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ロートス王国への道のり~それぞれの旅路と事件編~
商人と明かされる影
しおりを挟む赤蝿の言った通り、カイトたちは宿の部屋で潜むことはできなかった。
「治安の悪い場所での抑止力だったんだろうな。あの兵士たちは。」
赤蝿は愉快そうに笑いながら言った。
今カイトたちは宿から出て町の人通りの少ない路地裏にいる。
轟音が収まり出兵が落ち着くと、カイトたちの部屋にゴロツキが飛び込んできた。
どうやら弱そうな旅人二人が金目の物を持っていると思ったらしい。
確かに二人ともあまり強そうには見えない。
要は、抑止力となった兵がいなくなったので治安の悪い連中が弱い奴から色々巻き上げようと思ったらしい。
実際、酒場では争いの声や音が聞こえる。
赤蝿は顔色を変えずに部屋の椅子でゴロツキの頭を殴り飛ばしてから胴体を蹴り窓から突き落とした。
余りに鮮やかな手際に驚いたが、カイトは内心納得した。
それから二人で他のゴロツキを抑え、武器になりそうなものを取り上げて窓から突き落とした。
ここで手ぬるくすると厄介だ。カイトだって色々見てきたのでよくわかる。
そのまま二人で宿の裏口から出て、今の路地裏に至る。
宿の中が混乱状態であったのと同様に町の中も混乱状態だった。
ただ、人の会話が行き交っているので情報収集は出来る。
あの轟音はどうやら王都の方に向けて砲撃をした音らしい。
凄まじい音であったし、王都へは遠いのではないのか?と思うが、そうでもないらしい。
「というよりも、町の中からじゃなくて、ここから王都寄りの結構離れた位置からの砲撃だったらしいな。どんな砲台なのかわからないが、音から考えると相当な威力だ。」
赤蝿はそんなことを呟いているが、その情報も行き交っているものから得たらしい。
そこまではカイトも聞き取れなかった。
彼は抜け目がない。見習いたいものだ。
「あの船…気になるな…」
赤蝿は港に泊まっている船を見て呟いた。
それはカイトも気になっている。
あの船はライラック王国の船であり、この町にはしばらく滞在しているらしい。
治安の悪い音が響く町と違い、あの船は異国のものなので町へも介入もしないし、ゴロツキたちも入る事ができず静かなものだ。
だが、町中にも響いた轟音にも関わらず船が静かなのだ。
違和感がある。もしくはあの轟音の砲撃について知っているから静かである可能性もある。
「じゃあ、あの見張りを片付けるか」
赤蝿はどこで調達したのかわからないが、弓を取り出した。
「扱えるのか?」
「うまくはないが、大雑把に的を狙うくらいなら出来る。」
カイトの問いに赤蝿はなんてことの無い様子で答えた。
そしてどこから射ようかと周りを見渡して場所を物色している。
「近づいてもある程度距離はあるぞ」
「それくらいどうってことない。」
赤蝿は射る場所を定めたのか、カイトに先に行くように言ってから身軽に壁を蹴って建物を駆け上がった。
曲芸じみた動きで、恐ろしく身軽だ。さらに彼は魔力を一切使っていないうえであの動きだ。
感心してしまったが、考えてみると当然だった。
カイトが船の泊っている港に入り、建物の陰から船の様子をうかがい始めたと同時に見張りの兵士に矢が射られ、海に落ちた。
それに気づいたもう一人の見張りが慌てた様子を見せたが、彼の胸にも矢が刺さり彼はその場で倒れた。
お見事なものだ。
思わず感嘆の声を上げてしまった。
矢の飛んできた方角を見ると、赤蝿が弓をしまいカイトに向けて先に行くように手で示していた。
カイトの行き先も把握しているとは、やはり彼はとんでもない。
港側の見張りがいなくなったとはいえ、巡回している兵士がいるかもしれない。
様子をうかがうのは早い方がいい。
カイトは船に走り出し、船に飛び込んだ。
こう見えて身軽さには自信がある。何せ逃げ足は速いのだ。
あの赤蝿の動きを見た後では胸を張って言えないが、バケモノと一緒にしてはいけない。
カイトは少し特殊だが、普通の人間だ。
カイトが船のデッキに着地したとき、船に矢が飛んできた。ただ、カイトの足元を狙ってだ。
何事かと思ったら、矢には紐が付けられている。
赤蝿が射たもので、すぐにその意図を察した。
カイトは紐を船のデッキの柵に括り付けると、赤蝿の方に手を挙げた。
すると、すぐに紐がピンと張り、負荷がかかったのがわかった。
括り付けられている柵がきしんだが、壊れる気配はない。
赤蝿は自分がいた建物の屋上と船を紐でつなぎ、その上を飛び跳ねながらやってきた。
要は空中に最短距離の足場を作ってさっさと船に入ろうとしているのだ。
恐ろしく身軽な彼は、数回紐を揺らすとすぐに船の柵に着地し、デッキに転がり込んだ。
「すげーな…」
「カイトさんがあってこそだ。まさかこちらの意図を理解してもらえるとは思っていなかった。」
赤蝿は体勢を立て直すとすぐに紐を外し、火をつけた。
どうやら証拠隠滅のようだ。
紐が燃え上がり火が半分近く伝ったところまで確認すると赤蝿は紐を放り投げた。
「しかし、弓も相当なんだな」
「普通だ。うまい奴なら狙う体の部位で倒れる方向まで計算できる。俺は当てる程度だ。実際、海に落とすつもりはなかった。」
赤蝿は少し悔しそうに言った。
確かに、最初の見張りが海に落ちたことで隣の兵士は動いた。もしかしたら海に落ちた音を聞かれているかもしれない。
二人は警戒して動き出した。
が、拍子抜けするほど船は簡単に潜り込めた。
巡回している兵士も動きが読みやすく目をかいくぐるのも楽だった。
なので、ついでにもう一人の見張りの兵士の死体を海に落とした。
「ライラック王国のクオリティだな」
カイトは思わず皮肉気に呟いた。
「そうだな。」
赤蝿は口を歪めて笑った。
船の潜入は赤蝿でなくカイトでも簡単にできそうなレベルであった。
兵士たちは何人かは駆り出されているのだろうが、警戒心が薄い。
それなりに数はいるが、いちいち相手にするのも面倒なので、頭を狙うことにした。
「な…なんだ!?お前ら…」
一番豪華で一番頑丈そうな部屋に一番偉そうな奴がいた。
頑丈であるから安全という思考回路かもしれないが、他の部屋との差が激し過ぎて狙ってくださいと言っているレベルで豪華だ。
もうちょっと無骨に作ればいいのに…とカイトは思った。
「お前こそ誰だ?ライラック王国の貴族か?」
赤蝿はふてぶてしくフカフカのソファに腰を掛けて尋ねた。
身長比率で長い脚を組んで、彼は踏ん反り返っている。
「な…お前らはいったい」
「こんな平和ボケでライラック王国から来た船だって聞いたら、そう判断するだろ。」
赤蝿の言葉に驚く偉そうな奴に呆れたが、カイトは親切に説明をしてあげた。
そして赤蝿に倣い、カイトもソファに腰を掛ける。
ついでに部屋の中にある貴重品を見て、どの程度の財力があるか予想を立てる。
偉そうな奴は相当若い。
赤蝿と同い年かそれ以下の年齢の青年だ。
彼の髪色は一般的に言うと赤毛だろうが、少し白茶けたという印象を受ける。
橙色寄りの赤だな…とカイトは思った。
いかんせん、深紅の髪の赤蝿が傍にいるため貧相に見える。
色にも格があるのかもしれない…なんて思った。
顔は悪くないだろうが、良くもない。
表情や話し方はかなり幼いし、相当わがままに育っていると思える。
「…うん?珍しいな。このくすみの無い緑の翡翠…どこで手に入れた?」
カイトは偉そうな青年の胸に付いたブローチの石を見て驚いた。
「翡翠なのか?オレの知識にあるのと少し違うが?」
赤蝿は驚いたような口調だった。
おそらく彼の知識には無いのだろう。
しかし、それは仕方ないと思う。
これは知っていないと分からない上に、今は知っている者も少ない。
「知る人は少ないさ。これは北の大陸のとある国のお宝だからな…ただ、この石はちょっと特殊で持ち主が…」
カイトはチラリと青年を見た。
青年は驚いた顔をしてカイトを見ている。
「まあ、今はこの話はどうでもいいな。」
カイトは仕切り直すように言うと、赤蝿は少し不満そうな顔をした。
どうやら興味のある話だったようだ。
「こいつを締め上げたあとでいいだろう?」
「…そうだな」
赤蝿は少し考え込んだ後に渋々と言う様子で頷いた。
偉そうな奴はあっという間に口を割った。
少し武力をちらつかせるとあっと言う間だった。
偉そうな青年の名前はルーカス・アル・ボルダーという青年で、ライラック王国の貴族らしい。
「お前の年齢でここまで出兵できるってことは、親ぐるみか…一体何のために?」
カイトはこんな若い世間知らずそうな青年がここまで兵力を割いている理由がわからなかった。
「それに関しては心当たりがある。ライラック王国の領主っていうのは国外での学びが必要なんだ。
だから何らかの国外での実績が必要なんだ。対抗馬がいなければ旅行程度で領主になれる易しい制度だが…」
赤蝿は理由を知っているらしく説明をしてくれた。
その赤蝿の言っていることであっているようで、偉そうな青年のルーカスは驚いた表情をしている。
「…対抗馬がいるんだな。なるほど。」
赤蝿は薄い唇に冷ややかな笑みを浮かべて言った。
彼の言葉にルーカスはぎょっとするが、さっと目を逸らした。
しかし、反応を見れば赤蝿の言っている通りなのがわかる。
ただ、どう考えても実績と言うよりも頭の悪い無駄骨に思えるのは何故だろうか?
カイトは少しルーカスが可哀そうになったが、彼の胸に光る澄んだ緑の翡翠を見ているとなんとも言えない気持ちになってきた。
その視線に気づいたのか、赤蝿はルーカスの胸から翡翠のついたブローチをぶん取ってカイトに渡してくれた。
町から出ると明るすぎる魔導機関の光で森が騒がしかった。
赤蝿と一緒に歩いてきた森はもっと静かだったのに、視覚でもうるさく聴覚でもうるさい。
ルーカスを締め上げると、彼らの役割をすぐに吐いた。
カイトたちが来る前からあの港に滞在しており、準備をしていたらしい。
あの船は反帝国勢力に武器の支援をするもので、かなり威力のある魔導砲を運んでいたらしい。
町中を騒がせた砲撃も結構離れた位置で威嚇として発せられたものだった。
「見えてきた…あれか」
赤蝿はすぐに魔導砲を見つけたようだ。
といっても光が目立つので見える位置に行けばすぐに見つけられるのだ。
魔導砲の砲台はカイトと同じくらいの高さだが横幅もカイトと同じくらいの大きさだ。
それに頑丈で重そうな車輪が複数個付いており、地面を転がすことを想定されている。
兵士たちが懸命に運んでいるが、これは動くものに載せた方がいい道具だなと思える。
「…なるほど。」
赤蝿は様子を見て納得したように頷いた。
町から出て二人は二時間ほど歩いたが、砲台を運んでいる兵士たちはもっと長い間歩いているのだろう。
そう考えると、複数の段階に分けて町から出兵をしているのだな…と思った。
「あの先の要塞が目当てか…」
カイトはうっすらと見えてきた無骨な塀を見て呟いた。
この国の王都へ至る前に、要塞都市がある。
そこも帝国に占領されていると聞いたが、王都が占領されたから降伏したという形らしい。
十分な武力があれば、要塞は帝国に占領されている王都へ反旗を翻すかもしれない…と睨んでいるようだ。
『カイト!離れろ!』
急な声が聞こえた。
カイトは思わず赤蝿の肩を掴んで引いた。
すると、赤蝿の居た場所に何やら黒い矢が飛んできた。
「一体…」
赤蝿はすぐにカイトと場所を入れ替え、飛んできた黒い矢を警戒して見ていた。
「集石が矢じりになっている。これは周りの魔力含めて空気を集める性質がある。
気配や音で察知できないことが多い…」
カイトは目の前にある黒い矢の矢じり部分の石を見て言った。
赤蝿の知らない知識だろう。カイトも馴染みが無い。
なにせこれは南の大陸で多く採れるものなのだ。
異種族関与の影が見えた。
「これは異種族の…」
赤蝿に情報を伝えようとしたが、途中で声が途切れた。
吐き出そうと思っても、途中で空気が抜ける。
そんな感覚を覚えたとき、喉に矢が刺さっていることに気付いた。
忘れてはいけなかった。
ここに矢が飛んできたということは、察知されているということだ。
あの声が危機を知らせたというのに、目の前の情報に食いついてしまった。
不覚だ。
飛んできた黒い矢は、矢が黒いのは夜に使うから察せられないようにするものだろう。
落ちた矢を拾うと、闇に馴染み夜に紛れそうだ。
飛んできた矢の矢じりに使われている石が知らないものであった。
それを教えてくれた男が、今目の前で血まみれで倒れている。
彼が途中までで異種族と言っているのを耳に挟んだ。
つまり長耳族の影が見えるのだろう。
夜に紛れる黒髪と光を無くしていく黒い瞳。
彼の目には恨みも何もない。
恐ろしいくらいに味気ない、感慨の無い絶命だった。
話せないとはいえ、彼の目には死に対する脅えは無かった。
ここまで行動を共にしたこの商人。
船でカウスの正体を暴いた手段についても聞きたかったし、他にも色々知っていそうだった。
もっと話したかったが仕方ない。
見える魔導砲撃を確認しながらもこのまま手をこまねいている場合ではない。
あの要塞都市が落ちたら王都は反帝国の軍に降伏するだろう。
これから先の行動を考えると、武器の調達と先輩に武勲を立てろとそそのかされたから、武勲を立てる必要がある。
丁度、体も魔力を使うのが思わしくない状況だ。
そうとはいえ、船の沈没から逃げ出すのに風の魔力を使ったことは計算外だった。
必要なことだったが、思った以上に内部損傷とは長引く。
「あ…いたいた!」
数人の足音が聞こえたあと、明るい声がかけられた。
どうやら迎えに来たようだ。
やってきたのは、胴体と腰回りまでに金属の防具を付けた青年だった。
防具の下には黒色にところどころに赤いラインが入った服だ。
今の時代、赤と黒と言ったら“死神”と“帝国騎士団”が連想される。
そして、その色を制服に用いているのは帝国騎士団だ。
その帝国騎士団の服に身を包み、周囲を警戒している青年は
帝国騎士団の若い団員のジュンだ。
彼は誰に影響されたのか、赤茶色の髪を伸ばし一つに束ねている。
「リランさん!要塞都市の前に一人の異種族の男と雑魚兵士がいます!」
ジュンは暗い緑色の瞳をきらきら光らせて、嬉しそうに言ってきた。
その言葉を聞いて、楽しかった時間が本当に終わったことを実感した。
詐欺師の赤蝿でなく、帝国騎士団の赤い死神リラン・ブロック・デ・フロレンスは、深紅の髪をかき上げてため息をついた。
そして、倒れて動かないカイトを見下ろして思った。
遊び過ぎた。…と。
矢を射られ倒れたカイトには悪いが、あの首に刺さった矢を避けていればカイトは何事もなく過ごせるはずだったのだ。
ただ、少しタイミングが悪かった。
「その矢に使われている石が特殊だ。ただ、物理的に防げる。」
リランが言うとジュンはすぐにカイトに刺さっている矢を引っこ抜いた。
首に刺さった矢を急に抜くと、大量の出血が発生する。
その様子にリランが顔を顰めると、ジュンは慌てて頭を下げた。
「すみません!ですが…この人はもう死んでいますよ。」
ジュンは戸惑ったように倒れて大量の血を流すカイトを横目で見て言った。
リランは片手を出し、ジュンが抜いた矢を渡すように目で命じた。
それを察し、ジュンは慌てて矢に付いた血を拭ってからリランに渡した。
今度は代わりにリランが別の血がついていない矢を渡した。
これは最初に射られ、カイトに肩を引かれて避けた矢だ。
「あとで調べさせる。保管しておけ。」
「かしこまりました!」
ジュンは渡された矢を丁寧に受け取って大切そうに自身の胸当ての内側に入れた。
「ジュン。」
「は…はい!」
急に名前を呼ばれたジュンは驚きと共に嬉しそうな表情を浮かべて勢いよく返事をした。
「この人を俺の天幕へ丁寧に移動させろ。
そして、この人のことは誰にも言うな。俺とお前の秘密だ。」
リランは人差し指を口の前に立て、倒れるカイトとジュンを見比べて言った。
「はい!」
何に嬉しさを感じたのかわからないが、ジュンは勢いよく返事をすると倒れているカイトを持ち上げようと動き出した。
「俺は要塞都市に向かっている敵をせん滅する。
その人は俺だと思って丁重に扱え。」
リランはカイトの腕を乱暴に引っ張っているジュンを軽く睨みながら言った。
その言葉にジュンは飛び上がり、今度は地面に伏せた。
よくわからないが、きっと承諾したということだろう。
ジュンは癒しを持っているので肉体強化で重いものを運ぶのは苦にならない。
彼が来たのは運がいい。
リランは町で拝借した剣を二本腰に差して歩き出した。
そして片手にはカイトに刺さっていた黒い矢を持った。
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