは皮肉気に笑いながら言った。
「まさか船に飛び込むとは思わなかった。お前は一度でも俺の行動を咎め身の安全を確保する様子が見えなかった。」
 リランの言葉にカイトは冷や汗をかいた。

「とはいえ、それはお前が死んで生き返るところを見ている俺だから辿り着いた結論だ。常識的に考えて死んだ人間は生き返らない。」
 リランは両手を広げて言い、そこで言葉を切った。
 どうやらこの話題はここまでのようだ。
 しかし、マルコムもとんでもないが、リランもとんでもない奴だ。
 ちらりとしか言及していないが、おそらく死んだカイトの遺体を運んだ方が色々面倒が少ないと思ったのだろう。
 そして、遺体を確保し生き返るまで待つのは、カイトから情報を得るために逃がさない手段だ。

 ただ、もうそこまで言及する必要もない。
 とりあえず、リランもとんでもない奴だと言うことだ。

「だが、この翡翠を俺に戻してくれるとは思わなかった。」
 カイトは渡された翡翠を見て呟いた。
 この翡翠がカイトの手元に来たのは正直嬉しかった。
 なにせ、とても懐かしいものだ。

 北の大陸の貴重品であり、おそらくただの緑色の宝石だと思われてブローチに使われたのだろう。

「詳細はわからないが、お前はその石を懐かしんでいるように見えたからな。」
 リランはカイトの表情のわずかな変化に気付いていたようだ。
 敵にはしたくないが、身内にいたら心強い男だ。

 いや、ここまで察しがいいと身内にもいて欲しくない。

「北の大陸で、緑色は高貴な色なんだ。今はアトマニが強いから紫とされているが、その昔は緑が一番だった。」
 カイトは手の上にある緑の翡翠を転がしながら呟いた。
 遥か昔の話だ。

「各地からもたらされる王への献上品は、緑色の美しい宝石や反物が多かった。そして、俺の一族は同じ翡翠から取れるのに恐ろしく透明で澄んだ翡翠を献上していた。
 乳白色の味のある濁りが翡翠の良さだが、それは魔力を流すことで分かる。」
 カイトは手の上の翡翠に魔力を軽く込めた。
 すると緑の澄んだ宝石にしか見えなかった翡翠は、乳白色の味のある濁りを見せ、一般的に翡翠と呼ばれる外見になった。
 それでも十分美しい。

「ただ魔力を流すだけか?」
「いや。反応するのは翡翠を献上した一族と、王家だけだ。だからこそ、これは貴重だった。」
 カイトは記憶の片隅にある親との記憶が蘇っているのがわかった。
 相変わらず、親の顔はぼやけているが、それでも貴重な思い出だ。

 まさかこんなところで思い出すとは思わなかった。
 鋭いリランは、発言や様子からカイトの実年齢がとんでもないことになっているのを察しているだろう。

「死ねないのは辛いよな…」
 リランはポツリと呟いた。
 聞こえるか聞こえないかの呟きだが、無感情な呟きだったせいかカイトは耳に拾い顔を上げた。

「…お前に不利にならない待遇をしよう。色々情報を求めるが」
 リランは自分の呟きなど無かったかのように言った。
「わかった。」
 ただ、ここでそれをひっくり返すのは今のカイトの状況では賢明ではないので、追及することは無い。

「リランさん!異種族協力とライラック王国の兵について…」
 天幕の外から慌ただしい声と共に見たことの無い騎士が飛び込んできた。
 帝国騎士団の騎士だが、かなり若い。
 リランと似たような髪型をして、彼と似たような色味をしているが少し赤茶けているので偽物感が凄い。
 それに、飛び込んできた青年はリランよりも大きくかなり体格がいい。
 髪を伸ばすよりも短い髪型のほうが似合うと思えるが、個人の好みだから仕方ない。
 キラキラとした暗い緑色の瞳から、彼がリランを尊敬しているのがわかる。

 まあ、帝国騎士団にとってリランは憧れだろうから、きっと彼と同じような瞳をした騎士が沢山いるのだろう。
 カイトはここで、部外者であるのにマルコムの身を一瞬案じてしまった。

 ただ、飛び込んできた騎士はカイトを見て目をこれでもかと言うほど見開いた。
 そして声にならない声を発しそうになって慌てて口を自分で塞いだ。
 その様子から、きっとカイトを運んだのはこの騎士なのだな…と察した。

 自分が運んだ遺体が元気にご飯を食べている。
 驚くだろう。

「ジュン。言っただろう?俺とお前の二人だけの秘密だと」
 リランは人差し指を立てて、目を細めて言った。
 その言葉にジュンは驚きながらも嬉しそうに頷いている。

 ただ、カイトは思った。
 たぶん二人だけの秘密じゃなくてカイトも含めて三人の秘密だ。

 ジュンと呼ばれた青年騎士を見ていると口に出す気はしないが。
 ちらりとリランを見ると、彼は気付いたような愉快そうな笑みを浮かべていた。




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 読んでくださってありがとうございます。
 読んでくださる方がいるから楽しく創作できます。

 ここでカイトサイドのお話は一旦区切りです。
 閑話挟んでから次章に行く予定です。
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